魔物たちのハロウィン
――魔王城にて。
「魔王様、朝礼の時間でございます」
竜の頭をした魔大臣の言葉に、重いまぶたをこすりながら、魔王は頷いた。
「ふわあ……、低血圧な我には辛いものがあるな」
ゆっくりと自室の扉を開け、バルコニーを目指す。
魔王軍では毎朝、広場に城内の全軍を集め、朝礼を行う習慣がある。
魔王はバルコニーから毎朝小話をしている。
「今日の話のネタは何にするか……そうだ、プレミアムサタンデーだから早く帰るように、とかそういった話にしよう」
バルコニーに辿り着いた魔王は、魔イクを手に取り、階下を見下ろした。
「えー、本日はお日柄もよく……ええっ! 何だこれは!」
魔王は驚愕した。
それもそのはず、いつもなら広間を埋め尽くす魔物が一匹もおらず、代わりにいたのは、広間を埋め尽くす人間たち――それも、勇者、戦士、魔法使い、僧侶といった勇者パーティーの面々だったからだ。
「ま、魔大臣! これはどういうことだ! 大量の勇者に魔王城が攻め入られているぞ!」
魔王の言葉に、側にいた魔大臣が笑って答える。
「ハハ、落ち着いてください、魔王様。今日が何の日かお忘れで?」
「何の日だと? 10月31日だが、何の日でもないだろうが」
「まーた、魔王様ったら。10月31日といえばハロウィンですよ、ハロウィン」
「ハロウィンだと?」
魔王も言葉は聞いたことがあった。
確か、人間どもの祭りか何かだったはず。
子供が化け物の仮装をして街を歩き、大人に『お菓子くれなきゃ、いたずらするぞ』と尋ね回る、理解に苦しむ祭りだ。
「それは人間どもの習慣だろうが。それにハロウィンとこの勇者の集団が何の関係がある」
「かねてより魔王軍は娯楽が少ないと不評でして。人間どもの祭りを魔王軍にも取り入れることにしたのです」
「我に黙って決めるなよ……で、あの勇者集団は」
「人間たちは化け物に仮装しますが、我々は元から化け物なので。我らにとって化け物といったら何か、と考えたら、勇者の一団かなあ、と」
「なるほど……そういうことか。合点が行ったぞ」
魔王は落ち着いて勇者の集団を良く見てみる。
仮装と聞いたが、そこにいるのは勇者パーティーそのものに見える。
人間にしか見えない。
「いったいどういう仮装の技術なのだ? 魔物が化けているとは思えんぞ」
「それはこの、」
魔大臣が豪華な装飾の杖を取り出す。
「魔界の秘法の変化の杖で変身させました」
「秘法をこんなくだらんことに使うなよ!」
魔王が呆れていると、階下の勇者の姿をした魔物たちから声が聞こえる。
「はあー、マジで魔王軍ブラックだわー。マジ辞めたいわー」
「魔王様って良く見ると松崎し○るに似てるよね」
「魔王軍、敗色濃厚すぎてやる気出ませんわあ。今から勇者パーティーの仲間になろうかな」
魔物たちは口々に魔王への愚痴を言っている。
それを聞いた魔王は、憤怒の表情で魔大臣を睨み付けた。
「おい、何だあいつらは。皆殺しにしていいのか」
「まあまあ、魔王様落ち着いてください。ハロウィンではああいった言葉を許しているのです」
「どういうことだ」
「勇者たちが、魔王様をたたえる言葉を使っていたら不自然でしょう。
ですから、あのように魔王様に批判的な演技をしているのです」
「演技だと? 正直、本音にしか聞こえないが……」
「まーたまたぁ。演技ですよ、演技」
魔王はいまいち納得がいかなかったが、たまにはこういった息抜きがあった方が軍の士気向上に繋がるかと思い、それ以上追求しなかった。
「そういえば、人間どもの世界では『お菓子くれなきゃ、いたずらするぞ』がハロウィンの言葉だが、魔物のハロウィンではどうなるのだ」
魔王の素朴な疑問に、魔大臣が答える。
「魔物はお菓子もいたずらも興味がありません。より実用的なものを求めます。ですので、こうなります」
魔大臣はにやりと笑い、続ける。
「『殺されたくなければ、金をよこせ』」
「こわっ! ただの強盗じゃないか」
魔物たちのハロウィン、恐ろしい祭りだ。物騒すぎる。
勇者パーティーの姿をしたやつらが、そんな台詞を吐きながら、街の中を練り歩くとは、何て恐ろしい――
むっ? と魔王は気づく。
「魔大臣、良いことを思いついたぞ」
「どうされたので?」
「この魔物どもを、人間どもの街に解き放つのだ」
「街を襲うのですか?」
「いや、襲わなくてよい。ただ、ハロウィンのように振舞えばよいのだ。フハハハハ!」
◇◆◇
次の日、とある街の宿屋。
「勇者! 大変よ!」
焦った表情の魔法使いの言葉に、重いまぶたをこすりながら、勇者は答えた。
「ふわあ……、どうした魔法使い。低血圧な俺には朝は辛いぞ」
「世界各地で私たちが強盗として指名手配されてるの。どうも、私たちと同じ姿をした連中が、『殺されたくなければ、金をよこせ』とか言いながら街中を練り歩いたみたい」
「なんだって!?」
勇者があわてて二階の窓から外を見ると、階下には不信そうな顔をした街の人たちが、武装して宿屋を取り囲んでいた。
「くっ! 何とか脱出して、誤解を解かなければ。世界を敵に回すことになるとは。これもきっと魔王の作戦だろう。なんてこと思いつくんだ!」
勇者は嘆いた。
これがただ、魔物たちのハロウィンの結果であることは、知る由も無かった。