闇堕ちしたヒロインの方が好きな場合はどうすれば?
高校2年の夏、俺は死んだ。
死因? 確かなことは分からないが、たぶん窒息死……いや、中毒死か? とにかく、夜中に不意に咳き込んで目を覚ましたら、部屋の中に真っ黒い煙が充満してて酷く熱かったのだけは覚えてる。
たぶん火事……だったんだと思う。火元は分からん。部屋から脱出することも出来ずに煙に巻かれて意識失ったし。
まあとにかく、そんなこんなで17年の短い生を終えた俺だったが……気付けば、生前やり込みまくっていたゲームの世界に転生していた。
そのゲーム『聖乙女騎士アルメナ』は、RPG要素の強いギャルゲーで、主人公クリードは女神の寵愛を受けた愛し子として、聖乙女騎士であるヒロイン、アルメナのパートナーとなり、魔王軍との戦いを通してヒロインと絆を深めつつ、最終的には魔王討伐を目指すゲームだった。
最初、ゲームの世界に転生したと気付いた時には感動した。ずっと画面越しに見ていたヒロイン、聖乙女騎士アルメナ・セント・メリスタンが目の前で生きて動いていることに歓喜した。超絶美少女である彼女のパートナーとなれることを女神に感謝した。
が、それなりに魔王軍との戦いを経て、その感動も徐々に薄れた今。俺にはある深刻な悩みがある。それは……
「俺、闇堕ちしたアルメナの方が好きなんだよなぁ」
と、いうことだ。
このゲームには、バッドエンドとしてヒロイン闇堕ちルートが存在する。
魔王軍との戦いに敗れたヒロインが、敵に凌辱、洗脳されることによって闇堕ちし、暗黒騎士と化すのだ。
その場合、主人公……つまり俺は、ヒロインの手にかかって戦死。ヒロインは魔王軍の先鋒となって人類は滅亡への道を歩み始める。つまり、俺としては絶対に避けなければならない事態、なのだが……この闇落ちした暗黒騎士モードのヒロインのビジュアルが、実に俺好みなのだ。
暗黒騎士化したアルメナは、元の金髪が銀髪になり、青い瞳は真紅に、黄金の鎧は真紅のラインが走る漆黒の鎧に、光り輝く白銀の聖剣は闇を纏う漆黒の魔剣となるのだ。
うむ、実に素晴らしい。俺の今なお衰えることを知らない厨二心をこれでもかと刺激する。
しかも、堕落した影響なのか、胸のサイズが大きくなる。正確なデータがないので目算になるが、カップで言うとFからHくらいになっていると思う。いや、実物見たことないんで正確なところは分からんが。
そして、その魅惑の肢体を、体のラインを強調するようなデザインに変形したスリット多めな鎧が包み込むのだ。実にけしからん。お腹やら太腿やら谷間やらをそんなに露出して防御力は大丈夫なのかと突っ込みたくなるが、同時に手も突っ込みたくなる大変素晴らしいデザインなのだ。もっとも、闇堕ちしたアルメナにそんなことしたら容赦なく手首を切り落とされると思うが。
見たい。あの素晴らしくエロカッコいいアルメナをリアルで見たい。だが、そのためにはわざと魔王軍に敗北しなければならない。
そして、敗北したヒロインを待つのは魔王軍による容赦のない凌辱だ……いや、実際どんな事されるかは知らないけどね? 俺健全な17歳男子高校生だし? ちゃんと全年齢対象版やってたし? ホントだよ?
ゴホン! あぁ~とにかく、アルメナが暗黒騎士モードになるためには、闇堕ちするだけの鬱イベントを経なければならないということだ。
だが、流石に今目の前にいるアルメナをそんな目に遭わせるのは俺の心がもたない。リアルで寝取られ展開を楽しめるほど俺はハイレベルじゃない。
それに、ヒロイン闇堕ち展開はそのまま人類滅亡エンドに直結する。俺の欲望を満たすためだけに、人類を滅亡に追い込むわけにはいかない。
なら、どうすればいい? 考えに考えた末、俺が至った結論は……
「という訳で、ちょっと魔力を取り込んでみようか」
「……なぜ?」
突然我ながらトチ狂ったことを言い出した俺に、アルメナの「なに言ってんだこいつ」という視線が突き刺さる。
だが、これしかないのだ。凌辱、洗脳イベントを経ずにヒロインを闇堕ちさせようと思ったら、ヒロインに自ら闇の力に目覚めてもらうしかない。
もちろんゲームではありえない展開だが、ここはリアルファンタジー世界。そして、ファンタジー世界ならば主人公やヒロインが闇の力に目覚めることはそう珍しいことじゃない。
一度は力への誘惑に負け、その暴力的な闇の力に取り込まれかけるのだが、仲間との絆を頼りに我を取り戻し、その力を抑え込む。そして、ここぞという場面で、その闇の力を使って戦うのだ。「大切なものを守るために! 私は、この力を制御してみせる!!」みたいな叫びと共に。
うん、熱い。燃えるし萌える。
「という訳で、ちょっとそこの魔力溜まりに飛び込んでみよう?」
「……ねえ、本当にどうしたの? ハッ! まさか魔族による洗脳攻撃!?」
直後、俺の頭部を回復と浄化の力を宿した光が包み込む。
だが、そんなもので俺のスケベ心と厨二心は一切揺るがない。108回に渡る除夜の鐘ですら小揺るぎもしない高2男子の煩悩を、甘く見ないでもらいたい。
「いや、至って正気だから。魔王との決戦が近付いてきた今、魔族の力の源への理解を深めるためにも、ちょっと魔力に触れてみるのもいいんじゃないかなぁと」
「なんでそんな……」
「いや、これはきちんとした予測に基づいた提案なんだ! これで新たな道が開けるという確信があるんだ! だから、ね? ちょっとだけ。先っぽだけでいいから!」
その後も5分以上に渡って熱烈な説得を続けた結果、とうとうアルメナは渋々ながらも魔力溜まりに片足を突っ込んでくれた。
この状況自体、ゲームではありえなかったことだ。
ゲームにおける魔力溜まりは魔物が湧くポイントであり、これを破壊することでそのエリアでの戦闘が終結する。つまり、魔力溜まり自体が敵の一種なので、ゲーム内でそこに侵入することは出来なかった。
「ど、どんな感じ?」
固唾を飲んで問いかける俺に、アルメナは眉をひそめながら首を傾げる。
「別に……どうとも……」
そう言いながら歩みを進め、魔力溜まりの中心まで入り込む。しかし、激しく渦巻くどす黒い魔力の中にあっても、アルメナの様子に変化はない。
なぜかと考え……俺は1つの可能性に辿り着いた。
「よし! そのまま女神の加護を切ってみようか!」
「バカなの!?」
「大丈夫だ! 俺を信じろ!!」
なんの根拠もない「大丈夫」だったが、普段からしっかり信頼関係を築いていたおかげか、アルメナは心底不審そうな表情を浮かべながらも、女神の加護を切ってくれた。普段の行いって大事だね。
アルメナの鎧と聖剣をうっすらと包み込んでいた光が掻き消え、代わりに魔力が押し寄せる。
「どんな感じ!?」
「えっと……ちょっと息苦しい感じがするけど……それだけ」
「えぇ……うぅ~~ん、じゃあ……」
それからも、俺はさっさと先に進もうとするアルメナを必死になだめすかし、魔力溜まりから湧く魔物を適当に討伐しつつ、その場で試行錯誤を繰り返した。
そして、魔力溜まりに留まること14日。遂に、その時は訪れた。
「あ、あっ、なにこれ。これが、アッ、アァァァーーーー!!!」
「お、おお!?」
魔力溜まりの渦巻く魔力が、アルメナに向かって収束し、吸収されていく。
その鎧が、聖剣が、端から黒く変色し、どす黒い闇のオーラを放ち始める。そして──
「アアァァァーーーー!!」
全ての魔力が吸収され、霧散した時。そこにいたのは、白銀の髪に真紅の瞳を持つアルメナだった。
「キタァァァァァーーーーー!!!」
遂に、遂にこの時が!
いや、よく見ると俺の知る暗黒騎士モードとはだいぶ違う。
色自体は予想通りに変色しているが、胸のサイズは変わってないし鎧のデザインもそのままだ。それに、表情を見るに性格もそのままらしい。
これはやはり、凌辱、洗脳イベントを経ていないせいで堕落成分が足りていないのだろう。俺の知る暗黒騎士モードのアルテナは、もっと享楽的で妖艶な……それこそ悪魔染みた表情を浮かべていたのだが。
「はぁ、はぁ……これが、魔力? 魔族の、力?」
いや、だが……これはこれでイイ! 俺のスケベ心は満たされなかったが、厨二心は存分に満たされた! 余は満足じゃ!!
「アルメナ! よく頑張った! これで新しい力に目覚めたな!!」
「え、えぇ……そう、みたいね?」
戸惑いを浮かべたままアルメナが剣を振るうと、闇を纏う魔剣から漆黒の斬撃が放たれる。
カァッコイイィィィィーーーーフゥオオォォォォォーーーー!!!
「よし、よしよし! うん、よくやった! じゃあ、一旦元の姿に戻ろうか?」
その後、小1時間ほど掛けてそのモードの戦闘力を検証してから、俺はそう告げた。のだが……
「あの……どうやって戻るの?」
「え?」
……………………
……結局、元の状態に戻るのにそれから更に10日掛かった。
その間2回ほど魔王軍の襲撃を受け、その状態のまま実戦を行ったのだが……結果として、魔物や魔族相手には魔力を纏った攻撃は無意味。それどころか聖属性を失った分弱体化していることが分かった。
苦労して会得した暗黒騎士モードが魔王軍相手には何の役にも立たないと知ったアルメナは、ゲームの表情差分にはなかったちょっとヒロインがしちゃいけない表情になったが、俺の厨二心は満たされたのでよしとする。かっこよければ全てよかろうなのだ!!
* * * * * * *
……などと、余裕ぶっかましてアホなことをやっていたのがいけなかったのだろうか。
「ふっ、どうした、こんなものか? 聖乙女騎士、そして女神の愛し子よ」
俺は、ゲームのラスボスである魔王相手に予想外の苦戦を強いられていた。と言っても、実際に戦ってるのはアルメナだけど。俺? 後ろで指示出しながらバフ飛ばすだけ。仕方ないだろ? このゲームでの主人公の立ち位置って基本ヒロインの支援係なんだから。
それはそれとして、これはおかしい。ゲームでの魔王ギルメイドはここまで強くはなかった。
俺はゲーム時代の知識を活かして、この最終決戦に挑むまでにこれでもかというほど徹底的にレベル上げをした。
本来70レベルあれば十分なところをわざわざ90レベルまで上げたし、その過程で得た有り余る金でアイテムも過剰なほど買い込んだ。
なのに、蓋を開けてみれば完全に圧倒されている。それどころか、まだまだ手を抜かれている感すらある。
「どうした? まさか、これで終わりということはないだろう? まだ隠している力があるなら、遠慮せずに出すがいい。我はそれを正面から叩き潰してやろう!!」
魔王ギルメイドのその言葉に、アルメナがハッとした表情になった。
そして、一瞬俺の方を見ると、再び剣を取って立ち上がる。
「ほう、まだ何かあるようだな」
「ええ、全てはこの時のため……私は、今こそこの力を使う!!」
……アルメナさん? まさかとは思うけど……
「ハアァァァーーーー!!」
アルメナの叫びに合わせ、その体から闇のオーラがあふれ出す。
やっぱり! いや、目覚めさせた俺が言うのもアレだけど、この状況でそれは絶対間違ってると思うぞ!?
「ハアッ!!」
そんな俺の内心の絶叫などつゆ知らず、アルメナが暗黒騎士モードになる。
ゲームではありえないその展開に、さしもの魔王も大きく目を見開き──
「なんでだよ!!」
全力でツッコんだ。そして、その一撃で壁まで吹き飛ばされたアルメナはあっさり気絶した。
「なんで敗北イベント消化してないのに暗黒騎士化してんの!? 最終決戦で出す奥の手は聖天使化だろ!! 聖乙女騎士のくせになんで闇の力に手ぇ出してんだよ馬鹿なの死ぬの!?」
「は──?」
それまでの魔王然とした態度をかなぐり捨ててそう絶叫するギルメイドに、俺は唖然とする。そして……
「まさか……お前、転生者か?」
「なに? ……っ! まさか! お前も!?」
その瞬間、俺は全てが腑に落ちた。
なるほど、そりゃゲーム時代とは比較にならないほど強いわけだ。
どうやったのかは不明だが、こいつはこの最終決戦に備えて自らを強化したのだろう。ラスボスが決戦前にパワーアップするなんて反則もいいところだが、そうでもなければこの状況に説明が付かない。
「お前も『聖乙女騎士アルメナ』ファンだったのか?」
「そーだよ! せっかく大好きなゲームの世界に転生できたと思ったら、まさかのラスボス転生で絶望したわ!!」
「それは……そうだろうな……。いきなり人類の敵スタートとか、俺でも絶望するわ」
「分かってくれるか!」
「ああ!」
その瞬間、俺達の間には確かに同好の士としての絆が生まれた。同じゲームを好きな奴に悪い奴はいない。
先程まで死闘を演じていたことなど忘れ、固い握手を交わす。
「それにしても……なんでアルメナ闇堕ちしてんだ? いや、闇堕ちって言っていいのか? あれ」
「ああ、あれな」
それはゲームの知識を持つ者なら当然の疑問だろう。
俺はギルメイドに、アルメナに暗黒騎士モードを習得させた経緯をザッと説明した。
「……とまあ、そういう訳で、アルメナに闇の力を習得させてみたんだよね」
「ん、な、な……」
俺がそう言うと、ギルメイドが愕然とした表情になった。
そして、次の瞬間文字通り怒髪天を衝く。
「こんのボケがぁぁぁーーーー!!! おま、お前ぇぇぇーーー!! アルメナが聖天使化しないの、百パーそのせいじゃねぇかぁぁぁーーー!!!」
「あ、うん。まあ」
聖天使化とは、最終決戦において追い詰められたアルメナが、主人公との絆の力で覚醒するイベントだ。
主人公を通して女神の力を得たアルメナが、聖天使モードになってステータス大幅アップするという、まあ漫画やアニメでありがちなご都合展開なのだが……中途半端に闇の力を得たせいか、そのモードになれなくなったっぽいんだよね。その可能性に気付いた時は俺も焦った。それでまあそのモードに頼らなくてもいいように、決戦前に馬鹿みたいにレベル上げしたんだが……。
「おま、お前なぁ!! 俺が、どんな気持ちで舐めプしてたと思ってんだ!! それもこれも、アルメナを聖天使化させるためだろうがぁ!!」
「……ん? え? まさか、お前……」
その言葉で、俺の中にある推測が浮かぶ。それは、つまり……
「お前……聖天使モード推しなのか?」
「ああそうだよ! アルメナの聖天使モードをリアルで拝むため! その上で殺されないため! 必死にパワーアップしたんじゃねぇかぁ!!」
「な、なんてこった……」
まさか、こんなところにもう1人の漢がいたとは。
単に自分の命を守るだけなら、もっと楽な方法はいくらでもあっただろう。
だが、自らの推しを拝むため。自らのオタク心を満たすためだけに、あえて茨の道を行く。
漢だ。こいつはどうしようもなくバカで、疑う余地もなく漢だ。
俺の中に、かつてないほどのシンパシーが生じる。立場こそ違えど、こいつは正しく俺の友だ。いや、心の友と書いて心友と呼んでも過言では──
「それをお前なんだよ!! 暗黒騎士モードが見たかった!? そんなしょーもない理由でシナリオ変えてまで聖天使化の可能性を潰したのかぁ!?」
「……んだと?」
聞き捨てならない。しょーもない? 今、しょーもないと言ったのか? こいつは?
「暗黒騎士モードとか、アルメナの清純で高潔なイメージをぶち壊す公式の黒歴史じゃねぇか!! あれのせいで全シナリオコンプが苦行でしかなかったわ!!」
「はぁ!? 最高にエロカッコいいだろうが暗黒騎士モード!! 聖天使モードこそ、ちょっと翼生えてエフェクト派手になるだけの公式の手抜きだろうが!!」
「翼生えるのがいいんだろうがぁぁああぁぁぁぁーーーー!!!」
前言撤回。こいつは同好の士でも心友でもない。やはり不倶戴天の敵だ。
俺達は、もうシナリオとか設定とか無視で全力で殴り合った。
「つーか、さっきはああ言ったけどよく考えてみれば、魔王転生とか堂々とアルメナを闇堕ちさせられる最高のシチュじゃねぇか!!」
「ふっざけんな! 主人公なら堂々とアルメナといちゃつける上にシナリオに沿ってるだけで聖天使モードを拝めるだろうが!! その立場にいながら魔王の方がいいだぁ? 全俺に謝れ!!」
俺達の戦いに、剣も魔力も女神の力も必要ない。必要なのは、拳と熱い心だけ。
自らのオタク心を拳に乗せ、全力で振るう。ただ、それだけだ。
* * * * * * *
「ぐ、はあっ!!」
「はあ、はあ……」
それから、どれくらい殴り合っていただろうか。
漢同士の、自らの推しを賭けた戦いの勝者は……俺だった。
「はあっ、なんだこれ……魔王がヒロインじゃなくて主人公に倒されるとか……シナリオ崩壊もいいところだろ」
「ギルメイド……」
光に包まれ、消滅していく漢に、俺は呼び掛ける。
「なんて顔してんだよ。お前は正面から正々堂々俺に勝ったんだ。胸を張れよ」
「……」
「クッ、いいんだよ。聖天使モードのアルメナを見れないんなら、変に生き足掻く理由もないしな」
そして、フッとどこか遠くを見つめるような眼をすると……
「アルメナのこと、任せたぜ……主人公」
「ああ、任せろ……魔王」
俺の言葉に、満足したようにフッと笑って……魔王ギルメイドは、消滅した。
こうして、長い戦いの末に、遂に人類は救われた。
……の、だが、
「あの~アルメナさん? アルメナさんや~い」
「ふ~んそっかぁ、私いらなかったんだぁ。私、いらない子だったんだぁ。ふぅ~ん、そっかそっかぁ」
最後の最後。これまでのあらゆる苦難が報われるはずの最終決戦で全てを俺に持ってかれ、気付いたら全てが終わっていたアルメナは……なんか、別の意味で闇堕ちしてしまっていた。
瞳孔開きっ放しでなんかぶつぶつ言いながら、一向に暗黒騎士モードを解こうとしないんだが……むしろ、闇のオーラが強まってる感すらあるんだが……魔王よ、これどうすればいい?