転
魔女子の名誉のために説明しておく。
彼女は決して痴女ではない。
きっと……多分……ぱぁあはぷす。
魔女子の行動にはちゃんと魔女子なりの理由が存在する。
それは魔女子の初恋に起因しており、初恋相手は俺のひーひーひーひーひーひー爺さんだった。
魔女子によると、味の素的な俺の素、すなわち俺の魂はひー×6爺さんと同じだという。
要するに、俺は爺さん(ひー×6は以下省略)の生まれ変わり。
魔女子は時々「もわもわの輪」という、モヤがかかったような謎の球体を生み、そのモヤの中に爺さんと婆さん(ひー×6は省略)の姿を映し出した。
そのぼんやりした爺婆さんの映像を何度も見て俺は育った。俺が物心つく前からかもしれない。何度も何度も何度も、俺はもわわんとした爺婆さんの姿を見せられた。
魔女子は言う。
「坊ちゃん、この魔女子を思い出してくださいましたか?」
またある時も言う。
「アンデル様の時のこと、何か思い出しましたか?」
魂は輪廻する。
魔法使いの世界では常識で、人間の世界でもその考えは古くから受け入れられていた。
だから俺も否定しない。魔女の占いの結果は重い。魔女の占いや魔女の予感、予言が、爺さんと俺の魂が同じと言うのなら、間違いなく、きっと一緒なのだ。
では魂とは何だろう?
俺は思う、きっと植物なら種や根っこだと。俺の足の指先くらいは爺さんかもしれないし、俺の片肺くらいは爺さんかもしれない。
俺は爺さんだった頃の記憶を一切持たない。
爺さんだった頃の婆さんへの想いとか、まるで思い出さない。いくら魔女子が「もわもわの輪」を見せようと、それはただの色褪せた動画であって、今の俺は爺さんにはならない。なりたいとも思わないし、俺は俺。
婆さんはとっくの昔に死んだ、俺の祖先。
爺さんもまた、とっくの昔に死んだ、俺の祖先。
俺は俺で、今、魔女子を想い、生きている。
魔女子にとって、爺さんは運命の人だった。
魔女子が我が家で働くに至った経緯は以下のようなもの。
150年程前、新米魔女の魔女子はルンルンランラン上空大気圏すれすれを飛行中、赤ん坊配達員コウノトリに激突。赤ん坊と共に魔女子は落下した。
魔女子が落下した泉のすぐ側には仲の良い若夫婦がたまたまいて、赤ん坊は光となり、女は腹に命を宿した。
魔女子の箒は泉の近くに真っ二つになって転がった。
ずぶ濡れの人魚のように、はたまたブラウン管テレビジョンからの使徒サ◯コのように、魔女子は泉から這い出した。
涙を流し、嬉しそうに幸せそうにぺたんこの腹を撫でる若夫婦。
「おや、君が幸せを運んでくれたコウノトリかな?」
若夫婦の側にいた、老夫婦の夫に魔女子は一目惚れしたのだった。
ちゃっかり役目を果たしたコウノトリ、落っこちた魔女子を見て見ぬ振りで飛び去った。
普通の人間の女より、魔女の愛は重い。
魔女自身が意識しなくても、魔女の想いに魔力が自然と入り込むからだ、と言われている。
魔女子は望んだ。爺さんの心が魔女子に向くことを。
爺さんは婆さん思いの愛妻家で、愛人でも構わないと申し出る魔女子を女としては受け入れなかった。
爺婆さんは可愛い孫が出来たと言って、箒が折れて困っている魔女子を屋敷に置いた。
タダ住みは申し訳無いと、魔女子はせっせと働いた。
時に爺さんに色仕掛けを行い、時には爺婆さんが仲良く眠るベットに忍び込んだりもした。
爺婆さんは布団の真ん中に魔女子を入れてやり、よしよしと魔女子の頭を撫でてやった。
以来ずっと、魔女子は助けてもらった恩を仇で返すためにこの屋敷につかえている。
修理して箒が元通りになおり、150年が経った今でも、魔女子は我が家にいる、メイドとして。
魔女子の言う「仇」とは、爺さんに、爺さん最愛の婆さんを裏切る行為をさせることだった。
婆さんではなく、魔女子を選ばせること。
それを「仇」だと魔女子が考えるくらい、爺さんと婆さんは仲の良い夫婦だったのだろう。
魔女子がどんなに好意を寄せて、どんなに好きだと、どんなに愛していると訴えても、爺さんは魔女子の頭をよしよしと撫でるだけだった。
魔女子は爺さんが死んだ日、占いをした。
婆さんに形見分けに貰った爺さんの遺髪をすり鉢で細かくすった。鉄鍋で煮る。謎のキノコやら謎の昆虫やらとぐつぐつ煮込み、歌うように、啜り泣くように呪文を唱え、その煮汁を一滴残さず飲み干した。
そして魔女子は知る、爺さんと同じ魂を持った人間が今と同じ家に、数代後にこの屋敷に生まれて来るのだと。
魔女子はそのまま屋敷に、メイドとして居座り続けた。
爺さんは150年前を生きた人間だから、もうこの世には存在しない。
爺さんと同じ魂を持つ俺。
俺が生まれてからずっと、魔女子はいつも俺の側にいた。