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貫(つらぬく)  作者: 浮世離れ
第一章
30/60

鳴海京介④

よくある話かもしれない。


私の家族、鳴海家は私にとって最初の試練であり、今思い返せば苦しむにはじゅうぶんな環境だった。

私の父は小さな会社を運営していた。

医薬品の卸業。

扱う商品が希少かつ高価なものだったので売り上げもよく比較的裕福な家庭環境だった。

従業員数も小粒な会社としては多い方であったであろう。

時代は変わり需要が減る。

すると利益が減る。

当然従業員も減る。

人件費なども今まで以上に重くなる。

あっという間に会社環境は荒廃の一途を辿った。

私は予てから医学の道を期待されていた為、通っている学校も一般の家庭では遠く及ばない教育費用がかかっていた。

負担は二重になる。

転落は早い。

家計は一気に火の車となり、それでも維持しようと減った分のマンパワーを父は懸命にカバーすることとなる。

そこにかかる心身のプレッシャー。

ある日父は、寝る間も惜しんで仕事をした結果、居眠り運転に陥り他人と仕事そして人生を亡くしてしまう。

残ったのは多額の借金だった。

人が変わった父は、私に暴力を振るうことでストレスの昇華し、そして助けを求め味方になってくれるはずであろう母は冷たく傍観したあげく、ストレスにより精神を病み、私の存在を理由に自ら私の目の前で自宅ベランダより投身自殺を図った。

孤児になった私は犯罪者の子供として社会環境からも蔑まれて過ごす。


よくあってはいけない話かもしれない。


星波教授の墓参り当日はやはり雨だった。

私は車を運転しながら昔話を思い出していた。


(私は、、ここまできたのだ。もういい加減、光が射し込んでくれてもいいだろう。)


当たり前のことだが待ち合わせの時間よりも早く到着する。

迷惑をかけまいと正門で待つことはせず、何かと煙が立たないよう少し離れた場所で待機することにした。


(なんだか昭和っぽい感じだな、、一様平成生まれなんだが。)


私もだいぶ余裕が出来たのだ感じる。

どれもこれも月さんと出会うことが出来たからかもしれない。

星波教授から見せてもらった写真をみたあの日から。


15:00ジャスト。

正門から可愛らしい傘を差した女性がキョロキョロ周りを伺っている。


(月さんだ!)


油断すると声が出そうだ。

私は車をゆっくり前へと前進させた。

月さんも気付いたようでゆっくりと私の車に向かってくる。

近づいてくるそのシルエットがはっきりしてくればくる程、私の胸の鼓動も大きくなっていく。

私はギアをパーキングに変えると、運転席から降りた。


「月さん、こちらです。」


私は傘を差すことも忘れ月さんへ声をかけた。

月さんは慌てて、運転席に入ってと言わんばかりのジェスチャーで答えてくれる。

そして小走りで助手席へ近づいた。

私も運転席へと戻る。

窓越しでお互い軽く会釈をすると、月さんは運転席へと入ってきた。


「こんな雨の日にお願いしてしまってすみません。濡れませんでした?」


私は月さんを気遣った。


「大丈夫です。車、正解でしたね。」


月さんが笑う。

高校生とは思えないような女性の魅力を感じる。

きっと私のレンズだけがそう見えているのではない。

そう思う。


私たちは学校から車で30分程の高台にある墓地へ行き、星波教授のお墓参りを済ませた。

帰路、私はお礼にと月さんをお茶に誘い月さんの自宅近くの喫茶店へと寄った。


「それじゃあ、月さんは美容関係を目指そうとしているんですか。」


まだ高校1年だというのに早い人はもう進路の話題が出てくるとのことだ。

なんとも懐かしい話題に花が咲く。


「通っている美容院もありますし、たまに雑誌を見たりして興味を持ったんです。鳴海さんもお医者さんの道を目指そうとした切欠とかあるんですか?」


医師への道。

私にはもうそれに縋るしか道は残されていなかった。


(でも、あんまり素直に言うと重いだろうか、、少しライトに、、でも話そうか。)


私はこの人だったら聞いてくれるのではないだろうかという甘えのもと、少なからず私の引き出しを開けた。

私の本心はきっと聞いてほしかったのだと思う。


「大変だったんですね。・・こんな言葉では片づけることが出来ないほど辛いことがあったのに・・最後には目標を実現されて・・凄いなぁ。」


私はすぐに重苦しい空気を払拭する。

きっとそんな空気にはなってはいなかったのだが、申し訳なさが先走ってしまい勝手にフォローを入れてしまった。

しかしそれ以上に受け入れてくれただけで、もう私の心はこのたった一言、一コマ、一人の人により報われてしまったのだ。

言葉にできない幸福感に満たされる。


「今はお父さんがいた病院でお仕事されているんですよね。有名な病院じゃないですか。きっとお仕事が出来るから呼ばれたんですよね。」


そんな風に言われたのは初めてだな。

褒められるなんてこと一体どの位ぶりだろう。


「そんなのことないですよ。今の病院に行けたのは本当にラッキーなことです。今の院長に声をかけられてね。そこには星波教授もいらっしゃって。とても恵まれた環境で仕事が出来ていることは幸運だと思います。こんな内気な性格じゃぁ、大病院にアピールするなんてとてもとても。鳴海京介の人生中じゃ到底無理ですよ。」


そう幸運だ。

私は主観的にも客観的にも自分に特別な能力など存在しない。

ごく一般的な、気の弱い性格の普通の医師だ。


「ふふふ。あんまり謙遜されなくても。でも私、ちょっと意外でした。お医者さんて皆、自信たっぷりで強気な方が多いのかなって思っていたから。勝手なイメージでごめんなさい。」


月さんが笑う。

とても嬉しい。


「いやいや。医師も人それぞれってことですよ。勿論、外科医としての自信がないっていう訳じゃないけれど!でも・・もう少し星波教授の元で働きたかったかなぁ。本当に偉大な方でした。知識、技術、そして何よりお人柄。外科部長としてのポストの枠など当に越えた存在でしたよ。到底たどり着ける場所じゃない。」


(本当にその通りだ。この若さ、いやこの程度の能力でたどり着けるポストではない。)


「お父さんのことそんな風に思ってくれてありがとうございます。あんまりお父さんは仕事の事を家庭に持ち込む人じゃなかったからお父さんの事が聞けて嬉しいです。きっと鳴海さんが引き継いでくれたこと喜んでいると思いますよ。」


月さんの一言、一言は私に温かさと勇気と癒しをくれる。

本当に素敵な時間を過ごせていることに感謝を覚える。

幸せな時間はあっという間に過ぎ、その後月さんを自宅まで送ると帰路につく。

一日雨は止むことはなかったが、私の心の中は雨がやみ、光が射し込み始めていた。

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