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悪い女と、もっと悪い女

 ここはだれ?私はどこ?

 そんなトンチンカンすぎる言葉が頭に浮かんで数秒。私は勢いよく起き上が――れなくて、また脳が思考を停止する。なにこれどういう状況?

 自分でも訳が分からないくらい、あまりに滑らかに意識がふって湧いた感覚。私はどこの誰で、今まで何をしてたんだっけ? そもそも、起きた瞬間に身体が自由に動かないとか普通に怖すぎる。

 待って待って、順に整理しよう。急がば一旦まわりを見なさい的なことをいつか誰かが言ってたはず。

 文字通りに周りを見ることは……うん、真上ならできる。身体は未だにまったくもって動かないけど、ひらひら〜っとした布が天井を覆ってるのが見える。ってことは、当たり前だけど目は見えるってこと。ただ、視界を動かすことは……できない。

 ……え、ほんとにどういう状況? 私、いわゆる植物状態にでもなっちゃったの!?

――とか何とか考えていたら。

「失礼致します、メリアお嬢様」

 少し離れた位置から扉ごしっぽいくぐもった声が聞こえた。え、誰? メリアも誰? お嬢様? 現代日本で!?

 けれど、驚くべきことはまだ続いた。

 むくりと起き上がったのだ、《《私の身体が》》。

 ……はっ!?!?

「入るのならさっさと入りなさいよ」

 今度は口が勝手に動いた。しかも喋った! 言葉の内容にしては声がめちゃくちゃ可愛い。というか、幼い?

「は、はい、申し訳ございません!」

 さっきの声が今度は慌てた様子で言って、扉が開くような音がした。また体が動いて、視点も同時にグラッと動く。何しろ自分の意思とは関係なく動くもんだから、ものすごく酔いそう。でも、そのおかげで周りの様子がやっと少しわかった。

 どうやら私は、今までベッドの上で大の字に寝転がっていたらしい。さっき見た布は、天蓋ってやつだと思う。チラッと視界に写った限り、まさに「お嬢様」っぽい豪華すぎるベッドだった。

 もちろん私に、そんなベッドを使っていた記憶は無い。

 おまけに部屋全体の様子もなんだか現実離れした、妙に豪華というか、西洋っぽい内装だった。

 もちろん私に、そんな部屋に住んでいた記憶は無い。

 どういうことか考える間もなくまた視界が動いて、今度はメイド服を着た女性が見えた。……ホンモノのメイド服、初めて見た。こんな感じなんだ、へぇー……。

「早くして」

「は、はい!」

 私の口が勝手に出す言葉に、メイド服の女性はペコペコしている。たぶん私と同じくらいの年齢……二十五、六くらいかな? と思ったけど、ハッと気がついた。

 私の視線、低くない?

 真正面にメイドのお姉さんの太ももがあるんじゃないだろうか。メイド服の丈が長いせいで、直接見えてるわけじゃないけど。

 少なくともお姉さんの顔を見ようと思ったら、首が痛くなるくらいに見上げなきゃいけないと思う。……自分では動かせないけど。

「メリアお嬢様、本日のドレスは赤と青、どちらに致しますか?」

「何でもいい」

 また勝手に口がめんどくさい彼女みたいなことを言って、顔はツンっと逸らされた。

 ……この辺で、さすがの私も合点が行く。というか、納得せざるを得ないというか。

 これ、私が「メリアお嬢様」だな? その割に身体の自由が一切効かないのは謎だけど。少なくとも、私の意識と視点が「メリアお嬢様」の内側にあるってことだけは何となく察した。

 そんでもって、「メリアお嬢様」はおそらく幼女だ。小学生低学年くらいかな? 身長と声からして間違いないと思う。


 ……え、これ、なに?

 状況が理解できたところで、なにも分からないし解決してないんだけど。未だに記憶曖昧だし。

 何となく分かってるのは、私は日本生まれ日本育ちの女(25)のはずで、メイド服を見るのは初めてで、なんなら幼女の内側?に意識が入り込むのも初めてだってことくらい。

 ……どうすればいいんだろこの状況。何かしらのミッションがあるならまだしも、自由もきかなくてただただこの幼女視点でお嬢様な暮らしを見続けるだけって誰得よ。

「お嬢様、よくお似合いです!」

 途方に暮れていると、またメイドさんの声がした。

 どこかの服屋で聞いたようなお世辞丸出しのセリフとともに、視界がくるりと回転する。

 目の前に、見知らぬ幼女が見えた。

 ……鏡だ!


 最初に目に付いたのは、ルビーのように真っ赤で、気の強そうなつり目。次に気難しそうにひん曲がった小さい口。それから濡れたような豊かな黒髪と、たっぷりのフリルで飾られた、これまた真っ赤なドレス。



 ――悪役令嬢だ。


 突然、ピンとそんな単語が脳内に現れた。

 そう、そうだ、思い出した。

 私は、ええと、ダメだ名前は思い出せないから置いておこう。……私は、日本のどこかの誰かだ。そして、大の悪役(ヴィラン)好きだ。

 幼い頃から世の中のアニメやらドラマやら漫画やらゲームやらに出てくる悪役たちに心酔し、性癖を抉られ続けて二十五年。大抵のキャラクターに見飽きてしまったころ、空前の「悪役令嬢」ブームが起こったのだ。

 異世界転生チートものの次代として瞬く間に人気を博したこのジャンルに、私は嬉々として飛びついた。

 飛びついて………………そっ閉じした。


 なぜなら私は生粋の悪役好き。悪役オタクと言ってもいい。……かなしいかな、「悪役令嬢モノ」には、私が求める悪役像が描かれることはとても少なかった。もちろんこれは単純な好みの問題で、双方落ち度も仕方もないことだ。

 私が求めていたのは、純粋な、濁りのない、華やかかつ徹底した「悪役」だったのだ。そこには逆転ざまぁなハッピーエンドも、新たな恋に救われる展開も、王子どころかヒロインやら何やらとも仲良くなってセコム爆誕! な展開も、必要ではなかったのだ。……少なくとも、私個人にとっては。


 徹底的に「悪」を貫き、周りのものに頼ることなく孤高にその役を演じきって、最後には断罪という華やかで甘美で最高にグロテスクかつ彼ら彼女らならではの方法で盛大に退場し、物語の光を一層際立たせてから散る。

 これこそ「悪役」の真髄であり、生き方の魅力!! そう信じて生きてきて二十数年、拗らせにこじらせた悪役オタクが、大衆にウケる悪役令嬢のお話に迎合できるはずもなく。

 けれどもいつかは私の解釈に似た悪役令嬢モノに出会えるかもしれないと、ページを捲りまくり、もしくはスマホをスワイプしまくって……。みたいな生活を送っていたことはたしか。


 まあこんなことを思い出せたところで、状況は全く変わっていないのだけど――


「なによこのドレス!!」

「きゃあっ、お嬢様!」

 ビリビリ! と凄い音がした。それに意識を引っ張り上げられてみれば、どうやら「メリアお嬢様」 がドレスをいきなり引き裂いたみたいだった。

「お、お嬢様、どうして……」

「こんな色、嫌い! 違う色を持ってきなさいよ! 早く!」

 震えるメイドさん。

 怒りに染まった赤い目と、ギリギリ音を立ててさらにドレスに爪を立てる小さな手。

 それらを鏡で認識した途端、何かが弾けた。



 ――この子、見た目だけじゃなくて、内面も『完璧』な悪役令嬢になれるんじゃ……!?


 そう考えると、この状況ってあまりにも幸福じゃない!? 私好みの悪役の素質がある子を見つけたどころか、一番近くで(というより彼女そのものとして)悪役としての成長ぶりを見られるってこと……!? 何それなんのご褒美よ、私なにか最近徳積むようなことした!?


「お、お嬢様、こちらは……」

「違う! どうして分からないの、ぐず! あんたなんか嫌いよ!」

 …………あぁ、あぁ、どうしよう、最っっっ高だ……!!

 胸が高なって仕方がない。新手の恋じゃないかとすら思う。そのままメイドたちからも怯えられて、それでもなお性根を曲げることなく、真っ直ぐな「悪」に染まって欲しい……。

 癇癪のままにドレスを破き、踏みつけ、メイドさんをどつく「メリアお嬢様」に、私はすっかりメロメロだった。

 だから、次の彼女の言葉に、冷水を浴びせられたような気になった。


「〜〜っさっきからうるさいのよ! だれ? 私の頭の中にいるのは!! 出ていってよ!」


 …………は?


「お、お嬢様?」

「あんたは黙ってて!」

 戸惑うメイドさんの声は、もう耳に入らなかった。

 (……こんにちは、メリア?)

「呼び捨てないで! 無礼者!」


 ……なんということでしょう。

 悪の華が咲き誇るのを応援上映するだけでなく……意思疎通ができる?

 それはつまり、私が彼女を最強で最悪な「悪役令嬢」になるように、……マネジメントかプロデュースかどっちかわかんないけど、しようと思えばできるって、こと……?


「さっきから何を言ってるのよ! 説明しなさい!」

「……お、お嬢様が……お嬢様が、悪魔に取り憑かれて……」

 メリアの視界の端で、メイドさんが倒れた。それは一旦後回しにするとして、私は久しぶりの過剰供給に笑みを隠しきれないまま(意識だけだから顔は無いけど)メリアにうっとりと語りかけた。


 (初めまして、メリア様……私は、あなたを最も美しい生き方に導く、神さまです)


 さあ、「メリアお嬢様」。悪役令嬢に相応しく、華麗に悪行を重ねて、華々しく死にましょう!!


 私は、あなたの味方ですっ!

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