転~結
世界には魔物がいる。
だが、魔物は人間世界にはめったにやって来ない。
それは山に住む猪や熊、猿、狸、兎などと同じで、確かに生きて存在しているのだが、住む場所が異なる為、普通に生活していれば出会うことはほとんど無い。
魔物の好物は魔力であり、魔法使いであり、魔女だった。
特に、19才を過ぎた、汚れの無い女の魔力が魔物の大好物なのだとか。
人間世界と魔法世界で語られる話には幾らか誤差がある。
魔女は恋をすると体の時間の進みを止め、愛する男と身体を結ぶことで、その男との生涯を誓い、その男に全てを捧げる、と世間一般には言われている。
そうして魔女の体の時計の針は男と共に進んでいく。
魔女は愛する男と共に生き、愛した男と共に死ぬのだと。
魔女子が教えてくれたが、正確には少し違った。
魔力を生まれ持つ女は16才から18才で、清らかな体に魔女となる為の魔術契約を施す。そうしなければ19才になったと同時に、ほぼ100%の確率で、魔物が食べ頃の女の存在に気付いて食べに来るらしい。
魔術契約後、魔女は恋をすると加齢が強制的に止まり、処女喪失で加齢が再開する。魔女が再び恋をするとまた強制的に加齢が止まり、未知の相手と交わることでまた加齢を再開……を繰り返していくそうだ。
ただ、魔女の愛は重く、一途であることが多い。幾度も恋する魔女は稀なのだとか。
魔女子の恋は成就していない。
清らかなままの魔女子。
爺さんに恋したその日から、魔女子はずっと16才でいる。
「坊ちゃん、起きてくださいませ。学園に遅れてしまいます」
今日の魔女子は真面……ではなく不真面目魔女子。
髪色をミルクチョコレート色に変え、結わずにおろしたままのしどけない髪。
不真面目魔女子であるので俺の寝巻きのボタンを2つ3つと器用に外しながらも、ちゃんと遅刻の心配はしてくれているようだった。
「もう、坊ちゃんの困ったさん。早くお支度をなさいませ。学園までお送りして差し上げますから」
朝食と身支度を手早く済ませ、俺は玄関を出た。
「坊っちゃん、お急ぎを」
庭で待つ魔女子は黒色の三角帽を被っていた。首元のリボンと同じ、爽やかな水色のリボンが巻いてある。魔女子曰く、帽子を被った方が上手に飛べるらしい。
俺は魔女子の箒の後ろにまたがった。
「しっかり腰を握ってくださいね。いざ、参ります!」
魔女子の腰に手を回すと、ふわりと箒が浮き上がる。
2人を乗せた箒が空を飛んだ。
「あっ、坊ちゃんっいけません。こんなところで、そんなことしたら……んっ……落っこちちゃいます」
不真面目魔女子でも空を飛ぶ時は真面目だった。
片手で魔女子の腰を持ち、もう片手でさわさわと太股を撫でていたかったのだが、空高くで箒がぐらつくのは俺もさすがに怖いので、魔女子の腹の薄い肉を両手でもみもみ揉んで我慢する。
「ウタ様が悲しみますわ。アンデル様がわたくしを求めてくださる……ふふ。残酷な坊ちゃま」
俺はウタやアンデルなど知らない。
俺はただ、俺が魔女子を欲しいだけだ。
「さ、着きましたよ。行ってらっしゃいませ。学園でのお勉強、しっかり励んでおいでませ」
俺を箒からおろし、再びふわりと舞い上がる魔女子。
空の上から俺を見送る魔女子はきっと、俺の中に爺さんを見ている。
でも俺は、他の誰でもない。
たとえ魂が爺さんと同じでも、俺は、俺が魔女子を見、俺自身が魔女子を求めている。