①
本日中に完結します。
「よっしゃぁぁぁ!この先を抜ければ997階突破だぁー!!!後2階でダンジョン制覇!ついに来たぞぉぉぉ!」
歓喜の叫びを上げながら、俺は階層主のいる部屋を走り抜ける。
「よくぞここまで⋯ちょっ、おい、待て!まだ名乗りの途中⋯股の間を走るなァ!」
「バイチャー!!!待ってたら俺、倒されるじゃん!名乗りはまた今度!」
そこらのビルよりもデカい階層主の股の間を走る。⋯⋯というか、なんだよ!あの槍!あの牙!目なんか六個くらいあったぞ!あんなの相手にできるかっての!
「クォゥラァ!暗黙の了解というものがあるであろうガァ!」
かなり後ろの方から声が聞こえてくる。さすがの巨体だ。声もかなりデカい。
「そんな大声出せないから聞こえないと思うけど⋯ごめんねーー!暗黙の了解なんて気にしてたらダンジョン制覇なんて出来ないよ!」
地球にダンジョンの入り口が複数箇所現れてから数百年。未だ、ダンジョンを制覇できた者はいない。どこからともなく現れたこのダンジョン。教科書によると、その当時の人々には突然、声が聞こえたらしい。
『頂上までこれたら何でも望みを一つ叶えてあげる。途中で倒れても入り口まで戻してあげるから安心して挑戦しに来てね』
先人達は神様か悪魔の暇つぶしだと考えたらしい。
もちろん鵜呑みには出来ないから希望者を募ってダンジョンの調査に乗り出た。すると、怪我をしようが体を吹き飛ばされようが入り口に戻されるだけで、声の主が言ってた事は事実だと確認できた。そのうえ、ダンジョン内に時々出現するアイテムボックスを見つけると、魔法が使えるようになるアイテムが手に入る事が判明した。
そうなると我先にとダンジョンに挑戦する人が増え、それまで様子見を決めていた大企業なんかもダンジョン攻略用の製品の製造を始めたらしい。
結果、盾や剣を始めとした装備や、魔法を利用した魔道具、魔力を解析して作られた回復薬なんかも今じゃコンビニで買えるようになった。
まぁそれほどに地球全体で力を入れているわけだけど、それでも頂上まで辿り着けた者はいない。
最高到達記録が869階だったっかな。それ以上先は人類には未到の場所だった。⋯つい数日前までは。
その記録を破ったのが他でもない⋯俺だ!
物心ついた時、いや、もっと前かも知れない。とにかく、気づいた時には俺はダンジョン制覇を夢見ていた。
なんせ、絵本やアニメでダンジョンの話が出てくるたびに赤ちゃんの俺が『バァブゥーーーー!バウワウゥ!バババ、バブー!』と叫んでいた、と親が笑い話でよく言ってるからな。
もちろん初めて話した言葉も『ダンドン!ダンドンちぇいひゃぁ!』だったみたいなんだけど、まぁその話はいいか。
ダンジョン制覇を夢見た俺には、その過程よりも結果だけが重要だった。
要は、ダンジョンの頂上まで辿り着ければそれでいいのだ。
魔物と闘う気はない、でも頂上には行きたい。そんな俺が無い知恵を絞って考えついたのが、全ての魔物を無視して、ただただ頂上まで走り抜ける、だった。
そのために俺は走った。毎日、朝から晩まで走った。授業中も走った。『授業の邪魔になるから静かにしてくれない?』と学級委員長や先生から怒られても謝罪をしながら走った。その結果、教室の後ろに俺専用のランニングマシーンが設置され、その上を出来るだけ音を立てないように静かに走った。だからノートの文字がガタガタで、いつもテストの結果は散々だった。
とにかく、俺は足の速さと体力をつける事、そして休日にダンジョンに通ってアイテムボックスから獲得した、身体強化の魔法を極める事にのみ専念してきた。
愛飲の回復ドリンク、『マリョクモ!カラダモ!ヨクナールZ!』には感謝しかない。
そして17歳になった俺は夏休みを利用してダンジョン制覇に乗り出した。
途中、階ごとに用意されている休憩所−通称、セーフティールームで仮眠を取り、ダンジョン主が用意したであろうフードボックスに入った食事で腹を満たし、何とか11日目の今日、998階まで辿り着いた。
「ふぅ〜、さすがにこの階までくると階層主の口上も長くなってきたなぁ」
800階の後半くらいまでは、階層主が『あ』と言う時間も与える事なく逃げ切ってきた。
恐らく侵入者に気づいて振り返った時には俺の姿はなかったと思う。
「500階くらいまでは気づいてたかも怪しいもんなー。⋯何階だったか忘れたけど、女性型の階層主が『イヤーン、スカートがめくれちゃったぁ』なんて言うから思わず超高速ターンで引き返して三周ほど回った事もあったな〜」
全速力で走っても一瞬で止まる事が出来るほどストップとターンの練習はしてある。あそこで少し時間を費やしてしまったけど後悔はない。三周目で『この風はなぁにぃ〜もぉぅ嫌になっちゃうー!』と言う言葉が聞こえて、流石に申し訳ないなと初めて足より上を視界に入れたら、かなりのゴリマッチョだったのは忘れたいけど。このダンジョンに入って唯一ダメージを負った瞬間だ⋯やっぱり後悔しているかも知れない。
「おっ、セーフティールームか!どうしようかな〜ちょっとお腹は空いてきたけど⋯まだ走れるしなー」
ここまでの事を思い出しながら、湧いて出てくる魔物をすり抜けて走っていると998階のセーフティールームが見えてきた。というか、もう入り口に着いてしまった。
「んー、今回はいいや!次の階で食べるか!」
どうせすぐに辿り着くだろうし、999階の階層主のいる部屋に行く前には休憩をした方がいいだろうしな。1000階⋯頂上に辿りつけばそこがゴールなのか、そこにも階層主がいるのかは分からない。最悪なのはそこの階層主を倒さなければいけない場合だけど⋯声の主は『頂上まで辿り着ければ』って言ってたみたいだから多分大丈夫だろう。
「あ〜さすがに広いなー、、だけど星空を走るのは気持ちいい」
997階までは洞窟とか森っぽいところ、それにマグマ地帯や海底トンネルみたいなところとかだったんだけど、998階に来てからは星空の中を走っている。見上げれば星空、じゃない。小さく光る星達が周りを漂う中を走り続けている。
「宇宙に行ってもこんな体験できないもんな〜触れないのが残念だけど」
星達は猛スピードで走る俺の体をすり抜けていく。まるで自分が光になった気分だ。
「おっ、やっと階層主のいる部屋だな⋯よーし、気合いを入れて、ギアチェンジ!トリプルブースト!」
900階を超えてからは階層主のいる部屋を通る時だけ、身体強化を重ね掛けするようにした。じゃないと捕まる恐れがあるからだ。
「いくぞー!よぉーーーーーい、、ドンッ!!!!」
一足目の踏み込みで、遠く朧げながらに見えていた階層主のいる部屋の前まで辿り着いた。
⋯そういえば、階層主のいる部屋といってもバカみたいに広い空間があるだけで扉なんかが付いているわけじゃない。世間では『主の間』なんて呼ばれ方をしているけど、なんだか格好良すぎて、立ち止まらずに通り抜けるのが申し訳なく感じるから階層主のいる部屋と呼ぶようにしてある。
「うわぉ⋯これは厄介なタイプだな」
超巨大なところを除けば、顔は少し目がキツめの美人でスタイルもいい女性だ。問題は下半身。999階に繋がる階段への道を閉ざす壁のように、大きな尻尾が巻いて横に伸びてある。