ライン←→ライン
それは一通のラインメッセージから始まった。
俺──三枝 彰が高校二年生に上がり、だんだんクラスにも慣れてきた五月二十日午後十二時の事だった。夜、俺がそろそろ寝ようかと思い、ベッドに腰掛けていると、
『リンゴーン』
と、携帯が鳴った。画面にはポップアップ表示が光っていた。そこには
『三枝君こんばんは』
というメッセージが「ひかり」という人から送られてきた通知が、表示されていた。
そのポップに触れ、トーク画面を表示する。すると、直ぐに続きのメッセージが送られてきた。
『今日の球技大会大活躍だったね! 凄いよ!』
……ん? こいつ誰だ? てっきり知り合いの誰かだと思ったのだが、画面上部には「追加」「通報」「ブロック」の表示が出ていた。と、言うことは初対面の奴か。ん~? クラスの女子かな? そう思い、クラスのグループへと移動。このグループにはクラス全員が居る。なのに、そいつの名前だけは無かった。
本当に誰だ? えーと…………
『褒めてもらったのは嬉しいよ。でも、誰?』
これでよしっと。直ぐに返信が来た。
『あ……いきなりでごめんね。一緒のクラスだよ』
はい? 一緒のクラス? え? え?
『え? でも、クラスのラインに居ないよね?』
『うん。ちょっとね、クラスのラインには別で入ってるの。ちょっと苦手な子がいて、このアカウント教えたくなかったから』
『ああ。なるほど。了解。じゃ、もう眠いし、寝るよ。また明日ね』
『うん。また明日』
我ながら簡単に信じ過ぎかな? と、思いはしたが。まあ、難しい事を考えるのは起きてからでいいや。
翌日
「なあ、幸平。ラインのアカウントって二つ持つことは可能なの?」
「急にどうした? なんかあったのか?」
俺の中学からの友達である西部 幸平が俺の質問に答えた。
「いや、さ…………」
俺は昨日の事を話した。
「で? 三枝はそいつを怪しいとすら思わなかったと」
「うん」
「なんで?」
間髪入れずに聞いてきた。
「何て言うか、敵意のようなものは感じなかったし」
「どうせ、お前の事だ。褒められて気が良くなったんだろ?」
「う、うう……」
流石に中一の頃からほぼ毎日、顔を合わせていただけのことはある。幸平は俺が思っていたことを、鋭く指摘してきた。
「まあ、そいつの事が詳しく分かるまではあんまり奥深い話はしない事だな」
「そうだね。でもさぁきっと、良い子なんだろうなぁ……」
幸平が頭を抱えてため息をついたが、無視しておいた。
その日は、これ以上例のラインについて話さなかった。
彼女からのラインは週末まで全く来なかった。
「りんごーん」
そのラインは、先週と全く同じ曜日の同じ時間に届いた。
『こんばんは三枝君。週末ももう終わっちゃうね』
来た……。
『こんばんは。先週は聞けなかったけど、君、何さんなの?』
『ごめんね。名前は証せないの』
『なんで?』
『前に話した子にばれたくないから』
『別に言いふらしたりしないよ?』
『それでも……ごめんね』
『そうなのか……リアルでも話したかったのに』
『リアルだと話すの苦手なんだ』
『そうなんだ』
『うん。あと、こっちからラインしといて悪いんだけど、もう眠くなちゃった』
その後に『Good night』と書かれたスタンプが送られてきた。
その次の週も、その次も、毎週同じ時間にラインが来た。俺は、初めに持っていた不信感など当に忘れ、毎週繰り広げたどうでも良い雑談に夢中になってしまっていた。
そのまま三ヶ月程過ぎた。毎週のたわいもないお喋りは未だに続いていた。現在──日付で言うと、八月二十日はうちの高校が後期補習を始める日だった。その日の朝の事、俺の元へ例の彼女からラインメッセージが届いた。初めて定時以外にラインが来た。
『朝なのにごめんね。補習何時からだっけ?』
ん? ああ。後期補習の事かな?
『九時からだよ』
『ありがとう! じゃあ、今日からお互い頑張ろうね!』
『おう!』
っと。俺は画面に指を滑らせ、返信をすると、家を出た。
後期補習初日は、部活の試合なんかと被っているらしく、何人かちらほら休んでいる生徒が見受けられる。
「なあ、幸平。俺、そろそろ例の彼女を突き止めようと思うんだ」
「ほう。どんな風の吹き回しだ?」
「いや、今朝さ、初めて何時もの時間以外に連絡が来てさ、何か彼女との関係を変えるなら、今なのかな?って思って」
「なるほど。まあ、いいんじゃないか? で? どうやるんだ?」
「まあ? ストレートに?」
補習後の、クーラーが止まり、むんとした熱気が立ちこめて来ている文系クラスの端で、俺と幸平は向かい合わせに座っていた。俺はごく普通に言った。
「いまから呼び出してみようと思う」
呼び出した場所は図工室。三棟ある校舎の一番南。本館と呼ばれるその棟の四階にある教室だ。
待ち始めてから早一時間。彼女は現れる気配はおろか、ラインの既読さえ付かないのだった。
もう来ないかな……そう思い、教室から出、和室の前を通り、階段を目指す。階段を下りようとしたと き、誰かが急に駆け下りていくのが見えた。おそらく女子生徒。判断基準は、スカートが翻ったように見えたから。
「待って」
気のせいかもしれないが、俺の気配を感じて逃げていった様に感じた。
追いかける。
追いかける追いかける。
追いかける追いかける追いかける。
一階にたどり着いたが、どこかで見失ったのか、女子生徒は何処にも見えなかった。ひょっとして今の子が…………? 俺の疑問は尽きなかった。
『で、逃げられた。と』
一応相談にのって貰った事だし、一部始終を話そうと、幸平にラインをしていた。
『う~ん? どうなんだろう? その女子が彼女と決まった分けではないし』
『いや、でも逃げたんだろ? ほぼ決定じゃん』
『いや、でもさ、俺の勘違いかもしれないし』
『そうなのか』
『うん』
この後、数回ラインでたわいもない事をした後、携帯の画面を消した。
夏休み明け、学校は段々学校祭ムードに染まってきていた。
「あ、暑い…………」
俺は体育祭用のシンボルと呼ばれる、巨大人形制作の最中だった。炎天下での作業はどんどんと俺の体力を削っていく。
「お~い! 差し入れだぞ~」
シンボルの顧問をしてくれている先生が、ジュースの入ったビニール袋を携えてこちらにやってくる。こんなくそ暑い日には、冷えたジュースが天からの恵みのように感じられた。
「ちょっと休憩にするか!」
シンボル長が提案すると、シンボル制作のメンバーが、ちらほらと日陰を求めて移動し出す。俺も日陰で、応援パートと呼ばれる、体育祭で、ダンスを発表するグループが流している音楽に耳を傾けながら、一休みする。
ふと、目の前を通って行った、地味目な髪型の女子生徒に目がとまる。
その生徒は俺の方をチラと見ると、少し駆け足気味に昇降口へ消えて行った。
三日ある学校祭の二日目、文化祭の日がやってきた。学校に着くと、どこからともなく模擬店なんかの、美味しそうな臭いが俺の鼻孔を突く。
お昼になった。食物部の出し物で食事を済まそう思い、俺と幸平は北館一階の調理室で座っていた。
「りんごーん」
うわっ! びっくりした。一応、学校祭の間、携帯の使用は黙認されはするが、こんなあ
からさまに連絡が来るとは……。
えと。で、誰かな~? 俺は携帯の画面に目を落とす。
『こんにちは。三枝君。文化祭楽しんでる?』
え? この子って……。
「なんだ? ラインか?」
「うん」
こくりと頷く
「ひょっとしてその子が?」
「うん」
更に頷くと、返事を打ち出す。
『楽しんでるよ! そっちはどう?』
『楽しいよ!』
「おい」
「ん?」
幸平が急に袖を引っ張る。
「あそこのあいつ。今携帯触ってるぞ。確か俺らと同じクラスのやつじゃね?」
「え…………?」
確かめようと思い、ラインを送ってみる。
『どこかお勧めの教室はない?』
『2-1かな?』
即答。目の前に座っている女子が、高速でフリック入力するところを、幸平が目撃していた。
「ほぼ決定だな」
「行ってくる」
「おい待て。もう少し様子を見てみよう」
「…………おう」
俺はフリック入力を始めた。
『2-1ってどんな出し物してるの?』
『ストラックアウト系の出し物だったよ!』
『そうなの?』
『うん。ちょっとミスしちゃって、ハイスコアは逃しちゃったけど、とっても楽しかったよ~/(^o^)\』
続けざまにスタンプが送られてきた。
「決定だ」
幸平が耳元で、ぼそり。と、告げてくる。
「そっか。じゃあ、いってみるよ」
じとっと湿った親指をスマフォの画面に滑らせる。
『ねえ、ちょっとで良いからさ、顔上げてみてよ』
目の前の少女──同じくラスの相楽 一美が顔を上げると、俺はにこっと笑いかけてやった。相楽は顔色をみるみる変えると、そのまま調理室を飛び出して行った。
これで良かったのかな? 俺はちょっと不安になった。
←→
見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた………………見られてしまった。
これでもう終わりだ……
楽しかったあのラインも終わりだ。
仄かに抱いていた初恋も…………終わりだ。
何もかも……全て全て終わってしまったんだ…………。
私は私の──相楽一美の頬に涙が自然と滴って来ていることに気が付いた。
「なんで……泣いてるの……」
「なんで……なんで……」
悲しさの涙は、他の感情を洪水の様に流していく。
残された感情。
孤独な孤独の感情は私の内部に沢山流れてくる。
何も出来なかった事に対する事への悲しさ。
彼に気付いて貰えたのに、にこりとも出来なかった自分に対する悲しさ。
そして何より……最後まで何のアクションも取ることの出来なかった自分の不甲斐なさに対する悲しさ。
「フィヨー」
不意に携帯から、口笛の通知音が鳴った。今の気持ちには全く似付かない、陽気な音だった。
『今どこ? 話したいんだけど……会えない?』
考えていた彼からのラインだった。
←→
ここは図工室。俺が事を始めようとした場所。ここ本館は文化祭の展示が殆ど無いので、閑散としており、通るのも道に迷った保護者が殆どだった。
「がらがらがらがらがらがらがらが」
図工室の戸が開けられる。泣いた後のように目を真っ赤に腫れさせた相楽が入って来た。
「よう! 相楽! やっと来たか!」
一瞬相楽がびくっとする。
←→
図工室には初めて入る。
がらがらと、戸を開けると、三枝君が既に待っていた。
「よう! 相楽! やっと来たか!」
びっくりした。てっきり私は怒られるもの、とばかり思っていたのに。
「う、うん。こんにちは……さ、三枝君」
三枝君はにこにこしている。私はそんな笑顔を見ていると、つい今まで思っていた恋心を思い出してしまう。私はつい、言葉に出してしまった。
「三枝君! あの、あのねっ────
←→
────もし宜しければ、僕と付き合ってください!」
お。おう! 俺!良くやった! 言えたぞ! や、やれば出来るじゃないか! 三枝彰っ!! なんか相楽が言おうとしてたっぽいけど、まあいいや! つか、やべぇ! 心臓のドキドキがとまらねえ! ドキドキドキドキ…………
←→
────もし宜しければ、僕と付き合ってください!」
はい? 三枝くん今なんて? 私、言葉遮られて何か言われなかった?? ん? よーーし! 一美よ! 深呼吸してみよか!
「す~~~は~~~~」
はい! 深呼吸終わり~! で? 今何が起こったんだっけ? ああ! そうだ告白されたんだ……誰にっ!?……三枝君に!?。
あーあーあーあーあーあーあーうーーーそーーだーー。きっと良い夢だそうなんだ。ギュッと頬を抓ってみる。あ……痛いわ……現実だわコレ。
そうとなれば私が言う言葉は一つ。
←→
「お願いします」
相楽の一言は俺の心を芯から温めていく。
夏のうだるような暑さとは違う、心地の良い暖かさだった。
「有り難う!」
俺は満面の笑みでそう言った。
「これにて文化祭を終了します。生徒は速やかに体育館シューズを持って、体育館に集合してください」
放送部のアナウンスが響く。え? もうそんな時間? 体育館ってここから一番遠いよね?
「おい! 急ぐぞ!」
俺は一美の手をぐいっと掴むと、夕暮れに染まる校舎の中を、一目散に走って行く。何だか体は軽かった。
それまでの事と、これからの事。
「で? あの後どうなったんだ?」
すっかり暗くなった帰り道、俺は一美と家が真反対だと知り、がっかりしながら、校門で分かれた後、後から来た幸平に捕まり、幸平と調理室で分かれた後の事を色々と質問されていた。
「ラインのアカウントだけど、あれは、アンドロイド搭載型ウォークマンからログインして、クラスのラインに登録入っておいた。というものらしいよ」
「うん。そんな感じだろうとは思ってた。で? もっと詳しいこと話せよ」
幸平は見るからニヤついている。
「詳しくって何だよ?」
「相楽がお前にラインという媒体を使って接触してきた理由とか。図工室であったこととか」
「え? ちょ。拒否権は?」
「ない。俺も巻き込まれた分けだし。良いだろ?」
「うう……一美が、俺にラインでアプローチを掛けてきていたのは、「きっと、顔を見られたら嫌われてしまう」と思ったから。だそうだ」
うう……顔が火照ってくる……。
「ほう」
「ほうって何だよ?」
「で?」
「で? って?」
しらばっくれてみる。
「図工室」
うう……クソッ覚えてやがったか……
「それはアレだよ! 告白し合ったりとか……」
「ん? 聞こえない」
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ」
急に俺が雄叫びを上げたので、幸平がビクッとする。
「もう良いだろ? 十分察しただろ? 俺は今幸せなんだよ!」
あ……
「ほう。幸せなのか……(ニヤニヤ)良かったじゃん(ニヤニヤ)」
クソゥ! 性格の悪さは高校へ進学しても健在か!
「まあ、そうだよな(ニヤニヤ)始めのラインから(ニヤニヤ)惚れてたもんな(ニヤニヤ)」
にやけ過ぎだろ。
「は、初めとか、怖いとか思ってたし!」
「ほう……思ってたのか……(ニヤニヤニヤニヤ…………)」
「思ってたよ~~~~~~~~~~」
顔を真っ赤にした俺に対する、にやけた幸平からのイジメは、家に着くまで続けられたのだった。
Happy end
どうも。暴走紅茶です
この作品は文化祭で発表した物を、そのまま全く内容を変えずに投稿しました。
読んで下さって有り難う御座います!!
もし、この作品を気に入って貰えましたら、『ライン←→ライン番外編』も読んで頂けますと幸いです。(同サイトにて公開しています)