2.
「広っ!!」
ケイシーとやってきた講堂には椅子が並べられており、既にちらほら新入生が腰掛けている。新入生は毎年例外なく四十名。少ない人数の何倍もの広さにアレンは度肝を抜かれた。
「席は自由らしいし一緒に座ろーぜ」
「うん」
またもやケイシーに引っ張られ、二人は後ろの方に座った。ケイシー曰く「あまり前の方だと寝ちまった時バレんだろーが」だそうだ。今朝の魔力切れの事もあるし、寝てしまいそうというのはアレンも同じだった。
「あの、隣座っても大丈夫ですか……」
肩まで伸びたピンク髪がゆるふわカールしている少女が、アレンの顔を伺ってモジモジと聞いた。断る理由もないのでどうぞ、と言うと勢いよく頭を下げられる。ゆっくりと椅子に腰かけた少女からはフルーティないい匂いがする。
「あの、お二人は魔術師の家系…じゃないですよね、貴族の方ですか?」
少女は恐る恐るアレンとケイシーの顔を見て聞くと、二人は首を振って「極普通の男の子です」と答えた。
「そうなんですね、わ、私は魔術師の家系なんですけど、小さい頃から病気がちであまり外に出たことがなくて。それで、知ってる人もいないので不安だったんです。良かったらお友達になって頂けませんか…?」
少女が瞳を潤ませてこちらを見つめた。ケイシーもアレンも少女と同じく知り合いなどいない。そのお願いに快く了承すると、少女は顔をパァっと明るくさせ「私は"マリー・クラーク"です!よろしくお願いします!」と微笑んだ。
「あ、そろそろ始まるんじゃねーか?」
気付けば講堂に新入生が集まっていて、教員と思われる人や、人ならざる者も横に鎮座していた。
ざわついていた講堂内は次第に静かになり、やがて壇上に一人の男性が現れた。
『えー、それではこれよりボーラムの入学式を始めます。新入生の皆さんは座ったままでいいですよ。私は理事長のジェフ・ギルバート。こう見えて白クラスの更に上、クラウンの一人なので私を倒してやろうとか考えないようにね』
ジェフ・ギルバート。白髪で腰まで長く伸びた髪を靡かせてにっこりと笑顔を振りまいた。
悠々とした雅な雰囲気と同時に、この人に逆らってはいけないという恐怖心がアレンの背筋を伸ばさせた。
『あはは、とは言ったけど基本的に生徒には優しくするよ!私のかわいいかわいい生徒だからね。さてさて話が逸れたね〜、これから始める入学式は君たちにボーラムの仕組みを分かってもらうための説明会みたいなものだ。長くなるけど良く聞いてくれよ?』
パチン。ジェフが指を鳴らすと壇上には二体のマネキンが現れた。
一体は男子の制服を着用していて、もう一体は女子の制服を着用している。
『見て分かるね、まずは制服の説明からしちゃうよ。今君たちが着ている制服は、これから三年間着用してもらう制服だよ。制服の他に学校で用意した運動着もあるけど、それは寮の自室に置いてあるから後で確認してね。サイズは体の大きさによって自由に変形する魔術着で、男子はズボン、女子はスカートが基本。だけど男子がスカート履いても女子がズボン履いても校則違反ではない』
好きなように着てね、とジェフがウィンクする。ふむ、制服の着用自体は規則のようだ。あくまでもスカートかズボンかが自由なだけらしい。
『ちなみにうちにリボンはないから全員ネクタイ!まぁこれに関しては付けてもつけなくてもいいよ!さて、次!ローブと帽子について。君たち新入生の代は帽子もローブも深緑で固定ね、二年生は赤、三年生は青だよ~。課外授業や実技授業では必ず着用すること。いいね!』
ローブと帽子には軽い防御魔術がかけられていて、何かあった時のために必ず着用すること、との事だった。これから三年間身を守るためにも制服はきちんと着用しよう。
『はい、制服に関してはこれでおしまい!次は学費について!これは簡潔に言うけど学費というものはうちにはない。優秀な、将来を担う若者を育てるための学校だからね。けれどその分私たちには君達の"命の保証"は確実ではない。魔術師、魔法使いっていうのはこの世界でホシに選ばれなかった七割の人のために己の力を使う。故に、危険なこともあるだろう。けれどわかって欲しい、それを選んだのは君達だ』
つまり、自己責任だから諸々気を付けてね、ということだ。早くもこの先の生活が不安になったが大丈夫だろうか。
『はい終わり!次は寮について!!』
再び指を鳴らすと、マネキンが消えて今度は壇上にある大きなモニターが付いた。
モニターには寮であろう映像が流れている。
『ここが君たちの暮らす寮になる。男子と女子で寮棟がわかれてるから安心してね!男女で寮の違いは特にないよ!そしてそして、君たちに紹介するのが…』
『皆さんこんにちはぁ、女子寮の寮母兼三年のAクラス受け持ってまぁす。ミシェルでぇす!』
『コホン、男子寮の寮父兼二年のAクラスを受け持っているグレンだ。』
壇上に現れた二人の男女は、それぞれ挨拶をすると軽く頭を下げた。
グラマスな身体で全体的にぶりぶりしているミシェルと、いかにも堅物そうな男性グレン。正反対な二人だが、これからこの二人に三年間お世話になるのだ。心の中で「よろしくお願いします…」と呟いた。
『この二人は寮父と寮母でありながらこの学園の"三年生"をまとめあげるプロの先生だからね!苦労かけないようにね〜!』
1番苦労をかけてそうなのは貴方なのですが。と全員が思っただろうがそこは置いておこう。それからジェフは寮の説明をミシェルとグレンに任せると壇上を降りて行った。
ため息を吐いたグレンがマイクを受け取りモニターを見ながら説明を始める。
『あー、それでは説明を始める。これは男女共通だが、三年生は一階。二年生は二階。一年生は三階に部屋がある。原則二人一部屋!そして大浴場や食堂は全て一階。交流ルームは朝五時から夜の九時まで使用可能だ。それから____』
『寮についてる大きくて広ぉい自習室は対魔法術室だから強力な魔法を使っても平気よ〜ん!』
『…だそうだ。ちなみに自習室外での魔術使用は禁止。謹慎から退学まで考えておけよ』
その他の詳しいことはこの後寮で説明する、とグレンはマイクを置くとモニターがぱっと消えた。寮の説明はこれで終わりらしい。
「共同生活ってワクワクするな」
「ケイシー器物破損とかするなよ」
「ばーかしねぇよ!つーか同じ部屋になれたらいいなぁ」
ソワソワするケイシーを横目に、次に壇上に上がった人物を目にして驚いた。ワニのような顔に鱗に覆われた体。二足歩行でスーツを着ていることを除けば普通にワニだ。すげぇ、ワニじゃん!と隣でケイシーの声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。
『皆さん初めまして、生活指導のダイです。竜族の亜種で、クロコダイルの血が入ってます。まぁそれは置いておいて、この学校は基本三クラスに分かれていまして、優秀なクラスとそうではないクラスによって少しクラスの設備が変わっています』
何故なら、優秀な魔術師にはそれなりの設備で立派に育って欲しいから。ダイはそう言って話を続ける。
『つまり言いたいことがわかりますか?落ちこぼれに用はないって事です。それではこれよりクラス分け試験を開始します。全員起立!!』
ザワ、と行動がザワつく。
そして、新入生が全員席を立つとその瞬間椅子が消えた。壇上には再びモニターが現れ『クラス分け試験順位』というものが現れた。まさかリアルタイムで順位付けをされるというのか。最下位になったら盛大な恥ではないか。さらし首だ。
『一体一の簡単な戦闘試験を行います。全員真ん中を開けて。使っていいのは魔術か魔法のみ。器物破損と禁術使用した場合は状況によってCクラス確定か退学です。相手を参りましたと言わせるか戦闘不能にすれば勝利。それではまずメアリー・ゴドウィン、ケイ・ウィリアム前へ』
サァ。とひらいた講堂の真ん中に、金髪縦ロールの少女と短髪ボーイッシュの少女が前へ出た。展開の早さにアレンは戸惑っているが、流れに身を任せ試合を見てみることにした。
「貴女がゴドウィン家のメアリーですね、会えて光栄です」
「まぁ、口がお上手ですこと!ウィリアムと言ったら氷結系の術を得意とする古参の家系じゃない。もしかして煽ってるのかしら」
「まさか」
メアリーもケイもバチバチと火花が散る勢いで睨み合う。その光景を見ただけでアレンは「ひぃぃぃ!!」と隣のケイシーと抱き合った。
「あの二人…聞いたことがあります」
マリーが顎に手を当て呟いた。凄い人なの?と聞くと「はい、凄い家系の方です」と語彙のない返事が返ってくる。が、何となくあの二人の雰囲気を見ていても凄そうな気配は感じ取れる。
「確かゴドウィン家はゴーレムや岩石を操ったりする魔術魔法が得意で、ウィリアムは水や氷などを得意とする家系です。どちらも魔術師の界隈では名が知れた古くからある家柄出身の方達ですよ!」
マリーがかなり興奮した様子で語っていると、当の本人達に動きがあったようで全員が二人に注目した。
「ちゃっちゃと終わらせましょう!行きなさい私の可愛いベイビー達!」
金髪縦ロール少女、メアリーは何やら小さな石を投げるとそれはみるみるうちに百五十センチ程に成長し、岩のゴーレムになった。
「ゴーレムが二、三体出たところで何も問題ありませんね。ちっさいし」
「ちっさい言うな!!」
「"アイスソード"」
短髪ボーイッシュ少女、ケイはそう言うと右手から氷の剣を作り出した。ゴーレムは身長の割には重い足取りでズシンズシンとケイに襲いかかる。
「ゴドウィンの名が聞いて呆れる。その程度ではまだまだですね」
ケイのアイスソードは軽くゴーレムを切り裂き、気づいた時にはもうただの石ころがころがっていた。
「な、なっ…」
「次はあなたですよ」
「参りました………」
『ーーお見事。ケイ・ウィリアムの勝利。現在一位です。次、マリー・クラークとリオン・レスター』
ケイとメアリーは互いに会釈し、メアリーはとぼとぼと人混みに紛れていった。
そして次に呼ばれたのはアレンの隣ですっかり怯えきったマリーである。先程まで興奮した様子で試合を見ていたのに名前を呼ばれた途端小動物のようにビクビクしている。
「マリー、頑張って」
「は、はいぃ…」
「大丈夫かよお前…」
マリーは右手と右足を一緒に出してぎこちない動きで真ん中へ歩いていく。その姿に他の生徒までもがザワついた。
「君があのクラーク家の令嬢かぁ!会えて嬉しいよ!僕はリオン・レスター!お手柔らかに頼むよ」
「よ、よろしくおねがいしまひゅ…」
『それでは始め!』
ダイの掛け声を合図にキラキライケメン野郎、リオンが指を鳴らして手のひらに炎を纏わせた。というか指パッチンって流行っているのだろうか。
「炎魔術…!」
「行くよ、".バスター"」
リオンの手のひらから炎がドラゴンのようにマリーを襲う。マリーはそれを逃げながら躱し、「"プロテクト"」と叫び死角から現れた炎竜をシールドで受け止めた。炎から離れているアレン達にも熱風がかかり、試合の激しさを感じさせられる。
「君の得意術魔法は何?ただ逃げるだけじゃ負けちゃうよ!」
リオンは素早くマリーの背後に回ると炎を操りマリーを囲む。
マリーは間一髪でそれをくぐり抜けてリオンから距離を取った。
「私の得意術魔法は…」
「行けバスター!!」
「"プロテクトシールド"です!!!」
「なっ…」
マリーの周りに大きく厚い壁に覆われ、炎竜は止められた。その壁は直ぐに消えたが、リオンの炎を完全に止めていた。
「はぁ、はぁ、だけどこれ…使うと魔力切れるんでしゅぅ………」
パタリ。マリーはその場に倒れ込んだ。リオンの目がぱちくりと何度も瞬きする。
『マリー・クラーク戦闘不能、リオン・レスター勝利。次、ケイシー・クリストファーとサラ・ローレンス。前へ』
担架に乗せられ担がれて行くマリーを目で追った後、次に名前を呼ばれたのはケイシーだった。アレンはマリーを心配しつつ、次に試合へ出るケイシーも心配した。
ケイシーは深呼吸をすると前出てサラ・ローレンスと対面する。
「サラ・ローレンスです。よろしくお願いします。」
「おっしゃー!!やるぞオラオラぁ!!」
青い髪のサラはぺこりとお辞儀をした。開始の合図が聞こえ、まず最初に攻撃を仕掛けたのはケイシーだ。拳を握りしめサラに向かいかかっていく。
「魔術魔法以外は原則禁止ですよ」
サラは殴りかかってくるケイシーに怖気ずくことなく言い放った。それもそのはず、殴りかかられた拳はサラに届くことはなかったからだ。
「な、なんだこれは!!」
ケイシーの足にはどこからか生えている植物のツタが足に絡まり動かない。サラの元へ行くことも出来ない。
「殴りかかってくるなんて卑怯ですよ」
「はぁ!?真剣勝負だろーが!!」
「…はぁ、これだから平民は」
「大体俺がいつ魔法以外使うって言った!勝手に決めつけんなっっっっ!!!!」
ドゴォン。大きな音と煙が広がってそこら中で咳払いが聞こえる。
一体何が起こったんだ。アレンは目をこすってケイシーの状況を見た。
「俺は強化魔法が好きなんだよ」
ケイシーの足元のツタはへなりと萎んで、しかも床にはくぼみが出来ている。まさか、まさかこれを殴って作ったとは言うまい。
「そんじゃ自由になったところでーー」
『ケイシー・クリストファー器物破損で失格。勝者サラ・ローレンス』
「はぁ!?!?!?まじか最悪だ!!」
器物破損するなよ、と確かに寮の話の時に言ったがまさかここでそれを回収するとは。アレンはあちゃー、と頭を押えた。彼はフラグ回収の天才だな。戻ってきたケイシーは負けたというのに笑顔でアレンを見ている。ポジティブというか能天気というか。
『次、アレン・カーティス、そしてエリイ・スカーレット』
エリイ・スカーレット。その名を呼ばれた瞬間ヒソヒソと声が聞こえる。「あのスカーレット家の…」「相手の方可哀想」「エリイ様よ」「あいつ死んだわね」など、試合が始まる前から負け確定のような雰囲気にアレンは帰りたいと何度も呟いた。
「やったなアレン、次お前の番だぞ!」
「やだやだやだやだやだやだ帰りたい帰りたい帰りたい」
既に中心で仁王立ちし待ち構えている少女は「お前を戦闘不能にしてやる」という眼でアレンを見ている。これは確実に殺られる。今までの試合なんか比じゃない。
「ほらなに恥ずかしがってんだよ、行けって!」
「お前負けてたくせになんでそんな明るいんだよォ!!」
ポイとグレンに摘まれ中心に投げ捨てられた。ズサー、と滑るようにエリイの前に出るとたちまち周りから笑い声が聞こえる。最下位にならなくても既にさらし首だ。もう思い残すことは無い。
「お、お手柔らかにお願いします…」
「楽にいかせてあげましょう」
ーーそのいくは"逝く"ですか!?
エリイの手にいつの間にか発現した鎌がアレンに振りかざされる。ほんの一瞬だった。慌てて避けるが、避ける度に振りかざされ、これは少しでもミスったら死ぬと冷や汗が止まらない。
「ちょこまかと逃げるのね」
「逃げるでしょ流石に!!死にたくないもん!!」
楽に逝かされては困る。エリイは高く飛び空中からアレンの首を狙って鎌を振りかざした。
ーーやばいっ
間一髪で後ろに飛んでそれを避けたが、バランスを崩して尻もちをつく。
「もうおしまいです」
参ったと言うしかないのか、しかし落ちこぼれになるのはプライドが___
「…紙が…」
尻もちを着いた衝撃でポケットから紙が落ちた。これは確か朝に拾った紙だ。何が書いてあるのか読めずポケットにしまったのだがーー何故か今はそれが読める。
「早く参りましたと一言いいなさい」
「……エト、オピチュアール……」
「ーーなに?」
「ポディビセットコンタクト…?」
「ば、ばか!!その呪文は___」
紙切れに書かれた呪文を読めるからとただ口に出してしまっただけだった。そうなんとなくだったのだ。
その瞬間まさか目を覆うほどの光が講堂を包み、大きな爆発音と共に得体の知れない何かが現れるなんて思わなかったのだ。
「クハハハハ、クハハハハ!!!!!」
光が収まり、盛大な笑い声が講堂に響いた。講堂にいる教師たちが戦闘態勢に入り、生徒の前に立つ。
ーーもしかして僕今やばい?
頬を伝う汗が止まらない。
「余を呼び出したのは貴様か」
ゴクリ、唾を飲み込んだ。