俺のお荷物(害虫)/私のダーリン(救い主)
「我に仇名すとは大したもの。しかし、所詮は…その程度。静まりなさい!永遠に!」
彼女の杖から発する光の帯を浴びせられた行く大蜘蛛が、どんどんと力を失い、小さく身を閉じるかの様に塊になって行く。
光を受け、虹色に輝く衣を身にまとった女性が一人。
手には先端に黒い宝石が付いた杖を持ち、その先から出る光で魔物を静めて行く。
「もうこれで今生の生を続ける事も叶わぬ。しかと内省し、来世を願いなさい。」
完全に動かなくなった大蜘蛛を見つめ、一つ息を吐く。
しかし、その背後。
女性の背丈以上に生える大葉の林から、新手が現れた!
「何!ここは、深遠なる魔境であったのか?不味い!今一度力を貯めねばならぬときに…。」
ガサッと現れたのは先ほどの蜘蛛より、さらに倍はあろうかと思われる大蜘蛛。
「くっ!油断した!」
いきなりその大蜘蛛が体当たりをぶちかます!
「きゃああ!こ、この…。」
咄嗟に杖からの光で防御の体制を取る女性。
しかし、大蜘蛛が再度体当たりをかけてきた!
「このままじゃ…危ない!どこか…どこかに…!」
杖を天にあげて、光の輪を広げた。
「届け!光よ!」
天に突き刺すかのように挙げた杖から光の輪が、見る見るうちに広がってはじけていった。
「はっ!はっ!はっ!」
トレーニングウェアを着て、川原の土手を走る川端孝太郎。
デスクワークで鈍った体を引き締めるためにもと、休日も早朝のジョギングを欠かさず続けている。
「うん…今日はいい天気だし…。帰ってどこかに出かけっかな。」
気持ちの良い朝のさわやかな空気の中を走っていた時、孝太郎の耳がキーンと耳鳴りの様なものを捕えた。
「なんだ?」
立ち止って、辺りを見回す孝太郎。
「なんだろ?変な感覚…。何か落ちてんのか?」
河原の土手から下の草ぼうぼうの空き地に降りていく。
「何だあ?これ…」
そこにあったのは…
足くらいの大きさの、てらってらな気持ち悪いナメクジ。
それが大きな蜘蛛と戦っておった。
「うええええ!気持ち悪い!なんだ?これ…」
しげしげと見つめる孝太郎にめがけて、そのナメクジがいきなり飛んで来たではないか!
「でぇえええ!来るな!あっち行け!」
ズバシッ!と、憎い程華麗なナイスキック!
ぴゅーっと粘液の虹の放物線を描いて飛んでいくナメクジ。
「うわあ!汚ったねえ!ばっち!」
足元の草むらで、さっきナメクジを蹴った部分をぐーりぐり。
「なんだったんだよ、あれ?朝っぱらから…恐ろしいものを見た…。」
せっかく気分良く走ってたのに…。くそっ。今日はもう出かけるのも止そう…。
気分を害した孝太郎、少しピッチ上げて自宅に戻って行った。
とあるマンションの一室。
こんこん!とその部屋のドアを小さく叩く音がする。
寝ころんで、マンガ見てる孝太郎。
いっこうに出る気がない。
てか、こんな休みにドアを叩く奴なんて勧誘とかに決まっている。
だから無視。
とんとん、とんとん と、ちょっと調子を変えてドアを叩く音。
ごろり~んちょと、扉に背を向け、スマホをいじいじ。
たん!たん!たん!たん!
イヤホン耳にぶっさす。
たたたたん!たたたたん!
きゅぃ~んっと、ゲーム機作動。
ようやく諦めたか…。しっかし…しつこい奴だったな…。
ぴんぽ~ん。とんとん。川端孝太郎さぁ~ん宅急便ですぅ~。
お、なんか頼んでたっけ?あ、母ちゃんからの仕送りか?
「あ、はい。ちょっと待って。」
印鑑もって、ドアをかちゃ。
「はい、って…誰も…。」
「はぁ~い、ここ、ここなのよ~。」
下を見た孝太郎。
なに?これ?
「やぁ~っと出てきたわねっ。私よ、わ・た・し。うふっ。」
しばし沈黙。
大きさA4縦サイズ、297cmくらい。
頭に二本、てれ~っとやる気なさげに垂れた紐の先に玉のついたカチューシャ。
光に反射して虹色になるドレス?みたいなのを身にまとい、杖を持った
ろくでもなさそうな…物体。
「なん…なの…か?」
「あらぁ~。もう忘れちゃったのかしらぁ?
河原の”運命の出会い”で私を見つめたでしょ?
美しいナメクジさん、覚えてなぁ~い?
私そのとぉ~っても美しかったナメクジさん、ナメクジ女神ですぅ~。」
ドアを一気に閉める!
「きゃぁ~!孝ちゃんきつく絞めちゃだめなのぉ~!
きつく絞めていいのは神社のしめ縄よぉ~!
女神さんを絞めちゃだめなのぉ~!」
勢い付けて閉めたドアの隙間に、その物体が挟まっておる。
しかし、とにかくぎゅうぎゅう締める孝太郎。
「う、うるさい、は、入るなって…。」
いきなりその物体がシュポンと扉から抜けて、部屋に転がり込んでしまった。
「ふぅ、ふぅ…。だめよ~孝ちゃん。女神さんを入れなきゃ、お話ができないでしょ?」
体半分谷折れになっておるその物体。
「出ていけ。いーから出ていけ。」
「せっかちはだめなのよぉ、孝ちゃん。
そんなにせっかちじゃ、女の子にき・ら・わ・れ・ちゃうぞぉ。」
べしっと雑誌で、はたかれる物体。
「痛いのよ~。乱暴はだめなの~。」
「たく…。何だよ?何か用かよ!」
「そぉれそれ~。その回答をまってたのよっ。
いい所に、毛が生えたわねっ。」
ごばーっとトイレが流されておる。
「いい所に気が付いただろがっ!」
「ダメなの!ダメなのよぉ~孝ちゃん!
ここに流していいのは、かみはかみでも、違うかみなのよぉ~!
女神さんを流しちゃいけないのぉ~!」
やっと落ち着いた孝太郎。机の上に物体をとりあえず乗っけた。
「で、どうして家に来たんだよ?」
「孝ちゃんとぉ、わたしのぉ~愛の印が二人を結んだのよっ。」
「はぁ?」
「あそこよ、あ・そ・こ。」
物体が指差す方向、玄関先に置いてあるランニングシューズ。
つま先の裏に、てらってらな粘液がくっついておる。
「マジかよ…。」
「もぉ~お、孝ちゃんってば。忘れんぼさんっ。うふふ。」
チッ…うぜえ…。
「でぇ?俺に用事ってなんだよ?たく。」
「もぉ~孝ちゃんったらぁ~。あのね~、私を命がけで救ってくれたおかげでねぇ~、お願い事特別に叶えちゃうっ!ってことなの。」
「願い事?」
「そうよ~お願い事。どんな事でもいいのよぉ~。」
「だったら、今すぐお前が消えろ。」
「孝ちゃんったらぁ~。恥かしがってちゃいけないのよ~。
お姉さん綺麗だからって、恥ずかしくて消えちゃいそうになってちゃ、だめだぞっ。」
ビチーン!と一発蠅叩きで叩かれる物体。
「ダメなの!ダメなのよぉ~孝ちゃん!
叩いていいのは神社で柏手なのよ~!
女神さんを叩いちゃいけないのぉ~!」
頭をガリガリ掻く孝太郎。
「願い事って、そんなに出てこねえよ。」
「もう、孝ちゃんったらぁ~。お姉さん、とってもサービスしちゃうぞぉ~。」
「じゃあ…、この…宝くじ当てられるのか?」
ぴらっと物体に見せる孝太郎。
「まっかせてぇ~。私を目当てに、たっくさん福がどぉ~んどん呼ばれちゃうのよぉ~。うふふ。」
「だったら今すぐ証明してみせろよ。」
「うぅ~ん、もう孝ちゃんったらぁ、せっかちぃ。私の全てがみ・た・いってことね~ぇ。」
がしゅ!っと物体の口に、机にあった定規を刺しこむ孝太郎。
「は・や・く・し・ろ」
「ひょ、ひょうひゃん、ひゃ、ひゃめなのお~。」
パソコン机の上に乗っかった物体。
「それじゃぁ~あ、いっくわよぉ~。」
それがぼわ~っと、鈍い光を発し出した
できるのか?こいつ…。まあ、あれだけ願い叶えるって言ってるし…。
しばらくして、ぷしっと光が切れた。
「よぉ~し。これで完了よぉ。孝ちゃん、見て見てぇ~。」
パソコンで当選確認サイトをぽちっと。
「番号入れて…当選…結果…。」
「孝ちゃん、わっくわくだね!」
ぱんぱかぱ~ん!当選おめでとうございました!
おお!すげえ!こいつやるじゃん。
5等1,129円
「ちょっとでも…期待した俺が…バカだった…。」
「ど~ぉ?孝ちゃん。1,129円、い・い・ふ・く!良い福なのよぉ~。
わたしの愛を感じたかしらぁ?」
うなだれたままの孝太郎。
「こいつ…使えねえ…。」
と、おもむろに腹が鳴る。そろそろお昼時なのである。
「あ~もう、飯、飯。」
「あらっ。孝ちゃん、お腹がすいちゃったのかなっ。
食欲が満たされたら、そのあとは~。
お姉さんを食べちゃってもいいんだぞっ。」
ドスッ!と机にあったマイナスドライバーを物体の頭に付きたてる孝太郎。
「きゃぁ~!ダメなの!ダメなのよぉ~孝ちゃん!
神様に立てていいのは誓いなのよぉ~!
女神さんにドライバーを立てちゃダメなのよぉ~!」
台所から机に飯を置いて、ただ黙々と食べる孝太郎。
ちらっ。
「孝ちゃん、あの…」
もしゃもしゃ。
ちらちらっ。
「孝ちゃん、おいしい?」
がつがつ。
じー…。
「孝ちゃん。」
「んだよ、何かあるのかよ?」
「もぉ~孝ちゃんったらぁ~。女神さんにお供えを忘れてるぞっ。」
くっ…こいつ飯食うのかよ…。
「はぁ~。何食いたいんだよ。」
「んー…とりあえずビールかなっ!」
卓上に置いてあったあじ塩を、一気に物体に振りかける。
「きゃぁ~!ダメなの!ダメなのよぉ~孝ちゃん!
神様をさらに浄化するって、前神未到な領域は怖いのよぉ~!
女神さんを一人で逝かせたらダメなのよぉ~!」
ったく…。
台所の立った孝太郎、冷蔵庫からビール一缶、ぷしっとタブを開けてグラスに注ぐ。
「おらよ。」
「んまぁ~孝ちゃんったらぁ~。んもぉ、愛されてるって感じちゃうぞっ。」
ぎりっ。
とん!と置かれたビールが注がれたグラス。
それを器用に抱え、傾けて飲み始めた物体。
んぎゅ。んぎゅ。んぎゅ。んぎゅ。
おい…こいつ遠慮なしかよ…。
「ぷは~。…げふっ。」
ぴきっ!
「くぉ、こ、孝ちゃん…。」
「なんだよ?」
「つまみ…。」
スパーン!と近くにあったスリッパですっ飛ばされる物体。
「きゃぁ~!ダメなの!ダメなのよぉ~孝ちゃん!
飛ばしていいのは神社の御賽銭なのよぉ~!
女神さんを飛ばしちゃダメなのよぉ~!」
「遠慮ぐらいしやがれ!」
「んも~孝ちゃんったら~。二人の間に遠慮なんかい・ら・な・い・ぞっ。」
ぎしゃっ!と机の上で、空き缶で押しつぶされる物体。
「ひょ、ひょうひゃん、ふひゃめらの~。」
まったくとんだ休日だ…と、台所で食器を洗う孝太郎。
今日は厄日か?
ちらっと後ろを振り返る。
一杯やっちゃったもんだから、テーブルの上でティッシュを腹にかけて、んごーっと大の字で寝ておる物体。
あのバカのおかげで…。
ふと孝太郎、少し部屋が暗くなってきた事に気が付いた。
「あれ?まだ昼間なのに…雨でも降るのか。」
台所の窓を開けようとした孝太郎。
「うおおおおおお!!!」
窓にびっしり!軟体動物らしき物体で真っ黒になっておる。
「ひゃああああ!な、な、な、なにこれ!!」
腰を抜かしてへたり込んだ孝太郎。
と、その時いきなり電話が鳴った!
「か、川端さん!大家ですけどね、今外に出ちゃダメだからね!保健所呼んだから、絶対に外に出ちゃダメだから!」
「大家さん!何が、何が起こってるんですか?!」
「うちのマンションの壁一面にヒルよ!ヒル!」
ぞわ~っと鳥肌が立って、どうしようもないくらい震え出した孝太郎。
「とにかく!出ちゃダメよ!他の皆さんにも言ってあるから!」
「わ、わかりました!」
電話を切って机を見た孝太郎。
「んは…。んへぇ~…。んご…んご~…。」
「起きろ!ボケナス!」
机がどかっ!と蹴りあげられ、吹っ飛ぶ物体。
「んふ~ん。こう、孝ちゃん~だめよぉ~。おはようのキスはぁ?」
「黙れ!おい、あの窓に張り付いてるのはなんだ!」
「んふ~ん?」
起き抜けでいまいち状況を理解できていない物体。
目をごしごしして、窓をぼやーっと見る。
「はっ!あれは…私を狙いに来たコウガイビル軍団!」
お前…狙う奴がいるってのに…。無防備にケツかいて雑魚寝してんじゃねえ!
「な、なんとかしろ!」
「あらぁ~孝ちゃんったら~。んもう、全力ぅ~400%シンクロでぇお姉さんを操りたいのねっ。」
「い・い・か・ら!早くしろっていってんだ!」
孝太郎に、がっしゅがっしゅ振られる物体。
「きゃぁ~!ダメなの!ダメなのよぉ~孝ちゃん!
振っていいのは神社のお鈴なのよぉ~!
女神さんを振っちゃダメなのよぉ~!」
「よぉ~っし…。」
物体が杖を天にかざした瞬間、どこからともなく現れた光の輪がその杖に吸い込まれた!
とたんに、ぽとぽとと外で何かが大量に落ちる音がし始めた。
「孝ちゃんにぃ~私はここよん!って愛のメッセージを飛ばした時、そのまんまにしちゃってたのぉ。
私の存在を知らせる光をもどすのを忘れちゃって、ず~っと遠くまでぇ飛ばしちゃって、天敵のコウガイビル軍団が察知しちゃってたのよん。」
「お前が原因なのかよ!このバカたれが!」
「あらぁ~孝ちゃんったら~。でも、こ・れ・で・もう愛のシグナルはぁ近くでキャッチ、だねっ。」
「ダメだこいつ…。使いものになんねえ。」
外の喧騒も静まった夕暮れ。
「もう願い事なんかねーから、さっさと帰れ。」
「あら~孝ちゃん、以外に淡白ねっ。お姉さん満足できないぞぉ。」
ずどん!と玄関先に置いてあった靴ベラを、物体の口に突っ込む孝太郎。
「ふぉーふゃん、ふぁめらをほー。」
「もーお願い事は、い・り・ま・せ・んから!」
「あら~残念だわ~孝ちゃん。じゃあ、お願い事はおしまいっ!」
はぁ~…やっとこの地獄が終わった…。
「じゃあ、明日の分があるから、考えておいてねっ。」
「待てよ、こら。願い事って…。」
「やだ~孝ちゃんの一・生・分よっ。こ~れから毎日、愛する人の為にお姉さんがお願い事叶えちゃうから~。」
最悪や…。
「でぇ~。どうするっ?お風呂?ご飯?それとも、わ・た・し?」
バシっ!