034 お揃いの服、お揃いな顔①
「わあっ……!」
「おっと、そうはいくかっ!」
道化市の中へと足を踏み入れれば……そこはもう別世界。
人々は皆笑顔を絶やさず、漂う幾つもの笑い声は満ち満ちて、尽きる事がない。
心が弾むような軽快な音色。それに合わせ、愉快な動きを見せる道化達。
それらに釣られて無意識の内に駆け出そうとした少女を、若いシスターがふわりと抱きかかえた。
「やだ、離してっ。もっと近くで見るの!」
「へへ~ん、ダメで~す。離れたりなんかしたら、すぐに迷子になっちゃうんだから。それで〜、そんな子の所には〜? どこからか怖〜いお化け達が集まって来て……だ〜れも知らない場所に、連れて行ってしまうのだ〜〜!」
「やだ、やだやだ!」
´じたばた´と藻掻き、腕の中で抵抗を続ける少女をあやしつつ……ズラリと並んだ様々な露店に視線を傾け、若いシスターと向日葵の女性は歩みを進めていく。
奇抜な柄の刺繍が思わず目を惹きつける、他の地域特有の織物……
実際よりも面白可笑しく姿を誇張された、個性豊かな置物の類……
そして、あくまでも自然を装って店先に並んではいるものの……よくよくと見れば、街の雑貨屋でも手に入りそうな程度の眉唾物までもが。
その自慢げな口上で語るに語られ売り売られ。それぞれの店で、それぞれの主が、自身に宿った商魂のたくましさをこれでもかと披露する。
そのまま雑踏の中を縫って歩き……少しすると開けた、小さな広場ほどの空間。
規則的に設けられた数々のテーブルには合わせるように長椅子が置かれ、道化市を訪れる人々が自由に休める場所の一つとして、一時の安らぎを提供していた。
途端……
「もう降りる、降りるの!」
周囲をさらりと見回し、この場では自分以外に抱かれている子供がいない事を知ってか……再び、若いシスターの腕の中で´イヤイヤ´と藻掻き始める少女。
「う~ん、どうしようかなぁ? そうだなあ……私達のそばから、勝手に離れたりしない? いい子に出来るなら〜、降ろしてあげようかなっ」
「出来るのっ! だから、早く降ろしてっ!」
わざとらしく困った表情を作り、そう言いながらも接近させてくる若いシスターの顔を両手でグイッと押し返し。それでも迫りくる頬には、ペチリと平手を食らわせ。
そうした幾度にも渡る必死な´懇願´の末……ようやく解放された少女は、空いていた長椅子の上へとその体を降ろされるのであった。
〈ふわっ……〉
……おや?
不貞腐れた顔のまま戻らない少女を宥めるため、両隣に座って色々と言葉を掛けていた若いシスターと向日葵の女性だったが……そのうちの若いシスターだけが何かに気付いたようで、徐にひとりその場で立ち上がる。
「む〜ん…………ハッ! こ、この匂いは……!」
すぐさまブンブンと左右に振られる頭……険しさすら感じさせる、真剣な眼差し……
やがて視線はビタリと止まり、それを認識すると同時に若いシスターのお腹がグゥと音を立てた。
……バゲットだ。
十数種類にも及ぶ豊富なパテを売りにした、バゲットの屋台がそこにはあったのだ。
火に熱された小振りな鉄板の上に切り分けたバゲットを押し当て、軽く焼き目をつけたところに塗り付けられる好みのパテ。サービスで添えられる、オリーブやピクルスの存在が何とも有り難い。
(風向きの関係か……私ともあろう者が、今の今まで気付かなかったとは……)
己の未熟さを痛感し、目をつぶって静かに首を横に振っている若いシスターに注がれた……二つの視線。
「…………」
「…………」
何かを察した様子の向日葵の女性からはまだしも、下方から送られてくるもう一つの感覚がチクリチクリと妙に突き刺さる。
「あ、あのねリリー。私はあそこのお店にちょっとだけ用事があって……そ、その……調査……そう、調査! どんなものを売っているのか、食べても大丈夫なものなのか……実際に私自身がお店に行って、詳しく調査をする必要があるの!」
「ふうん」
「とっても大事な……! し、使命……なん…………です」
「ふうーん……」
ここに来て響き始める、積もりに積もった本日分のマイナスポイント。
つい先程まで抱き上げられていたという事実も災いし、少女から向けられるのは´じとり´とした視線……モゴモゴと語尾を弱め、言葉を不明瞭とさせる若いシスター……
そこに、何処吹く風なお腹の音がググゥと続く。
「い、行っても……よろしいでしょうか……」
「…………」
「ねえ、リリー? このままじゃ、舞台が開演する時間までに他を見て回れなくなっちゃうかも」
「む……。たくさん……みたい」
「うんうん。それなら、今のうちに行かせてあげないとね?」
「むぅ……」
まるで叱られている子供が如く、俯きがちにチラチラと話の流れを窺う若いシスターの顔には徐々《じょじょ》に緊張の色が見え始め……
訪れる僅かな沈黙の後。小さな少女の手によって、此度の審判は下された。
「…………(こくり)」
「……!! やったあ、二人とも大好きっ!」
少女が自身の頭を縦に動かそうとした時には、既に若いシスターの体は回れ右。
感謝の言葉だけを二人に残すと……´ばびゅん´風を切り、屋台から伸びた短めの列へとその身を連ねる。
「そういえば……リリーは道化市のなかで、何を一番楽しみにしているの?」
普段から穏やかで、慈愛に満ちたイメージを抱かせる……バジリカに属した者のみが袖を通すことの許された、粛然たる修道服。
それが屋台の前にあるという事で、道化市の観光としてやって来た他街の人々は皆驚き。
それを身に纏った若い女性が醸し出す、陽気で誰よりも浮かれている様子が人々を再び驚かせ。
最後に´あれやこれや´と店主に注文をしている、その量の多さに人々が三度驚く……
そんな、周囲からは文字通り一目置かれている若いシスターの後ろ姿を眺めながら……ポシェットにいるクマのぬいぐるみの頭を撫でている少女に、向日葵の女性は言葉をかけた。
「……クマ。…………!! 大きなクマがみたいの!」
思い出したように顔をパッと明るくさせ、隣に座る向日葵の女性を見上げる少女。
同時に興奮していた気持ちも返ってきたのか、そう答えた少女の頬はやや赤みを帯びている。
「クマかぁ、出てくるといいね。私も大きなクマは好きだよ。もちろん……ちっちゃなロッコもね?」
「うん!」
「━━なになに、何の話〜?」
お互いがそれぞれに持つ期待感を会話の中で適度に分かち合っていた二人の元へ、嬉しそうな表情で足早に戻ってくるのは若いシスターだ。
手に持った皿からは香ばしさが溢れ、サービスの付け合わせ達が小山を築き……まだ席にも着いていないというのに、何故か上下の動きを見せているその口元。
「えへへ、すぐに終わらせま~す!」
そのまま少女達の向かい側に腰を下ろし、テーブルの上に皿を置き、早速と両手を擦り合わせる。
両手に花……ならぬ、両手にバゲット。
明らかに´すぐに´、では済まないであろう量のバゲットを取っ替え引っ替えで口へと運び、時折添えられたオリーブ等を交えながらに若いシスターは一心不乱に食べ進めていく。
もぐもぐ……
もぐもぐ……
食べっぷりの良さというものは、本来は見ている人を笑顔にさせるのだが……
もぐもぐ……!
もぐもぐもぐもぐ……!
それも度が過ぎれば、ただただ唖然に変わる。
目の前に座っている二人は、そんな若いシスターから目立ち方の手本を見せられながらも暫しの時は流れ。
「……ふぅ。調査終了、問題なし!!」
すっかりと平らになった皿へ、満足そうに若いシスターが調査の結果を告げたところで……改めて、会話の続きは始まった。
「それでね、リリー。さっきお店の人に教えてもらったんだけど……もっと中央の方まで行けば、道化市に関連したお土産屋さんがあるんだって! そっちならリリーが気に入りそうな動物系とかもありそうじゃない?」
「……本当? クマもあるかな?」
「きっとあるよぉ、あるある! ん〜、舞台が始まる時間はもう少し先だから…………よし。ちょっとだけ、見に行っちゃおうか!」




