鳴海京介①
「月さん・・私は・・」
私は思わず呟く。
星波教授の死により私のネームプレートは新しいものに変わることが決まる。
鳴海京介外科部長。
まだ正式では無いとはいえ同僚からからかい半分そう呼ばれると馴染みの無い肩書に戸惑いを感じる。
星波教授の死はこの病院にも深い悲しみと動揺を与え、収拾が着くまでには長い時間を要した。
誰もが星波教授のことを尊敬し、敬愛していた証拠と言えよう。
そんな人の肩書を預かってしまった事に改めてプレッシャーを感じずにはいられない。
病院が落ち着きを取り戻して間もないある日、私は理事長に呼ばれ急ぎ足で理事長室へと向かった。
(理事長か。)
会社の組織で言えば会長のようなものだ。
今のポストでも滅多に会うことはないだろう。
ましてや二人きりで会うなどとは。
正直なところ私としても今回が初見だ。
噂はかねがね聞いているが、とても人望の厚い、頭の切れる女性だと言う。
加えて星波教授の事を誰よりも買っており全幅の信頼を寄せていたと聞く。
私には気になる事がある。
それは、理事長に私の事をあまり知られていないのに昇進承認をいただいたということだ。
会うことが滅多にないのだからそれは当然なのではと思いきや、我々この病院で職務に当たる医師の情報は半年を一回として理事長の元へ届けられる。
その情報と、人事会議で決まった昇進理由の情報が合わさって初めて理事長からの昇進承認が下りる仕組みになっている。
人事会議。
理事長は特例を除いて出席せず、幹事は院長かもしくは代理で副院長。
出席者は各々職務担当長。
その人事会議で決まった内容は理事長へ届き、承認を得ることで可決する。
私のこの肩書は今回の人事会議で副院長から院長になったばかりの石火矢院長からの猛プッシュがあり決定した。
そして理事長まで届いた内容は滅多なことがない限り受理されない事は無い。
星波教授は長いこと外科医としての職務を全うされ、沢山の輝かしいキャリアを発信し続けていた。外科部長への昇進承認に理事長は何の異存もなかっただろう。
とどのつまり私には、理事長自身の算定基準となるような輝かしいキャリアも発信出来てなければ職務経歴も短いということだ。
理事長室の前に立ち私は生唾をゴクリと飲んだ。
そして、意を消してノックする。
「遅くなりました。外科の鳴海です。」
「入ってください。」
ドア越しから静かなトーンで声が聞こえた。
その深い声がさらに私の心拍数を上げる。
「失礼いたします。」
私はドアを開けた。
奥に座っているのは紛れもなく理事長だ。
ジッ、、と見られた目線を私はあろうことか反らしてしまう。
そして慌ててドアを閉めた。
「そんなに緊張しないで。その椅子に腰かけてください。」
理事長はそういうと私が落ち着きを取り戻すまで時間を設けてくれた。
「幾つか質問があるのですが聞いてもいいですか?」
変わらず同じトーンが続く。
「はい、大丈夫です。」
私は自分に言い聞かすように答えた。
「星波先生がお亡くなりになられた事は存じていると思いますが、生前先生になにか変わった事などありました?」
(やはりこの事か。)
想像はしていたので狼狽えることはなかった。
「同僚として警察からの聴取もありましたが、そういう事は見受けられませんでした。」
理事長は表情一つ変えずただ黙って聞いていた。
「そうですか。今回、鳴海先生が星波先生のポストを継ぐと人事会議で決まったのだけれど、鳴海先生は今回の昇進についてご納得して頂いているという事で良かったですか?」
「はい。直属の部下として星波教授の輝かしいまでの職務を目の当たりにしております。なので星波教授のポストですからプレッシャーが無いとは言い切れません。ですが推薦して頂いた以上、尽力を尽くしたいと思っております。」
私は語気を強くし答えた。
「そう。わかりました。前向きに捉えてくれているのならば私としては嬉しい限りです。あまり気負い過ぎないで下さいね。」
思いがけない労いの言葉に私はふと胸を撫で下ろす事が出来た。
「最後に、現在の職場内にて私に相談したい問題などありますか?」
(問題、何か、、知っているのか。何かを試されているのだろうか、、疚しい事など何も、、ないのだ、、いけない!!)
私は理事長の言葉に少しでもつまりを見せてはいけない。
すぐに現実に戻り答える。
「少し思い返していたのですが、比較的良好な職場ではないかと思います。」
私は如何にもというような回答が精一杯だった。
「わかりました、ありがとうございます。職場環境については、引き続き私も気にかけていきますので今後も多方面について協力お願いしますね。」
私は挨拶をすると、理事長室を後にした。
無表情の私の心は安堵とともに精魂尽き果て、荒廃しているようだった。
浮つき、地に足がついていないような感覚の足を無理やり動かし、私はエレベーターへと乗り込む。エレベーターは理事長室の一つ下で止まり一人の男性が乗り込んできた。
「お疲れさん。」
そう言うと乗り込んできた男性に肩を叩かれた。




