018 中庭に響く音色⑤
「……やっ! やなの!」
「そんなふうに暴れたって、もう離さないもんね! そ〜れっ」
〈ぶちゅ……〉
「…………」
「ん…………んん? あれ、今日のリリー……なんか毛深い……」
そう、危機が押し迫ったその刹那。
少女は咄嗟に抱いていたクマのぬいぐるみを使って己の盾とすることで、危機からの回避に成功していたのだ!
憐れ身代わりとされたクマのぬいぐるみの額には、謎な液体が光る……
「じゅるっ……あっ、いつの間にかよだれ出ちゃってた……。それにしても……ロッコめ、私の邪魔を〜! ……でもでも〜? こうやって、こっちの手でロッコを持っちゃえば〜? ほ〜ら、今度はリリーが丸見えだぞ〜?」
「また貴女は……。リリーが私に話をしてくれていた途中だったのですよ?」
「う……」
「早くっ、下ろしてっ!」
「うぅ……」
お師匠様と慕うシスタースズシロからは呆れられ、抱えた少女にはポカポカと頭を叩かれ……
「…………ロッコも返してっ!」
「あ、ああっ……」
仕方なしと渋渋に解放した少女によって、最後に残った柔らかな温もりをも失った若いシスターはヨロヨロと最前列の長椅子へとくずおれ……残念そうにその口を尖らせるのであった。
「まったく……それで、どこのドールが行ってしまったの?」
「…………」
「大丈夫……ゆっくりで構わないわ、リリー」
目線を合わせるようにしてしゃがみ、決して急かすことをしないシスタースズシロの優しさに促され……俯きがちな少女は、次第に言葉を口にしはじめる。
「秘密の……場所なの」
「まあ、それは素敵。リリーと、リリーの仲良しさんだけの場所なのね?」
「…………! うんっ! リリーでしょ。ロッコでしょ。あとはね、スコップ━━」
シスタースズシロが返した言葉に少女は少しだけ顔を明るくさせ、一つ一つ指で数えながらも……最後に言いかけた、´彼´の名前。
そこで少女の言葉は止まり、顔は再び下を向く。
「……たくさん、お話ししたの」
「そうね」
「……知らない事もね、教えてくれたの」
「うん、うん」
「だから……だから…………」
頑張っても頑張っても、幾度となく散らばってしまう自身の思考に口の動きは鈍り……そこから来る当惑で無意識にクマのぬいぐるみを強く抱きしめてしまっている少女に代わり、シスタースズシロがその思いを声とする。
「ずっとそのままでは可哀想ですもの……天気が変わったりしてしまう前に、建物の中へ入れてあげましょう?」
「…………うん」
一瞬、途切れる会話。
それを見た修道服姿のドール達が、次の指示を仰ごうとこちらに近付きかけるのを手で軽く制しながら……シスタースズシロは静かに待ち続ける。
目の前にいる少女が、自分のタイミングで何かを話してくれる……その時まで。
「…………。ここを出て、右に曲がったら……最後まで歩くの。そうしたら外に出て、中に入って……一番奥。一番奥の…………中庭にいるよ」
言い終わり、顔を上げた少女の瞳に……優しそうに微笑むシスタースズシロの姿が映る。
見つめ合うシスタースズシロの瞳には、遠慮がちではあったが小さく笑みを返してくれる……そんな少女の姿が映っていた。
そこへ……
「奥……奥…………」
すぐ横の長椅子に居ながらも二人には見向きもされず……
それとなしにアピールをしてみるも、やっぱり自分は蚊帳の外……
私も一緒に話したい……もっとかまって欲しい……
それらの欲求がついに限界を迎えたのか、若いシスターは堪らず声を漏らし……わざとらしくその手をポンと叩く。
「……ああ! 確か、人目に触れる事が無いからって放置しちゃってた中庭を……一体のドールに任せていたんでしたね!」
「…………」
「…………」
(……おや?)
変わらぬ状況、満たされぬ欲求。
体勢はそのまま、若いシスターは考える。
(……う〜ん?)
しかし思案は深くまで至るはずもなく……改めて、その手はポンと叩かれた。
「……ああ! 確か、人目に━━」
「もう……ちゃんと聞こえていましたよ。……そうね、比較的長い間頑張ってくれました。もう一度、御使い様にお願いをしなければなりませんね」
漸く返ってきた反応に若いシスターは顔をニンマリとさせ、シスタースズシロにつられてこちらを見る少女へ自慢げな様子で言葉をかける。
「リリーも今の聞いたでしょう? お師匠様に任せておけば、心配なんてこれっぽっちもいらないんだから! また、´前と同じ´に戻してくれるわっ」
「…………はぁ。……教えてくれてありがとう、リリー。時間を見つけたらすぐ、御使い様にお願いをしておくわね?」
何故か自分の事のようにドヤる若いシスターを横目に、シスタースズシロは目の前にいる少女に感謝を告げてから立ち上がると……自分からの指示を待つ、修道服を着たドール達の元へと歩いていった。
「……そうそう、貴女は先に依代を召喚室の方へ移動させておいて頂戴。こっちの準備もあるのですから、寄り道をせずにちゃんと戻ってくるのですよ?」
「はいっ、お師匠様!」
お祈りの準備に戻るシスタースズシロからの去り際の指示を受け、その場でピシリと直立不動となっていた若いシスターだったが……
既に中庭へと向かい始めている少女の姿に気が付き、足を急がせ先行く小さな背中を追いかける。
「待って待って……置いてかないでよぉ……」
「……一人でも行けるでしょ」
「そんなぁ〜…………あっ。ほら見て、ロッコも皆で行きたいなって言ってるよ?」
若いシスターの言葉を聞いて、少し前を歩く少女の足が一度止まりかけるも……それはすぐに動き出し、歩調までもを早くしてしまう。
「ロッコはそんな事ないって言ってる」
「えぇ〜……一緒に行こうよぉ……リリーぃ……」
しかし、足の長さというものは時に残酷なもの……
クマのぬいぐるみを胸に頑張って足を動かす少女が、チラリと後ろを振り返ってみれば……自分のすぐ後ろでは、若いシスターが嬉しそうにニコニコとしているのだ。
少女がいくら足を早めてみても二人の距離は変わることがなく……結局、若いシスターの思惑通りとなるのだった。