039 ちょっぴり不思議な道化市③
「……リリー、どうかしたのか?」
俯く少女とは対照的に、賑やかさで溢れ続ける道化市。
纏った雰囲気の変化を感じ取ったのか、これなら気付かれにくいと思ったのか。少女の胸に強く押し付けられたままの状態から、クマのぬいぐるみが顔を上げ、口を開く。
「よく……わからないの」
「うん?」
「´面白い´けど、なんだか…………´楽しく´ないの」
「…………。´楽しく´ない……か。それはたぶん、皆と一緒じゃないから……かもしれないな」
「……? 皆と一緒なら、´楽しい´の?」
「そうだなあ。リリーが´面白い´と思った事を一人じゃなくて、皆と一緒に話したり笑ったり……。それが、´楽しい´って事なんじゃないかな?」
「そう……なのかな?」
「ああ、きっとそうさ」
少し困ったような顔で自身の腕の中を見つめる少女に、いつもよりもどこか優しい口調でクマのぬいぐるみからは言葉が返る。
「でも、二人ともリリーの話……全然聞いてくれないよ?」
そこで浮かぶは、未だに残った懸念……
少女がそう答えるのも無理はない。
既にかなりの時間を費やして道化市全体を見て回っているはずなのに……若いシスター達は相も変わらずお土産選びに夢中で、こちらからの問い掛けにはまるで無反応のまま。
´こちょこちょ´と擽ってみようが、小さな虫を捕まえて眼前に出してみようが、何も変わる事はなかったのだ。
「うーん……。確かに、あのシスターがリリーをここまで放っておくなんて有り得ないよな……。それにさ、上手く言い表せないんだけど……この道化市、何かヘンな感じがするんだ」
「どうしよう、ロッコ……」
小さく可愛らしい腕を組み、少女が見ている前でウンウンと唸り出すクマのぬいぐるみ。
「…………そうだ! 一度街に戻って、相談してみようぜ!」
「相談……?」
「ああ。俺達じゃダメでも、婆ちゃんをここに連れて来ればすぐに振り向くんじゃないか?」
「……! うん!」
バジリカからシスタースズシロを呼んでくるという名案に首を大きく縦に振ると、胸に抱いたクマのぬいぐるみの頭を一撫。
´面白い´を´楽しい´へと変えるべく、そうして少女は笑顔を弾ませ道化市の中を駆けていった。
━━初めてのお祭りを思い思いに楽しむ人々や、一芸を披露して喝采を浴びる道化達。
依然として同じ事を繰り返す、決して変わることのない楽しげな空間の中……少女はひた走る。
小猿を使った芸で観客を沸かせている、いつかの道化を横切り。
何度も耳を傾けた、あのメロディを響かせている一人きりな道化の前を通り過ぎ。
賑やかを形としたような、さんざと見て回った店々《みせみせ》をも駆け抜けて。
そして見えてきた、道化市の入り口。
乗り合い馬車での去来にて花めく、街内外からの客でひしめき合う期待感と満足感が入り混じる場所。
そこからまっすぐと伸びる街への道に……少女が一歩、足を踏み出そうとした時だった。
〈ごちん━━〉
突然、少女がその場で尻餅をついた。
目の前には、自分が普段暮らしている街へと続く道。
誰かとぶつかってしまった訳でもなく……周囲には特段、気になる物も無い。
「……?」
少女は不思議と思いつつも、改めて足を踏み出そうとすると……
〈ごつん〉
再び´おでこ´を通して伝わった、何かとぶつかったかのような感覚。
痛みは無いらしく、額をさすりながらに目を´ぱちぱち´とさせる少女はそのまま右手を何気無しに前方へ。
「……あっ」
そこには確かに何も無い。
何も無いのだが……何かが確かに、そこにはあるのだ。
透明な壁とも取れるそれは、さも当たり前のように存在し。少女の行く手に、我が物顔で立ち塞がる。
「向こうに行けないみたい……」
その存在をぺたぺたと触りながらに訝しみ、右往左往と体を動かす少女。
自分以外には誰も気にしておらず、近付くそぶりもなく、周りにはこんなにも人々で溢れているというのに……何故だか´向こう側´には、人っ子一人居はしなかった。
「なんだこりゃあ……」
少女の腕の中から身を乗り出し、自らもそれを確認したうえでクマのぬいぐるみが小さく言葉を漏らす。
「うーん……」
「うーむ……」
歩けども歩けども、それはどこまでも続き……この道化市全体をぐるりと取り囲む、出口の無い壁が如く。
「……どう? ロッコ」
「いや、変わらないな……」
どこかに´切れ目´は無いものかと、お互いに協力し合い……
少女は両手を頭の上に掲げて背伸びをしては、持ち上げられたクマのぬいぐるみがそこから少しだけ上へと腕を伸ばして様子を窺う。
あっちはどうだろう?
もっと離れた所なら、或いは……?
左手にクマのぬいぐるみを抱え、何も無い空に右手をつきながら、触れる感覚だけを頼りに暫くとそれに沿って歩き続けていた少女ではあったが。
観客達の賑わいも離れ、関係者用であろう幾つかのテントが立ち並ぶ場所にて小さなベンチを見つけると……少女は一旦その腰を落ち着かせ、膝に乗せたクマのぬいぐるみと向かい合った。
「くそう。街に行けないんじゃあ、どうしたら……」
「元気出して、ロッコ……。他にも誰か━━」
……ちょうど、その時。天高くを飛びゆく、微かに輝いてもみえる白き姿。
小鳥と思しき者が去り際に残した一枚の羽根が風に乗り……ゆっくりと時間をかけつつ、少女達の元へと舞い降りていく。
ふわり。ふわり。ひらり。
ふわり。ひらり……ひらり。
「…………」
見上げた視界の中で踊る、一枚の羽根。
クマのぬいぐるみとの会話のさなか、少しの間だけそちらに目を寄せていた少女だったが……
「…………あっ!」
急に何かが思い浮かんだかの様な声を上げると、膝の上で頭を抱えていたクマのぬいぐるみを両手で持って顔を合わせた。
「ロッコ! あの人達は?」
「?? あの人達……? 誰だよ、それ」
「ねえ、思い出して。ロッコのこと……恥ずかしがり屋って言ってた人。……あの人達に聞いてみよう?」
「だから、誰だって…………あ」
どうして、今の今まで忘れていたのだろう。
どこかでふとした拍子に転がり落ち、落とした事にすらも気付いていなかったパズルの最後のひとピース。
それがカチリと音を立てて嵌ったような感覚に、怪訝そうな顔をしていたクマのぬいぐるみの表情も驚くほどの様変わりをみせる。
「そうだよ……いるじゃんか! 俺達と普通に話をしてたアイツらが! ここからだと結構近いかもな……行ってみようぜ、リリー!」
「うん!」
ベンチを発ち、クマのぬいぐるみを胸に少女は再び駆けていく。同じ顔をした、二人の男性達のところまで。




