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まさか禁術だとは知らなくて  作者: 早瀬真澄
1章:初めまして悪魔です
2/4

1.


深く暗い穴に落ちていく感覚と、その下から誰かが自分を呼ぶ声が頭に響く。

着地点が見えない恐怖と落ちていく感覚に吐き気がしてきて、これは夢だと何度も何度も自分に言い聞かせるが一向に目が覚める気配はない。ただ、ひたすら落ちていく。


ーー誰か助けてくれ


どっどっ、と鳴る鼓動が段々と早くなって、この先自分はどうなってしまうのだろうか、死んでしまうのか、それとも本当に夢で着地前に目が覚めるのか。

とにかく、この状況をなんとかしなくては。


「誰かーー」


伸ばした手が空を切って、瞬きをした瞬間視界に突然光が戻ってきた。驚いて目を何度も瞬きすると、漸く光に目が慣れて来たのか辺りを視認する事が出来た。


「……やっぱり夢だったんじゃないか」


身体を起こしてみれば背中や頭皮が汗で湿っているのを感じた。窓から差し込む光にほっとし、布団をはいで立ち上がる。汗で濡れた身体を洗わなくては。


そう思ってはいたのだが、部屋を出て真っ先に訪れたのは風呂場ではなくリビングだった。朝に自分より早く起きる母と父に挨拶しなければならなかったからだ。


「おはよ」

リビングに顔を出すと母がこちらを向いてにっこり笑った。父は新聞を読んでいる。

「まぁ、酷い汗!乾かしてあげようか?」

「いい、シャワー浴びてちゃんと洗う」

「そんな時間あるの?今日入学式でしょう」


母は時計をちらりと見て言った。母の言う通り、今日は"魔法技術専門学校『ボーラム』"の入学式である。全寮制の学校で、本日の入学式を終え一度帰宅したあと、翌日からは寮生活が始まる。


この世界では、魔術師になった人間は学校を卒業と共に殆どが旅に出る。そうして自分の力を高め、魔術師の最高位である『(ホワイト)クラス』を手に入れるために奮闘するのだ。



(もうあの子もそんな歳になったのね)

(本当。早いもんだな)

浴室に向かう途中耳に入る両親の会話に、そうか自分はこの家を出るのか、と今更寂しくなった。今日まで過ごした十五年間、長いようで短くあっという間だったな。


アレンは特別魔術に長けてるわけでもなく、両親が偉大な魔術師だった訳でもない普通の少年だが、幼い頃に出会った魔術師に憧れ、自身も魔術の道を選んだ。いつかその人に会えるように、そしてその人になれるように。


浴室の鏡に写った自分と目が合った。自分でも分かるくらいごく普通の少年だ。別段かっこいいわけでも、特徴がある訳でもない。これで魔力や技術面が優れていれば文句もないのだが、人生とはそんな楽に出来ていない。


「はは、ほんとなんでなんだろうなぁ…」


鏡に写る情けない自分の顔に思わず苦笑した。

これから通うことになる学校、ボーラムは合格率たった1%の超難関校だ。何故受かったのか今でもよくわかっていない。合格通知の伝書鳩が飛んできた時には両親と目を合わせ、これは夢か現実か確かめるため殴りあったものだ。


しかし、校章付きの伝書鳩が飛んできたということは偽物のはずがない。受かってしまったのだ。


極普通のただの少年が、魔術の学校に。


「目指すは最高位!白クラス!!」

ぱんっ、と両頬を叩いて気合を入れた。

(少し目標が高すぎたかも、と目標が後に訂正されたのはその後すぐであった。)







"魔法技術専門学校『ボーラム』"は魔法都市『クラーク』の中心に建てられた大きな城である。多くの魔術師見習いや魔術師の家系の子供はこの学校に入学し己を鍛えるが、毎年の新入生は例外なくたったの四十名しか取らない。

そのうちの約九割が魔術師の家系の出であり、残りの一割は貴族か又は多額の賄賂によって合格した所謂ただのボンボンだ。


アレンの自宅からクラークまでは箒で約三十分。道中には自分と同じく入学生である人物が多数見受けられ、全員が学校側から支給されている制服を身に付けていた。


深緑のローブと帽子、そして校章付きの箒。教材一式やその他必要なものは学校で配ると言っていたのを思い出す。


「すごいな、やっぱり皆魔術師の家系なのかなぁ」

「俺はちげーよ!」

「へぇー。実は僕もなんだー……って誰!?うおぉっ!!」


おっとと、箒から落ちそうになるのを支えてもらってなんとか元に戻る。隣に並んで空を飛ぶ少年が突然声をかけてきたのに心臓が飛ぶかと思った。飛ぶのは空だけにして欲しい。

アレンは少年に君も新入生かと聞くと見てわかるだろと笑われた。彼も深緑のローブと帽子を被っている。


「俺はケイシー・クリストファー。一般家庭に生まれた極普通の男の子だぜ!」

「僕はアレン・カーティス。一般家庭に生まれた極普通の男の子、だよ」

ケイシーは「よろしくな!」とニッカリ笑って手を差し出した。アレンはおずおずとそれを握り返す。


「にしてもよ、お前ボーラムに賄賂でも渡したのか?」

「え、ううん。うちにそんな金ないよ」

「だよなぁ、俺もまさか俺が受かるなんて思ってなくて、つい賄賂渡したのかと疑っちまったんだけどよ、そんな金ないよなぁ」


一般家庭だもの。そんな金があったとしても賄賂を渡してまでボーラムに通いたいとは思わない。何かすごい才能があるなら別として。


「ま、何はともかくこれからよろしくな!"アレン"!」

「うん、よろしくケイシー」

「なぁ!どっちが先に着くか競争しようぜ!」

「え!いきなりすぎない!?ちょ、ちょっと待ってよー!」

唐突に始まった競争に、先に猛スピードで進んでしまうケイシーを慌てて追いかけた。これは着く頃には酔っている気がする。





はぁ、はぁ、と互いに息を切らして顔を見合わせた。

無事にボーラムに到着したはいいものの、魔力と体力がかなりギリギリで、立っているのもやっとだった。


こんなことになるのなら競争などしなければ良かったと思うが、まだ十五の少年が二人。そんな我慢など覚えているわけがない。遊び盛りなのだ。

ボーラムの校門前で息を切らした新入生二人を見て周りにいる登校中の生徒たちはクスクスと陰で笑った。「どうせ平民の出よ」「貴族でも魔術師でもない一般家庭の生まれですもの、情けない」「みっともない」など、言いたい放題である。


「悪いな、俺が競争なんて馬鹿な事言っちまったから」

ケイシーは申し訳なさそうに眉を下げて言った。

「いや、楽しかったよ」


お世辞ではなく本当に。ありがとな、とケイシーが校門に向かって進み始めたので、その横をアレンも歩いた。歩ける程の魔力と体力は微妙にあるし、あとは入学式を乗り越えればいいだけだ。それさえ終われば帰る分の魔力は回復しているだろう。


「入学式の後にやる試験って戦闘試験らしいけど、呪文とか覚えてきたか?」

不意にケイシーがそう尋ねるので「試験?」と首を傾げた。というか戦闘って____


「魔術師としての優劣が付けられるんだよ。それでクラス分けがされんの。超優秀なやつが集まるエリートクラスがAで、その次がB。それで最後がCね、落ちこぼれって言われてる」

「そ、そうなの!?」

「あれ、知らなかった?毎年試験内容は変わるんだけど、今年は戦闘試験らしいぜ〜!マジ高まる〜!!」


全然高まらないのですが。アレンはそんなこと全く知らなかった。呪文どころか何も魔術の勉強はしていない。この話を聞いた今も普通に震えている。


「その戦闘試験って死ぬまで殺り合えみたいなやつなのかな…?」

「さすがにそこまではいかねーだろ!戦闘不能とかはあるかもだけどなぁ〜、ボーラム厳しいし」

「へ、へぇ……そうなん……だ」

「どうした?」


ひらり、 すれ違った女性から一枚の紙切れが床に落ちた。アレンはおもむろにそれを手に取る。声をかけようにもその女性はもう見当たらない。どこに行ったのかわからないが、今追いかければもしかしたら間に合う可能性はある。


「落とし物?」

「そうみたい。ちょっと届けて来るよ」

「もう入学式始まるぞ、後にしろって」

「え」


ケイシーはアレンの腕を掴むとそのまま引きずるようにして歩いた。ずるずると引きづられる中で、紙切れに書かれた文字を目で追った。


ーーあい、あー……読めない


不思議な文字で書かれたそれは、この世の言語とは思えないほど汚く、ミミズのような字であった。

アレンにとってはゴミのような紙切れだが、もしかしたらあの女性にとっては必要な大事な紙切れかもしれない。入学式が終わったら探して渡しに行こう。

アレンは紙をポケットにしまうと自分を引きずっていたケイシーに「自分で歩けるよ!!」と手を離してもらった。



頑張ります

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