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貫(つらぬく)  作者: 浮世離れ
第二章
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大地(新)②

油断していると待ちに待った喜びという感情が声に乗って表に出てきそうだ。


樹林総合第一病院。

過去父さんの職場だった場所。

父さんがまだ仕事をしていたころ何度が訪れたことがある。

その時は大きな総合病院の一つに過ぎずそれ以上の感情はあり得なかった。


僕はニヤリと笑う。

長い学生生活を終え僕はとうとうこの敷居を跨ぐことになる。


(さて喜びに浸るのはここまでにしてスタートを切ろうか、父さん。)


朝焼けの日差しを浴びて病院を見る僕の影はきっと悪魔のような姿であっただろう。

抑えきれない武者震いを隠すことが出来ないまま僕は職員玄関を通り中へと入っていった。


「おはようございます。」


朝の挨拶が飛び交う。

今日は新卒の医師、看護師他、樹林総合病院にこれから携わる新入職員が第一病院、第二病院関係なく一同に顔合わせとなる日。

軽く挨拶すると早々に朝礼が行われる会場へ向かう。

すでにそこは人口密度の高い場所となっていた。

一般公募と公には名乗っている病院。

しかし蓋を開けてみると僕が通っていた学校のクラスメイトがそのまま繰り上がりで全員同じ職場へ就職してきたような顔ぶれである。

事前情報を知っている僕としては何ら驚きはしないのだが。


(一体、今日という日の為にどのくらいの金と涙がこの病院に流れたんだろうな。)


誇らしそうな先輩医師を見れば見るほど反吐が出てくる。


父さんが亡くなり僕はこの病院との繋がりを断たれた。

内部の組織がどんな地図になっているかは未知数だ。


僕はこの病院の為に尽くす気はない。

敵は本能寺にあり。

慎重に行動しなくてはいけない。


「定刻となりましたので、そろそろ始めさせていただきます。」


司会が進行し始める。

初めは理事長からの挨拶。

森風子もりふうこ理事長、女性のようだ。


(そういえば父さんの葬式に来ていたな。当時は院長だったような、、理事長に出世したのか。)


見覚えのある顔に少々緊張する。

相手は恐らく自分など気にもしていないと思うのだが。

理事長の話は残念ながら予想を裏切る。

上辺だけの綺麗事を並べるのかと思いきや、自身の立ち位置を偉ぶることもなく、患者への誠実な対応について、現場での泥臭い話、病院で働く職員への感謝。

関係者へのフォローなど弁別のある丁寧な内容だった。


(なぜ、このような人が長に立っているのに?)


僕は少しばかり憤り逆恨みをした。

森理事長という女性は話を聞く限りでは裏表の存在するような人ではない気がする。

だからこそ、この人が何とか対応出来たのではないか。

次に院長が続く。


石火矢雷炎いしびやらいえん院長。見覚えがないな。しかし石火矢という名は覚えている。恐らく弔電と香典で済ましていたはず。今、院長だとしたら前は副院長だったのだろうか。


院長が参列して、副院長が参列しない。

今思えば妙な話に思える。


(なにか参列できない理由があったのだろうか。それとも単に役職者ではなかったのか。)


当たり障りのない話が続く。

周りに視線を向けるとさも退屈そうな表情が並んでいる。

恐らく挨拶として設けている時間は理事長も院長も同じ位だと想像するが、こうも時間の長さが異質に感じるとは、これも一種の相対性理論に基づくものなのだろうか。

院長の取るに足らない話に時間を奪われなお関係者の話が続く。

外科部長の欠席につき医事長が挨拶をするそうだ。


東海林烈火とうかいりんれっか医事長。知らないな。どことなく、院長に似ていないか。)


えらい若く見える。

ただ単に童顔なのか、若くして才能ある持ち主なのか。

東海林の話や話し方はとても印象に残るものだった。

言葉の節々に人を慢悔しているような、それでいながらナイーブな矜持を以って話をしている。

下手に包んだ中身に強烈な野生を感じる男。

ここにいる誰もがこの男の印象は自信家であると同時に下手に触れると危険な香りを感じたであろう。


(どんな職場にも一人や二人はいる人種だと思えばそれまでの話なのだが、、)


時代は変わった。

もう仕事の価値観は終身雇用という流れを失っている。

この男の影響で辞めていく職員もいるだろうと容易に想像がつく。

東海林医事長の話は終了し、簡単に病院のシステムを説明する担当の人間が話し終えるとようやく朝礼は終了する。


(ふぅ、、ひとまず何とかなったな。)


ぞろぞろとこれからの希望や絶望、展望や回顧の生まれた流れの中に身を潜ませこの場から離れようと移動する。

どうも誰かの視線を感じる。

ここで面倒に巻き込まれるのは御免だ。


「あの・・あなたが当摩さん?」


まだ会場から出ていない状況で後ろから声をかけられる。

視線の持ち主だろうか。


「チッ・・」


(目立ってしまうだろうが。)


つい舌打ちしてしまう。

この場は聞こえていないフリをして足早に会場から出ることにした。

会場から抜けると、こんどは逆に歩調をいつもの以下に落とす。

返事を行わなかった恩恵により当摩が誰だが理解されていない雰囲気だ。

僕は注目されることもなく、参列していた同僚に次から次へと抜かされていった。


(全く、、あんな場所で、、)


もしこれから付き合わなければいけないなら気を付けなくてはいけない。

これから多くの情報を収集するために動くことになる中でいきなり目立つのはまずい。


「先程はごめんなさい!私、人違いでした。」


後ろから女性の声が聞こえる。

謝罪のようだ。


「失礼。お名前はなんていうんですか?」


僕は振り向き顔を赤らめた女性に質問をした。

女性は唐突に想像もしない質問に対し少々驚いたが答える。


「あっ・・私、白雪真白しらゆきましろって言います。えっと、第一病院配属の。」


(白雪真白。第一病院所属か。)


「僕は当摩と言います。良ければちょっと場所変えて話しませんか。」


今日一日の流れはいつもより長い朝礼を行い、これから実際に現場へ移動し顔合わせとなるわけだが、実働前に少しの休憩が設けてある。

ここは有意義に使われてもらおう。


「あっ!はい、そうですね。わかりました。」


白雪は笑顔で答える。

しかし休憩とはいっても本来の使用方法としてはお手洗いなどの目的であろう。

僕は白雪に本来の使用目的について気を使い中庭での合流を進めた。

白雪は頷くと小走りで去っていく。


(さて、、どうしたものか。)


僕は春へと着実に変化していこうとする空を廊下の窓から眺めながら考えを巡らせた。

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