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境界線の上  作者: 神無 乃愛
境界線の上
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 一方、その頃。

 マルドゥラは男子寄宿舎に来ていた。今回の卒業生で唯一女性のため、部屋は先輩方との同室。それに対して、一緒に卒業したトーマスとメイナードは四人部屋だが、二人だけの同室なのだ。

 正直、あの二人は巨体(コア)に乗っていないときはかなり仲が悪い。心配するほどマルドゥラは興味ないが、孤児院でもあの二人の緩衝材といわれ続けていただけあり、喧嘩仲裁はお手の物である。

「お疲れ~。マルドゥラ」

 トーマスが明るく出迎えてきた。途中から孤児院へ来ただけあって、かなり浮いた存在だった。

「これで、両親に顔向けが出来る!」

 そう喜ぶメイナードも、マルドゥラから見れば不思議な存在である。メイナードには毎月必ず手紙が届いていた。それを喜び、励みにしていた。


 この二人だからこそ、あの時協力しようと思ったのだ。


 この二人がいたからこそ、あの時投げ出さなかった。


――死にたくないよ!――

 あの時、二人が叫んだ言葉が今もマルドゥラの中に突き刺さる。

 理由は真逆で、二人はマルドゥラより少し年上で、孤児院の中で一番仲が悪くて……。それなのに、叫んだ言葉は一緒だった。

「マルドゥラ?」

「ううん。五年前を思い出したの。初めて人を殺した日」

 トーマスの言葉にそれだけ言った。

「僕も初めて人を殺したよ。殺さなきゃ、僕が殺される、そうしたら何の意味もないからね」

「当然だろう。国のために生きるということは、有事には他人が厭うことをするのが当たり前だ。軍にいるのなら人を殺すことも当たり前と思うしかない」

「僕はカーン帝国のために生きたくないね」

「トーマス、お前はッ!」

「落ち着いて、二人とも。ここは孤児院じゃないんだから、トーマスは帝国批判は程々にね。メイナードもいちいち声荒げないでよ」

 まったく、常に戦闘機に乗っていろと言いたくなってくる。

「今回卒業できなかったら、俺やばかったんだよなぁ……十五歳だし」

「僕もだね。最初で最後の試験だったよ」

 今回この二人が落ちていたら、マルドゥラはどんな風に卒業しただろうか。見当すらつかない。

「トーマス、たった七年で卒業できたのはあなたが最初だそうよ。今まで最短で八年ですって。今回私たちと戦ったオスカー大尉とビル中尉、あのお二方が最年少十一歳で孤児院からの入隊組ですって。

 それから、落ちこぼれ組から這い上がってきて同時卒業は私たちが最多だそうよ」

 同室の諸先輩方からの有りがたい訓示だった。

「……毎回三人までしか卒業生でないじゃんか」

「メイナード、つまりはね、数えるくらいしかいないって事。私は同室の一人が五年前の卒業者様」

 初っ端から嫌味全開で困ったものだ。

「あぁ、あん時の高飛車さんか。『落ちこぼれらしく、私の勲章になりなさい』だっけか?」

 メイナードが思い出したらしく、あの時の口調そのままに真似をしてきた。

「……大変だね、マルドゥラ。時々逃げにおいでよ」

 トーマスが心底同情したように言った。

「別に。嫌味を言うくらい元気なんだなって思ったの。それから明後日、戦闘機による訓練だそうよ。リディア准尉が指揮を執るんですって」

「……高飛車さんが指揮を執るの? 勝てるのかな」

 メイナードが思いっきり口に出していたが、これが他の隊員に聞かれていたら厳罰ものである。

「知らないわ。勝算あるみたいだし。明後日の巳の一刻(巳は午前十一時、一刻は約一時間)、訓練開始」

 これさえ伝えられれば、男子寄宿舎に用はない。

「承知しましたと伝えておいてよ」

 その言葉をもらい、マルドゥラは部屋を出た。


「おい、新人!」

 唐突に入ってきた上官に、二人は思わず敬礼をした。

「あれは一体誰だ?」

「……あれ、とは?」

「さきほどこの部屋を出て行った女性だ」

「自分たちと孤児院同期卒業組、マルドゥラ曹長であります!」

 メイナードがよどみなく答えた。

「ということは、十五か、それ以下か」

「ありゃ、どこの軍隊に配属されてもアイドルだな」

「孤児院出身なのが悔やまれる」

「それのどこが悪いのだ!」

 気がついたら、人だかりが出来ていた。

「ベティ少尉と人気を二分しそうだな」

「性格はどうなのだ?」

 やかましい奴らめ。

「外見だけなら、リディア准尉も捨てがたい」

「何を言う、あの高飛車な性格も捨てがたいではないか!」

 いくら、軍専用の娼館があるとはいえ、こういう話はどこにでもあるということだ。実際、トーマスとメイナードは今回の卒業試験で落ちれいれば、女性たちの慰みものになるはずだった。

 ちなみに、軍内の女性に人気があるのは、イーユン中佐、オスカー大尉、アーロン大尉、ビル中尉だそうだ。あのそれぞれがかもし出す雰囲気と顔立ちは人気が出るだろう。四人は孤児院内でも有名な隊員で、特化型巨体(コア)の操縦士として名をはせている。

「そういえば、明後日の訓練でリディア准尉が指揮を執るらしいな」

「うむ。自分も入る。確か二十名編成であると聞いたが。お前達も入るだろう?」

「はい。さきほどマルドゥラ曹長が報告してくれました。確か巳の一刻とか」

「その通りだ。しかし、巳の一刻では遅すぎる! 巳の刻には揃っているように」

 思わず二人は顔を合わせた。

「まことしやかに流れるうわさであれば、相手指揮官はオスカー大尉と聞く」

「だからと言って大丈夫だろう。何せ通常徴兵組だ」

 戦闘機に乗っている時間は孤児院組のほうが遥かに長いということらしい。

「では、オスカー大尉に単機駆けされて、敵う者はいるのか?」

「そうなったら、諦めるさ。どうせペイント弾だ」

 誰かが、潔く言っていた。


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