プロローグ①
僕の前にそれはあった。
もう父さんではない。
縄に繋がったまま、力なく垂れさがっている {なにか} だ。
そしてもう愛すべき尊敬する対象はいなくなってしまった。
その時からの記憶は曖昧だ。
衝撃が大きすぎてただその光景を目に映し出すこと以外しかできない。
頭が空っぽになる。
そう思えるうちは頭の中にはまだ何か残っていて。
きっと後から思うと{なにか}のことを考えていたのだろう。
意識できるまでどのくらい時間は過ぎたのだろうか。
虚ろな記憶の中によく見た人間。
たまに見る人間。
見たこともない人間。
空虚な時。
今まで感じたことのない時間の流れが無慈悲に僕を襲った。
それほどまでに {なにか} は僕の中で偉大で寛大で憧れでずっと僕を支配していたのだと。
途方もない時間の中で僕は思い知らされた。
(涙が流れない、、)
どの場面でも涙が流れなかった。
(悲しくないわけないのに、、)
そう思った瞬間僕は意識を取り戻した。
いや、僕という人生を取り戻したというべきなのかもしれない。
「僕の生き甲斐だったのか・・」
いつの間にかそう呟いていた。
隣に座る僕の顔に似ない男が呟く僕を怪訝そうな表情で見つめている。
「大地、大丈夫か?ずっと暗い表情だったし心配していたんだよ。」
「お兄ちゃん!?よかった・・ずっとだんまりだったから・・よかった・・」
(ああ、、心配されていたのか?)
そんなに憔悴した顔で心配されたらこっちが困る。
(葬式か、、誰の葬式だ?星波家、、あぁ、父さんの葬式だ。葬式の会場に僕はいて、これから葬式が始まるんだっけか、、)
目の前には父さんの笑っている写真がある。
こんな笑顔、僕は見たことがあるだろうか。
時折涙を拭いている人。
神妙な顔で頭を垂れている人などがいた。
(こいつら脳みその中では本当はどう思っているんだろうな、、)
生き甲斐を知り、生き甲斐を失ってしまったことに気づいた僕はおおよそ怒りや憎しみを通り越した無の感情によってそんな愚かなことが気になってしまった。
見ると時計は19時より前を指していた。
まだ葬式が始まるまで時間があるだろう。
「少し夜風に当たってくるよ。」
そう言うと僕は席を立ち会場の外へと出ることにした。