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013 オバケのうわさ③

「……は?」

「えっ……」


 若いシスターが静かにうつむき、わずかばかりの逡巡しゅんじゅんを見せる。

 クマのぬいぐるみをいだく少女の目は緊張きんちょうしたものへと変わり、動揺どうようが少年のからだしばっていく。

 されど……口はその言葉を発さずにはいられない。


「か、帰って来るって……だれ……が?」


 ……流れる沈黙ちんもくのなかで、若いシスターがあやしくみを浮かべた。


「ふふ……わかってるくせに」

「わかってる……って……そ、それじゃあ……」

「もう、その屋敷に帰って来ることなんて……けっしてないはずなのにね…………。それなのに最近……」


 そう言いながら、若いシスターはうつむいていた顔を少しずつ上げ始め……


「大好きだったお婆ちゃんに……当時の姿のままで……!」


 口調くちょうを強め、声を張り……


「その子が…………会いに来るんだって! お婆ちゃん、お婆ちゃん……って!!!」


 そして最後はわざとにガタリと音を立てつつ、話に聞き入る二人の目の前で両手をバッと拡げてみせた。


「……っ!!」

「……いやっ!」


 恐怖のあまり少女が思わず両手で耳をふさぐと、自分を抱きしめていたはずのささえを失ったクマのぬいぐるみが床へと落ちる。


「(ぐえっ)」

「…………!? な、なんだよ今の声っ!」


 少年の耳に、確かに届いた小さな声。

 すぐ近くから聞こえたような気もするその声の正体を突き止めようと、少年はビクつきながらもキョロキョロと食堂内を見回すが……それ以降は特に何も起こらず、変わった物も見当たらない。

 何かの聞き間違いか? いや、そんなはずは……。少年の頭に、そのような考えがよぎった時だった。


〈コツーン……〉

〈カツーン……〉


 夜の大聖堂に響く……一つの足音。


「だ、だだだ誰だよっ! 他には誰もさそってないぞ……!」


 どこからか聞こえてくる足音に少年は狼狽うろたえ、少女は慌てて床に落ちたクマのぬいぐるみを拾い上げる。

 この時間帯だ。とっくに夕食の時間は終わっており、それこそ食堂に用がある者など……


〈コツーン……〉

〈カツーン……〉


 ……足音はなおも続く。


「なあ、リリーは誰かに言ったか……?」


 クマのぬいぐるみを胸に、少女が首を横へと振る。


「わ、わかった……姉ちゃんだな、姉ちゃんが他にもさそったんだろ!?」


 自分達が置かれた今のこの状況を良からぬ方向に解釈かいしゃくし、思っていた以上の反応を見せてくれる二人。その姿を見て、若いシスターは一人ほくそ笑む。

 そして、最後のダメ押しとするべく申し訳無さそうな顔を作ると……やや重そうにその口を開いた。


「……本当にごめんね。このお話には……まだ、続きがあるの……」

「えっ」


 少年が小さく声をあげ、少女の動きがピタリと止まり、その視線は若いシスターへとそそがれる。


「この話をしている所にはね、自分の事を呼ばれたと思って…………来ちゃうんだって……」

「き、来ちゃ……う……?」


 若いシスターの言葉尻ことばじり怖気おぞけながらにそうなぞる少女の腕の中で、いつもと変わらぬ愛らしい姿を見せ続けていたクマのぬいぐるみだったが……その顔も、今となってはどこか不安げだ。


「ほら……聞こえるでしょう? 近づいてくるあの音が……あの子の足音が……! ……逃げる? ……隠れる? ううん、それは……無理なの。だって、あの子はもう…………あなた達の……すぐ後ろに居るんだからっ!!!」


 大袈裟おおげさな身振りと手振り、そしてわざとらしい表情。

 それらをともなった若いシスターが、二人の後ろをパッと指差す。


「…………!!」


 声をあげることすらままならず、驚きのあまり背筋せすじをピーンと伸ばす……そんな少しったかのような姿勢そのままで固まる二人を、満足そうにながめる若いシスター。

 しかし、それも最初の内だけで……その表情はにわかに青ざめたものへと変わっていく。


「あ……あっ……」


 かすれるような声を口かららし、若いシスターが凝視ぎょうしするは目の前……つまり、少年と少女の背後。

 大きく開かれた目、カチカチと音を立て始める歯……そのひたいには暑くもないのに嫌な汗がじわりとにじむ。


 ……怖い。ただただ……怖い。


 若いシスターの目には、一体何がうつっているのか。

 自分達の後ろに居るものは、どれほどの恐ろしさなのか。


 中庭にめんした窓越しに、うっすらと聞こえていた夜虫よるむし達の声もいつの間にか消えており……室温が下がったのではと錯覚さっかくするほどの恐怖感に、動くことさえかなわない。


〈……ギッ〉


 それは、明らかに食堂内で聞こえた音。少年少女、二人の背後にある床が……きしんだ音。

 向き合う若いシスターと同様に椅子に座ったまま凍りついている少年の隣で、少女は顔をうずめて何も見ないようにとクマのぬいぐるみを一層いっそう強く抱きしめる。


「(……うぐっ)」


 すぐ近くから、またもや聞こえた小さな何か。

 その瞬間、少年は転げ落ちるように椅子から降り、脇目わきめも振らず一直線に食堂準備室の方へと走る。

 そして、なかり開けるような形で準備室への扉を開けると、勢いにまかせ奥にある扉をも大きく開け放ち……オバケが出たという叫び声と共に、そのまま通路の奥へと消えていった。


〈ギシッ……ギシッ……〉


 少年が走り去った方向に目をったまま、軽く呆気あっけに取られていた少女の後ろに……あの音が近づく。


「…………!」


 あわてて抱えているクマのぬいぐるみに自身の顔をうずめ直し、椅子の上で小さく丸くなる少女……

 そこに、優しげな口調くちょうの誰かがそっと手をれる。


「まったく、誰がオバケですか……」


 思わずね上がる少女だったが、聞き覚えのある声におそおそ上体じょうたいを起こすと……クマのぬいぐるみの影から、ちらりとその顔をのぞかせた。


「話し声が聞こえるから、何かと思って来てみれば……」

「……!」


 落ち着いた声、柔らかな表情、あたたかな雰囲気ふんいき……少女の目に見ても、そこに居るのはシスタースズシロである。

 しかし、いま疑心ぎしんを振り払いきれない少女は声がするたび驚いたカタツムリの様に顔をパッと引っ込め、ややしばらくしてからゆっくりとその顔を伸ばす。


「……驚かせてしまってごめんなさいね、リリー」


 頭の天辺てっぺんから足の爪先つまさきまで……クマのぬいぐるみに隠れたままの少女から入念なチェックを受け、ようやく自分であると認められたシスタースズシロはそう言うとテーブルに置かれていた本に不思議そうな顔を向けた。


「あら……? この本は……」

「あわ、あわわ……ち、違うんですお師匠様……」


 カタカタと震えながらに、若いシスターが弁明べんめいする。


「これは確か……あなたに図書館へ返してくるようにとお願いしていた本に……良く似ているわね?」

「あわわわわ……こ、これには涙無しには語れない深~いワケが……」

「あら、そうなの? とても興味があるわ。その話、是非ぜひ聞かせて頂戴ちょうだい?」


 先程まで少年が座っていた椅子へと腰を下ろすシスタースズシロ。

 目の前に座る若いシスターをがっちりととらえる、静かな微笑ほほえみ……


「……えっ! えっと……それは…………その……」

「…………オバケのおはなし、終わった?」

「ええ、それはもうおしまい。私には別の話をしてくれるみたいだから……リリー、あとは大丈夫よ?」

「うん、わかった」


 しどろもどろとなっている若いシスターの前で、すっかり落ち着いた様子の少女は普段通りにそう言葉を返すと……胸に抱えたクマのぬいぐるみの腕を左右に動かし、二人にバイバイをしてみせてから立ち上がる。


「あっ! 待って、待ってよリリー! 一人にしないでぇ~」

「まあ、私と二人っきりはお嫌い?」

「ううっ……リ、リリーぃ……」


 より大きな明るさを求め、少女は必要最低限のあかりとなった夜の大聖堂をけていく。

 その背中を追うように……通路の奥にある食堂からは、少女の名を呼ぶ若いシスターの弱々しい声が何度も何度も……諦めず、流れてくるのだった。


 ━━後日、もの言わぬ若いシスターが恨めしそうな顔をして、少女の行く先々《さきざき》でさんざ付きまとっていたという話は……言うまでもない。

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