ガキ大将……そんな時代もありましたが忘れて下さい
昔の話をしよう。
あれは丁度10年前……私が幼稚園の年長さんだった時の事である。
私には仲の良い友達が3人居た。
当時の私は同じ女の子とは馬が合わず、よく男の子と遊んでいるような活発な子供だった。
その男の子達の中で私は唯一の女の子だというのに、ボス猿のようなガキ大将としてグループに君臨していた。
「じゃあ今日はサッカーね!明日はおにごっこにするから!」
ボールを持ってそう高らかに宣言すると、3人から不満の声が上がった。
「えーっ!やだよー……もうおれたち、今日はレンジャーごっこって決めてるのに……」
「そうだよ、それはまた明日にしようよ」
「え、ぼ……僕も……レンジャーごっこが、いいかな……?」
皆に反対され、ひとりっ子かつお父さんにデレデレに甘やかされた私は、自分の意見が通らなかった事に大声でキレた。逆ギレである。
「何よ!!もう決めたんだから文句言わないでよ!!もう遊んであげない!!」
私がへそを曲げると、皆謝って来る。それを知っていて、むくれて私はそっぽを向いた。
案の定皆私に謝った。そして私は許す代わりに、今日の遊びをサッカーに変えさせた。
これが日常だった。私にとっての日常で、この3人とも……小学校に上がっても、ずっとこうやっていくのだと…………思っていた。
……それを私以外……誰一人として望んでいないと知ったのは、卒園式の日だった。
――その少し前に、私はショックな事をお母さんに聞かされた。
「……ねぇ、理子。この間……試験、受けに行ったの……覚えてる?」
「しょうがっこうの?うん!楽しかった!」
気まずそうに言うお母さんに幼い私は気づかず、お受験で行った小学校の大きな校舎と優しそうな先生達の顔を思い出して胸を膨らませた。
あそこで皆ともっと遊べるんだと思った。
帰りも、幼稚園バスではなく歩いて帰るから、私が皆をちゃんと誘導してあげるんだと、偉そうに考えていた。
その何も知らない憐れな私の笑顔を、お母さんは無慈悲な真実で壊した。
「……あのね、…………理子ちゃん、落ちちゃったんだって」
「…………おちた?何に、おちたの?」
「…………小学校。だから、お友達とも、違う学校になっちゃうの」
違う学校。皆と違う、私だけ違う……。
「やだっ!!そんなやだぁ!!はるととしょうごとるいと一緒が良い!!」
「だめなの……落ちちゃったから……行けないのよ、理子。分かってちょうだい」
「やだあああっっ!!お父さんやだよおお!!」
「ごめんな、理子……新しい学校に行っても、皆と仲良く出来るから……」
私にいつも甘いお父さんにも謝られて、どうにもならないのだと分かっても私は暴れた。1人で行かなくてはいけない学校の事を考えるのが、とても怖かった。
1日中泣いた。泣いてもどうにもならなくて、お父さんの言う言葉を信じるしかなかった。
学校は違っても友達だ。お別れじゃない。
そうだ。卒園式の日は、初めて3人を家に呼んでみよう。
そして家で遊んで……これからも友達だって、ちゃんと言おう。
優しい皆はきっとこれからも私と遊んでくれるし、友達でいてくれる。
学校が一緒じゃなくても、きっと大丈夫。
お母さんにそう提案されて、私も納得した。お父さんは、男の子ばっかりだから嫌がってたけど……。
だから、卒園式の前の日にパーティーの飾りを作った。
お母さんがケーキを当日に焼いてくれて……お父さんは、私と作った飾りを朝からつけてくれた。
幼稚園からそのままパーティー出来るような飾りに、ケーキに、私は胸が躍った。皆に話すのが、楽しみだった。
……卒園式が終わって……皆がバスで帰る時間になった。バスの中では、皆が自分の行く学校の話をしていた。
「おれたち、みんな同じ学校だよな!いっしょのクラスかな?」
「うちのようちえんは皆だいたい、せいどうじしょうがっこうに行くらしいよ」
「僕もそうだったよ!4月から来てくださいって!」
ワイワイとはしゃぐ声に、苛立ちと焦りが湧き上がった。
……私は行けないんだよ。学校がちがうの。お別れなんだよ?みんなと。
ぐっと唇を噛みしめる。何も知らない皆が、とても酷い人間に思えた。
知っているのは私だけだ。知ってたらこんな酷い事言う訳がない。
分かっているけれど、私の苛立ちは止まらなかった。
……そして、とうとうバスが出発し、焦った私は皆がバスでそれぞれの家に帰らないようにと、一度うちに寄って欲しいという旨を急いで伝えた。
「あ、あー!そういえばっ、きょうはっ、うちに来なさいよね!!家にはその後に帰るの!分かった!?」
いつもの調子で言った。私は皆のリーダーだから、それが普通だった。
――でも、それは驕りだったのだと……この後私は知った。
「――え?いやだけど?」
「…………え……?」
呆気にとられ動きを止めた。
晴斗が、当たり前のような口調で私を否定するという事が現実だと思えず……夢を見ているような感覚で私は晴斗をぼんやりと見た。
……嫌?……行きたくないって、事?
黙る私に畳みかけるように、晴斗は後ろの席の私を座席の上から覗き込むと、冷たい目で言った。
「ていうか、何でしょうがくせいになってもりことあそばないといけないの?」
「え……え……だって……」
「もうしょうがくせいになるから言うけど、おれたち……りことあそびたくないんだけど」
言っている意味が理解出来ず、口を絞る。……何を言えば良いのか、分からなかった。
そんな私に気を良くしたのか、晴斗は彰吾と類に「おまえらも今のうちに言っとけよ」と肘で突き2人を焚きつけた。
……小学校に上がるのだからと、気が大きくなっていたのだろう。普段は大人しく冷静な彰吾や、おどおどと不器用な類までもが、私への不満を爆発させた。
「……おれも、いやだった。りこ、ワガママだし……りこの家も、行かない」
「ぼ、僕は……あのっ、……い、今までこわくて言えなかったけど!りこちゃんが……こわかった……だから、えっと……」
行きたくない。小さな声がバスの音に消されずに私の耳にしっかりと届く。
――こういう時、人はどう行動するのが正解なのだろう?
5歳のくせに、いきなり哲学的な事を思ったのを覚えている。
暴れても同じだ。それで嫌われているのだから。謝る?それで許されるの?
考えている間にも、皆は不満を口々に私にぶつけた。
「ほら!みんないやって言ってる!じゃあ今日はだれもりこんち行かないからな!」
「おれたちだって、やりたい事もある」
「……こんどで、いいんじゃないかな……?」
否定的な言葉が、私を串刺しにした。
これは報いだ。私がやって来た事が、今私に返ってきているのだ。
その言葉通り、自分の家付近になると皆は私に挨拶も無く帰って行った。……結局、学校が違うとも……ずっと友達だとも……言えないまま。
バスを降りると、お母さんが迎えに来ていた。お母さんは私1人が降りてくるのを見て不思議そうに首を傾げた。
「理子?お友達は?」
「…………かえった」
お母さんの手を握って歩く。……お母さんは、気づいているのか、何も言わなかった。
「卒園おめでとー!皆―!!……って…………あれ?」
家に帰ると、お父さんがクラッカーを私に浴びせた。7色の糸が、空気も読まず私の頭上でヒラヒラと舞った。
無言で家に入ると、“卒園おめでとう!理子!晴斗!彰吾!類!”という飾りが、視界いっぱいに映り足を止めた。
……昨日、お父さんと作った飾りだ。
「はは、ははは……」
とても面白くなった。どうして来てくれると当たり前のように思えたのだろうと。
私の様子がおかしいから何かあったのかと、お母さんが3人のお母さんに電話したらしい。
……でも、私が小学校の受験で落ちた事が広がって、仲良くする必要も無いと思われたのか誰も出なかったそうだ。
……その夜は、お母さんが作ったケーキを家族で食べた。おいしくて、おいしくて……涙と笑いが止まらなかった。
私は馬鹿だ。嫌われて当たり前だ。何がリーダーだ。ああ、おかしい。
――この日から、私はガキ大将ではなくなった。
「はーい、1年生は先生に付いて来てねー!」
小学校の入学式を終え、担任になった先生の後を付いて教室に向かった。周りは……やはり、知っている人など1人もいない。
安心する。あの時の自分を知っている人が居ない事が、今の私にとっては酷くありがたかった。
「――じゃあ、次。柳瀬理子さん」
「……はい」
私の自己紹介の順が回ってきた。昔は大好きだった他人の視線が、今はとても恐ろしい。
私は極力目立たないように背を丸めて小さく挨拶をした。
好奇心旺盛な周りの子達は、そんな1人の事を気にしないのかすぐに次の生徒に視線を奪われる。私は息をついて机の木目を見つめた。
「秋雨恋次です!!サッカーが好きです!!夢は……サッカー選手と消防士ですっ!!」
隣から爆音が聞こえ、視線だけそっと隣に向けた。
爆音の主……秋雨恋次というクラスメイトは、名前のわりにまともそうな少年だった。
恋次というから奇抜な子を想像していたが、普通に年相応の活発そうな顔をしている。
声の大きい人だな、と感想を心で述べて再度机の木目を見つめる。自己紹介も終わり先生が教室を出て行くと、クラスメイト達は歩き回って気になる子に声をかけていた。
……私はというと、もうこりごりだ。
あれ以来、私は非常に引っ込み思案な根暗になった。過去の自分の過ちを自覚し、はっきりと自分のしたい事を意見できなくなっていた。
別に彼らが悪い訳ではない。こちらが加害者だ。罪を悔い改めるべきは当然だろう。
両親もそんな私を心配した。……今も、何も言わないだけで心配しているのかも知れない。
そんな両親に頭の中で謝っていると、隣から強めに肩を叩かれ驚いて隣の生徒に視線を移した。
「おっ!やっと気づいたな!!俺、秋雨恋次!!よろしく!」
「…………よろしく」
まさか自分に挨拶してくる人が居ると思わず、カサついた返事を返す。
不愛想な私の挨拶を気にも留めず、秋雨君は私の名札を凝視した。
「柳瀬理子?」
「……そうです。……何か?」
「言いやすいな!!俺は7文字だ!」
「はぁ……そうですか……」
「暗い!!」
カラカラと笑う秋雨君。元気すぎて、何というか……接しにくい。
やはり元気な子は人気があるのか、秋雨君はすぐに違うクラスメイトに囲まれた。
それに安心して、私は先生が来るまで寝たふりを決め込んだ。
「――おぉ!柳瀬理子!!」
「……あ……どうも……」
帰りが込むと嫌なので、わざとトイレに籠り時間をずらして帰ろうと靴を履き替えていると、背後から秋雨君の声が響いた。
校庭で少し遊んでいたのだろう。少々汗と土の付いた秋雨君を無視してそのまま帰ろうとすると、ランドセルを掴まれ止められる。靴を履き替える間に行かないように止めているようだ。
「あの……何か用ですか?」
「ん?一緒に帰ろうかと思ってな!」
「……1人で帰るんでいいです」
「ははは!暗いなお前!!」
「…………」
変な人に掴まった。
途中まで帰り道が一緒だからと、隣を歩いて長話をする秋雨君。……今まで喋る側だったから、聞く方の苦労が身に染みた。私は余計に幼馴染であった彼等に同情した。
「それで俺はサッカーを極めようと思ってるんだ!!サインの練習もしてる!!」
「…………消防士は、いいんですか?」
「おお!聞いてたのか!!流石だ柳瀬理子!!ここだけの話、俺は2足のわらじをしようと思っていてな……!!」
「あの……柳瀬にしてもらえませんか?全部はちょっと……」
今日1日でずっとフルネームで呼ばれ続けて流石に恥ずかしくなった私は、久々に人に意見した。……と、言っても下手に出てだが。
「どうしてだ!自分の名前に自信を持て!俺は持っている!!」
「いやあの、持ってますけど……その、苗字と名前、どっちも言われるのは……」
「持っているのか!なら柳瀬にしてやろう!!」
「はぁ……ありがとうございます……」
ハイテンションについて行けず、諦めた返事をすると秋雨君は私の背中をバンバン叩いた。
……ちょっと前の自分に似ていて気まずい。
――その日から、私の新しい日常に秋雨君が加わった。
「おお、教科書が無いぞ!柳瀬!!どうすれば良い!!」
「…………私が貸せば良いんじゃないですか?隣の席ですし……」
「なるほどそうだな!!よしその作戦、のった!!」
ぐいぐいと机を近づける秋雨君にため息が零れる。勝手に教科書にラクガキするので消すと、秋雨君は「俺の生きた証が!!」と嘆いた。……私の時はここまで煩くは無かったと思う。
結局当たり前だが、秋雨君以外のクラスの皆とは仲良くはなれなかった。会話が弾まないのが原因だろう。
対照的に話が弾みそうな秋雨君はかなり人気者の位置に居る。
私としては、そんな人が頻繁に話しかけて来るので凄く気まずい。
席が離れれば話しかけて来なくなるだろうと思っていると、離れても話しかけに来たので、もう友達認定されているのだと思い頭を抱えた。
2年生になってクラスが変われば疎遠になるだろうと思って迎えた2年生初日。
確かにクラスは変わった。……けれど、高確率で廊下で話しかけられ、下校時にはまた話題を沢山持って秋雨君は私の隣を歩いた。
……自分で言うのもあれだが、どうして私にばかり話しかけて来るのだろうか?会話は弾まないので他の人にすればいいのに。
隣で身振りを激しく付けて説明する秋雨君を横目で見ながら、1年経ってやっと私は切り出せた。
「あの……何で私にばっかり話しかけるんですか?他の人に言った方が楽しいですよ」
秋雨君はキョトンとした顔で黙り込んだ。
そして、首を傾げて私を見つめた。
「ん?俺は柳瀬に話すのが1番楽しいから話してるんだぞ?」
「…………は、い?」
楽しい?私と居るのが?
何を言ってるんだろう。楽しいなんて、そんな、事……。
「だって柳瀬は俺の長い話もちゃんと聞いてくれてるしな!!女子だが俺の1番の友達だ!!」
「…………友達」
泣きたくなった。それは私には重過ぎる言葉だ。
早足で十字路まで歩く。そこは、秋雨君と分かれ道になる場所だ。
「お、おお?どうしてそんな早く歩くんだ?柳瀬……」
「友達なんていらない。持ちたくない。……バイバイ」
「柳瀬?……おお、また明日な、柳瀬!」
背後で秋雨君が手を振っているような気がする。私はそれを振り返らずに、家まで必死に走った。
――友達なんて、いらない。傷つけるだけなら。
私は、人の気持ちが分からない酷い人だから、秋雨君と居たくない。
……なのに、胸は嬉しいと熱を放つ。久々に感じる友達という響きに、喜びを感じてしまう。
煩い。駄目。駄目。友達なんて、駄目。
明かりの無い部屋の中、必死に幼馴染達の言葉を思い出して……胸に再び大きな釘を打ち付けた。
「おはよう柳瀬!!理科の教科書を貸してくれ!!」
「…………はい」
昨日の事を疑問にも思っていない様子でわざわざ隣のクラスから教科書を借りに来た秋雨君に、昨日の私の苦労は何だったんだと心でため息を吐く。
それに気づかない秋雨君は渡された教科書に笑顔を浮かべた。
「流石だな!!頼りになるぞ!柳瀬!!」
「……隣の席の人に借りたら良いんじゃないですか……?」
「おお!それがあったか!!」
「……はぁ……」
思わず本人の前でため息を吐いてしまったが、自分の笑い声で聞こえていないようだ。
注目の的になる気まずさから、早く帰ってくれないかと教科書を見ているフリをしていると、秋雨君に付いてきたであろう隣のクラスの男子が私にちょっかいをかけてきた。
「へぇーお前が柳瀬か!なぁ何か喋れよ!!」
「…………こんにちは」
「はぁ?何て?聞こえないんですけどー!」
「!!……ちょっと、か、返してください……!」
ちらっと顔だけ見て挨拶したのが気に入らなかったのか、教科書を取り上げてきた男子。
そのまま私の教科書を他の男子に投げて、私が取り返さないようにラリーを続ける。
「このまま教室持って帰ろうぜー!」
「やめて……ください……!今から授業で使うんです……!」
「今から授業で使うんです!だってよー!!」
「か、……返して……っ!」
「あ、泣いたー!うーわ最悪!!」
うるさい。泣いてない。
昔の私なら脹れて泣いたけど、あの時の自分を恥じるようになってからは泣かなくなった。
こうやって人を悪人にするのが嫌だった。だからこの男子達も私が泣いていると思って最悪だと言っているのだ。
だから泣かない。涙は逃げだから。
お母さん達は新しい教科書を買ってくれるだろうか、と考えながら男子を追いかけていると、私の隣を風が駆け抜けた。
「ぅわ!!何するんだよ恋次!!返せよー!!」
秋雨君が、男子から私の教科書を取り上げた。
抗議する男子をするりと躱して、足早に呆然とそれを見ていた私の元へと走り寄り、教科書を差し出した。
「ほら、柳瀬!大事に持ってろよ!!」
「え……あ、な、何で……?」
友達じゃないの?と後ろで怒っている男子を指差す。
それを一度振り返った秋雨君は、口をへの字に曲げて大声で言った。
「俺は!!卑怯なのが嫌いだ!!どうして内藤が柳瀬の教科書を取ったのか知らないが、柳瀬が困っていた!!友達だから許すとかじゃなくて、人を困らせるのは良くない!!」
至極真っ当な事を咆えた秋雨君に、クラスが静まり返った。
秋雨君は周囲を気にもせずに私に教科書を握らせた。……そして男子……内藤君を振り返る。
「内藤、柳瀬に謝れ!!」
「はっ?何で?……あー!恋次お前、そいつの事好きなん「謝れ!!」
目をにやけさせた内藤君が邪推しようとした瞬間、間髪入れず同じ言葉を繰り返す秋雨君。
私の為を思って言ってくれているようだけれど……ちょっと注目度が高いので、やめて欲しい。
「あ、あの、秋雨君……もういいから」
「許すのか?柳瀬」
「えぇ……あー……う、うん、それでいいから」
「そうか!良かったな!内藤!!」
「…………え、あ……」
遮られ、トントン拍子に許された事が理解できていない様子の内藤君。
だが、彼が理解する前にチャイムが鳴り響き、秋雨君に引っ張られる形で彼は退室していった。
「今日はすまなかった!俺の友達が!!」
「いや、別にいいですよ……」
秋雨君が来そうだと思い急いで靴を履き替えていると、既に秋雨君が校門で待っていた。
自分が悪い訳でもないのに律義に私に頭を下げる秋雨君の頭を、手で押し上げ戻す。
「でも嫌だろう?嫌がらせされるのは!何かされたら俺に言えよ!!」
「……別にしょうがないんじゃないですか?私、暗いですし」
「確かに暗くて陰気だな!!もっと笑えばいいと思うぞ!柳瀬!!」
「……まぁちょっと前まで普通に笑ってましたから。気にしないで下さい」
ナチュラルに酷い事を言ってくる秋雨君に苦し紛れで言い返す。
キョトンとした顔で私の顔をガン見する秋雨君。何かが引っかかっているようだ。
「……どうしたんですか?」
「昔は笑ってたのにやめたのか?」
「…………」
墓穴を掘ってしまった。
無視してやり過ごそうとする私のランドセルを掴んで、何度も秋雨君は問いかける。
「なぁ何でやめたんだ?なぁ柳瀬?なぁ聞いてるのか?何でだ?なぁ……」
「っっ……ちょ、ちょっと事件があっただけですよ!!」
「お!初めて大声出したな、柳瀬!!良い声だ!!」
「…………」
我慢ならず、付き纏う秋雨君を大声で追い払おうとすると、肩を叩かれて褒められた。
その屈託のない笑顔に脱力し、ブロック塀を背にしてもたれ足を止める。
「ど、どうした柳瀬!痛かったか!!痛かったのか!?」
「……違いますよ。……大声……久しぶりだなって、思ったんです」
撫でるように喉を擦る。本当はこんな大声が出せるんだと主張するように、久しぶりに大声を出した喉は全く痛まなかった。
『私はサッカーがしたいのに!!どうしてみんなやりたくないなんて言うの!!?』
酷い人間というレッテルを押し付ける、自分の嫌いな自分を思い出し小さく笑った。
ワガママで、無神経で……そんな自分をリーダーだと信じて疑わなかった。小さかったとはいえ酷いものだ。
他人を蔑ろに出来るような人間が友達だなんて……よく言えたものだと、今なら思う。
小さかったから良かった。まだ性格が確定していない、あの歳に気づけて。
……変われるだろうか?私、変われてる?人を蔑ろにしない、普通の女の子に。
目の前で、私がぐったりしているように見えているのか狼狽えて、私のランドセルを代わりに持とうとしている秋雨君に……少しだけ、聞きたくなった。
「…………秋雨君。……私、大人しい?」
ポツリと落ちた言葉は、秋雨君の耳に拾われただろうか。
怯え小さくなった声は、自分が思っていたよりも小さく……あぁ、これは聞こえてないだろうな。と思い、繰り返さずに項垂れた。
――しかし、意外にも秋雨君の耳は、そんな小さな問いを拾い上げていた。
「大人しいな!!俺が煩いから柳瀬の声が消えている!!」
「……聞こえてるじゃないですか……」
消えていると言うわりに返事を返す秋雨君に、笑いが零れた。
それを見て驚いたように目を見開く秋雨君。……小学校に入って笑ったのは……初めてだ。
「おお!笑ったな柳瀬!!何が面白かったんだ!?俺か!!」
「いや、だって……ふふ……聞こえてるのに……」
「お!確かに!!俺は柳瀬の声が聞こえてた!!どうしてだ!?」
「ふふっ……はははっ!」
笑うなんて失礼なのに、笑いが止まらない。でも、そんな私を見て秋雨君は嬉しそうに笑った。
……友達……と、思っても……良いのだろうか?秋雨君の事を……。
「ふふ…………ねぇ、秋雨君。……私って、秋雨君の……友達なの?」
笑顔をさらに笑顔にさせて、秋雨君は私の肩をつかむ。
「いや!友達じゃないぞ!親友だ!!柳瀬は親友だ!!」
「し、親友……!?そ、それはちょっと重いような……」
流石にそれは……と狼狽える私を放って、秋雨君は家でもっと話を聞いてくれとマシンガンのように喋り、私は初めて友達の家に遊びに行った。
――3年生になると、私は当たり前のように秋雨君と遊ぶようになった。
「ただいま母さん!!今日も柳瀬連れてきたぞ!!」
「あらいらっしゃい。今日も恋次と遊んでくれてありがとうね」
「い、いえ、こちらこそ……」
秋雨君のお母さんは、秋雨君と違って線が細くて儚そうな人だった。
いつも私が来ると分かっているように美味しい紅茶を用意してくれている。
「それでだな、柳瀬!!俺は自分のポジションに迷っていてな!!ゴールキーパーは本当に正解なのかと考えている!!」
「合ってるんじゃないかな……?クラスでもこの間の授業で1番ボール止めてたし……」
「柳瀬が言うならそうなんだろう!!よし!俺はゴールキーパーになるぞ!!」
こうやっていつも何か納得してお菓子を頬張る。秋雨君はクッキーはプレーンが好きなので、私はチョコの方を消費していった。
「……所で、初めて笑った日以来、柳瀬は笑わないな!」
「え……あ、あー……そう、だね」
あれ以来、親友に敬語は要らないと無理やりため口を強要された。
最初こそ久しぶりで硬いため口だったが、次第に慣れたのだろう。あまり秋雨君にため口で話す事に疑問を持たなくなっていった。
でも笑うという事はそう簡単に出来る物では無かった。笑ってみようとすると、どうしてか口が固く閉まって笑えなかった。
秋雨君はそれっきり黙り込む私を前から睨みつける。理由を話せという無言の抗議だ。
「あ、の……そんな、話す程じゃ、ないっていうか……」
「親友に隠し事は要らない!!何でも話せ!!」
相変わらずの横暴に苦笑いを浮かべた。……本当に、秋雨君には敵わない。
私は大きく息を吸い込み、天井を見上げた。
「……昔は、笑ってたっていうの……覚えてる?」
「おお!俺は柳瀬が言った事は忘れないぞ!!」
大げさな言葉にまた苦笑いを浮かべた。ちゃんとした笑いじゃないからか、秋雨君は不満げだ。
「私……信じられないだろうけど、昔は……幼稚園の頃は、秋雨君みたいだったの」
「お!俺か!!俺みたいな柳瀬か!!見てみたいぞ!!」
興奮し、私の手を取ってブンブンと振る秋雨君。申し訳ないけれど、その私はとうの昔に死んだ。
そっと手を外してスカートを弄る。何か触っていないと落ち着かなかった。
「そ、それでね……女の子でこれだから、幼馴染達にね……嫌われちゃって…………それ以来、楽しそうにするのは、悪い事だって……思うようになって……」
笑えなくなってしまった。他人の前で。
私が楽しそうにしている裏で、誰かの犠牲があるような気がした。
だから、笑っていると誰かが泣いているような気がして笑えなくなってしまった。
それをどう伝えれば良いのかと、紅茶を見つめて考える。秋雨君は訳が分からず、黙るなとごねた。
「笑うのは悪くないのよ、理子ちゃん」
「……秋雨君の、お母さん……」
黙って晩御飯の準備をしていた秋雨君のお母さんが、私の隣に移動してきた。
「責めなくて良いのよ。笑っても良いの。皆そんな風に自分を責めてしまったりするけど……笑っている人が必ずしも幸せな訳じゃないのよ。悲しくても笑っている人だって居るの」
すとん。と心に言葉が落ちてきた。
傷付いても、悲しくても、笑っていた人は……誰だっただろう?
『理子ー!じゃーんっ!これが理子のランドセルよー!!』
お母さん。
『来てごらん理子!理子の大好きなシュークリーム買ってきたぞ!』
お父さん。
笑ってた。笑ってるのに、苦しそうにして私に笑いかけた。
私を元気づけようとしてくれてたんだと思う。……その両親に、私はどんな顔を返しただろうか?
考え込む私の頭を、優しい手がポンポンと撫でた。
「……もし、それでも悪い事だと思うなら、大好きな人の前でだけ笑えば良いのよ。大好きな人なら、理子ちゃんが笑ったほうが、絶対嬉しいから」
「……嬉しいの?」
「嬉しいわ。おばさんも、理子ちゃんの事大好きだから笑った顔、見たいなぁ」
秋雨君に似た笑顔で笑って言った。
……嬉しい。嬉しいって、思っちゃだめなのに……嬉しい。
気づくと、私の頬を涙が伝っていた。
「あっっ!!母さん柳瀬を泣かせたな!!俺は笑顔が見たいのに!!」
「違っ、そうじゃ、なくって……わっ、笑いたいっ、けどっ……!」
笑うって、どうやるんだっけ?
心と矛盾して、涙は止まらなかった。そんな私の背を、優しく秋雨君のお母さんは擦った。
「ゆっくりで良いの。理子ちゃんが自分を責めずに、笑っても良いんだって心から思えたら……自然に笑えるようになるわ」
「お、おばさ……」
「俺は1回見たぞ!!母さんよりも先にな!!」
「あら残念。次は私にも見せてね」
笑い声の響く家の中が、酷く居心地がよく感じた。
「理子、おかえり。学校はどうだった?」
「もう、お父さんはそれより手は洗ってきたの?理子をつついてないで洗って来て」
玄関をくぐると、もう仕事から帰ってきていた両親が私を迎えた。私はそんな2人の顔をボーっと呆けたように見つめる。
……笑顔だ。笑顔だけど……やっぱり、幼稚園の時の笑顔とは……違う。
心配をかけているのだろう。あんなに活発だった娘が一転、大人しくあまり口を開かなくなったのだから当然だ。
――ありがとう。心配してくれて。
「お父さん。お母さん」
手を洗いたくないお父さんと、手を洗わせたいお母さんの攻防を見つめて小さく呼ぶ。
2人は動きを止めて私に微笑み返した。
「……――ただいま」
その笑顔に、久々に私が加わった。
上級生になると、皆色恋の事にそわそわと忙しなくなった。
それは、当たり前のように私と秋雨君にも飛び火する。
「柳瀬と秋雨付き合ってんだろー!!」
「ヒューヒュー!!」
ふて寝を決め込む私の頭上で、そんな言葉が飛び交った。
普通に考えればそうだ。思春期の男女が仲良く話したり、一緒に帰ったり、家に遊びに行ったりしていたら、普通そう言われる。
秋雨君とは友達だけど、周りはそうは思ってくれないだろう。まして……私はともかく、秋雨君は人気者だ。女子からも人気があるのを知っている。
「おい起きろよ柳瀬!!秋雨とキスしてんだろー?」
「……してない」
どうして皆そっち方面に邪推するのだろうか?私と秋雨君はお話友達だ。
公開処刑されるように黒板に相合傘と私達の名前が書かれる。いい迷惑だろう。秋雨君も。……申し訳ない事をした。
「柳瀬!!コンパスを貸してくれ!!」
そんな中に空気を読まずして秋雨君が教室に飛び込んだ。クラスの視線は一気に秋雨君に注がれた。
「秋雨―!!お前柳瀬と付き合ってんだろー!!キモ―!!」
「やめなよ男子―!秋雨君可哀想じゃん」
「酷ーい」
私の時には決して会話に入って来なかった女子が、秋雨君の肩を持った。それに男子はさらにヒートアップする。
「お前秋雨の事好きなんだろー!ヒューヒュー!!」
「はあっ!?な、バカじゃないの!?キモイんですけどー!!」
今度はその女子に興味が移ったのか、私から離れていく男子。それを見送っていると、視界を遮るように秋雨君の手が私の目の前に現れた。
「ん。コンパス!!」
「あ、あぁ……はい」
コンパスしか眼中に無いのか、渡した瞬間すぐに秋雨君は教室を飛び出した。
「帰ろう!!柳瀬!!」
あの時の会話が聞こえていなかったのか、秋雨君は今日も私を校門で待っていた。
知らぬふりをして通り過ぎようとすると、またランドセルを掴まれる。
「どうして先に行くんだ!!俺の話を聞いてくれ!!」
「……男子の友達に、した方が良いよ」
そっけなく突き放す。クラスの子に見られると、また何か言われそうだ。
そのままスタスタと歩くと、むっとした顔の秋雨君が私の行き道を塞いだ。
「俺は柳瀬に聞いてもらいたい!!だから待ってたんだぞ!!」
「……私、女子だから馬鹿にされるよ。話すぐらい、他の人にしなよ……」
「だから俺は柳瀬と喋りたいんだ!!」
頑なな秋雨君に苛立ちが沸き上がる。私と居ると馬鹿にされると分かってない事が、心底腹立たしかった。
「私、女子なの。秋雨君は男子。……今日だって、皆に付き合ってるんだろって言われた」
「ああ、言ってたな!俺も聞いたぞ!!」
「……聞こえてたの……?」
……聞いてたの?……で、でもコンパス借りて何も言い返してなかったよね?
驚き目を白黒させる私を不満げに見つめ、私が先に帰らないようにか私の給食当番の袋を横取りしてゆっくりと秋雨君は歩き出した。
「そんなん気にしてたら何も出来ないぞ!!無視だ無視!!」
「……無視」
意外に物事を考えていた秋雨君に少し尊敬を感じた。わざと無視をしていたという事だろうか?
「……でも、付き合って無いって……言わないと」
「言っても何度も言って来るぞ!柳瀬はからかわれやすいから気をつけろ!」
「あ、う、うん」
注意され、秋雨君の隣をてこてこと歩く。…………秋雨君は、好きな子とか……居ないんだろうか?……大丈夫なのかな?
「あ……秋雨君は……す、好きな子とか、居ないの?」
「居るぞ!!柳瀬は好きだぞ!!」
「あ、いや……そういう好きじゃなくて……」
「柳瀬も俺が好きだろう!俺達は親友だからな!!好きじゃないはずがない!!」
「あ、うん……それは、そうだけど……」
なら問題ない!!と高らかに叫び、秋雨君はスキップしながら私を連れて自宅へと帰った。
……秋雨君は、彼女とか欲しくないんだろうか?
もうすぐ、この小学校ともお別れだ。
卒業式を間近に控え、教室はワイワイと盛り上がっている。
「柳瀬!卒業だな!!柳瀬はどこの中学だ!?」
「え、えっと……近所の……泉野中学……」
「俺もだ!!中学でもよろしくな!!」
「……うん。よろしく」
6年生最後の席は、最初と同じで秋雨君と隣の席になった。
不安で仕方がなかった小学校も、終わってみると何とも呆気ない。幼稚園の頃の恐怖は何だったのだろう。
卒業式がおわり、帰る時間になる。
中には学校が変わるからと呼び出される男女が居た。きっと告白されるのだろう。
勿論その中には秋雨君も居た。スポーツが得意な秋雨君は女子の人気も高い。何人かに呼び出されたようだ。
「卒業おめでとう、理子ちゃん」
「あ、おばさん。ありがとうございます」
呼び出された息子を待つ、秋雨君のお母さんが私に挨拶に来た。私がお礼を返すと、私のお母さんと挨拶をしていた。……そういえば、初対面だったかな。
「うちの息子がお世話になりまして……いつも遊びにも来てくれて……」
「まぁ、この子がですか!?……それは……っ……」
お母さんの言葉が不意に止まった。どうしたのかと顔を上げると、お母さんはボロボロと大粒の涙を流していた。
驚いて固まる私の頭を、お母さんが優しく撫でる。
「理子……良かったね。良かったねぇ……っ……」
「お、お母さん……」
言葉が胸に刺さった。きっとお母さんは幼馴染達の事を思い出して言ったのだろう。
『おれんち、たにん入れたらだめだから』
『かていきょうしが来るからダメ』
『ぼ、僕……おかあさまにきかないと……』
誰の家にも、遊びに行った事なんて無かった。皆私をうちに連れて行ってはくれなかったから。
だから私も最後まで誰も家に誘わなかった。意地になっていたのだ。
そんな私が、誰かの家に遊びに行けた事が……お母さんは嬉しいのだろう。私はシャツの袖にそっと目をくっ付けた。
「……理子。お友達……お家に呼ぶ?」
「……え……」
思考が停止した。お母さんの提案に、脈拍だけが速度を上げて音を立てた。
家に呼ぶ?秋雨君を?
自分の心が分からず、困ったように秋雨君のお母さんを見上げた。
「うん。誘ってあげて。あの子も喜ぶわ」
目元を優しく細めて、秋雨君のお母さんは微笑んだ。
「で、でも……「おーい!母さーん!!柳瀬―!!」
どうすればいいのかと問おうとした瞬間、秋雨君が帰ってきて口をつぐむ。
そんな私を不思議そうに覗き込む秋雨君。…………言っても、良いの?
ゴクリと、思わず大きな音を立てて唾を飲み込んだ。……聞けたら、何か変われそうな気がする。
意を決して口を開く。……秋雨君は、どうしてだか私が言うのを待ってくれているような気がした。
「う……ぅ……うち、に……遊びに…………来る……?」
前とは違って疑問形で言えた。それだけで私の心は軽くなった。
ちゃんと言えた。人に聞けた。強制せずに。
嬉しさに答えも聞いて無いのにお母さんを振り返ろうと顔を背けようとすると、秋雨君に顔を掴まれ嬉々とした表情と向かい合う。
「おおおおお!!!俺は嬉しいぞ柳瀬!!!凄く嬉しいぞ!!!いい、今からかっ!?今から行って良いのか!!?」
「え、あのっ!ええと……」
「今からどうぞ!お母さんも一緒に!」
「おお!!柳瀬のお母さん!!初めまして!柳瀬の友達の秋雨恋次です!!お世話になります!!」
楽しい笑い声が、校庭に響いた。
――そして、私は小学校の卒業式当日……初めて、友達を家に呼べた。
「柳瀬の部屋はここか!!」
「そこはお父さんの書斎だよ……」
「ここか!!」
「和室だよ……」
「やめなさい恋次!!よそ様のお宅を探索しないの!!」
儚そうな秋雨君のお母さんが儚くなさそうな鉄拳を秋雨君の頭に落とした。途端に騒がしかった秋雨君は大人しく椅子に座った。流石母親だ。
「君が理子のお友達…………男……」
「はいっ!!よろしくお願いします!!柳瀬のお父さん!!」
「……お父さん……」
お父さんは正座したまま微動だにしない。友達が男だからショックなのだろう。
最初はそうやってギクシャクしていたお父さんだったけれど、今となってはまるで息子のように秋雨君を可愛がっている。息子も欲しいと嘆くほどだ。
新品の制服を纏って玄関を出る。今日からは中学生だ。
「おはよう柳瀬!!学校に行こう!!」
「……おはよ。秋雨君」
朝で動きの遅い私を引きずって登校する秋雨君。家を覚えたからと律義にも迎えに来てくれるらしい。
「柳瀬!中学はサッカー部があるらしい!!俺は入ろうと思う!!そしたら柳瀬はマネージャーだな!!」
「……帰宅部がいい……」
結局マネージャーにさせられた。こうなるんだろうなと思っていたから、別に嫌では無かった。
小学校の卒業式で全員振ったらしい秋雨君。聞いたら恋人よりも今は楽しい事がしたいらしい。そんな事だろうなと思った。
「ねぇ、秋雨君と柳瀬さんって付き合ってるの?」
中学に上がると、この手の話題が頻繁になってきた。
小学校では興味程度の物だったが、今では中学で付き合うのは当たり前だからか、誰も前ほどは突っかかったりという事はなかった。
私はいつも通り「付き合ってないです」とだけ返して今日の復習をノートに書きこむ。何度言っても聞かれるので、流石に慣れてきた。
「じゃあ私の事応援してくれない?秋雨君、紹介してよ」
「…………えっと……はい」
「ありがとー!!柳瀬さん!」
紹介って、どうすれば良いんだろう?私、この人の事……何も知らないのに。
でも前に自分でしたらどうですか?と返したら怒られた事があった。それ以外だと、やはり……こう答えるしかないだろう。
見えないようにため息を吐く。小学生の頃が懐かしい。
「柳瀬!!弁当をくれ!!」
バン!!とけたましい音を立てながら教室に飛び込む秋雨君。小学生の頃よりも声が低くなって、背もかなり伸びた。髪も染めてないのに栗色っぽいから、女子からの人気も頷ける。
私の机目指して歩く秋雨君を確認して、お母さんが作ったお弁当を取り出す。
秋雨君のお母さんが風邪で作れないから息子に作ってくれないかと、今朝お母さんに連絡があって急いで作ってくれたものだ。
それをのそのそと取り出していると、肘で雑に突かれた。……あ、そうだ。この人紹介しないと……。
慌てて手を出す秋雨君に彼女を紹介した。……えっと……名前は……?
「え、えと……秋雨君、この人同じクラスの…………山本さん?だよ」
「友里ですっ!秋雨君、友里の事知ってる?恋次君って呼んでも良い?」
私の紹介など要らなかったのか、私を押し退け前に躍り出る山本さん。それに秋雨君は笑顔を返した。
「そうか!よろしく!!柳瀬!!弁当をくれ!!」
「えっ?……あ、あの、恋次君って……」
「すまないな!!俺はあまり下の名が好きじゃない!苗字で頼む!!」
「あ……そう、なんだ……」
しょんぼりした後、私を睨みつける山本さん。これだから困る。
でも、きっと何を言ったとしてもこうなったのだろう。ごめんね、と頭の中で謝り、秋雨君にお弁当を渡した。
「――ねぇ、どうして嘘……ついたの?」
帰り道、喋り続ける秋雨君を遮って聞いた。
秋雨君は山本さんに名前が好きじゃないと言った。それを私は嘘だと知っている。
「名前、好きだよね?……何で?」
「?だって知らないやつに呼ばれたくないだろ?」
「……それは……まぁ……うん」
たまにシビアな事を言う秋雨君に度肝を抜かれる。明るい考え無しに見られがちだが、秋雨君はなかなかに厳しい性格をしているのだ。
私が納得して苦笑いをすると、秋雨君は確認するように私に聞き返した。
「柳瀬だって嫌だろ?名前を知らないやつに呼ばれたら」
「……うーん……私の場合は、別の意味で嫌かな?」
「幼馴染が呼んでたからか?」
「……うん」
理子、と他人に呼ばれるのは苦手だ。幼馴染達を思い出す。
だから私をそう呼ぶ人を避けたし、呼ばれる事も嫌がった。
事情を知っている秋雨君は、無言のまま何も言わなかった。何か考えているようだ。
考えてる時だけ静かになるんだよね。と思わず笑うと、バッ!と風を切るように秋雨君が私の方に顔を向けた。
「!!笑ったかっ!?今の笑い声じゃないか!?」
「え……あ。た、確かに……笑った」
自分でも驚いて顔をペタペタと触って確認する。鏡が無いのが残念だ。
落胆する私の肩を、秋雨君が掴む。背が私より高くなったから見上げていると首が痛い。
「……どうしたの?秋雨君?」
「…………理子」
一瞬、呼吸が止まった。
秋雨君が、私を呼んだ。初めてフルネーム以外で私の名前を、秋雨君が呼んだ。
「どうだ?思い出して嫌か?」
「…………意外に、そうでもない」
そうでもなかった。
もっと苦しくなるんだと思った。あの冷たい目を思い出して、体が震えるんだと思ってた。
だけど現実は、秋雨君が私の名前を覚えてくれていた事が嬉しくて……。どうしてか、泣きたくなった。
「……ありがとう、秋雨君」
「おう!もう名前呼ばれても怖くないからな!!理子!!」
「うん……」
私の名前を連呼する秋雨君。そのたびに、あの出来事はもう過去の事なんだと私に教えてくれた。
もう私はあの頃の私じゃない。私は変われた。
嬉しくて、笑い声も喉から響く。その些細な幸福を、私はずっと忘れない。
「じゃあ俺も恋次って呼ぶんだぞ!!理子!!」
「……え?……な、何で……!?」
「理子は知らないやつじゃないだろ!!俺の幼馴染だ!!ほらっ!恋次だ、恋次!!」
「え……っ……れ……れ、れん…………じ」
「駄目だ!!ほら!恋次!!恋次!!」
「こ、今度にしようよ…………」
13歳の初夏の事。……私と恋次君は、正真正銘の幼馴染になった。
……中学生活は、小学生の時とは違って驚くような早さで過ぎて行った。
「理子!!調理実習のクッキーをくれ!!」
「はい。プレーンだよね。ちゃんと作っておいたよ」
調理実習があると、必ず何か催促してくる恋次君。どうせ次の授業で同じのを作るのに、どうして貰いに来るんだろう。
「ぜえ……ぜぇ……はあっ……」
マラソン大会は嫌いだ。どうして河原なんて走るのだろう。
息も切れ切れに歩く私の隣を過ぎてゆく同級生達。……もう棄権しよう。
先生が見える所までは走らないと……と霞む視界で先生を探していると、腕を引かれて止められた。
「わっ……!……れ、恋次君?」
「危ないぞ!!俺が先生の所に連れて行ってやるから!!」
「え、い、いいよ……すぐそ……うわっ!!」
どこにまだそんな力があるのか、かなり走った後だというのに恋次君は私を抱えて、先生の待つ木の下まで全速力で走った。
「ちょ!恋次君恥ずかしいよ……!」
「恥ずかしがって死んだ方が恥ずかしいぞ!!もうすぐだ!!」
全く人の言う事を聞いてくれない恋次君。
クラスメイトの好奇の目に晒された私はもうマラソン大会は絶対出ないと心に誓った。
3年生の修学旅行。驚く事に、全く知らない同級生に私は告白された。
「物静かで儚げで守ってあげたくなります!!付き合ってください!!」
彼の目には元ガキ大将の私が恋次君のお母さんのように儚く見えているらしい。私はどうしてかとても気まずく思った。
彼に返事をした後、廊下で息を切らせた恋次君に会った。
恋次君はさっきの同級生が私に告白すると言っていたのを聞いたらしく、告白されたのかと聞いてきた。
恋次君もそういうのに興味が出始めたんだな。と親のような気持ちになりながらフッた事を伝えると、安心したようにパッ!と顔を輝かせて恋次君は笑った。
「そうか!!俺もだ!!付き合ったら理子と仲良くするなと言ってきたぞ!!理子も同じ事を言われたら断るんだぞ!!」
何気に強要する恋次君に笑う。恋次君は当分彼女が出来そうにない。
……そして、卒業を間近に控えた私は、とてつもない恐怖に駆られていた。
「…………お母さん…………何て?」
信じられない気持ちで聞き返す。だって……何で今更…………。
お母さんも難しい顔で眉間に皴を寄せている。お父さんも同じ表情だ。
「……おばあちゃん、どうしても理子に西堂路に行って欲しいんだって。……で、高校から外部受験があるから、受けろって……」
「…………行きたくない」
西堂路。忘れもしない。私が幼稚園の時に落ちた学校だ。
おばあちゃんは西堂路の出だったらしい。だから孫が出来たら西堂路に行かせると息巻いていたそうだ。
おばあちゃんは、お母さんの時にも西堂路に行かせたかったらしいけど、当時は外部入学が無く幼稚園の受験のみだったそうで、幼稚園の入試で落ちたお母さんは西堂路には行っていないらしい。
そして、高校受験で入れるようになった現在。おばあちゃんは今度こそ私を西堂路に入れようと息巻いているようだ。
……どうして、今更。…………私は……。
私に頭を振って否定を告げるお母さん。どうしても行かなくてはいけないそうだ。
「……お父さんの会社、おじいちゃんの所でしょ?……お父さんが、……」
それっきりお母さんは黙り込んだ。
きっと……脅されているんだ。お父さんを盾に。
お父さんは頑張って支部長まで上り詰めた。コネでもなく、実力だ。
そのお父さんがどうなってもいいのかと脅されているのだろう。
……行きたくない。行ったら…………
「よし!行こう理子!!」
「えっ…………」
当たり前のようにうちに上がって晩御飯を食べている恋次君。先程の話も当たり前だが聞いていたのだろう。
……でも、何で?どうして行かなくていいって言ってくれないの?
恋次君ならそう言うと思っていた。両親の手前、絶対に行かなくてはいけない事なんて分かってたけど……少し…………悲しかった。
そんな私の肩をがっちりつかんで、恋次君は大声で私を励ました。
「心配するな!!理子なら大丈夫だ!!理子はもう昔の理子とは違う!!自信を持て!!」
「……む、無理だよっ……怖い……1人は、やだ……!」
こんなに必死に励ましてくれても、恋次君は違う高校なのだ。それが私が行くのを渋る、もう1つの理由だ。
恋次君はサッカーの推薦の学校に行くことが決まっている。前に嬉しそうに話していた。
理子も来いと言ってくれたのは、この間の事だった。
「恋次君も居ないのに、皆に会えないよっ……こ、怖い……」
もう誰も私の事なんて覚えていないだろう。
冷静な私がそう言うのに、心は怯えて凍る。暑くも無いのに、汗だけが異様に頬を伝った。
「だ、大丈夫だよ理子……お父さん、何とかするから……」
お父さんが絶対に出来るはずも無いのに、私を励ます為だけに笑って嘘を言う。……私のワガママで家族に迷惑をかけるなんて出来ないと……分かっている。
きっと私が試験に落ちてもお父さんに何かするのだろう。おばあちゃんは私が小学校の試験に落ちた時から、お前が甘やかすから!とお父さんに当たっているのを何度か見た事がある。
……行けるだろうか?1人で……ちゃんと、卒業まで……。
時計の針の音だけが妙に煩い。どうしてか段々と早くなっていくような秒針の音に、私は酷く急かされた。
……その時、緊張感の無い声色が私の横から届いた。
「……?俺も行くぞ?」
「…………え?」
あんぐりと口を開いて恋次君を凝視する。
家族全員の視線を独り占めして恋次君は物怖じもせずに再び言う。
「だから、俺も行くから理子は1人じゃないぞ!!」
ドン!と胸を叩いて笑う恋次君に、家族全員が呆然とした。
いち早く覚醒した私は慌てていばらの道に飛び込もうとする恋次君を止めた。
「だ、だめだよ……っ、恋次君はっ推薦で……」
「別に他の学校でも俺は良いぞ!!理子と同じ学校に行きたい!!」
説得する気持ちは、その言葉で呆気なく萎んだ。
……どうして、こんな欲しい言葉をくれる恋次君を振り払えるだろうか。
言葉を失った私の代わりに、お父さんとお母さんが必死に説得した。他人の子供を巻き込むのは不本意なのだろう。
「恋次君、良いのよ!行きたい学校に行きなさい。理子はもう大丈夫だから……」
「そ、そうだよ恋次君!君には感謝してるけど、そこまで理子の面倒を見てくれなくてもいいんだよ!?」
そうだ。私は大丈夫。……大丈夫に、恋次君がしてくれた。
やっぱり寂しいけど……いつかは別れる時が来るんだ。……駄々は、こねられない。
「……うん。大丈夫だよ、私……1人で、行けるから」
やっと言えた一言に、お父さんもお母さんも安堵の息を吐いた。……大丈夫。大丈夫。
言い聞かせるように胸で呟く。……もう、私は変われたから。
段々と心臓が落ち着きを取り戻し、汗も止まった。そんな私を見て、ホッとしたような顔で私の額に残った汗を指で拭った恋次君は、ニカッ!と笑った。
「おー!行けるか!!それは良かった!!でも俺は理子の居る学校に行くつもりだったからどっちにしても行くぞ!西堂路!!」
「…………へ?」
目玉が6つ、テーブルに転がるような幻想を見た。私とお父さんとお母さんの物だ。
楽しみだな西堂路!サッカー部はあるのか!?と胸を躍らせる恋次君に、流石にお父さんが慌てた。
「ち、ちょっと待ってくれ恋次君!!ど、どうして理子の居る学校に行くんだ!!?」
恋次君の肩を揺らし鬼気迫る顔で唾を飛ばすお父さん。それに嫌な顔1つせずに、恋次君は至極当然という表情で答えた。
「え?だって俺は理子と一緒に居たいし話したいからな!!それに理子は暗いからよくからかわれるだろう!俺が助けてやろうと思ってな!!」
「…………」
お父さんは力が抜けたように座り込む。……私は、何だか恥ずかしくなって床を見つめた。
……その後すぐ、恋次君は「母さん達にも言っとかないとな!!」と大声で叫びを残すと、玄関からどたどたと足音を立てて消えた。
「……お父さん、良かったわね。もうすぐ本当に息子が出来そうよ」
「…………まだ、俺の理子だ…………っっ!!」
……そして、西堂路学園の高等科の試験に……私は合格した。
「……大丈夫……大丈夫……」
深呼吸をして家を出る。……今日は、西堂路の入学式だ。
赤いリボンを胸にはためかせて、春の少し肌寒い風が玄関の開け放たれたドアから入ってきた。……それと、一緒に……
「おはよう理子!!今日もいい天気だ!!」
「……おはよ。元気だね、恋次君」
「ああ!俺はいつも元気だぞ!!理子は今日も暗いな!!」
豪快に笑う恋次君。暗いと言って私の背中を叩くのは、もはや朝の挨拶だ。
恋次君もあれからお母さん達の了承を得たのか、すぐに正式に西堂路に進む事が決まった。
先生達はサッカーの強豪と名高い、元々恋次君が行く予定だった学校を必死に勧めたみたいだけど……恋次君はキッパリ……というより、聞く耳を持たず普通に西堂路を私と受験した。
……そして、まさか頭もサッカーだと思っていた恋次君は、勉強もそこそこ出来たようで……驚く事に西堂路の入学を見事に勝ち取ったのだ。
「……恋次君、よく合格……出来たよね……」
「ははは!!俺は理子の為に頑張ったぞ!!凄いだろう!!嬉しいだろう!!!」
「はいはい……嬉しいよ。ありがと、恋次君」
「ははは!!俺も嬉しいぞ!!」
桜の花びらを大量に絡め取る恋次君のガシガシ頭を手で払って桜を落とす。……恋次君も、随分背が伸びた。…………皆も、伸びたのだろうか。
「……幼馴染の事を思い出したのか?」
「え……う、うん。……皆も、大きくなったのかなぁって……」
流石恋次君。すぐに考えている事がバレた。
校門が近づき、周りを歩く同級生にバレないように顔を下に向ける。
……すると、恋次君は突然私の頭をわしゃわしゃと撫でくり回した。
「!?……わっ……れ、恋次君!な、何するの……!」
「気にするな!!こんなに長い髪になった理子に気づく訳がない!!俺なら気づくけどな!!」
そう言われて胸の苦しさが少し和らぐ。
……確かに、幼稚園の頃と比べるとかなり私の容姿は変わった。
活発で髪なんて邪魔だと考えていた私はずっと短髪だった。長い髪の私を、幼馴染の彼らは見たことも無い。
「それに!!」と付け加える声に顔を上げると、両手で私の肩を叩きはにかむ恋次君が近距離で私を見つめていた。
「もう他人も同然だ!!付き合いなら俺の方が長いしな!!だからそいつらは幼馴染じゃなくて知り合いだぞ!知り合い!!幼馴染は俺だ!!」
「……っふふ……何と戦ってるの?恋次君……おかしい……ふふっ……」
面白い事を言う恋次君に笑みが零れた。……でも、確かにそうだ。
もう、幼馴染とも呼べないのかも知れない。きっと引きずっているのは私だけだ。
私だって幼稚園の他の子達を皆覚えている訳ではない。彼等にとっては、それと同じ感覚なのかも知れない。
そう考えると、心が軽くなった。
……恋次君は凄い。昔の私がなりたかったリーダーみたいだ。結局私は……お山のガキ大将にしかならなかったけど。
「……私も、恋次君みたいに……なりたかったなぁ」
不意に零れた言葉に恋次君は目を見開いた。そして焦ったようにブンブンと強く顔を左右に振る。
「だ、駄目だぞ!!俺のようになるな!!俺は俺だ!俺にはなれないぞ理子!!」
「なりたかった、だよ。私はなれなかったから言っただけ。恋次君にはならないよ」
「そ!そうか!!そうだな、うん!!理子は理子のままでいい!!そのまま俺の背に隠れていろ!!」
「何それ……恋次君やっぱり変……ふふ……」
ボディーガードのように、私を背に大手を広げて左右を気にする恋次君に再び笑った。
私の幼馴染は、やっぱりおかしい。
……恋次君と離れてしまった。
入学式の椅子の上で静かに時間が過ぎるのを待っている。恋次君とずっと一緒が良い……とまでは言わないけれど……知らない人ばかりに囲まれるは不安だ。
身じろぎ一つせず静かに背筋を伸ばす。やっと新入生代表の挨拶に変わった。私は周りにバレないように安堵の息を吐いた。
「…………!!」
でも、その人を視界に入れた瞬間、激しい動悸に襲われた。
「――新入生代表、青井彰吾」
…………彰吾……君……。
氷のような冷たさが一層際立った青年が立っていた。……忘れもしない、幼馴染だった彰吾君だ。
やっぱり居るんだ。と当たり前の事を認識して俯く。向こうを向いていて正面からは見えなかったけど、あれは絶対に彰吾君だ。
エスカレーター式の学校だから居ない方がおかしいけれど、やっぱり3人は居るんだと確認した私は新品のスカートを皴が出来るほど強く握りしめた。
ワイワイと騒がしい声が教室に響く。……恋次君は、居ない。
別のクラスになってしまったのだ。6組まであったら当たり前なのかも知れない。
周りを遮断するように長い髪を左右に垂らす。中学で身に着けた私の必殺技だ。
やはり気味悪がって誰も近寄って来ない。……嫌われたい訳では無いけれど……クラスメイトの名前が貼り出されたりしていないから、同じクラスに3人のうちの誰かが居るかもと考えると、やめる気になれなかった。
そうやって1人の世界に浸っていると、聞き慣れないチャイムの音と同時に担任の先生が入ってきた。
「おい座れー。えー……だいたい皆知り合いだと思うが、違う中学から来た生徒も居るから自己紹介するぞー」
えー、今更―……と気だるげな声が方々から上がる。
……私も、違う中学からだけど……要らないと思うな。
……恋次君、どうしてるかな……?と現実逃避するように黒板を一身に見つめていると、後ろから自己紹介が始まったのか、私が思っていたりも早く順番が回ってきた。
私は机に足をぶつけながら焦り慌てて立ち上がる。
「あ……っ……や、柳瀬……理子……です……よ、よろしく、お願いします……」
それだけ言って座ると微妙にブーイングが上がった。
……だって、言う事……無いもん。
早く終わらないかな……と机の木目をなぞる。……すると、聞こえてきた男子にしては高い声に……私はギクリと肩を揺らした。
「……藤堂類です。本を読むのと、昼寝が好きです。よろしくお願いします」
類君だ。私の斜め後ろに居る……!
ドクドクと嫌な音を心臓が奏でる。
……逃げないと。……いや……大丈夫かも……気づいてない。……恋次君だって、言ってた。
恋次君を思い出して心が安定する。……恋次君が居てくれて……西堂路に来てくれて、本当に良かった。
自己紹介が終わり、今日はこのまま各教室を一度回って帰宅するらしい。私は広い学校内をクラスメイトと回りながら、早く帰りたいと足を動かした。
――その背中に、疑心の目を向けられている事にも気づかず。
下校時間を告げるチャイムが鳴り、クラスメイトはそれぞれ新しく出来た友達や、元々の友達を伴って下校していく。
私も早く恋次君のクラスを見つけよう。
鞄に新しい教科書と筆記用具を詰め込む。最後に机の上の物を取ろうと手を伸ばすと、それが人の手だと気づき、驚いてガタン!と大きな音を立てて立ち上がる。
「あ……ご、ごめん……驚いた?」
「…………」
類君だった。私は謝ろうとした口を静かに閉じた。
……何で?どうして類君が…………私に、何の用?
混乱して頭がうまく回らない。喉が渇く。
それに気づかない類君は、何も言わない私に苦笑いを浮かべ、私の席の前にある椅子に座った。
「えっと…………理子、ちゃん……だよね?僕、類なんだけど……覚えてる?」
ひゅっ……と口からよく分からない音が出た。
覚えてるんだ。類君は、私の事…………やっぱり、類君は……。
「あ、の……覚えてるか、分からないけどね…………幼稚園の卒園「ごめんなさいっっ!!」
幼稚園の卒園式。それだけで全て覚えているのだと気づいた。
久々に出した大声に、類君は驚き目を丸くする。私は、またやってしまったのだと気づき慌てて口を押えた。
「……ご、ごめんなさい……もう、……ご、ごめんなさい……類君……」
「え……えっ……?るっ、類君……?あ…………理子ちゃん……だ、よね?」
「……はい……そうです…………ごめんなさい」
震える指先で私を指して問う類君。戸惑っているのが誰から見ても分かる。
謝る私の声に、クラスに残っていた生徒たちはチラチラと私達に視線を飛ばした。……注目の的になってしまった。
それだけ言って私は鞄を持って教室から飛び出した。後ろで走る音と、私を呼び止めるような声が私を追いかける。
人ごみの中、廊下を走っていれば誰かにぶつるのは当たり前だ。
そんな事も忘れるほど焦っていた私は、当たり前のように誰かにぶつかり体勢を崩す。
「……っ!!……ご、ごめんなさい」
倒れる瞬間腕を掴んで支えてくれた人を見上げる。…………が、その表情は……氷のように固まっていた。
「…………――理子」
「……あ…………あ、ご……め」
こんな立て続けに不運が続く事があるだろうか?
触られた部分から一気に体の熱が消え失せる。私は目の前の人物と同じように凍り付く。
私だと気づいたのだろう。掴む手が一度だけ強く私の腕を絞めつけた。
そして、私を掴む生徒…………彰吾君は、私を凝視して名前を呟いた。
……彰吾君も、私を覚えていた。
「あ…っ!!彰吾!り、理子ちゃんが……」
「あぁ、ここに居る。類が追いかけたのか」
今も仲が良いのか、類君と彰吾君は私を挟んで気安く喋る。
……逃げられない。
どうするの?謝って許される?忘れられない程恨まれてるのに?
疑問と自責の念と後悔で頭がぐちゃぐちゃになる。もうどうすれば良いのか分からない。
「……理子。入学……出来たんだな」
「…………ご、めん……なさい……」
「……?どうして理子が謝る?それは……」
怯えたように彰吾君を見上げると、困惑したような瞳とぶつかった。
その困惑のままに何か私に言い返そうとする彰吾君の向こうに、良く知った姿がこちらに近づいて来るのが見え、私は彰吾の腕を振り払って駆け出した。
「……れっ、恋次君!!」
「理子!!迷子になるから教室に居ろって言っただろ!!」
安心して涙が溢れ視界が歪んだ。珍しく怒っているみたいだが、今は恋次君の怒った顔よりも、あの2人の方が怖いので逃げずに恋次君の背中に張り付いた。
「れ、恋次君……恋次君……」
「おお、おお!!何だ理子!!俺がそんなに恋しかったか!!そうかそうか!!」
途端に嬉しそうな声色に変わり、大きな手が私の背中をバンバンと叩いた。心臓の音よりも大きくて……不快な心音を、消してくれているような気がして……酷く安心した。
もう帰ろう、と靴箱まで巨体を押して誘導する。その私を、恋次君と同じくらいの大声で呼び止める声が廊下に反響した。
「理子!!!」
驚き反射的に振り返る。
振り返った先には、類君と彰吾君に挟まれた……すらりとモデルのように背が高くなった……目つきの鋭い、濃い黒髪の――……
「…………晴斗、君……」
晴斗君が、私を睨みつけていた。
晴斗君は一歩私に大股で近づく。その動きに反応して、恋次君の制服を握りしめる。
「理子テメェ!!何で西堂路来なかったんだよ!!お前の家も誰も知らねぇし!今更来やがって何平然と「理子を理子と呼んでいいのは俺だけだ!!!」……は……?」
地が揺れるような怒声を聞いて、震える体を恋次君に押し付けていると、恋次君が晴斗君よりも大きな声で咆えた。
驚きポカンと恋次君を見上げる。そんな私を恋次君はいつもの太陽のような笑顔で笑い返して、肩をバンバンと叩いた。
「理子はな!!他人に理子と呼ばれるのを嫌がるんだ!!だから理子を理子と呼べるのは、幼馴染の俺だけだ!!そうだな!?理子!!」
「えっ…………あ、うん……そうだね」
「ほらな!!お前達は柳瀬さんと呼べ!!」
嬉しそうに鼻息を吹き出す恋次君。相変わらずのマイペースだ。
――だけど、その宣言に意外な人物が噛みついた。
「ど、どうして君が理子ちゃんの幼馴染なの!?ぼ、僕達が幼馴染なのに……!!」
類君が、足をガタガタさせながら言う。恋次君が大きくて怖いんだろう。
類君の弱虫は幼稚園の時から変わってない。だから私はよく昔、類君をからかって遊んでいた。我ながら最低だ。
せっかく勇気を出して反論したであろう類君を鼻で笑う恋次君。
恋次君は3人に会った時に言ってやりたい言葉があると息巻いている時に、同じ鼻息を噴き出していた。それを今から披露するつもりのようだ。……大丈夫だろうか?
手招きで私を横に呼びつける恋次君に大人しく従う。
恋次君はそれに満足気に頷くと、肩を組むような体勢で私の頭まで抱え込み引き寄せた。
「教えてやろう!!!答えは!!お前達がもう理子の幼馴染ではないからだ!!!俺は小1から理子の幼馴染だからな!!お前達が理子と遊んだのは6年間の内の何年だ!!俺は……10年!!!!つまり俺が幼馴染!!!」
ははははは!!!と豪快に笑い、私の頭を鳥の巣にする。絡まるからやめて欲しいけど、恋次君が楽しそうなのであまり気分を害さない方が良いかと思い、大人しくされるがままに撫でまわされた。
……でもいい加減長いので、もう帰ろうと恋次君の服の袖を引っ張る。
そんな私達に、晴斗君が恐る恐るといった様子で問いかけた。
「…………そ、れ…………理子……だよな?」
「お前理子を知らないのか?俺はこの理子以外知らない!!俺の勝ち!!!」
「違うよ、恋次君。そういう意味じゃないよ。……あ、えっと……柳瀬理子です。お久しぶりです……」
ぺこ。と頭を下げると、晴斗君達は化け物を見るような顔をして固まった。……ガキ大将とのギャップで頭がついて行かないのだろう。
おかしな恋次君のおかげでかなり安心出来た。私は落ち着いて3人に挨拶をする事ができ、自分で自分にホッとした。
……だが、そんな私に3人は逆に慌てた。
「ちょっと待てよ!!お前本当にあのワガママ理子かっ!!?別人じゃねぇかよ!!」
「あ、はい……その節は……ご迷惑を……」
「理子はそんな畏まった喋り方しないだろう……!?もっと高圧的だった」
「あ、そうです……そういう時代も……よく覚えてましたね、喋り方まで……」
「理子ちゃんは僕達を君呼びなんてしなかったよ!!ど、どうして!?」
「いやあの……失礼ですよね?少しの間一緒に遊んだ程度の人が呼び捨てにするのって…………あっ、み、皆さんの事では、無いですよ?」
シーン……と皆が黙り込んでしまったので訂正する。
皆が言うのは別に良いと思うけど……私は加害者側だからって話で……。
あわあわと狼狽える私の耳に、小さなノイズが飛び込む。それはよく聞けば晴斗君の口から発されていた。
どうしよう……と隣の恋次君を見上げる。恋次君は帰る合図だと思ったのか私の手を引っ張る。
……恋次君、この状態で置いていくのは可哀想だよ……。
何とか説得して恋次君を止めると、晴斗君達がいつの間にか私達の前に移動していた。
驚き恋次君に掴まると、3人は揃って眉間に皴を寄せた。
「…………何で……小学校違うの、言わなかった……」
晴斗君が私から目を逸らしながら言う。隣の2人は真意を確かめるように私を見つめた。
……だって……みんな、うちに来てくれなかったから……。
そう言ったら、また3人を悪者にしてしまうようで言えなかった。……言える訳がない。
――――だけど、私でなければそれは簡単に言えてしまう。
「俺は知ってるぞ!!理子が家でお別れパーティーをしようとしたら断わられたから学校が違うと言えなかったってな!!俺は幼馴染だから何でも知ってるぞ!!!」
「恋次君はどうして勝手に言っちゃうの……?」
隣で高笑いする恋次君を冷めた目で見つめる。もう少し他人も思いやってあげて欲しい。
言うつもりの無かった真実が恋次君に暴露されて、3人は青ざめて動きを止めた。……もう、この話は掘り返さない方が良いんじゃないかな?
その中で1番最初に復活した類君が、泣きそうな顔で私に頭を下げた。
「ご、ごめんね理子ちゃん!!僕っ、小学校も一緒だと思って……卒園式の時に、全部言っちゃおうって……小学生になったらその、ちょ……ちょっと直してくれたら良いなって……思ったから……」
しょぼしょぼと言葉が萎む。呆然とする私に、今度は彰吾君が一歩前に出た。
「……俺も、悪かった。理子も……ちょっと痛い目見れば良いって……思った。…………小学校の入学式に、理子が居なくて後悔した」
「…………類君……彰吾君……」
真実なのだろう。悔し気に俯く2人は、私の後悔に似ていた。
あの時ああしなければ。こうしなければ。そんな後悔を2人から感じて、視界が霞んだ。
「……私が、悪いんです……ごめんなさい、無理言って……家も、行きたいって……無理言いましたし……」
「僕達が悪かったんだよ……理子ちゃんが来たら、家をグチャグチャにされるって、思ったから……」
「……理子が、家で暴れると思った。……理子はそんな事した事、一度も無かったのにな。……ごめん、理子」
「ううん。思われても仕方ないです。ごめんなさい、2人とも」
「俺は理子の家に行った事もあるし、理子が家に来た事もあるぞ!!!理子はグチャグチャになんかしない!!逆に俺の部屋の掃除をして綺麗にしてくれてる!!!ありがとう理子!!!」
和解して3人で涙に濡れていると、私達の間に恋次君が割り込んだ。ほっとかれて寂しかったのだろう。
だが恋次君が割り込むと一転、優しい顔をしていた2人はハエが飛んできたかのように顔を思いきり顰めた。
「……理子、コイツ誰だよ」
1人だけずっと難しい顔をしていた晴斗君が、不躾に恋次君を見まわした。そういえば紹介してなかったんだった。
「あ……ご、ごめんなさい晴斗君……恋次君は……」
「俺は秋雨恋次!!夢は……ゴールキーパーの日本代表!!兼!!消防士!!理子とは小学校1年の入学式からの仲だ!!つまり幼馴染っ!!!……それと理子は男にからかわれやすいからな!!理子のボディーガードもしている!!何か理子に用がある場合は俺を一度通して「お前に聞いてねぇんだよ!!おいコラ理子答えろよ!!」
恋次君を怒鳴った顔で私に振り返った晴斗君。だけどその顔が怖くて、恋次君の背中に急いで隠れる。
「おい理子!!何だお前弱くなりやがって!!男に隠れるような奴じゃねぇだろうが!!何しおらしくしてんだよッッ!!」
もう3人が怖いという訳では無いが、晴斗君がどうしてか激しい罵声を浴びせるので、恋次君の背中から顔を出す。
……な、何か言わないと……!
「あ、……えっ、あの……もう、あの頃の私は……とうの昔に居ないので……忘れて下さい……」
「はぁ!?何言ってやがる理子てめ……「すまないな!!理子は俺と初めて会った時からずっとこんな感じだ!!だが可愛いと思わないか!!まるでカルガモの雛のようだ!!!ははは!!」…………」
恋次君が腰に手を当てて得意げに言うと、まだ私を疑って顔を真っ赤にしていた晴斗君は、言葉を途切れさせて両腕をだらん……と力無く両脇にぶら下げた。
きっと昔から察しの良かった晴斗君は気づいてしまったのだろう。私が3人に言われてからこんな風に変わってしまった事に。
恋次君と初めて会った時から、とは入学式からだという事だ。
私は恋次君の軽い口を戒める為にほっぺたを少しつねった。
「!?い、痛いぞ理子!!俺が何かしたか!?」
「……恋次君はもうちょっと考えて喋って……」
「おお!!分かった気をつけるぞ!!じゃあ帰るか!!」
自分も幼馴染だという事がアピール出来て嬉しかったのか、恋次君は上機嫌で私の手を掴んで階段を下った。
……呆然と立ち尽くす、3人を置いて。
「……理子達、とうとう高校生になったわね。お父さん」
「……理子は、まだ俺の理子だ…………」
幼馴染に迎えられて学校に行く娘をを見送った私達は、2人に追い付かないギリギリのスピードで入学式へと出掛けた。
行き道でずっと同じことを呟き続ける夫を肘で子突く。
まったく……娘が16になっても、まだ娘が自分のものだと思っているのだろうか?
ブツブツと呟き続ける夫を引きずり校門に辿り着くと、娘の幼馴染の母親に遭遇し手を振る。
「あら!秋雨さん!こっちこっち」
「あ、柳瀬さん!この間ぶりです」
日の光に消えそうな美しいこの人が、あの子の母親である。正直、言われなければ分からない程似ていない。
「もう恋次も朝から張りきっちゃって……母さんは遅れて来い、なんて言うのよ!酷いでしょ?」
「恋次君……恋次君……息子…………あああ!!理子おおおぉぉ!!」
「お父さん。いい加減娘離れしてちょうだい」
夫の頭を叩く。娘が幼馴染の彼に奪われそうだと確信してからずっとこんな感じだ。
……でも恋次君はイマイチ自分の気持ちをよく分かってなさそうだから、そんな早くお嫁に行かないどころかお付き合いすらまだまだだろうな。……と、考えすぎる夫に呆れ笑う。
そんな私の心情を見透かしたように、向こうの奥さんが冷えた目で私を見つめた。
「……秋雨さん?」
「恋次は単純じゃないわよ」
彼女の視線に首を傾げた瞬間、彼女は何かの確信を突いたような切れ味の鋭い言葉を私達夫婦に落とした。
……どうしてか、全然似ていないはずの彼女の息子の顔が、重なって見えた。
……何が?……と、聞きたくないと頭の隅で思いつつ聞き返す私達のほほん夫婦。
そんな私達に知らしめるように、視線でどこかを指す秋雨さん。
釣られて夫と同じ方向に顔を向けると、最初に1人で気まずそうに座る可愛い我が娘。
知り合いが居らずわたわたと恋次君を探すほっこりする後ろ姿に頬を緩ませていると、秋雨さんに夫と一緒に肩を叩かれ次に指差された方向を向く。
……そこには、恋次君が居た。…………恋次君、が。
…………数百は居るであろう人混みの中…………どうやって見つけたのか、我が娘をまっすぐと熱心に見つめる……娘の、幼馴染が…………居た。
「……恋次は、あの子はたぶん最初から全部分かっててやってるわよ。だってあの子、うちの旦那そっくりだもの」
だから理子ちゃん、高校生の間にめいいっぱい可愛がってた方が良いわよ。流されやすそうだしね。
……と恐ろしい言葉を残して、秋雨さんはカメラを回した。
…………私達夫婦は、その後どうやって帰ってきたのか…………覚えていない。
「理子!!理子は本当にいつも男にからかわれるな!!地味だからだな!!そうに違いない!!!」
「……否定は、しないけど……。だ、だって、私恋次君以外の男子って10年ぐらいまともに喋った事ないから……」
「そうだった!!それは仕方がない!!じゃあ理子は一生彼氏が出来ないな!!」
「れ、恋次君だって居た事ないじゃない……わ、私は……その内……たぶん……」
「ははは!!なら俺と付き合おう!!!幼馴染だしな!!うん!!それが良い!!それでいこう!!!」
「……え?……えっ、れ……恋次君?何……」
「良かったな理子!!これで理子はめでたく彼氏持ちだ!!!良かった良かった!!!」
「えっ……え……あぁ……?……っそ……そう、だね……?」
桜並木を、君と歩く。その当たり前の景色を得るのに、どれだけかかっただろう。
「じゃあ理子のお父さんに挨拶に行こう!!うん!!大事な事だ!!!」
「……えぇ?……い、要るかな?お情けで彼氏なのに……?ふふっ、おかしい……」
俺にだけ向けてくれる、柔らかい笑み。この位置に居れる事が、心の底から誇らしい。
……初めて会った時から抱いた3つ目の夢が叶うまで…………あと少し。
「そうだ理子!!手を繋ごう!!恋人のように見えるだろう!?よし見えるぞ!!これで理子も迷子にならない!!!」
「迷子って……子供じゃないからね?私……恋次君のが方向音痴なんだから……ふふ……」
当たり前のように繋がれた手。……その手の熱に、君は今日も気づかない。