あらたなる伝説・外伝 「氷ツイタ心」
何処かの世界の至って平凡な星
現実の地球と大して変わりのない技術を持った惑星
大陸や島の位置とか名前は流石に違うけど、生命体の構造は特に変わりなし。
そんな世界の大陸に位置する大都市「リリシア・エンパレイス」
その一つの学園「獅子火亜学園」が今回の舞台となる。
16歳の少年・七臥竜司は獅子火亜学園の生徒として生活している。
頭脳明晰身体能力抜群で正義感が強く優しい性格と幼さを残したイケメンで年下年上の生徒たちにモテモテで教師からも人気がある。
が、そんな彼には隠された秘密がある。
多元宇宙警備隊「ギャラクティアーズ・エッジ」の隊員であり、数ヶ月前に突如現れた「創造の外側」という存在を調査している。
「七臥君おはよー」
「おはよう七臥」
「あぁ、おはよう」
爽やかな笑顔で同級生たちに挨拶を交わす。
この調査を任されたのは2ヶ月前… この学園にはそれよりも前に通っていたのだが、調査対象をより明確な情報を得るために何度か時間を繰り返したり、より過去からいるという記憶をこの世界そのものに植え付けているなど…
結果的に3年前からここにいるという事になっている。
そのため街の評判もあり、多くの人達から信頼されている。
勿論七臥自身も正義感の強さから犯罪行為に手を付ける事はあり得ない。
(2か月前に隊長から申し渡された調査内容…未だに理解できないものばかりだ)
教室に入り、席について警備隊の司令から渡された書類に目を通す。
―2ヶ月前―
ギャラクティアーズ・エッジ3代目司令官による全隊員の招集。
「これよりギャラクティアーズ・エッジはこちら側に侵入した【創造の外側】の勢力の討伐及び存在の特定調査を開始する!希望問わず全隊員は各自単独調査から一個師団の規模に分かれて時空間を転移して向かってもらう!」
突然の発令にざわつく隊員たち。
「司令、一つ質問よろしいでしょうか?」
「許可する」
「【創造の外側】とは何なのでしょうか?我々の中でもその単語を知る者は恐らくいないかと…」
「その事については元帝との対話で判明したものに過ぎない。正直、私自身も半信半疑だ」
「元帝が…?」
「あの元帝が自ら対話を…」
「あんな連中が動く程の…」
「ですが単独から一個師団などとそんな極端な編成をする必要があるのですか?」
「戦力的な問題は不明だ。私もそれは元帝に対して意見した…一個師団まで編成するような相手を単独調査など無謀ではないのか、と」
「では何故…」
「…元帝の考えなど我々では到底理解出来るものではない。【創造】に外側などあるのか…いや、この事については実際にそれを確かめた者だけが知る…いなければそれでいいと思っていた…が」
司令が少し俯き、悩んだような仕草をした後に顔を上げる。
「過去に記録されていない正体不明の勢力が出現し、調査隊が壊滅している」
その報告を聞いた隊員たちが再びざわつき始める。
「壊滅した事が判明しているのなら、その勢力についてわかっている事があるのでは?」
「いや、それも元帝からの報告に過ぎん。なんでも…既に【創造の外側】に出発した者たちがいるという噂がある…定かではないが」
「危険すぎます!何もかもがあやふやで一切がはっきりとしていない話を鵜呑みにして行動するなど自殺行為ですよ!」
「…元帝がこの要求を飲まなければ強硬手段に出る…と」
ざわついていた隊員たちが一瞬で凍り付く。
「…我々には奴らと争えるだけの戦力はない… 初代も…先代も…奴らが直接介入してくることはなかった…」
握りこむ拳から血が滴る程に力を込め、震えている…
抗える事も出来ない程にどうにもならない相手からの脅迫…
あらゆる宇宙の平和のために戦うべき者たちの屈辱…
深いため息の後に顔を上げ、隊員たちに告げる。
「……先程言った通り私自身も半信半疑だ。元帝はやたら注視しているが、本当にいるかどうかもわからない相手だ。いないならいなかったとして報告すれば向こうも無理矢理介入してくることもない。我々はやれるだけのことをやるだけだ」
「で、ですが…元帝がそこまで危険だと認識している相手と実際に遭遇したら…」
「もし話が通じる相手なら対談するぐらいの余裕はあるだろう…最低でも言葉が通じれば…な」
【創造の外側】とやらが何なのか、そこからやってくる勢力とはどういう存在なのか
司令自身もかなり投げやりな対応…元帝の脅迫が余程気に障ったのか…
そして七臥はこの星の担当になった。
その勢力は半年にも満たない間にやってきたらしいが…素性も何もわかったものではない。
と、いつもはホームルームで生徒たちが教室に入りっぱなしでドタバタしているはずなのに何故か生徒が教室にいない。
(珍しいな…最低でも一人二人残ってるはずなのに)
気になって廊下に顔を出すと、他の教室からもドタバタと他の生徒が走っていく。
どうやら行先は職員室のようだが… 向かっている生徒の会話に耳を傾ける。
「なぁ、聞いたか?留学生の事」
「あぁ、なんでも海の向こうの大陸から来たってな」
「そこは外国でいいだろ~バカっぽい例えだな」
「うっせぇな!」
「ともかくすっげぇ美少女らしいぜ」
留学生… 自分の時もそうだったが、何故こうも途中からやってくる相手にそこまで興味を抱くのか。
男子生徒がやたら騒いでたし、美少女という単語も出てきた。
(女の子の留学生か)
少なくとも関係ないなと思っていた七臥だったが、流石に気にならないと言えば嘘になるのでちょっとだけ拝見しにいくことに…
職員室の中ではセーラー服を着た…美しい水色の髪の少女が教師から色々と話を受けている。
髪の先の方がツンとしてややハネっ気のある、電光が反射して輝いてるようにさえ見える。
思わず見惚れそうにもなるが、別に気にする程でもない…と思っていた矢先にその少女が七臥と同じクラスに来るそうだ。
(なんだこの展開…)
七臥と同じクラスの男子たちが歓喜していると、教師が入ってきてホームルームが始まる。
「えー…既に聞いていると思うが、今日から留学生がこのクラスの生徒になります。みんな仲良くするように…さて、入ってきなさい」
教師の呼び掛けから先程の少女が入ってくる。
ジト目のような薄目のような…少し目線が下に向いているからなのかは個人によるものなので…と、少女が自己紹介をする。
「…スヒャーナです。よろしく」
「それじゃ、七臥君の隣の席に座ってください」
ますますゲームのような展開に多少困惑する七臥。
留学生が隣に座る。 何ともまぁ予想したかのような展開で窓際の方へ。
伏せがちな目が更に美しさを増しているようにも見える。
言わずもがなクラス中の視線がきついものになる。
「あっえっと…七臥です…よろしく」
「よろしく」
やや緊張しながらファーストコンタクトを取る七臥に対して視線を向けることなく素っ気無い態度を取るスヒャーナ。
まるでこちらの事に興味のないような…単純に対応する事に慣れてない事もある。
授業が終わり休み時間になるとクラス中の…いや、学園中の男子生徒が集まってくる。
(普通に邪魔だよ!)
目的は当然留学生。
男子からあれやこれやと質問をされるのに対して七臥に対しての反応と同じく素っ気無い態度を取るだけ。
それがたまらないという感想を述べる生徒も多いがあまり共感は出来ない。
やはり明るく健気な女性に憧れるというのが男子というものだ。
(どうしても思い出しちゃうよなぁ…)
七臥に告白する女子生徒は大勢いるが、そのどれも断っている。
七臥自身が同じ隊員の中で想いを寄せる相手がいるのだ。
それが先程話した理想像とマッチしているため、どうしてもスヒャーナと比べてしまう。
留学生が来たからと言ってやることは変わらない。
日夜勉強に励みつつ、優秀な生徒としての生活を維持しなくてはならない…が、宇宙警備隊員としての訓練を受けてきた七臥にとっては大したものではないのだが。
「・・・・・・・」
ふと、スヒャーナの視線がこちらに移っているのに気が付く。
3限目が終わり、丁度昼に差し掛かる時間だ。
「え、何…?」
「…難しい本を読むのね」
七臥が他の生徒が全く手を付けない辞書に読み耽っていることに興味を示したのか、ずっと下に向いていた視線が顔ごとこちらに向く。
「あ、あぁ…僕も2年前に転入してきてね。親は海外で仕事してて、何もないと寂しいだろうからって理由でこういう辞書を送ってくれたんだ」
改竄した内容をそのまま話す。
「それじゃ私と同じなのね」
口元だけ笑っているように見えた… 少し可愛いと思ってしまった。
普段からむっつりしている印象しかない相手が突然笑顔になると少しドキッとする。
昼になると昼食の時間。 皆が弁当を持ってきたり食堂に行ったり近くのコンビニに行ったり… 或いは食事せずしてやりたい事をやるなど自由な時間だ。
「ねぇ七臥君、一緒に食べよ」
「うん。…あれ」
女子生徒からの誘いの中、スヒャーナは席から立ちあがり教室から出る。
不思議と行先が気になり、後を付ける事にした…我ながら何をやってるんだとも思う。
向かう方向は食堂ではない…上り階段に向かっている様子…コンビニでもないようだ。
階段を上り、上り…屋上への扉を開ける。
屋上は高いフェンスに囲まれて飛び降りたり不慮の事故が起きないようになっている。
ただし屋上でのスポーツは禁止。 フェンスをクライミングとして利用したりボールがぶつかって傷付いたりへこんだりなど損傷が絶えないからだ。
人っ子一人いない屋上で何をするのかと思ったが… 特に何をするわけでもなく白い雲が漂う青空を見上げている。
(宇宙人と交信でもしてるのか…?)
最近オカルト部なんてものが出来たらしいが、もしかしたらそんな危ない連中と関わりがあるのだろうか。
「ねぇ」
「!」
扉越しから様子を窺っていると呼び掛けられる。
空に発せられた言葉ではなく、明らかに七臥に向けられた言葉。
「あはは…ば、バレちゃってたのか…」
すごすごと屋上に出てくる。
他に彼女を尾行する者はおらず、これ以上いないふりをし続けて彼女を不機嫌にするのも不味い。
「ごめん…尾行するつもりはなかったんだけど…初日で迷ったのかなぁって思って…」
苦し紛れの言い訳をするが、スヒャーナは何も気にすることなく淡々と言葉を続ける。
「あなたは何のために人類は生まれたと思う?」
「・・・・・?」
何かの科学者の受け売りか?
学生とは思えない内容だが、海外からの留学生ならこの辺りではあり得ない知識を保有していてもおかしくはない。
先程の七臥が他の学生とは一線を画していると見てこの質問をしたのだろう。
(つまり試されてるってわけか)
これからの学生生活で安く見られるのも癪なため、七臥なりに真面目に答える事にする。
「うーん…僕なりの考えなんだけど、星そのものが目的を持って今の人類になるように進化させたのかなって思う。 それは偶然なのかもしれないし、必然なのかもしれない…人類誕生なんてただの偶然だって思う人もいればそうは思わない人もいるだろうね。 ここまで科学が発展したのも宇宙に飛び出そうとする人類の興味と意欲の表れだから…」
「私はね…」
七臥が意見を述べているのを遮るように発する。
「その星が『自分が存在した記憶を永劫的に残すためにその存在を選抜した』…そう思うのよ」
「……す、すごい思想を持ってるんだね…」
「…所詮は一個人の考えよ。ただ、あなたになら通じるかなって…さっきのを見て思ったのよ」
やはり先程の辞書の内容を見てその考えに至ったのか。
「…あなた以外にまともに考えてくれそうな人がいなかったから」
さり気なく「七臥以外は自分の考えに付いて行けない」と見下しているような言い方だ。
と、スヒャーナがこちらに振り向き、そのまま歩み寄ってくる…七臥の横を通り抜けながら小さく呟く。
「あなたとはお話が出来そうね」
綺麗に流れるような声が脳に直接響くように…
結局昼食を取れないまま昼が過ぎ、空腹を抑えながら4限目の抜き打ちテストに挑むことになった。
(うぐぐ…まさか空腹の状態で昼を過ごす羽目になるとは…)
隣のスヒャーナも食事をとっていないはずのなのに午前中と変わらない様子を維持している。
休み時間に弁当を貪ることになったが、彼女は本に目を通しているだけ…まさか何も食べない状態で一日を過ごすつもりなのか?
5限目が終わり、生徒たちが帰宅し始める。
掃除当番は掃除を始め、部活は体育館やグラウンドへ向かい、居残りをする者は教室に残る。
男子生徒はスヒャーナを誘っている。
「スヒャーナちゃん、俺と一緒に帰ろうぜ!」
「新しいゲーム機あるんだ!一緒にやらない?」
「ちょ、ちょっとそこまで…お茶でもどう?」
あの手この手で誘うも全く乗ろうとしない。
スヒャーナはそのまま一人で帰ろうとする。
と、そこへ女子生徒たちがスヒャーナとの下校を誘い出す。
(なんなんだろうね揃いも揃って…)
そんなに留学生と一緒にいたいのか…と思ったが七臥も当初はそんな感じだった。
最初は任務を優先していたため鬱陶しいとしか思っていなかったが、いきなり乗り換えられると少し寂しいとさえ感じる。
スヒャーナは無関心のまま学園の敷地内から出ていく。
別に何気ない感情ではあるが、彼女の帰り道がやや気になった。
胸騒ぎがする… 七臥の第六感は昔から冴えたものがあった。
本人でさえ気づかないものに何かしら引っかかる…気づきたくないものも、彼自身の勘の良さがある故に碌でもないことに巻き込まれる事も多い。
(なんかストーカーっぽいから気が引けるけど…)
取り返しのつかない事態に陥ることだけは避けなければならない。
一目に付かない場所に移動して…建造物の壁を垂直に駆け上る。
10階建てのビルの屋上に乗り上げ、周囲に人がいないかを確認する…誰もいない…
確認を終えて屋上から別の屋上へと飛び移る。
常人では捉えられない速度で動くため目視出来る者はいない。
高層から一人帰り道を行くスヒャーナを尾行する。
まだ会社帰りには早い時間だが、それでも多くの人が行き交う。
そんな中でもスヒャーナは見失わない程目立つ…髪の色が?
(特に変わりなさそうだけど…あれ?)
と、街中のチンピラ三人組がスヒャーナに目を付け、早速声を掛け始める。
彼女はそんな三人も無視して裏路地の方へと入っていく。当然チンピラもそれに続く。
悪い予感が的中し、人気のない場所に先回りする。
「綺麗な髪してるね~お嬢ちゃん外人さん?」
「この制服知ってるぜ。獅子火亜の生徒だろ」
「てことは留学生?なら知らない事多くて困ってんじゃないの?」
「・・・・・・・」
スヒャーナは三人を無視して歩き続ける。
「俺達が色々教えてあげるよ~?こう見えてもチョー詳しいんだ、俺達」
「手取り足取り教えましょ~」
「なぁ待ちなって~」
チンピラの一人がスヒャーナの左手を掴もうと手を伸ばす…が、静電気に似た小さな衝撃がチンピラの手を弾く。
「って…!」
スヒャーナは何もしていない…ただチンピラが伸ばした手を勝手に引っ込めただけ…
「おい待ちやがれ!」
別のチンピラが無理矢理スヒャーナを掴もうと手を伸ばすが、伸ばした方向に彼女の姿はなく、汚れた壁に顔からぶつかる。
「ぶっ…!」
何が起こったのかわからないまま顔を抑えるチンピラに目もくれずに奥へと進んでいく。
虚仮にされたと思い頭にきたチンピラがナイフを取り出しスヒャーナに切りかかる。
「お、おい…!」
仲間の制止を無視して飛びかかる――!
が、振りかぶったナイフが後方で落ち、無傷だったチンピラが突如倒れこむ。
「!?」
ナイフがすっぽ抜けた事に疑問に思う間もなく振り向くと同時に顔面に蹴りこまれ、手を抑えていたチンピラの後頭部に鉄パイプが叩き込まれる。
上空から奇襲を仕掛けた七臥が3秒も経たずに三人を気絶させた。
「ふぅ…危なかったね。ここいらじゃこういう輩がうろついているから君みたいな子が一人で歩いていると…」
三人が気を失っているのを確認した後にスヒャーナの方へ振り向く。
そこに彼女の姿はなく、変わらぬ歩行速度で表通りに出て行った。
「あ、ちょっと…!」
七臥も慌てて彼女を追いかけ、表通りに出た後は並んで歩く。
「いくら帰り道であの路地を通らなきゃいけないからって君みたいな子は目立つんだから少しは警戒してよ」
「・・・・・・・・」
「学園の方でも下校する生徒を狙う犯罪が増えてるからかなり厳しくなってきてるからさ、これからは誰かと一緒に帰るようにしないと…」
・・・・・・・・・・・・・・無視
「……あのさ、助けたんだからお礼とかないの?」
「助けた?」
急に立ち止まって七臥の顔を流し見る。
「そうさ、チンピラから助けてあげたんだから」
「…私はあなたに助けを求めたかしら?」
「え…」
「あれはあなたが勝手に危険だと認識しただけで、別に私はあなたに助けてほしいなんて頼んだ覚えはないわ」
氷のように冷たい言葉で突き放す。
冷徹な視線と容赦ない言動に思わず気圧される。
「…そ、それよりも、この通りは別に裏路地通る必要なかったんだけど、近道とか」
「鬱陶しい蠅を駆除するため…じゃダメかしら」
チンピラを蠅と見下す精神は正直褒められたものではない。
しかも自分よりも体格の大きい男を三人もどうやって切り抜けるつもりだったのだろうか。
「…それに、ストーカーさんが付いてくるんだから放っておいてもいいかと思って」
「……気付いてたのか」
「昼の時から私の後を追い回してたからね」
「べ、別に追い回してたわけじゃないし、第一ストーカーじゃないぞ!街の事を知らない転入生の単身下校なんて危なっかしいと思って…」
「なら付いて来ないで」
それでも尚一人で帰ろうとする。
「強情だなぁ…」
やれやれと思いつつ隣を歩く。と、右手を口元に置いて笑うような動作を見せる。
「…何かおかしいかい?」
「えぇ、おかしいわ。普通ならさっきみたいに突き放したら勝手にしろと怒ってどこかへ行くものなのに。わざわざ相手の安全のために身を投じるのね」
「・・・・・・・笑いたいなら笑えばいいだろ」
「ふふっ」
(本当に笑うのかよ…)
こちらを振り向き、朝見せた笑みとは違う、少し柔らかい表情を見せる。
「嫌いじゃないわね。そういうの」
いきなりの不意打ちにドキッとする。
会って初日の相手と打ち解けるとまではいかないが、笑顔?を見るところまで来たようだ。
少し照れくさそうな仕草をする七臥に対して先程と朝と同じような無表情に戻り、そのまま街中を進んでいく。
「……まぁ、もう心配いらないか」
七臥も自分の家に戻ることにする。
七臥の家は何てことのない一軒家。
一人暮らしという事もあって大して大きくもない、一般的な一軒家よりも小さく、必要最低限の設備と微妙な広さがある2階建て。
「…さて、と」
1階部分は一般人の目を欺くため。2階部分に早々に上がり、なんてことのない鍵付きのドアの前に立ち、右手の人差し指で親指を軽く擦る。
親指の先から小さな鍵が出現し、明らかに大きさの合っていない鍵穴に差し込む。
ガシャッと重めな金属音が聞こえると鍵を抜いてドアを開ける。
外側の内装とは異なり、別空間に出たかのような淡い銀色の部屋に出る。
現代ではあり得ない設備が揃い、水色の粒子が集まりモニターを形成する。
七臥がモニターの前に立ち通信を開始する。
『ナナフシ、現状を報告せよ』
モニターに男性の顔が映し出される。
七臥が所属する【ギャラクティアーズエッジ】の隊長の一人だ。
「特にこれと言って異常は起きていません。ただ、留学生が自分の通う学園に来ました。見たところ少し変わった子供のようでしたが、まだ初日なので何とも言えませんが…」
『そうか。こちらも例の調査を進めている。何か変化があればすぐに伝えてくれ』
「了解しました」
通信が切れる。
今のところ異常という異常は起こっていない…
(調査隊が記録も残せないぐらいにあっという間に壊滅させる相手…か)
調査隊とは言っても当然武装しているわけだ。
しかも100人規模で構成され、それが8部隊に分けられて動いていた。
武装自体も小型の波動砲やレーザーガン、無反動ガトリングなど重武装も兼ね揃えていた。
相手が如何に強大であれど、必ず記録自体は転送されてくるはず…僅かにでも。
太陽系を丸ごと吹き飛ばせるレベルの不意打ちでもしない限りは不可能のはず。
ピンポーンッ
………と、一日の調査記録を送信しているとインターホンが鳴る。
(配達関係は頼んでないはずだけど…お客さんかな?)
念のため鍵をかけて異空間を閉鎖する。
入口の前で気配を殺しつつ外の様子を見る…待っているのはスヒャーナだった。
意外…?な訪問客か…いや、下校の時のお礼にでも来たのか?
なんて煩悩が頭を過りつつもドアを開けて応対する。
「やぁ、君だったのか。こんな時間にどうしたんだい?」
「お邪魔するわね」
こちらの対応を無視するように上がり込み、手に持っていたビニール袋をリビング中央にあるテーブルの上に置く。
「お、おいおい…」
礼儀とかそれ以前に失礼過ぎないか?
「・・・・・・・・」
キョロキョロと部屋を見回し、本棚の本を勝手に取って中身を見る。
「ちょ、ちょっと…」
「・・・・・・・・・・・・・普通の本ね」
棚に戻すどころかポイッと後ろに放り投げ、他の本を手に取ろうとせずにあさる様に払いのけて床にバサバサと落ちる。
もはや失礼を通り越して問題児レベルの行為だ。
「何やってるんだよ!?」
本棚が空っぽになるまで漁ると呆れたように軽く溜息をついて隣にある本棚を…同じように漁る。
「やめてくれ!元に戻すの大変なんだぞ!」
本を拾い上げてる間にも片方の本棚も空っぽにし、同じく溜息をついたら今度はリビングから移動する。
これ以上散らかされても困るので早々に出て行ってもらう事にする…が、スヒャーナの向かった先はなんと二階。
「おいおいおいおいおいおい…!」
既に異空間は閉鎖したとはいえ、二階にまで上がられたら溜まったものではない。
急いでスヒャーナの後を追いかける…丁度二階の部屋に手を掛けようとしたところだ。
「やめろ!これ以上荒らすつもりなら警察沙汰になるぞ!」
学生の悪ふざけ程度で警察沙汰というのも脅しが過ぎるが、これ以上探られるとこちらの秘密がバレてしまう可能性がある。
「・・・・・・・」
そんな忠告を知らん顔したまま二階の合鍵を取り出し、ドアのカギ穴に差し込む。
「え…それ…あっ、ない!」
いつも身に付けていた鍵入れの中に二階用の鍵だけなくなっていた。
(いつ盗ったんだ…?いや、今はそんなことよりも…)
鍵を開けるとドアを開ける…が、そこは何てことのない普通の物置。
(ぷぅー…専用の鍵じゃないとあの空間には繋がらないのさ。いくら盗るのが上手くてもあの鍵だけはどうやっても無理だからね)
「・・・・・・・・・」
まるで何かを探しているかのようにキョロキョロと部屋を見回す。
「……何を探してるのかわからないけど、電気付けないと何も見えないよ」
「どこにしまってあるの?」
「……何を」
「今日学校に持参していたあの本…図書室にはなかったし、近くの図書館にも置いてなかったわ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もしかしてそれを見つけるためにわざわざやってきた挙句に荒らしたのか?
「……素直に聞いてくれればすぐに出してあげたのに」
渋々と物置よりも奥のドアを開け、ダンボール箱が詰まった倉庫から一箱を取り出して朝と同じ系統の書物を取り出す。
「はい」
若干気の抜けた感じに分厚めの本を差し出す。
本を受け取ってその表紙を…ではなく呆れかえっている七臥の顔を見る。
「・・・・・・・まだ何か?」
「暇さえあれば目を通すような書物をそんな手間のかかる場所から取り出すの?」
と、いきなり的を射た質問を投げかけてくる。
「え…そ、それは…その…け、結構読むのに時間がかかるからさ、ほら、休み時間とかでも必ず読めるわけじゃないし…」
苦し紛れの言い訳をする。
実際読むのは趣味の範疇であって勉強としてのカモフラージュ以上のものには成り得ない。
「そう」
あっさりと受け入れたスヒャーナは手にした本を持って階段を下りる。
「あ、帰るの?」
「ここで読んでいくわ」
「いや帰りなよ…親が心配して…」
ここで言葉を詰まらせる。
彼女は留学生で、朝の言動と照らし合わせると親が家にいないという事…つまり一人寂しい空間で延々と本を読み続けるという時間を過ごさなければならない。
それなら少しでも人がいるという状況を維持してあげるべきなのか。
(別に下心があるわけじゃないし…それに日が落ちるまでまだ時間がある)
本の厚みから2時間もすれば帰るだろう。
「わかったよ。でももう散らかさないでくれよ」
「探してただけだからもうしないわ」
素っ気無く返事をすると…再び二階にやってくる。
「…何やってんの?」
手に持っていた本がなく、同じ種類の本をダンボール箱から取り出して階段へ…下りたかと思えば再び上ってくる。
「………まとめて読みたいならまとめて持っていきなよ」
「じゃあお願い」
箱ごと持って下りろと言うのか。
このまま繰り返し持っていく様子を見るのもじれったいので仕方なく箱ごと持って下りる事に… 何やってんだ僕は…
箱をリビングに置くとソファーに座って本を読み始める。
「それじゃ…」
女子がいるのに風呂に入るのは控えておくか。
ひとまず夜食の準備をし始めるためエプロンを付ける。
「あと1時間もしたら帰った方がいいよ。この辺りじゃ変なのが多いから…」
「泊まるわ」
ドッカンガラガッシャンと漫画チックにずっこけて食器やらが散乱する。
「うるさいわね」
「・・・・・・・・・・・・」
思わぬ事態に頭を抱える。
こんな事が学園の誰かに知られるような事になれば…人として終わりを告げる事になる。
「……これから夜食作るけど…」
「食べないから」
「…そうですか」
とりあえず自分用の食事を作ることにした。
いつもはソファーの上で寝ているため、占領されている以上二階の部屋で睡眠を取ることに。
夜10時になり、凹凸のない綺麗な床板の上に薄い布団を敷いて横になる。
「……ダメだなぁ」
固い感触にうなされそうなため、毛布を一枚敷いてもう一度横になる。
「…眠れない事もないな」
布を一枚被さり瞼を閉じる。
まさか留学初日の相手に宿泊されてソファーまで取られるとは…
…少しだけ意識が落ちた後に急に光が差し込む。
瞼の上からでもわかるぐらいの眩しさに思わず身を起こす。
「・・・・・・・朝?」
夜10時きっかりに眠ったと思えばもう朝の6時だ。
背中が多少痛むが、眠気もなくスッキリとした気分…のはずだが夢の一つも見ない程にぐっすりと眠っていた。
いつもはそれ程でもないのだが、昨日の事もあって予想外の疲労が溜まっていたのか。
着替えを済ませてリビングへ向かう。
昨日ソファーを占領したスヒャーナの様子を見に行くが… 昨日と変わらない体勢のまま本を読み耽っていた。
「…おはよ~」
「・・・・・・・・・・・・」
無視…と思えばテーブルの上には何冊も積まれた本が。
明らかに持って下りた箱の分よりも多いため、まさかと思った七臥は二階へ駆け上がる。
倉庫の前に放り出された空のダンボール箱が…二階のドアで妨げられるような位置だったため、早々に一階へ下りた七臥は気が付くことが出来なかった。
「な、なんじゃこりゃ~~~~~~~~~!!!」
まさか昨日眠っている間に一冊一冊取り出していったのか?
箱ごと持って下りていないのに20センチはあるの厚さの本を丸ごと取り出して持っていくのは相当無理がある。
再びリビングに下り、彼女の周囲をよく見てみると… テーブルの下にもソファーの手前の床にも本が積まれている。
数にして50冊… 夜更かしで読み耽ったとしても尋常ではない数だ。
「まさか…寝てないのか?」
「そうだけど」
一切睡眠も食事もとっていないにしては顔色一つ変えていない。
流石にこのままではいけないと思い、急いで朝食二人分を作る。
二人分ともなると時間がないため、目玉焼きを作ってトーストを焼いて…
「へいお待ち!」
屋台のおっちゃんみたいな台詞と共に目玉焼き乗せトーストをテーブルに置く。
「食べないのに」
「いいから食えよ!君が困らなくてもこっちが困るんだよ!」
「…おかしな人」
本を閉じてテーブルの横に置き、少し渋った様子でトーストを齧る。
「焼き加減が弱いわね」
「時間がないんだからしょうがないでしょ」
少しずつ齧り、文句を言いながら目玉焼きに齧り付く。
「半生はあまり好きじゃないのよ」
「文句言わないの」
七臥が食べ終わってもスヒャーナはまだ半分…自分が先に出るわけにも行かず、彼女が食べ終わるのを待たなければならない。
「…先に行けばいいのに」
「いやここ僕の家だから。鍵かけてかないといけないから」
「・・・・・・・」
少し不機嫌な様子でトーストを食べ終える。
「急かされてるようでいい気分じゃないわね」
「勝手に上がり込まれて部屋滅茶苦茶にされて宿泊までされてわざわざ待たないといけないこっちの気分が最悪だよ…」
スヒャーナが玄関に置いてあった鞄を手に取り、特に何も気にすることなく出て行く。
七臥は少し間を空けてから電気を消して鍵をかけて登校する。…と思ったらスヒャーナが玄関の隣で壁に寄りかかっていた。
「遅い」
「先に行けばいいだろ…」
時間も押しているので走り出す…が、スヒャーナは一向に急ぐ様子もなく歩く。
「遅れちゃうよ」
「別に間に合わないといけないなんてルールを厳守する必要はないわ」
通常登校初日から遅刻するつもりか…
このまま彼女を置いて行くわけにもいかず、前を先導するように渋々歩くことになった。
(うぅ…初めての遅刻か…)
言い訳位はどうにでも出来るが、七臥自身のプライドの問題がある。
しかし昨日あんな事があったのに彼女を一人で行動させるわけにはいかない。
心の中で頭を抱えていると後ろについてきているはずのスヒャーナがいない。
「なっ…また勝手に…!」
今通っている道以外は完全に遠回り。 遅れるどころか到達すらしない可能性もある。
曲がれる場所は… 公園か。 公園の入り口に立つと学園の制服を着た三人の男子が砂場に向かって石を投げつけている。
(あれは…)
少し体格の大きい男子とその取り巻き… 学園でいじめの問題を起こしている問題児だ。
「ミ~…」
「おーっと、惜しい」
「もうちょい右右―」
砂場には…体を埋められた子猫が首だけ出して、それに当てようと石を投げつけている…まさに弱い者いじめだ。
(あいつら…!)
叩きのめすことは簡単だが、飛び出そうとした先にはスヒャーナが砂場に向かって歩いて行くのに気が付く。
「なんだぁ?」
問題児どもが動きを止めると、スヒャーナが砂場から子猫を拾い上げて公園から逃がす。
「おいあれ、昨日話題になった留学生じゃね?」
「結構カワイイじゃん」
「へへへっそうだな…なぁ外人さん、俺達と遊ばねーか?」
問題児の主犯がスヒャーナに声を掛けると、彼女は軽蔑するような目線で流し見る。
「自分より弱いものをいじめることでしか生きる事の出来ない、微生物にさえ劣るみっともない心しか持たないなんて…生きている価値もないわね」
さらっと彼らの存在価値を否定する。
「なっ…」
それにカチンときた問題児の主犯がスヒャーナに対して石を投げつける。
子猫に向かって投げていたものよりも明らかに相手を殺傷するべくして力を込めた投げ方だ。
(危ない!)
七臥が飛び出そうとした瞬間、たまたま近くを通りかかったトラックのミラーが日の光を反射する。
問題児の視界を眩ませ、投げた石はスヒャーナとは全く違う方向に飛び、丸みを帯びた遊具に直撃し跳ね返り、そのまま問題児の右手人差し指と中指を圧し折った。
「えっ・・・・・・・・ぶえええええええええええええええええええ!!!」
情けない鳴き声を上げながら右手を抑え込む。
まだ公園にも入っていなかった七臥は唖然とする。
スヒャーナは向こう側の出入り口から通学路に戻る。
七臥も遅れまいと駆け足で彼女の元へ…
「だ、大丈夫?」
「見ればわかるでしょ」
痛みに悶える問題児を一切気にすることもなく静かな表情のまま。
「……優しいんだね」
「いきなり何よ」
「普通なら見て見ぬふりするのに、何の迷いもなく子猫を助けるなんてさ」
「普通…ね」
軽く溜息をついてから言葉を続ける。
「あなたにとって“普通”というのはどういうものかしら」
「……世間的に…一般的に当たり前だと思われてる物事、かな」
「それは所詮は大衆が決めつけたラインに過ぎない。それ以上の事をやれば異常者、それ以下であるなら出来損ない。普通以上も普通以下も許されないなんてそれこそおかしいと思わない?」
「・・・・・・・・成程」
歴史上の偉人たちも「普通」という概念に囚われていたなら誕生する事もなかった…彼女の言う事もわかる気がする。
「確かに、そうかもね」
こちらが理解を示すと、スヒャーナの表情が少し柔らかくなり七臥の隣に並ぶように歩く。
「それに私、弱い者いじめが嫌いなの」
まるで本心を伝えるように…はっきりと優しく言い放った。
そのまま1時限目が終わる手前で学園に到着。
今まで一度たりとも遅刻欠席早退をしなかった七臥はそのまま職員室に直行。
「君が遅れるとは珍しい。明日は雪でも降るのかな」
「すいません…スヒャーナさんが登校初日のため道に迷っていて…」
一晩中自分の家で本を読んでいたとは口が裂けても言えない。
幸いスヒャーナも口を挟むつもりはないらしく黙ったまま。
面倒事は避けたいということか、それはそれでこちらが助かる。
特に咎められることなくあっさりと終わり、二人で教室に向かう。
留学生と同時にやってきたということもあり、クラス中が嫉妬と怨嗟が響き渡るが極力無視する。
これといった変化もなく2限目が終わる…と、スヒャーナが机の上に分厚めの本を置いてページを開く。
「あ、スヒャーナさん、それって七臥君の本と同じもの?」
女子生徒の発言に対しまさかと思い目線を移す。
朝食を食べる際に中断した本をそのまま持ってきていた。
「私の故郷じゃ見なかった珍しい本だったから」
昨日とは打って変わって割と柔らかい対応… 流石に昨日七臥の家に泊まって読んでいた本を持ってきたとは言わないか。
しかし、スヒャーナは凄い速さでページを次々とめくっていく。
七臥でも2ページを読み切るのに5分近くかかる程に文章が敷き詰められているのにスヒャーナは1分もかからずに10ページを読み上げている。
「…それ、理解出来てるの?」
思わず口に出して尋ねる。
「記憶力は良い方だから」
世の中には見たものを一瞬で完璧に記憶する直観像記憶という天性の才能があるそうだ。
恐らく彼女もその類なのだろう…優れた才能が必ずしも良い方向に転ぶとは限らないわけだが。
しかし1冊薄いものでも300ページはあるというのに…
休み時間が終わる直前に最後のページを見終わり鞄の中に…と思ったら何故かこちらの机の上に置いてくる。
「読み終わったから返すわ」
「・・・・・・・・・」
図々しいとも思うがこのまま持ち逃げされても困るので渋々と本を受け取ることに。
そのまま何事もなく昼食…と思えば昨日と同じようにスヒャーナが屋上へと移動する。
そんな彼女を気になって同じ場所に来る七臥も大概だが…
「まだ二日目だから何とも言えないけど、食事もせずに何故屋上に?」
空を見上げ続けるスヒャーナの隣で弁当を食べながらも聞いてみる。
「…科学は何のために生まれ、ここまで発展してきたと思う?」
「…昨日の質問と同じやつかい?」
少し考え込んだ後に自身の考えを伝える。
「……人という生き物が自らの進化のために生み出した一つの奇跡…とか」
「……奇跡…ね」
小さな溜息をついて言葉を続ける。
「機械そのものの仕組みは至って単純なもの…それを細かく複雑にしようとして誕生した車や列車、船に飛行機…そして宇宙へと飛び立つロケット…昨日私が人類は星そのものが自身の存在を永劫的に残すために…って言ったわよね。その人類が遺伝子的に、必然として科学を生み出すように出来ていたんじゃないかって思っているの」
「つまり科学そのものが偶然の産物ではなく、人類は元々科学を生み出すことが決まっていたって事?」
「人類が人類として認識され、それが当たり前のように存在している。それは人類が今の人類でなくともそうやって人類が確立されていくんだってね」
「でもこうは考えられない?星そのものでさえ予想出来なかった本当に偶然として誕生した…とか」
「……それも間違いではないかもね」
スヒャーナは小さな溜息をついて振り向き、七臥の隣を通り過ぎて屋上から去っていく。
彼女は何を伝えたいのだろう… 単純に自分の考えが常軌を逸している事に疑問を抱いているのか、はたまたそんな思考に至ったとして理解をしてくれる相手がいるのかどうかを確かめているのか…
屋上で一人になった七臥は持ってきた弁当を青空の下で食べ始め、そのまま昼休みが過ぎるのを待った。
授業が終わり、下校になると同時に男子勢が一斉にスヒャーナに詰め寄ってくる。
隣席の七臥にとっては迷惑極まりないものだが、それはスヒャーナも同じらしく適当にあしらって一人で帰ろうとする。
(今度はちゃんと帰るだろう…)
どうやら彼女はこちらの気配を察知できるらしいため、昨日のように尾行する事はせずに真っ直ぐ家に帰る。
特に何事もなく家に帰り、鍵穴に鍵を差し込む…が、不思議な事に鍵が掛かっていない。
「おかしいな…朝確かに掛けたはず…」
泥棒か…? 一抹の不安を覚えつつもドアを開ける。
そこには昨日と…いや、今朝と同じようにソファーにもたれながら本を読むスヒャーナがいた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なにしてんのー?」
「見ればわかるでしょ」
見てわかってはいけないような行為をしているのは…いやまだマシな方なのか?
「…もしかしなくても合鍵を持ってるとか?」
「見ればわかるでしょ」
見てもわからないよ。
「というよりも自分の家に帰らないのか!?」
「帰る理由がないもの。それに一々本を借りに来るのも面倒だし」
そもそも当たり前のように借りるという思考が理解出来ないんですが…
「…もしかして今日も泊まるつもり…?」
「わかりきってること聞かないで」
頭を抱えた後に二階に上がり、報告する事も出来ないためにそのまま寝床に…と思ったが体を洗わねば変に匂ってしまう。
着替えを持って浴室へ行き、洗濯機に制服を入れて浴槽に…風呂を沸かしていなかったのでシャワーであっさりと流してタオルで拭いて服を着る。
若干髪が湿っているがこれ以上気に留めても仕方がない。
「…ところでスヒャーナ、君はお風呂に」
「入らないから」
・・・・・・そういえば昨日は入ったのか?
昨日やってきたときは制服、そのまま一睡もせずに制服のまま、しかも浴室を使った形跡がなくそのまま登校し、下校した時は七臥よりも早く家にいた。
「いや、女の子だから流石に体ぐらい洗わないと」
「気にしなくてもいいわよ」
「そういう問題じゃ…」
こちらに目もくれずに本を…あっという間に2冊読み終えた。
「…ところでいつ自分の家に帰るのかな?」
「帰れって言うの?」
「いやそういう…訳でもあるけど…」
「帰りたくないのよ」
「・・・・・・・・・」
誰もいないから帰りたくないのかもしれない…いや、彼女なら家に使用人でもいるのではないのか? 流石にそれ程でもないかもしれないが、海外から来たともなればお世話をしてくれる人ぐらいいてもいいはずだが…
「…別にいてもいいけど、明日からは遅刻しないようにしてほしいな」
「考えとくわ」
適当にあしらう様に返事をする。
弱い者いじめは嫌いだというが、どうにも他人の都合を一切気にしない傾向があるようだ。
(悪い人じゃないと思うけどな)
少なくともいじめっ子から子猫を助ける程には感情的な部分はある。
だから七臥も乱暴に突き放すことは出来ないし、ある程度の我儘なら聞き入れる事ができる。…誰にも知られたくないという事実さえ除けば。
そんなこんなであっという間に朝がやってきた。
布団に入ってから瞬く間に時間が過ぎる…結構しんどいという部分もあるがあまり贅沢は言っていられない。
リビングに下りるとスヒャーナは相変わらず本を…?
(読んでない?)
本が積まれているのは変わらないが、ページをめくる音が聞こえない。
そーっとソファーを覗いてみると…静かに寝息を立てていた。
(やっぱりちゃんと眠るんだな…)
もしかしたら化物の可能性もあるのではないかと僅かに疑っていたが人間らしい部分を見てホッと一安心。
と、こちらが覗いている事に気が付いたのかスヒャーナも目を覚ます。
「…おはよう」
「あぁ、おはよう」
見られていた事に対して少し不機嫌なご様子。
意外と少女っぽい仕草に安心感を覚えつつも自分の朝食だけ作る。
その間にスヒャーナが玄関から出て行く。
「もう行くの?」
「人の寝顔を覗き見する男と一緒にいたくないの」
突き放すような物言いで足早に出て行った。
余程寝顔を見られた事が癪に触ったようだ。
時間にも余裕がある。朝食を終えて家を出て…玄関の近くにスヒャーナはいない。
(そんなに嫌だったのか)
やれやれと思いつつも昨日と同じ道を通ってみる。
もしかしたら待ち伏せでもしてるんじゃないのかと推測してみるが…意外な事に姿が見えない。
彼女の性格を全て把握しているわけではないが、今朝の様子では仕返しの一つでもしそうなものだが…と、校門に到着したと同時に足を引っかけられ顔から地面に…激突する寸前で両手で支えて耐える。
なんのいたずらかと思い振り向いてみると… スヒャーナがツンッとした表情で見下ろしていた。
仕返ししてくる事自体は予想していたがこんなタイミングでこんな可愛らしい内容とは想像もしてなかった。
「ふんっ」
ぷいっと顔を背けながらも校舎へ。
(やっぱり女の子なんだね…)
ギャラクティアーズエッジの隊員になった当時は先輩の女子から嫌がらせを受けた事もあったが、内容は割とえげつないものも…それに比べれば足を引っかけられる程度は軽いものである。
しかし下手をすれば顔に大けがを負っていたという事を考えるとこのままでは腑に落ちない。そんなわけで…
不機嫌な様子のまま本を読まずに一日を過ごすスヒャーナは下校の時間になると同時にそそくさと帰り始める。
そんな彼女を先回りして待ち伏せする。
「もう帰るの?」
「付いて来ないで」
「いやー寝顔見られただけでふてくされるなんて可愛いところあるんだねー」
「ナンパのつもり?付いて来ないで」
「今日こそは僕の家に来ないだろうな~って思ってさ」
「付いて来ないで」
「いや付いて来ないでって言っても」
七臥に並んで歩いているのはスヒャーナの方である。
そしてその方向が七臥の家に向かっていないという事に気付いて急に足を止める。
「どうしたの?」
「・・・・・・・・・・誘導したのね」
「そんなつもりはないんだけどねー」
やや伏目で睨みつけてくる様子を見ると懲りずに家に来るつもりだったらしい。
「あの本を気に入ってくれるのは嬉しいけど、流石に連続で家に泊まりこみされるのもねー…しかもこっちに来て初日から」
「・・・・・・・・・・・・・・」
七臥が自分の家に向かわない事に不満を持っているのか、そこから一歩も動こうとしない。
それに構わずある場所に向かっていく七臥。
「どうしたんだい?」
「……性格悪いわね」
事前に彼女の住所を調べていた七臥は迷うことなく進んでいく。
本当にストーカーのような行動に多少引き気味だが、七臥も相当根に持つタイプだということを相手に知らしめようという魂胆である。
ますます不機嫌になるスヒャーナもムッスリしながら七臥の後に付いて行く。
下校から2時間半程歩き、日も落ち始めて暗くなりつつある。
(調べた情報だとこの辺りのはず…)
住宅街から少し離れた場所…都会は打って変わって田舎のように広々とした土地の上に小さな倉庫のような小屋が建っている。
他に一切の建物はなく、ただ一軒のみポツンッと…流石にどんな家なのかまでは確認していなかった七臥は少し呆気に取られ、スヒャーナが小屋の前に立って鍵のかかってない扉を開ける。
「…入らないの?」
「…え、あっあぁ…」
建てたばかりで真新しい外装ではあるが、彼女の綺麗な容姿には似つかわしくない程質素…否、全く設備が設置されていない文字通りの物置でしかなかった。
留学してきたというからてっきりアパートを借りているか、大きめな家にでも住んでお世話をしてくれる人でもいるのではないかと思っていた。
まさかキッチンも風呂もトイレもない、人が住むには最低限の設備すらないとは…
(本当にここが彼女の家…なのか?僕を騙しているんじゃないのか?)
疑いつつも小屋の中にはまだ真新しいダンボールが積み上げられている。
生活用品なのか、それとも全く関係の無いものなのか…そもそも彼女の私物なのか?
「……ほ、本当にここに住んで…いや、住むつもりなの?」
「だから帰りたくなかったの」
こちらに来てからまだ1週間も経っていないのだろう。
それでもこんな状況の中、しかも一人で全てを用意しなければならないともなれば…
呆気に取られている中、スヒャーナが箱を開けて中から小さいビニールのカーペットを床に敷く。
まだ建てて間もないのだろうが、床にはそれなりに埃が溜まっている。
「座りたければどうぞ」
「・・・・・・・・・ごめん」
「急に何よ」
「家に居座る事の仕返しのつもりでどんな家か覗いてやろうって思ったんだけど…その…」
「流石にここまでとは思ってなかったって?」
「・・・・・・うん」
「別にいいのよ。最初から帰るつもりもなかったし」
「…僕の家に居座れなかったらどうするつもりだったんだい?」
「・・・・・・聞きたくもないでしょうね」
食事も入浴もせずに何もない小屋の中で居座るつもりか…?
しかも都会から離れた場所に2時間以上も歩かなければならない上に、都会では見られない虫や野生動物などが侵入する事もあり得る。
七臥の家が彼女にとってどれだけ裕福で恵まれた安心できる場所なのかを理解した。
「本当にごめん…」
「しつこいわね」
「もう帰ってくれとは言わないし、本も好きなだけ貸してあげるよ…」
「自分の家に女の子を住まわせるって事?」
「…いや、そういうわけ…でも…」
「…明日になったら考えてあげる」
ダンボールの中から薄い布を取り出し、それを床に敷いて横になる。
鞄を枕替わりにしてそのまま寝付いてしまった。
このまま彼女を一人にしておくわけにもいかないため、少し離れて壁際に背中を預けながら眠りにつく。
鍵のかかってない扉に…人でなくとも何らかの野生動物が入ってくる可能性もある…十分に警戒しなければならない。
(…昨日彼女の言っていた普通という考え方の違い…今思えば当たり前のような生活をしている人達の思考が異常という事なのかもしれないな…)
彼女が嘘をついているとは思えない… まだ暖を感じ取れる気温であることに感謝しながら意識が沈んでいった…
…朝がやってくる。
目覚まし時計のない静寂の空間の中で目が覚める。
差し込む朝日と共に背中に痛みが走りながらも体を起こす。
「・・・・・おはよ~…あれ?」
敷いてある布の上にスヒャーナの姿はなく、鞄だけが置かれている。
時計を見てもまだ5時半…鞄を置きっぱなしにしているともなれば登校しているというわけでもない。
と、扉が開いてスヒャーナが入ってくる。
「…おはよう、こんな時間に何処に」
訊ねてくる七臥の問を妨げるように右手に持っていたビニール袋を差し出す。
中にはコーヒーやらサンドイッチやおにぎりが入っていた。
「欲しかったら食べれば」
「…ありがとう」
突き放すような言い方をするも、彼女も袋の中からサンドイッチを取り出して食べ始める。
「まさか買ってきてくれたのかい?」
「二日間泊めてくれてたお礼よ」
お礼とはいえ、この場所から一番近いコンビニでも40分はかかるはずだ。
つまり彼女は4時頃に起床して買い物に行ったという事になる… それも一人分だけでなくちゃんとこちらの分も用意してくれていた。
「…疲れたんじゃないの?」
「ちゃんと眠ったから平気よ」
朝食を終えて立ち上がり、時計を確認して扉に手を掛ける。
「もう行くの?」
「・・・・・・・」
自分で聞いておいてハッとする。
ここから学園まで急いでも2時間は掛かる…今は5時40分、歩いて行くなら今ぐらいが丁度いいかもしれない。
七臥も鞄を持って立ち上がり、スヒャーナの後に続く。
(あ、そういえば今日の授業の教材を用意してない)
いつも自分の家で事前に準備するため、そういった忘れ物に対しての考えが浅はかになっていた。
「教材ぐらいなら貸してあげるわよ」
「いやそれだと君が困るんじゃ…」
「あの程度の勉学に励みたいとは思えないから。あなたの本を見てるとね」
それは遠回しにこちらの所為で学園のレベルに合わせられないと言っているのか…
どうせ隣の席なので別に大した負担ではない… と思っていたが…
(周りの視線がヤバイ…今までに感じたことのない色々と黒いもの感情が向けられてる…)
さて、ここまでの経緯だが・ ・ ・
早めに出たという事もあって何とか朝は間に合った。
30分程度で着くことを考えるとやはり七臥の家はかなり近いと実感できる。
2時間以上も歩きっぱなしだったために脚の負担が残る…わけでもない。そこは警備隊員としてのキャリアとプライドがある。
また一緒に登校したということで周囲の視線が以下略
そこまではいい…そこまでは昨日と大して変わりなかった…
「あの、スヒャーナさん」
「何?」
「近いんですけど…」
「それ私のだから」
貸してあげるとは言ったがわざと七臥の机の上で広げさせて彼女はそれを覗くように顔を七臥の顔に近づける。
ちょっとでも押されでもしたら顔が触れ合うほどにかなりギリギリだ…周りの男子が憎悪と殺意を入り混じらせて七臥を睨みつけている。
(みんな授業に集中しないのか…)
女子は女子でひそひそと見て見ぬふり。
はっきり言って授業にならないことを見兼ねてか。先生もこの状況を完全に無視して勝手に進めている。
「…これまさか昨日の仕返しってわけじゃないよね?」
「私、あなたみたいに粘着質じゃないから」
さりげなくしつこい男と言い切ってミリ単位もぶれることなく顔を固定させている。
ツンッとした髪の先が風に揺られて頬に当たり、その感触がまた気になって集中どころではない。
「…せめて窓は閉めてもらえないかな?」
「蒸し暑いのは嫌いなのよ」
「そうですか…」
今日の授業は一日中こんな状況が続いた…なんかもうだめだ。
昼食の時間に差し掛かり、午前中の疲労感に机の上でぶっ倒れているとひんやりとしたものを頭に乗せられる。
顔を上げるとスヒャーナが七臥にパンやらジュースやら入ったビニール袋を差し出す。
「お疲れ様」
「……え、あぁ…えっと…」
「食べれば」
七臥に袋を渡すと今日は屋上に向かわずに自分の席に座って本を読み始める。
「・・・・・・・・え、ちょっと待ってよ。朝もそうだったけどもしかして全部自腹…?」
「あなたの財布から取ったって言いたいの?」
「いやそうは言ってないよ。流石に朝も昼も奢ってもらうなんて出来ないよ。朝の分も合わせて君に返しておかないと」
「朝の分だけでいいわよ。昼のはタダでくれたから」
「え」
「売店の人が譲ってくれたの」
「・・・・・・・本当に?」
「疑い深いのね」
まだ来て間もない留学生だからサービスしてくれたというのか…
丁度今日に関しては男子も女子も距離を置いているため、こういった差し入れはありがたい限りである。
午後も結局同じ調子だったが、何とか一日を終える事が出来た。
もう校舎にいる事すら辛くなってきたため、荷物を纏めて足早に下校する。
スヒャーナは既に校門で待っていた…誰よりも早く教室を出たのにどうやって先回りしたのだろうか。
「…せめてアパートぐらい借りようと思わないの?」
「一々契約とかが面倒なの」
「そこら辺はこっちが何とかするから…」
「学生がそんなに隅々まで面倒を見るのもどうなの?」
「・・・・・・・・」
何が何でも他の場所に移る気もないらしい。
本当に単純に本が読みたいだけなのだろうか?
そんなこんなで結局家の中に入ってきてしまった。
同じようにソファーを占領し本を読み始める。
念のため他の本が入ったダンボールを数箱置いておく。
「ご飯は」
「食べないから」
「はいはい…」
前と同じ返答を聞きつつも、二階に上がって例の鍵を差し込む。
(あれだけ置いておけば上がって来る事もないはず…)
一応用心のために内側から鍵を掛ける…これであの世界とは隔離された空間になる。
二階を探りに来ても見つかることはない…が、二階の部屋を探った後に待ち伏せでもされていたらかなり危険ではあるが…
三日間報告出来なかった事も含めての内容を伝える。
「申し訳ありません。こちら側の諸事情により報告が出来ない状況に陥りまして…」
『言い訳はするな。こちらの情勢も悪化の一途を辿っている…お前の判断一つで取り返しのつかない可能性もあり得るのだ』
「…以後、気を付けます」
『お前も正規隊員なら危機感を持て。私情で全宇宙を危険に晒すつもりか』
こちら側ではたった三日とはいえ、星々によって数ヶ月から数年の月日が流れる事もあり得る。
事向こう側では一分一秒の間に状況が一変する。
「・・・・・・善処します」
『こちらからは以上だ。通信終了』
隊長からの連絡が途絶える。
(…一人で星一つの情勢を伝えろっつーのも無茶な話だっての)
と、モニターにプライベート通信のマークが光っているのに気が付く。
「プライベート…まさか」
モニターの画面に女性の顔が表示される。
『お疲れ様、ナナフシ君』
「ティナ小隊長!」
桃色の髪のした女性はティナという名のエルフ。
七臥の所属する部隊の小隊長であり、彼の想い人である。…ただし片想い。
『隊長への報告が遅れてたみたいだけど、そっちで問題は起きてない?』
「大丈夫です。留学生に色々振り回されてますけど、あの時の訓練に比べればどうってことありませんよ」
『へぇ~留学生かぁー…てことはナナフシ君と友達になったのかな?』
「友達…っていうにはまだ三日目なのでそこまでは…」
『女の子なの?』
「え、えぇ…そうですけど」
『それじゃぁナナフシ君の彼女になるかもね!』
(あなたに僕の想いが届いてほしいんですけど…)
ティナは自身への恋愛的感情に疎いため、度々七臥の告白が不意になることあった。
『隊長はあんなこと言ってるけど、こっちはまだ大丈夫だからあんまり気を落とさないでね!』
「はい!小隊長もお気を付けて!」
『それじゃ、通信終了』
モニターから通信が切れる。
想い人からの励ましを受けてテンションが上がった七臥はご機嫌な状態でリビングに下りて食事の用意に取り掛かる。
…と、気分が良くなったためかソファーに座っていたはずのスヒャーナがいない事を気付くのに遅れた。
本は開きっぱなしで鞄も置いてあるから帰ったわけではない…靴もあるから出掛けてはいない。
「あれ…トイレかな?」
キッチンに立ち、エプロンを付けて鍋に水を入れて火をつける。…と、ガチャッと隣で開閉音が聞こえたため自然とそちらに視線をやる。
そこには裸にバスタオル一枚巻いただけのスヒャーナの姿が…
「タオルの替えがないんだけど」
あまりにも急な事態に思考停止に陥る七臥を他所にキッチンに掛けてあるタオルを取って浴室へ…行ったかと思えば体を拭き終わったのか下着姿のまま現れ、完全に硬直してる七臥に気にすることなくリビングへ。
ソファーに掛けてある衣服…もといパジャマに着替えて先程と同じようにソファーに凭れ掛かって本を読み始める。
言葉と意識を失って固まってる七臥に一言。
「沸騰してるわよ」
鍋の蓋がガタガタと跳ねてる事でようやく意識が戻り急いで火を弱める。
「い、意識が飛んでた…」
「大袈裟ね」
「というかいつの間に浴室に!?」
「…女の子だから体ぐらい洗えって言ったのはあなたでしょ」
「そりゃ言ったけどさ…」
日を跨いで実行するなんて思わないだろ普通…
いつパジャマなんて持ってきたのかというツッコミをする気も起きず、整理がつかない状況のまま食欲も失せた状態で食事をすることになった。
食事を終えて二階に上がり、元の部屋に戻した後に布団を敷いて横になる。
眠る前に唐突に彼女がやたらこの家に泊まる事に執着しているのかが気になり始める。
他では見られない本が置いてあるだけという理由でここまで居座ろうというのもおかしな話だ。
他の男子生徒なら完全に下心丸出しなのが丸見えなので彼女自身が断るのは当然として、女子相手ならどうかと言えば…家の事もあるのだろう。学園内で噂され、いじめまで発生する可能性もある。
学園内でも信頼を得ている七臥なら安全と見たのか、それでも初日からいきなりやってくること自体違和感しかないのだが…
…中々寝付けない…昨日までは横に成ったらあっという間に朝という流れが出来ていたはずなのに… 仕方なくリビングで飲み物を取ってくる事に。
「・・・・・・暗いな」
いつもは寝付き始めたらリビングに来ることもなかったため、電気を付けていない状況に慣れない足取りで動く。
が、スヒャーナが本を読んでいるはずなのに電灯の一つすらついていないのはおかしい…
少しずつ慣れてきた視界でソファーの上を覗いてみる。
肘掛の上に頭をやり、横向きになりながら毛布一枚を被って小さく寝息を立てている。
(…案外普通に寝るんだな)
そういえば昨日は普通に眠ってたなと思いつつも、冷蔵庫から冷えたお茶を取り出し棚からコップを手に取って二階へ静かに上がる。
部屋の扉を閉め、カーテン越しから照らしつける月夜を眺めながらコップ一杯にお茶を注いで飲み干す。
(…自分が存在した記憶を永劫的に残すためにその存在を選抜した…か)
決して一般的とは言えない変わり者の思考。
それを根本から否定するのも「普通」という名の「異常」なのかもしれない。
歴史に名を遺した偉人達は決して「普通」ではなかった…
彼らもまた、人々から変わり者として虐げられ、のけものにされながらも自身の求める夢を追い続け、そして達成し大業として認められる。
一歩間違えればマッドサイエンティストにさえ成り得る危険性と、欠けていた歯車が当て嵌まれば新たな発明者となる。
大衆は「正しいと思った者の集まり」であり「個人・孤立」を軽視する傾向がある。
逆にその「個人」が圧倒的である場合、揃いも揃ってそれに付いて行こうという「集団心理」が宿っている。
例え「孤立した個人」が嘆き喚こうとも、見て見ぬふりをするのが当然になりつつある…いや、実際はそうした方が安全でもあるからだ。
だからこそ…「自分を犠牲にしてでも他者への助けとなる行為」は変わり者として見られる。
あの時彼女が危険を顧みずに子猫を助けに行ったのは大衆から見れば変わり者に他ならない。
偶然ああなったから良かったものの、下手をすれば彼女自身が子猫の代わりに取り返しのつかない事態に陥っていた可能性もあった…
(…これ以上考え事をすると本当に眠れなくなるな)
月夜の明かりが部屋を照らしながら横になり、瞼を閉じて意識が沈んでいく…
夢を見た
広大なまでの世界の果てのない 超巨大生物が泳ぐ無限大の虚空
その生物の上に いつ滅ぶかもわからない文明を築き生活する者たち
幾度となく見返した事だろう… そんな壮大な世界を 自由気ままに旅してみたい
そんな決意を抱いた自分自身 今となっては… 当たり前のように…
目が覚める。
こちら側に渡ってから一度も見た事のない夢を今更見る事になるなんて…
「…まだ5時か」
起床するにはやや早いが、すっかり目が覚めてしまったため仕方なく下に向かう事にした。
…すると何やら香ばしい香りが漂う。
もしかしたらと思いながらも階段からキッチンを覗いてみる。
スヒャーナがパジャマ姿のままフライパンで調理中…
「…おはよう」
「おはよう。随分早いわね」
「…まさか君が料理をするなんてね」
「意外だって言いたいの?」
「…うん、正直…」
高圧的な言動と人を見下す態度からこき使うタイプだと思ってた。
(いや、もしかしたら下手くそで人生初めてのチャレンジという可能性も…)
調理が終わったのか、フライパンから皿に移し、ご飯を盛ってテーブルの上に置く。
黒こげか判別不明の物体が出てくるかと覚悟していたが、予想の正反対を行くかの如く綺麗に盛り付けられたキャベツと玉ねぎと人参をバターで炒め、刻んだ豚肉を混ぜ込んだ野菜炒めとベーコンの上に目玉焼きとウインナーを盛り付けたものが差し出される。
二人分作っていたらしく、スヒャーナは自分の食べる分をソファーの前にある低めのテーブルに置く。
「…食べないの?」
「…え、あ、あぁ…い、いただきます…」
呆気に取られながらも香ばしく食欲をそそる朝食にゴクリと唾を飲み、箸を手に取ってキャベツとピーマンを掴み口に運ぶ…
(…う、美味い…自分で作ったのよりも…)
驚きのあまり硬直する七臥を他所にスヒャーナは黙々と食事をする。
「…料理…上手なんだね…」
「……下手くそだと思ってたのね」
「いや…まぁ…正直…ごめん」
「謝る必要はないわ。いつも何かやると意外だねって言われるもの」
「てっきり…お嬢様だから誰かにやらせてるって思ってた」
「お嬢様…ね。寡黙で勉学が出来て、見た目が清楚で大人しければみんなそう思うのね」
彼女があんな小さな小屋を住居としている事自体驚きではあったが…もしかして…
「こっちに来る前に何やってたの?」
「…聞きたい?」
「…聞きたい」
少し躊躇しながらも頷く。
小さく溜息を吐いた後にやれやれといった様子で話し始める。
「小さい頃から親に英才教育をさせられてきたわ。子供だけで旅をさせるためのね」
「旅…?」
「エリートにならなければゴミ同然の扱いをされるような街だったから、死に物狂いで教育を受けて…10才になる頃には他三人の同年代…一人だけ年上の人がいたけど。私と同じように教育を受けてきたけど、野宿する事もザラだったわ…ウザイ奴は別に雑草とか食べても平気だったけど、慕っている人にそんなもの食べさせるわけにはいかないから私が何かしらまともな素材を綺麗に調理しなきゃいけなかったの」
「・・・・・・・・・」
何度目かになるかわからないけど、てっきり大きなお屋敷で召使とかいて身の回りのことを何でもかんでも任せるような暮らしでもしてるんじゃないのかと思い込んでいた…
「…バカが余計な事をして何度死にかけた事か…」
「…そ、壮絶だったんだね…」
宇宙警備隊である七臥も半年のサバイバル生活という名の試験を受けたが、脱落していく者たちの姿を見るのは耐えられなかった…
壊れゆく精神の中で七臥を支えたのは想い人のおかげだった。
ティナ小隊長の存在があったから耐えられたのだと今でも思い返し、決して潰れない精神を得る事が出来たのだった。
彼女も似たような状況を過ごしてきたのか…
「…凄いね。だから…」
当たり前のような平和な生活を出来るなんて考えを持ってしまう事の愚かさ…彼女にとっての「普通」とは世の中にとっての「異常」であり、彼女にとっての「異常」こそが世の中の「普通」なのだろう…
「…別に同情してほしいなんて思ってないわよ」
「…うん」
食事を終えた時には6時半。
スヒャーナの話を聞いていたのもあってか随分長く食べていたような気もする。
「まだ登校まで時間があるね」
「そうね」
食事を終えて皿やらお椀を台所に置くと本を手に取っていつものようにソファーに凭れ掛かって読み始める。
七臥もカレンダーを確認して予定を決める…
「そういえば明日は日曜日か」
「・・・・・・だから?」
「そうだなぁ…」
だからと聞かれても思いつきの発言ともあってか何も思い浮かばない。
七臥も街中に出ようという性格ではないため…とかなんとか考え込んでいたら漫画でよくある頭の上に電球が現れるようなイメージでハッと閃く。
「明日」
「いやよ」
(まだ何も言ってないのに…)
「どうせ休みだから出掛けようって言いたいんでしょ」
「おっしゃる通りで…」
「私、知らない人が群がるような場所には行きたくないの」
「人見知りなの?」
「同じこと言わせないで」
確かに学校でも他の生徒と話すことはないし、軽く受け流すだけで済ませている。
体育の授業でも参加しようとせず、行列が出来るような行事には参加しようとしない。
まだ1週間も経っていないから単純にそういうのに慣れていないだけかもしれない。
先程の彼女の過去では旅の間は常に同行していた人以外の付き合いはないのだろう…英才教育を受けてきたから尚更そういうのに敏感かも…
「でもこの街の事全然知らないだろ?だったら見所とかオススメのお店とか紹介してあげるよ」
「しつこいわね」
流石にちょっとイラついてきたのかぶっきらぼうに答える。
そんなに行きたくないのか、誘おうとする七臥に対してキッと睨みつける。
「いいじゃないか。それにそんなに本を読み進めていると来週には読むものがなくなっちゃうよ」
「・・・・・・・・・・」
ちょっぴりムスッとしながら本を閉じて浴室へ向かう。
流石に堪えたか強めに扉を閉めて中で着替え始める。
(ふふ、少しからかい過ぎたか)
ちょっとした勝利感を得ながら二階へ上がり着替える。
念のため本を倉庫に片づけてリビングに下りる。
時間はまだ7時10分…家を出るには早いのだが、スヒャーナは玄関で既に靴を履いて七臥を待っていた。
「もう行くのかい?」
「・・・・・・・」
ちょっとだけ怒ってはいるものの、七臥が出るのを待っているようだ。
あんまり待たせてこれ以上不機嫌になられても困るので早々に出る事にした…が、
「あれ…?」
スヒャーナが学校に向かうのとは別の道を歩いて行く。
街中に向かっている…もしや先程の発言を気に掛けているのか?
1時間以上の余裕があるため街中を経由しても問題はない。
一人で向かわせると迷子になられても困るので付いて行くことにした。
高層ビルが立ち並び、店が並び平日だというのに人通りが多い。
学生が通学路として来ることもあるが、時間帯のためかそれらしい姿は見えない。
スヒャーナが街中を歩くのは留学初日以来だが、当時は周りを一切見向きもせずにチンピラを裏路地に連れて七臥を誘き出していた…が、今回は街中をキョロキョロと見渡している。
人が少ないとは言ってもこれから営業を始めようと準備する人はチラホラ、店に入る前の時間潰しをしてる人も、何もすることが無くてぶらぶらしてる人もいる。
そんな人達がスヒャーナの煌めく髪と綺麗な容姿に見惚れる。
ただでさえ注目される美少女が物珍しそうに(?)街中を見歩く姿が人々を魅了して止まない…男性も女性も関係なく…
「そんなに珍しい?」
「・・・・・・・」
こちらの質問に答えようとせずに街を見回す。
幼い頃から厳しい生活を強いられて、10才にはサバイバル生活を強要されていた…そんな彼女には平和に染まっている街並みは珍しいに違いない…いや偏見はやめよう。
「・・・・・・・・」
と、歩き回っていたスヒャーナが足を止める。
視線の先には桃色と黄色の装飾に彩られた…スイーツ屋?
「スイーツ…欲しいの?」
「……別に」
言われてぷいっとそっぽを向く。
なんだかんだやっぱり女の子なんだな…
さて、学園に到着した時には8時20分。登校する生徒たちと挨拶を交わす。
「スヒャーナさんおはよー」
「おはよう」
行き交う生徒たちに挨拶をする…その表情は昨日よりも柔らかく、僅かに微笑んでる様子。
教室に到着すると先生が来るまでの間に懲りずに男子やら女子やらが集まる。
やいのやいのと騒がしく、早いところ授業が始まらないかと思った矢先にスヒャーナから信じられない言葉が出る。
「明日はお休みって聞いたんだけど…もし良かったら街の探検に付き合ってくれない?」
(・・・・・!?)
いきなり何を言い出したのかと思えば… その言葉を聞くなり息が止まったり歓喜のあまりに踊りだす生徒が続出。
しかも奇妙(?)な事に昼休みの時にクラス中の生徒と一緒に団欒しながら食事をする。
下校の時には昨日まで知らんぷりをしていたはずのクラスの相手…だけでなく他のクラスの生徒にも挨拶をしている。 しかも笑顔で…
何の風の吹き回しだと思うが、帰る時は必ず七臥の隣でツンッとした表情である。
「…今日はやけに機嫌がいいね」
「・・・・・・ふん」
またもそっぽを向く。
何が気に入らないのか、それとも照れ隠しなのか、別の原因があるのか、単純に七臥に嫌がらせをしたいのか。
そんなこんなで家に戻る。
スヒャーナは…本を読まずに料理を作り始める。
「お、珍しいね」
「相当バカにしてるような発言ね」
「…お風呂沸かすけど」
「・・・・・・」
流石に発言が過ぎたか… 二階に上がって報告を…済ませる前にちゃんと上がってこないか確認を取り、部屋を繋げて入室後に鍵を掛ける。
「ふぅ~…さてと」
モニターを開くといつもよりも険しい顔をした隊長が…
『ナナフシ、重大な話がある』
「ど、どうしたんですか?」
『現在調査隊を壊滅させた存在を追っている…』
「判明したんですか!?」
『例の創造の外側に接触した人物を特定した』
「接触者が…!」
『惑星生物界のとある鉱業地帯の若者が突然失踪したという報告がある…存在の詳細はまだだが接触者の友人からの話から判明するのも時間の問題だろう』
「…では自分も本隊と合流するべきでしょうか」
『いや、今はティナの部隊が調査中だ。お前は引き続きそこで調査しろ』
「…わかりました(率直に足手纏いだって言えよ)」
通信が切れる… 小隊長は例の存在を追っているそうだ。何事もなければいいが…
元の部屋に戻し、リビングに下りる。
ソファーにはタオルを首にかけてパジャマに着替えたスヒャーナが食事を終えて本を読んでいた。
(もう入ったのか…)
先程まで調理していたと思ったら既に食事と入浴を済ませたらしい。
七臥も自分の食事を作る。
「・・・・・ねぇ」
と、そんな時にスヒャーナから声を掛けられる。
「な、何?」
「明日、行きたいところあるんだけどいい?」
「・・・・・・・えーっと」
クラス全員で?
「全部あなたの自腹でね」
「そこは決定事項なのかよ!」
「行先は明日教えるから」
「マジかよ…」
少なくとも買い物する事は確定しているらしい…しかも30人以上の…
「頭痛いからもう寝る…」
調理を中断して頭を押さえながら二階へ上がる。
「風邪?明日まで引き摺らないでね」
同情の欠片もない言葉に貫かれながらも部屋に入って横になる。
来れない生徒もいるかもしれないのが、最低でも20人は確実とみていいだろう…
ぶっちゃけると財布の中身が悲惨なことになること間違いなしだな。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
夢を見た…
一人の美女を追っていた 彼女を追い続けて夜の街を駆け 一つの場所を目掛けて
美しい人だった… 銀色の髪を煌めかせ 男性なら必ず魅了される
そんな彼女を追いかけて 「俺」は必至に飛びついて 彼女から 蹴り落された
そして・ ・ ・ 爆炎に巻き込まれた
「・・・・・・!」
目が覚める… 変な夢だ…
まるで夢の中に出てくる自分が自分でないかのように…リアルだった。
「…喉が渇いたな」
なんだかんだでもう5時か…
やけに重い体を起こし、背伸びをしてリビングに下りる。
スヒャーナはいつ持ってきたのかわからない私服に着替えて朝ごはんを作っている。
「…おはよー」
「おはよう」
心なしか今日は一段と動きが軽快に見える。
最初は嫌々だと思ったが実はものすごい楽しみにしていたのか…
まだダルさが抜けない体をソファーの上…ではなくカーペットの上に倒れる。
先程まで彼女が眠っていた事もあってソファーを使うのは何かと忍びない。
「どうぞ」
七臥が倒れている側のテーブルの上に食事が置かれる。
「あぁ…ありがとう」
「シャワーでも浴びたら?引き摺ったまま出掛けないでね」
情けも心配もあったものではない言葉を突きつけられてますます心に突き刺さる。
体を起こして食事を摂る…ダルさも相まってかあまり箸が進まない…
食事を終えてシャワーを浴びる。 大分楽になったがそれでも気が重い。
(うぅ…クラス中を奢るなんてどう考えても足りない…)
「銀行で下ろせばいいでしょ」
渋々財布の中身を確認するこちらの行動に追い打ちを掛けるように言葉をぶつける。
「…一割でもいいから君から出してくれないかな」
「嫌よそんなに持ってるわけじゃないんだから」
容赦のない返事を突きつけられてますます凹む。
対してスヒャーナは鏡を見ながら髪を梳かしている。
(くそぅ…なんでそんなにテンション高いんだよ…)
金銭的余裕があるというわけでもない。
ギャラクティアーズエッジの給与をこの星の資金を購入するのに削っているため残高を気にする必要もある。
(どんな買い物をするかわからないのに…もしこれぐらいかかるとしたら…ティナさんの誕生日プレゼントを買うための資金が残らない計算になる…)
とんだハプニングに巻き込まれたものだと思い落ち込んでる七臥に対し、予定より30分早いにも関わらず出掛けようとしているスヒャーナ。
対照的な気分の二人…最初に提案した時は逆のように思えたが。
無言で急かしてくる彼女に合わせて早めに家を出る。
集合場所は駅前。丁度七臥の家と学園の真ん中に位置している。
クラス全員の生徒がガヤガヤと騒いでいる…早いかと思ったが既に待機し続けていたらしい。
「マジかよ…一人も欠けてないのか…」
出来るだけ人が来ないことを期待したか見事なまでに裏切られた。
こうなればスヒャーナが出来るだけ高い買い物をしないように祈るしかない。
こちらが来た途端猛スピードで走り寄ってくる。
七臥には目もくれず、全員がスヒャーナの周りを囲んで騒ぐ。
「おはよう皆さん。今日は七臥さんが私に街を案内して下さるそうなのでお言葉に甘えようかと…みなさんの分も含めて全部彼の奢りですから」
最後の部分だけやたら強調して伝える。
くそぅ…これはいじめか…新手のいじめなのか…!?
全員が騒ぐ中、スヒャーナは微笑んだままで七臥はぐったり。
さて、昨日スヒャーナが目を付けた店はスイーツ店…しかも街の中でもそれなりに高価なものが並んでいる…もう嫌な予感どころか確信を得てしまった…
「このスイーツをお願いします」
スヒャーナが店で一番高いスイーツを注文し、他の生徒も次々と注文を容赦なく…
(僕の預金が…ティナさんへのプレゼントががが…)
生徒が騒いでる中にスヒャーナは普段見せた事のない笑顔で談笑している。
それが作り笑顔なのか本当の笑顔なのかは…気力が折れた七臥には気に掛ける事が出来なかった…
・・・・・・・・・結局30人分を奢る羽目になった…
「・・・・・・もう帰っていい?」
「あら、まだ1時間しか経ってないのよ」
いつも不愛想に返答するのにこんな時にはちゃんと伝えに来る。
「・・・・・・・財布がスッカラカンなんだけど」
「あら残念ね。私持ってないのだけれど」
「じゃあもう何も買えないねそれじゃかーえりーましょっと」
「昨日街を案内してあげるとしつこく言ってたのは何処の誰だったかしら」
「~~~~~~~~~……」
言い返せない事実を突きつけられますます肩を落とす。
今までに2回しか吐いたことのないどでかい溜息をしながらふらついた足取りで銀行へ向かう。
30人の生徒もワイワイ騒ぎながらがっくりと肩を落とす七臥の後に付いてくるスヒャーナの後に続いてくる。
「皆さん、銀行の中では静かにしてくださいね」
スヒャーナの言いつけ通りに一斉に静かになる生徒たち。
「…みんな外で待ってた方がいいんじゃないかな?」
「仲間外れなんて可哀想でしょ」
「……さいですか…」
渋々と受付と話して壁際の椅子で待つように言われる。
気分が落ち続けるままに椅子に座り込んで頭を抱え、それを気にも留めずして隣に生徒たちが小声でワイワイと会話している
スヒャーナは作り笑顔なのか、本当に心から笑っているのか…今の七臥にはどうでもいいかもしれない。
(うぅ…帰りたい… もう嫌だ…)
自分から言い出したのにも関わらず、無責任に投げたがるのも悪い癖である。
(いや16の子供に過剰な責任能力を求められても)
ひとまずどうやってこの場を凌ぐかというより逃げる方法を考えてみる。
「ちょっとトイレ…」
「遅れないでね」
・・・・・・さて、個室の中で腕を組んで考える。
今の状況を打開する方法… ・ ・ ・ 思い浮かばない…
「ちくしょ~こんな事になるなら誘うんじゃなかった~…」
1週間の間クラスの人とほとんど話そうとしなかったのは基本的に人見知りで関わりたくないからと思わせるためのブラフだったのか…
このまま窓から抜け出して置いてきぼりにするべきかもしれない。
「・ ・ ・ ん?」
聴覚を研ぎ澄ませる… 4人が銀行の前を移動している。
それ自体は別に変った事ではないが、息遣いが籠っている…マスクをしているかもしれないこともあるが、足音が妙に重々しく硬い物質が擦れる音が…
(…4人が一緒に…銀行に入って…まさか―!)
嫌な予感と共にトイレの扉をそっと開き、入口の様子を見遣る…
4人の男が覆面で顔を隠しながらアサルトライフルとマシンガンを発砲、銀行員数人が撃ち抜かれ即死。悲鳴が響くも一人の男が天井に向けて発砲しながら大声を上げる。
「静かにして床に伏せやがれ!騒ぐ奴は蜂の巣にするぞ!」
全員が静まり返り、銀行員の一人に男が金を用意するように要求する。
(銀行強盗か…こんな時に…)
トイレからこっそり様子を窺いながら生徒たちの方に視線を移す。
全員が震えながらも床に伏せている…全員が怯え、涙を流す者や小声で助けを求める生徒も…スヒャーナは顔を伏せているため表情が見えない。
(参ったな…僕一人ならあの程度軽く蹴散らせるけど、あれだけ人質がいるんじゃ最低でも2、3人は犠牲になる…)
一番確実な方法は一人一人誘き寄せて叩く事だが、人質を連れた状態だと僅かなタイミングのズレで犠牲が出る…
天井の通気口へ入り、物音を立てないようにしながらダクトを移動する…トイレの扉が蹴破られる音と衝撃…会話の内容から二人一組か…足音からも人質を連れてはいない。
今なら中央にいる二人を片付ける事が…
「いいか!要求を飲まなければ1時間ごとに人質を一人殺す!」
天井裏から下を覗き込む…怯える人質の頭に銃口を突きつけて電話に向かって話している…相手は警察のようだ。まだ表に警察が到着してはいないようだが。
しかも強盗は20mは離れている…二人とも人質に銃口を突きつけている。
奇襲をかけても恐らく間に合わないか…どうするべきかを考えていると他二人も戻ってきてしまった。
「二階から上と…地下もあるみたいだぜ」
「俺は人質を見張る。地下はお前らはどっちに行くか決めてくれ」
「なら俺は…」
役割分担中か…一人になれば順に片づけられる。
「待てよ、一人になると人質どもが襲ってくるかもしれないぞ。二人組で行動した方がいい」
「それがいいだろう。地下は後回しにして二階から調べて行った方がいいぜ。屋上から侵入してくる可能性もあるしな」
強盗が二人組になり、人質側は先程と同じ位置に、残り二人は階段へと移動する。
(くそ…やっぱり思った通りにはいかないか…)
部屋の隅で伏せている生徒たちを見てみる。
恐怖のあまり涙を流す女子をスヒャーナが励ます。
「大丈夫よ…怖がらないで…」
その小声に反応して強盗の一人がスヒャーナを睨みつける。
「…おいお嬢ちゃん、綺麗な髪してんじゃねぇか」
強盗がスヒャーナの手首を掴み上げ立ち上がらせる。
「結構美人さんだな。おい、お友達を殺されたくなかったら脱げよ」
銃口を生徒たちに向けスヒャーナに服を脱ぐように命令する。
「・・・・・・・」
怯える様子もなく強盗を睨みつけ…否、いじめっ子を見ていた時と同じように下賤な存在を軽蔑する眼差し…
「脅しだと思ってんのか?ならまず一人…」
怯える生徒たちに向けて引き金を…引く寸前にパトカー十数台が銀行の前に到着し、警官が拡声器を使って呼び掛ける。
「強盗どもに告ぐ!人質を解放し、武器を捨てて投降しろ!」
スヒャーナを脅していた強盗が拳銃に持ち替えて彼女を掴んでこめかみに銃口を突きつけ、扉越しに警察に要求する。
「そこから一歩でも近づいてみやがれ!人質の頭を吹っ飛ばすぞ!」
「逃げる事は出来ないぞ!大人しく投降すれば命までは取らない!」
「逃走用の車を用意しろ!あと50分以内に用意できなければ撃ち殺す!」
スヒャーナは顔色一つ変えていない…恐怖のあまり硬直してしまった可能性もあるが…
(流石にゼロ距離で撃たれたら助ける間もない…どうするべきか…)
先に二階へ向かった二人を片付けるか?しかし何かしらの間違いが起きて一度でも銃声が響けば彼女が犠牲になってしまう。
(あの男から彼女を引き離す方を優先するか?いや、根本的な解決にはならない…他の人を犠牲にするわけにもいかないし…)
七臥が天井裏で悩んでいると二階へと移動した二人が銀行員を部屋の隅に集める。
「これで全部か」
「上の部屋は倉庫みたいだな」
都市にある銀行とは言っても小さなもの。大きなものは警備が厳重で強盗する前に射殺されてしまう。
そのため多くの人が利用する上に警備がほとんどない小さな銀行を襲撃対象にした。
「おい、窓には近づくなよ。狙撃手が狙ってくるかもしれねぇからな」
「わかってるよ。念のためブラインドを閉めるんだよ」
ブラインドを閉めようと紐に手を伸ばす…と、窓際に置いてある花瓶に手が当たって水がかかる。
「うわっくそっ…!」
思わず手を引っ込めると同時に天井を伝う配線が切れ、濡れた事に気を取られていたため、落ちてきた配線に気付くことが出来ず通電した状態で強盗の首元、それも衣服のない露出した肌の部分に直撃し感電する。
「ぎぁっ…!」
「な、なんだ!?」
偶然とは思えない事態に驚くもう一人の強盗が仲間を感電から救おうと手を伸ばす。
が、それを見計らうかのように床にまで零れた水を伝った電気が近くのコピー機をショートさせプラスチックの板が弾け飛ぶ。
伸ばした方の手首が飛んできた板に切断される。
「!!?」
何が起こったかわからないままに手首がなくなったショックで悲鳴を上げ、その声が1階に響き渡る。
「どうした!?」
二人が同時に目を離し、スヒャーナから銃口を離す。その瞬間、七臥が天井裏から飛び出しスヒャーナを掴んでいた男の横顔を蹴り飛ばす。突然の事態に混乱して銃口を二階行きの階段側に向けた残り一人がこちらを振り向くと同時に両手で後頭部を抱え眉間に膝蹴りをお見舞いする。
覆面越しから鼻血を吹き出しながら白目を剥いて倒れた。
「…二階部分は」
二人が気を失ったのを確認して二階へ向かう。
二階には部屋の隅で怯える銀行員と…窓際には感電死した死体と手首を切断されてショック状態に陥った男がいた。
「ぎっ…ひっ…」
(偶然の事故か?…いや、それよりも銃を離す方が先か)
まだ息がある方の男からマシンガンを蹴り離し、手首の出血を止めた上で両腕を縛って武器を引き剥がす。
「これでよし…もう大丈夫ですよ」
七臥が場の安全を確保すると同時に銀行員が七臥に感謝の言葉を述べる。
そして強盗達が倒れた事を知ると警官隊が突入し、男たちの身柄を確保した。
「ありがとう、勇気ある少年よ。君のおかげで被害を最小限に留めることが出来たよ」
「いえ、撃たれてしまった人たちを救う事が出来ませんでした…もしかしたら助けられたかもしれないのに…」
「仮に我々が制圧したとしても被害者は同じように…或いはもっと増えていたかもしれない。亡くなった人達には申し訳ないが、多くの人を救えたことを誇りに思うべきだよ」
「…ありがとうございます」
あの時トイレに籠っていなければ助けられたはずだった…自分の判断の過ちに心を痛める七臥の元に生徒たちが集まりだしてもみくちゃにされる。
「すげーよ七臥!」
「まるでスーパーマンみたいだぜ!」
「アタシ達のヒーロー!」
生徒たちの誰も被害が出なかったことに安心する…だが一人、目立つはずの人物がこの場にいないことに気付く。
「…あの、確保した強盗の人数は?」
「あぁ、生存した二人と一人の遺体だ」
「・・・・・!」
四人いるはずの強盗が三人…!?
外へ視線を移す。 手首を切断された男と眉間を打たれて倒れた男…横顔を蹴り飛ばした男がいない。
(しまった!追撃を入れるべきだったか!)
蹴り飛ばした後に残り三人の対処の事しか考えていなかった。
スヒャーナは最後の一人に連れていかれ、男は地下室に逃げ込んだ。
「畜生…!何がどうなってんだ…!」
蹴られた箇所を押さえながらスヒャーナの裾を掴む。
「こうなったらてめぇも道連れだ…!」
銃を突き付ける。 対するスヒャーナは動じることなく先程と同じ視線を送る。
男がもう一歩下がる…と、床に流れていた油に足を取られて後頭部から倒れこむ。
「ぐぁっ…がっ…!」
思わず後頭部を両手で押さえ込み悶絶する…同時に持っていた拳銃がなくなってる事に気付く。
そしてこちらに向けられる殺意を感じ取ってその方向に対して振り向く。
スヒャーナの左手に拳銃が握られ、銃口を男の顔に向けて狙いを定める。
「お、おい…待て…そ、そんな真似す…」
地下から響く10発の銃声…
「まさか!」
七臥が警官隊と共に地下へ下りる。
「危ないから下がってなさい!」
警官隊の制止を聞かずに駆け込む。
そこには… 銃弾を撃ち尽くした拳銃を倒れた男に向けたままのスヒャーナが…
その表情は今までと変わりなく、静かで冷たく伏目のままで…
「…スヒャーナ…さん…」
こちらの呼び掛けに振り向くことなく、銃を持ったまま動こうとしない。
その後、彼女は保護され強盗を銃殺した事に関しては正当防衛という事で処理された。
スヒャーナは一言も話さなかったが、現場の状況と遺体の状況から男が油で足を滑らせて後頭部を強打。その衝撃で手放した拳銃をスヒャーナが拾い上げて男を射殺…という事。
彼女が最初から一方的ではなく強盗の一人によって人質にされていた恐怖からの射殺という事でそのような判決が下されたのだ。
憐れんだり同情する声が多数あったが、彼女はそれに対して一切応えようとしなかった。
本人にとってもショックだったのだろう…あの状況なら恐らく誰でも同じような手段を選ぶはずだ…七臥本人もそう思いながら…
それから二週間・ ・ ・
スヒャーナはすっかり話そうとしなくなり、七臥の家に来ることもなくなった。
学園の間ではあんな出来事があったのだから仕方がないと納得する意見ばかりだった。
彼女の心配をする者は大勢いた。七臥もその内の一人だった。
勝手に居座られたとはいえ、彼女をあんなことに巻き込んでしまったのは自分に責任があるという負い目がある。
あんな事を言わなければ、あの時銀行に行かなければ…後悔すればキリがない…
が、そんな後悔の時間は唐突に終わりを迎える。
学園の教師が会議を開き、そこにスヒャーナが呼び出された。
「どういうことですかスヒャーナさん!?」
「…仰っている意味が理解できません」
「君の出身国と住所を調べたが、その国にそんな住所は存在しないらしいじゃないか!」
「あなたの過去を調べた警察の方がこちらに情報を提供してくださったんですが、妙な事にここに来る前の情報がその国の情報と一致していないという話がきましてね」
「・・・・・・・」
「あなたは本当に学生なのですか!?どうやって留学生としてこの国に…」
突如スヒャーナが立ち上がり、興味を失くしたかのように会議室から出て行く。
不思議な事にそれを止めようとする者はいない。
彼女を心配して集まっていた学生たちがスヒャーナが出てくると同時に彼女の事を無視して騒ぎ出す。
遅れて七臥が到着するが、その光景は今までの中でも異様とも言えるべきものだった。
スヒャーナがやってきて3週間、彼女が通る度必ず声を掛けたり近寄ったりプレゼントしたりする生徒が絶えなかったが、今彼女が通っても知らん顔…それどころかまるでその存在を認識していないかのようにワイワイガヤガヤと騒いでいる。
途中で抜け出したにも拘らず教師が誰も彼女を追おうとしない。
そんな中、七臥だけが彼女の後を追っていた。
授業が始まっているが、荷物どころか鞄も持たずに街外れの橋の上に到着する。
スヒャーナはそこに七臥がやってくるのを待っていた。
「…どうしてこんなところに…授業はもう始まっているよ」
「・・・・・・・」
街の方を向いている…七臥には目もくれない。
「…あの時の事は…本当にごめん。君が嫌がっていたのに無理矢理誘った僕が悪いんだ…それに関しては…本当に」
「ギャラクティアーズエッジ…か」
「――――!」
そこへ…この世界では聞くはずのない言葉が出てきた…
硬直した七臥の元にテレパシーが届く。
『ナナフシ、緊急報告!調査隊を全滅させた敵対勢力が判明!』
七臥にしか聞こえない緊急用のテレパシーだが、それがわかっているように七臥に視線を向ける…最初の時に見た不愛想な伏目ではなく、まるで自分以外の全てを見下し、嘲笑するような恐怖さえも感じさせる眼差し…
『敵対勢力は【神人類】、その内の一人は【スヒャーナ】!』
神人類スヒャーナ
目の前にいる少女こそが、ギャラクティアーズエッジの追っていた「創造の外側」の一人だった。
「わざわざ異空間まで使ってこちら側の正体を探っていたようだが…こんなわかりやすい芝居さえ見抜けないとは余程の間抜けとしか思えんな…」
周囲の空気が凍り付くようなおぞましい何かが漂い冷や汗が溢れ出す。
「芝居…だった…?」
精一杯振り絞った言葉…それを聞いたスヒャーナはハッと笑い飛ばす。
「たかだか星の上のつまらん生命体風情が揃いも揃って間抜け面を晒しているのは実に滑稽だったな。何処もかしこも、人類と言うのは皆同じようなものか」
話すだけで相手を絞め殺せるような威圧感を放ちながらも七臥には敵意や殺意は向けていない…
「…嘘だったのか…今までの…全部…!」
たった3週間とはいえ、学生として、同年代として、僅かでも分かり合えた、或いは分かり合えるんじゃないかと思い込んでいた…あれが全て…嘘?
「・・・・・・・・」
「…正直…信じられない…でもそれは、君が神人類という存在だからじゃない…」
七臥の心境にはある種の期待があった。
芝居とはいえ、欺くためにわざわざ子猫を助けるような真似をするだろうか?
こちらの同情を誘うためかもしれない…それぐらいで信用を得られるならその程度の事なら平然とするだろう。
だが彼女からしてみれば七臥は明らかな格下だ。信用など得る必要もなければ遊びでわざわざ小さな命を救おうとするだろうか?
暇潰しでも遊びでも構わない…もしかしたら…分かり合えるのではないのか…?
神人類というものが七臥にとっては完全に未知の存在だ。
だからこそ可能性がある…無理に戦う必要もないのではないのか?
「あの時子猫を助けた…ただどうする事もなく…考える間もなく助けに行った…そして君ははっきり弱い者いじめが嫌いだと言っていた…あれも全部…嘘だったのか…?」
僅かに視線を逸らして言い放つ。
「弱い者いじめは嫌いだ。それは紛れもない事実だ」
「!…そ、それなら」
「何故嫌いなのかわかるか?」
七臥の期待の言葉を遮るかのように言葉を続ける。
「何故なら戦いにならないからだ。弱い者いじめというものは明らかに戦いにならない戦力差で一方的に嬲る事だ。そんなもの見てて退屈だ…理解できるか? 私はひたすらに戦う事を望んでいるからだ」
七臥を睨みつけるような表情で笑う…それは笑顔と言うよりも凶悪という概念が顔に現れたようにおぞましく感じた。
「戦いこそが私の存在理由だ。戦いこそがこの世の生命体の真理にして、宇宙に存在する生命体の進化の可能性だ。戦いは生命体の新たな可能性を引き出す…弱く惨めな者でさえ、敵う筈のない強者を打ち破る可能性が生まれる。それを一方的に叩き潰すなんぞ退屈なだけだ」
スヒャーナの言葉は七臥の「分かり合えるかもしれない」という期待を完全に打ち砕き、「戦う以外に道はない」事実を刻み込むことになった。
「~~~~…そ、そんな事のために…」
「……貴様らをこの次元ごと消すことなど造作もないが、先程も言った通り私は弱い者いじめが嫌いだ。だが戦おうとしない存在に価値などない」
スヒャーナが背を向けてその場から立ち去る…
「戦え。 戦い、勝利し、自らが生き残る道を導き出せ。それが出来なければ貴様らに存在価値などない」
橋を下りて姿が見えなくなる…いきなりの事実に身動き一つ取ることのできなかった七臥はその場に座り込み、起こってはならない事態にただただ落胆するばかりであった…
日が沈み、電灯によって小さな明かりに照らされた夜道を歩くスヒャーナ。
通った後に凍てつくような冷気が漂う…と、急に足を止める。
視線の先の暗闇から鉄パイプを持った…指を折られたいじめっ子が現れた。
「こんな時間にお出かけかよぉ留学生さんよぉ…」
七臥以外の人物には一切の記憶が残らなかったが、このいじめっ子にもスヒャーナの記憶が消されないでいた。
「何か用?」
「何か用だぁ?この指を見ても同じことが言えんのかよぉ…」
3週間近く経つも、未だに包帯が巻かれて固定されたまま。
「もしかしてそんな事のためにここまで来たのかしら?」
いじめっ子の執念を嘲笑う様に吐き捨てる。
「弱い者いじめしか能がないかと思えば、自分の立場も理解出来ずにふんぞり返るロクデナシ…単細胞生物にさえ劣るムシケラが…」
「見下してんじゃねぇぞこの女ぁ!」
鉄パイプを振り上げてスヒャーナに殴りかかる。が、
スヒャーナの右手に何処からともなく現れた巨大な鎚が振られ、いじめっ子の上半身が砕け散った。
砕け散った破片は氷の破片となって道路に散り、水溜まりとなって広がり、やがて消えてなくなる…残った下半身も氷の塊となって同じように溶けてなくなった…
スヒャーナは何事もなかったかのように歩き出し、闇夜の中に溶け込むように消えていく…
まるで最初からこの世に存在しなかったように…
完