003 少女とクマのぬいぐるみ③
「はい、余程嬉しかったようで……頂いたその日から肌身離さず持ち歩いているんですよ。
勿論、リリーだけでなく他の子達もとても喜んでおりますし……何より、皆日常的な笑顔が増えた様にも感じます」
「当初はどのような物が喜ばれるのか分からずに、ついつい当たり障りのない物ばかりを選んでしまったと思いましたが……
結果として、シスターから頂けたお言葉やあの子が見せてくれた笑顔……いやあ、実に幇助冥利に尽きますなあ」
「ですが……本当に宜しいのですか? 皆に顔だけでも……」
「いやいや、シスター。あまり恩着せがましいのは私の性に合わないのですよ。それに…………おや?」
二人がこの街のバジリカで暮らす子供達についての世間話に花を咲かせていると、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「……シスタースズシロ、そろそろお時間です」
「あら、もうこんな時間」
その声を聞き、シスタースズシロが持っていた懐中時計へと視線を落とす。
「これはこれは……私としたことが、少々長居をしてしまったようですな。では、私はこれで……」
「こちらもあまり時間を御用意出来ずに……。せめて、入口まではお送り致しますわ」
「いえいえ、私の事はお気になさらず」
のんびり馬車が来るのを待ちますよ。と、見送ろうとしたシスタースズシロを部屋を出てすぐの廊下でやんわりと断り……初老の男性は一人、自分の歩調でゆっくりと歩き始める。
中庭に面した窓から下を覗けば、そこには元気に走り回る子供達の姿……
一階へ降りる階段へと足をかければ、程なくして聞こえてくる楽しげな笑い声……
自分がした行動の賜物なのだろうか……周囲を彩るそんな些細な日常が、何故だか今は不思議と心地よく感じられた。
「……さて」
迎えの馬車がなかなか来ず、どうしたものかと男性が大聖堂の入口で考えていると……少し離れたベンチに先ほどの少女が座っているのが見える。
この場所で立ったままというのもどうかと思い、歩きながらそちらに近づいてみれば……徐々に聞こえてくるのは少女の明るく弾むような声。
どうやら少女は、胸に抱いているクマのぬいぐるみへ一生懸命に話しかけているようだった。
なんとも微笑ましい……そう思いつつ、初老の男性はその少女へと声をかける。
「やあ、一緒に座らせてもらってもいいかな?」
「うん。……もう帰るの? ステッキさん」
「帰りの馬車を待っているところなんだ。だから少しの間、私とお話でもしてくれないかな? ってね」
「どんなお話をするの?」
「そうだなあ、お嬢さんは……おっと。リリーは、どうしてその子を選んでくれたのかな?」
「………………。……同じ、だったから」
暫しの沈黙の後……少女が口を開く。
~~~~~~~~~~
「さあ、皆さん! 今日は皆さんにプレゼントがありますよ!」
夜のお祈りが終わり、バジリカの子供達を一つの部屋へと集めると……シスタースズシロは他のシスターと共に、やや重そうにしながらも奥の部屋から大きな箱を運んでくる。
箱は綺麗にラッピングがされ、その上部にはこれまた大きなリボンが揺れていた。
「わーっ!」
「やったぜ!」
各々が大いにはしゃぎ、一斉に大きな箱へと集まっていく子供達。
「私はこれっ!」
「早い者勝ちだー!」
部屋全体がわいわいとした子供達の声で満ちるなか……その少女は隅の方に一人で座り、静かに本を読んでいた。
「……あら、どうしたの? リリーは行かなくてもいいの?」
そんな姿に気が付いたシスタースズシロは、目線を合わせる様にして少女の隣にしゃがみ込み、優しく言葉をかける。
「……うん。今は本を読んでるところなの」
「でも……はやく行かないと無くなっちゃいますよ?」
思い思いのプレゼントを持って部屋から出ていく子供達を見ながら、ほらほらと言ってシスタースズシロは少女を促す。
あまり乗り気ではない少女の背中を押し、二人が一緒になって大きな箱を覗きこむも……
既にその中にはプレゼントの様な物は見受けられず、様々な色をした皺苦茶な包み紙やラッピングテープ等で埋め尽くされてしまっていた。
「あら、もう無くなっちゃったのかしら……。全員の分があるって聞いていたのだけれど……
ごめんね、リリー……誰かプレゼントを二つ持っていってないか、確認してくるわね?」
そう言って子供達を見に、部屋から出ていくシスタースズシロ。
部屋に一人となってしまった少女は、何気なしにもう一度その大きな箱を覗きこんだ。
赤、青、黄色、緑……
様々な色が散りばめられ、それはさながら宝箱のようである。
もうプレゼントは無くなってしまった、とシスタースズシロは言ってはいたが……目の前には、普段見かけないような綺麗な色でいっぱい。
少女は先ほどまで読んでいた本に紙を使って花や動物がつくれる……という内容があった事を思い出し、皺苦茶となった包み紙を大きな箱から取り出しては一枚一枚、その皺を伸ばしていった。
掴んで……伸ばす。
また掴んで……伸ばす。
「…………?」
少女が次の包み紙を取ろうと、大きな箱に手を入れた時……何かがその手に触れた。
不思議に思った少女が箱の中へと両手を入れ、その何かを取り出してみると……それは、黒いクマのぬいぐるみだった。
暗い色をしていたせいで他の子供達からは見向きもされなかったであろうそれは、様々なプレゼントを包んでいた色たちが無数に絡まり……少ししょんぼりとしている様にも見える。
箱の奥底に居たためか、その姿は見ているこちらも可哀想に思えてくる有様で……少女がそんなクマのぬいぐるみを箱から引っ張り出してやると、残っていた包み紙やラッピングテープ等が一緒になって付いてきてしまう程だった。
「………………」
しばらくそのクマのぬいぐるみを見つめていた少女だったが、顔に少しだけ寂しさを浮かべるとその体に絡まっていたものを一つ一つ……ゆっくりと取り除きながら、言葉をかけ始める……
「あなたも……暗かったの?」
「あなたも……寒かったの?」
「あなたも…………」
言葉に詰まった少女が、ふわふわな体を露としたクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
……お日様のような匂いに、胸に収まる柔らかな感触。
腕の中の温かな感覚にどこか安心して落ち着いた少女は……周囲に散らかった包み紙やラッピングテープ等を再び箱に戻し、改めてクマのぬいぐるみを胸に強く抱きしめると、シスタースズシロを待たずしてその部屋を後にするのだった。
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「……ロッコは暗かったの。ロッコは寒かったの。ロッコは……ひとりぼっちだったの」
抱きしめているクマのぬいぐるみの顔を見て、少女はその力を強くする。
「ロッコは……誰にも見つけてもらえずに、箱の中で埋もれてたの……」
そう続けた少女の顔に浮かぶ、僅かな暗色。
そんな少女を見て、隣で静かに聞いていた初老の男性は優しい口調で言葉を返す。
「……でも、ロッコは君に。……リリーに、見つけてもらえた」
「…………うん」
「リリーと一緒だから、ロッコはもう寂しくないんじゃないかな?」
「そう……だといいな……」
少女はクマのぬいぐるみの顔を見ながらも俯き……少し小さな声で男性へと問いかける。
「リリーも……見つけてもらえるかな……」
「……見つけてもらえるさ。…………君が諦めない限りね」
俯く少女に合わせるように声を抑えて静かにそう答えた男性は、ごつごつとした手で少女とクマのぬいぐるみの頭を交互に撫でると立ち上がり……いつの間にか大聖堂の入口前にて止まっていた、自分の馬車へと歩いていった。
来た時と同様に軽快なリズムを鳴らしつつ去っていく、男性が乗り込んだ立派な馬車。
その姿が見えなくなるまで……その音が聞こえなくなるまで……
馬車が過ぎ去った通りの先を、クマのぬいぐるみを胸に少女は見つめ続けていた。




