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宇宙の騎士の物語:個人の前歴;停止中  作者: 荻原早稀
レイ・ヴァン・ネイエヴェール
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2. 児童養護院

 栄養状態が悪い時期が続いたからか、やせた、血色の悪い乳児であったらしい。

 まだ毛量が少ない髪は黒く、がさがさした肌は浅黒く、瞳は漆黒。

 オス第7児童養護院、という施設に入った時、彼はメディア軍支給の無個性だが清潔さだけは保証された抗菌着にくるまれていた。

 オーステルハウトという国は、レイの国が亡ぶに至った戦争とは関わりがなく、特に兵器による被害も及んでいない。経済的な影響はかなり受け、様々な物流に支障が出たり、通貨安が進んだり、株式は市場が一時取引停止に追い込まれるなど様々な被害は受けているのだが、社会福祉事業が存続の危機を迎えるところまではいかなかった。

 フリジアのように地方自治を基本とした連邦制国家ではなく、中央集権型の共和制国家であるオーステルハウトは、一般に福祉に手厚い国とされている。その分、税金は高い。

 当時オス第7児童養護院で乳幼児の受け入れを担当していたのはカリス・フィリップスという職員で、レイが寄宿学校に入るまではその育成責任者として彼の面倒を見た。

 後年レイが語ったところによれば、カリスは「肝っ玉が毛穴からにじみ出ている」ような女性であったらしい。

 育児には育児用のデバイス……複数のロボットを組み合わせたシステムを用いて行うのが主流とされる中、掃除や洗濯などの一般的な家事はともかく、子供と接ししつけを行う行為はすべて人間が行うべきという進歩派の思想に則って育児を行った人物である。

 彼女に育てられた複数の入所者が、愛情の深さとともにしつけの厳しさを証言しているが、それ以上に語られるのが、孤児として差別を受けやすい養護院の子供たちを外部から守る、その肝っ玉の太さだ。養護院の子供たちにとって彼女はまさにゴッドマザーで、大柄な体格もあって非常に恐れられ、かつ敬われていたという。

 その彼女の証言によれば、レイは手のかからない子供だった。

 疾病対策として各種の免疫をあらかじめ投与されているこの時代の子供たちは、学齢に達する前には人類を苦しませてきた感染症の大半から自分を守れる抗体を身に付けていたから、体調面で手がかからない子供というのは多い。

 が、子供はそもそも大人を苦労させる生き物である。あり余る元気でバタバタと駆け回り、大人の常識など気にもかけず暴れまわるのがまっとうな子供というものだ。

 栄養状態はすぐに改善され、人並みには少し及ばない程度に成長を続けたレイは、乳離れしてよちよち歩きができるようになってからも、心配されるほどじっとしているわけではないが、それほど積極的に動き回ることもなかった。

 ゴッドマザー・カリスにとって印象的だったのは、学齢程度まで大きくなった子供たちが見ていた動画や絵本にはさして興味を見せず、わかっているのかわかっていないのかは不明ながら、職員たちが見ている報道やドキュメンタリーにじっと視線を向けていた姿だった。

 養護院には常時数十名の子供がおり、比較的福祉政策が充実しているオーステルハウトの施設とはいえ、その子供たちを満足させるだけの玩具があるわけではない。面白そうなものは力のある子供が独占し、弱い子供は泣きながら悔しがる光景は日常のものだ。

 レイはというと、そのどちらにも属さなかった。楽し気なおもちゃにはまるで興味がないのか、部屋の隅っこで古ぼけた積み木で一人遊びしていることが多かった。

 新しい積木はあったし、もっと刺激的な玩具に子供たちの人気は集中していたから、なにもそんな薄汚れた積み木を使わなくても、とカリスは思ったそうだが、レイは淡々と、他の子供たちの妨害にも泣いたりわめいたりもせず、日がな一日積み木で遊んでいた。

 やがてカリスが気付いたのは、レイの積み木遊びの恐るべき正確性だった。

 はじめのうちは大きな積み木を不格好に積み上げるだけだったのが、ある日、ふとカリスが注意を向けると、小さな積み木を無造作に、だが恐ろしく精巧に積み上げていた。上下の積み木は寸分の狂いもなくぴたりと面を合わせて積まれていたし、互い違いに積み上げて力学的な安定を取り、複雑な形状を作り出すことまでしていた。

 無造作に積み上げているようで実は正確、ということは、一つ一つの動作が最適化され無駄がないということ。これは人間が長い時間をかけて動作に慣れ、技術として体得していくものである。積み木とバカにしてはならない。一度で正確に思ったところに乗せるためには、それなりの訓練がいる。

 さらに、それを続けるためにはよほどの集中力が必要だが、そもそも2歳にならない子供にそんな集中力があるものだろうか。

 レイの能力に興味を持ったカリスだが、すぐにそれを天才性とは結びつけて考えていない。

 彼女にとって育児とは、社会に適応し、社会の役に立てる有為の人材を育てること。そのために最も重要なのは才能ではなく人格であり、バランスの取れた人格を育て社会に送り出していくことが自分の役目だと思っていた。

 ゴッドマザーにとってレイの積み木遊びは注目すべきことだったが、それが示す数学的な能力や空間把握力、身体的な機能などにはほぼ目を向けてない。カリスは、天才性を早期に見せる子供が、性格的にバランスを欠くことが多いことをよく知っている。レイがそうではないかと疑い、注視していた。

 身体的な異常はどこにも見られず、どうやら脳の機能にも何ら異常はないレイは、カリスの注視など知らぬ気に日々を過ごしていた。

 やがて積み木遊びに飽きる時がやってきたのか、次第に年上の子供たちが習う体術をまねるようになった。

 体術。

 格闘技の型のことであり、半ば体操のようなものでもある。

 この時期のオーステルハウトでは、太古より伝わるという格闘技を模範とした体術を学ぶことが流行していた。護身術やスポーツとしての格闘技を学ぶというより、格闘技の型を繰り返すことでバランスの取れた体幹を作ったり、健康で美しい体を作ることを目的にしている。

 オス第七児童養護院で、入所児童にそのような体術を学ばせていたのには、さらに礼節を身につけるという意味も加わっている。いつの時代も、人は武術に精神性を持たせようとする。この時代も同じで、体術の講師には高い精神性と礼節が求められたし、習う者も同様だった。

 もっと付け加えれば、体術を習うのに大した金はかからない。あるいはこれが最も大きな理由かもしれなかった。

 公的な資金で運営されているとはいえ、養護院の経営は決して順風満帆ではない。子供たちに金のかかる習い事をさせる余地はない。

 練習着などはサイズをいくつか分けて、まとめて購入すれば安くなるし、そもそも贅沢を言わなければそれほど高いものではない。

 というわけで体術を学ぶことは養護院の児童たちにとってごく自然な成り行きではあるのだが、レイは何としても幼い。体術に年齢制限はないが、いくら何でも2歳に満たない幼児が習うものではないから、レイは道場には入れない。

 彼は、道場から帰ってきた児童たちが復習するのを見て、まねていた。また、児童たちが体術の二次元や三次元の動画を見て色々と言い合っているのを後ろから見ていて、その動画の真似をしていることもあった。

 小さい子が真似をしたがるのは別に珍しくもない光景だから、誰もがそれを微笑ましい姿というくらいにしか思っていなかったが、カリスは見ている。

 積み木遊びよりも、彼女にとっては衝撃的だった。

 レイは単に動きをまねているだけではない、ということに気付いたのは、少なくとも当時は彼女だけだった。

 2 歳から3歳にかけてのレイは、絵本の読み聞かせや散歩などの日課には普通に参加しつつ、自由時間にはほかの子供たちと遊ぶこともなく、たいてい体術の真似やより複雑化し高度化した積み木遊びに熱中していた。

 この積み木遊びの高度化は周囲の大人たちの関心を引き、ようやく彼の能力に注目が集まり始めていたが、カリスにすれば今更である。

 それより、千人以上の子供たちを見続けてきた大ベテランの彼女から見れば、レイの特異性は積み木遊びなどには断じて現れていない。

 お世辞にも美形とは言えない、凡庸な顔立ちのレイは、耐久性の限界に挑むように幾人もの子供たちに着せられてきた古い服を着て、よたよたと体術を真似し続けている。その姿にこそレイの特異性が現れる、とカリスは信じていた。

 レイは、体術を学ぶ子供たちが憧れる素早い動きや強い打撃を、完全に無視した。

 まっすぐ立つこと、立ち続けることが決して簡単ではない年代の幼児が、5分なら5分、微動だにせず立ち続ける。極めて遅い、抑制された動きで型をたどっていく練習は、子供には難しいはずなのだが、ごく自然にそれを行っている。

 筋力も体幹のバランスも整っていない幼児には難しいことである。レイもすぐにふらつき、しりもちをつき、時にべったりと床に這うこともあったが、泣きも騒ぎもせず、淡々と同じ動作を繰り返した。

 幼児が型を繰り返す、しかも誰からも指示を受けず、見た誰かを喜ばせることもなく。

 積み木遊びの高度さなどより、カリスにしてみればこちらの方がよほど異常である。指示も承認もなしに、ほめられもしなければご褒美もないのに、幼児が単調極まりない型の反復練習など出来るわけがないのだから。

 だが、これが異常なことだ、と声高に叫ぶような心性は彼女にはなかった。これも個性と思えば、誰に迷惑がかかるわけでもなければ、思う存分やらせてやるのが彼女の流儀だった。

 ゆっくりした動きでじっくりと手足を伸び縮みさせているだけ、とも見えなくはないレイの「体操」は、カリス以外の誰からも注目を浴びることなく続けられた。

「いつも同じ『体操』ばかりしているけれど、おもしろいの?」

 ある日、ふとカリスが尋ねた。

 レイはいつも通り、さほど強い意志も感じさせない冴えない表情のまま、こくりと一つうなずいた。

 カリスにはそれで十分だった。

 おかげで、レイは3歳を迎える頃には、誰に邪魔をされることもなく人知れず武術の型をマスターしていた。



 どこの世界でも孤児というものは大なり小なり差別を受けるものだが、オーステルハウトという国でも例外ではない。

 ましてレイのような他国から収容された戦災孤児などはなおさらだ。彼の亡き故国フリジアと蜜月関係にあったわけでもないから、国民感情として「税金で食わせてやっている」という意識や「無駄飯喰らい」という悪感情を持ってしまうことは目に見えている。

 政情が安定していて比較的治安は良く、経済格差もそれほど大きくはないとされているオーステルハウトでも、首都オスのような大都市ともなれば、治安の悪い貧困地域というものが存在している。スラムといっていいオス市内の貧困層居住地域に、第7児童養護院は隣接していた。

 幼児たちの散歩のときには大人の職員が数名帯同しているから、安全は確保できる。だが、子供の一人歩きともなれば、万全とはいいがたい。

 養護院の子供たちは身なりがしっかりしているとはいいがたく、初等学校に通う児童たちは頻繁に差別的な行為を受けたり、暴力を振るわれたりする。

 3歳児のレイとはいえ、もちろんその例外ではない。

 肌の色や髪の色で差別を受ける、というような時代ではない。そんなもので差別をするにはあまりにも人類は混淆しすぎた。どの色が多数派、ということがいえない国が多かったし、血が混じりすぎてどの色が出ても遺伝的に不思議はない人間が多い。差別など、すぐに自分に帰ってくる。

 が、自分と違うからという理由で誰かをいじめる心性を人間から取り除けた文明も文化も存在しない。貧乏、だとか、障害を持っている、だとかいう理由でのいじめは、人類が宇宙に出て一万年も経とうというこの時代であってもなくなることがない。

 3歳児のレイはまだ大人無しで外に出ることは禁じられていた。散歩以外で外に出ることはまれだったから、そのような差別の場面に直接行き会うことはそれほどないのだが、皆無ではない。

 レイより二歳年上の少年、ヤンの証言が残っている。

 ヤンは養護院の同世代の中ではけっこうやんちゃな方で、職員の目を盗んで外に出ることも珍しくない。大きな子供の中には、そういう子供を連れ出して遊ぼうとする者もいるから、大人としては油断がならないのだが、ヤンはそれをまねて自分よりも小さい子供を連れ出そうとすることがあるからたちが悪い。

 ある時、たまたまヤンの近くにいたからなのか、ほかの子供たちが嫌がったからなのか、レイが連れ出されたことがあった。

「俺についてりゃ安心だ」

 というヤンの偉ぶった口ぶりは、明らかに年長の子供たちをまねたものだが、レイはうすぼんやりとした顔できょとんとして聞いている。緊張感や危機感というものがまるで顔にない。

 悪いことをしている、あるいは気危険なことをしている、という興奮が味わいたくてこうして遊んでいるのに、レイの態度はヤンとしては非常に興が殺がれるものだったが、この時は子分が彼しかいないのだから仕方がない。

「まあ、黙ってついてこい」

 偉そうにいい渡すと、ヤンはずんずん歩き出した。レイはそのあとをぽてぽてとついていく。

 オーステルハウトではさすがに白昼堂々幼児を誘拐して人身売買組織に売り飛ばすような事件が日常的だったりはしないが、貧困地区では身代金目当ての誘拐事件や差別的な暴行事件は頻々と起こっている。

 この5歳児と3歳児の二人連れでは、略取誘拐事件は起きそうもないが。

 服はどちらもお下がりのお下がりのお下がりくらい、体温を維持して擦り傷を作らないよう守る役割が果たせさえすれば十分、という思想が見え見えのぼろを着ている。靴は丈夫さだけが売りの大量生産品で、これも相当履き古しているし、髪も中途半端に伸びっぱなしのぼさぼさ加減が、注意深く育てられているとは思えない見た目の完成に貢献している。

 要するに、小汚い。彼らを見て営利誘拐を考えるバカはいない。

 周囲の子供たちも似たような恰好をしているが、曲がりなりにも親がいて家庭を営み、通うべき学校に通っている連中にとって、親もなく学校にも通っていない孤児のような存在は、格好の標的だ。

 すぐ近所をぶらぶらと歩いて、公園で遊んで帰るつもりだったヤンは、今日がハズレの日だったらしいことにすぐ気付いた。

「ちっ、どこから湧いてきやがった」

 公園は様々な年代の子供たちでいっぱいだった。遊具には子供が鈴なり、幾人かの親たちが隅で井戸端会議をしているが、バタバタと走り回る子供たちに特に注意を向けている様子もない。

 気が強いヤンは、同年代の子供数人が相手なら気後れすることもないが、これだけ数が多いとさすがにひるむ。常に集団生活で年長の子供たちに叩かれたり蹴られたりはしょっちゅうのヤンだから、多少の荒事はどうということはないが、数の力には勝てないことも体験でよくわかっている。

 お上品な地区の子供たち相手なら、ちょっと暴れてやれば追い払うこともできる。が、貧困地区のたくましい子供たち相手にそれが通用するとは思わない、という程度には頭が働くヤンである。

「でも何もしないで帰るのも」

 レイという手下を連れて歩いておいて、何もせずにただ帰るのではプライドにかかわる。

 ヤンは、すばしっこく視線を走らせて、順番をねじ込めるような遊具はないものかと物色する。

 彼にとって運が悪かったのは、同じように遊具にあぶれつつ、いじめる相手がいるなら遊具代わりに遊んでもいいと思っているような悪童が、公園の周りにいくつも集団を作っていたことだった。

 彼らはヤンとレイの姿にすぐ気が付いた。

 いつもは公園で見かけない、だがどこかで見たことはあるヤンの姿。本人の出で立ちといい、連れて歩いているレイのみすぼらしさといい、いじめる相手にちょうどいい。

 標的にされたことに気付くには、ヤンは遊具に集中しすぎていたかもしれない。

 はっと思った時、二人は10人近い子供の群に囲まれていた。

「汚ねー奴が勝手に入って来てんじゃねーよ」

 ヤンにずかずかと近付いて肩を小突いたのは、7歳か8歳と見える大柄な子供。5歳児と3歳児にとっては大きすぎる敵だ。

「なにすんだ」

 ヤンはふらつきながらも虚勢を張った。相手が誰だろうと突っ張って張り合っていかなければ、自分が欲しいものはかけらも手に入らない社会で、彼は生きている。

 が、相手が悪い。体格も人数も、ヤンに勝てる要素は一つもない。

「ここは俺たちの公園だぞ。お前らみてーな汚ねー奴が勝手に入って来てんじゃねーよ」

 見た目の汚さでいえばお互いいい勝負なのだが、いじめる側の論理は常に「汚い」「変わっている」「劣っている」ものを排除することだから、この場合ほかにいいようもない。

 周りの先輩たちから学ぶのだろうが、ヤンを小突いた子供がヤンに唾を吐きつける。

「こいつ、孤児院の奴じゃねーの」

「だろだろ、思った」

「じゃあこいつら、『寄生虫』だぜ。姉ちゃんがいってた」

「虫かよ、気持ちわりーなー」

「虫より気持ちわりーだろ」

「父ちゃんたちの稼ぎで食わせてもらってるくせに、悪さして迷惑かけんだよ」

「最低だな、死んじゃえよ」

「死んでも孤児だからな。家族なんかいないんだからだれにも迷惑かかんないだろ」

「虫、死ね」

「死んじゃえ死んじゃえ」

 彼らの差別意識は周囲から植え付けられたもので、根拠などない。その出方は、植え付けた周囲より直接的で容赦がない。子供の世界の残酷さはストレートである。

 さらに小突かれながらヤンがののしられ、レイにも一人の足が飛ぶ。

 異変はここで起こり始める。

 まず、レイを蹴飛ばそうとした6歳程度の子供が、バランスを崩したように横倒しになって転んだ。

「なにやってんだ」

 一人でコケたものと思い失笑した仲間が、次の瞬間に同様に横倒しになるようにして転んだ。

 レイが、動いていた。

 相変わらず覇気のない、うすぼんやりとした冴えない顔をしたレイが、表情一つ動かさず、腰を落として左足を軸にしゃがみ込み、右足を伸ばして相手の足首を蹴り飛ばしていた。

 その動きが異様に早く、鋭い。体が小さい分だけ相手の懐に入り込まなければならないのだが、その飛び込み方が尋常ではない速度と正確さだった。

 それが見て取れるような者はこの場にはいない。子供たちは、何が起きたのかわからないまま、レイの襲撃を一方的に受けるままになった。

 いつも練習している武術の型とは、速度がまるで違う。

 レイは短い手足を完璧にコントロールし、一瞬の迷いも遅滞もなく、重心を下げたまま、頭の上下動が極端に少ない動きで次々に子供たちを襲った。

 ヤンは小突かれて尻餅をついていたのだが、そのおかげでかえってレイの動きの一部始終を見せつけられることになった。

 自分の体を自由に動かすことさえ難しいはずの3歳児が、相手の目前まで飛び込んで右足をしっかりと踏み込み、同時に十分に荷重が乗った左の手のひらを相手の下腹部に叩き込む。直線的な軌跡を描いて撃ち込まれた掌底突きは、いくら体重が軽すぎるほど軽いレイの一撃とはいえ、破壊力十分だった。

 体験したこともないであろう突きを食らってうずくまる子供の姿がヤンの目に映った時には、既にレイはほかの子供の右ひざを蹴飛ばしている。

「なにすんだ」

 レイの攻撃が唐突すぎて、動き出してからが早すぎて、いじめ側の子供たちは対応できない。逃げる、という考えすら浮かばないようだった。

 レイは相手の胸より上には攻撃を加えない。体が小さいからでもあるが、蹴倒された子供にも、下腹部以外に攻撃は加えない。倒れた相手の腰や太ももを鋭く蹴るか、肘を入れている。

 ヤンが唖然として見ているうちに、子供たちは根こそぎ倒され、呻き、泣きだしていた。

「……行こ」

 いつの間にか目の前に来たレイが手を伸ばしている。どう見ても、いつも通りの精彩の欠けたぼんやりとした顔だった。

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