四十六
護送機に全員乗り込むと、ヴェルツレン前侯爵は何かのボタンを押していた。
「これは……」
さきほどまでと違い、家の中の空間のようだ。
「専用護送機があるという理由はこれだ。ヴェルツレン家は他の爵位もちの家と違う」
それだけ言うと、トーマスの前まで歩いてきた。
「名前を聞かせてもらおうか。偽名は要らぬ」
射抜くようなエメラルドの瞳。うもう言わせぬ態度。
「トーマスです」
「姓は?」
「『孤児院』育ちに姓はありません」
「そなたもダレル殿と同じ、『例外』ではないのか?」
それだけ言うと、トーマスの顔から包帯を取った。正直、どうやって取ったのか分からなかった。
ベリベリと嫌な音がする。特殊メイクのケロイドまであっさり取ったのだ。
「姓は?」
「バーカーです」
「エナンめ。やりおるわ」
既にばれていたらしい。その間も雑音がひっきりなしに飛び交っていた。
「お前には聞こえるであろう? トーマスよ」
「雑音、のことですか?」
「ならばよい。持ってきたものを出せ」
ぽん、ダレル大佐が肩に手をかけてきた。
「これはばれているよ、トーマス准尉。殿下もいらっしゃるが出しなさい」
「はい」
コインとペンダントと写真と。それをみたセシル殿下が驚いていた。
「君はヴェルツレン前侯爵の孫か。バークス公国に縁ある人物だとは思っていたけど」
そんな驚愕したセシル殿下の言葉をヴェルツレン前侯爵は無視していた。
「音が聞こえれば問題ないわ。この護送機はあくまで言葉の聞こえる者しか操縦できぬ。本来であればヴェルツレン家の人間は声が聞こえる。あの阿呆は除くがの。あとはキャロウ家の人間」
キャロウ家はヴェルツレン家に代々仕える執事で、名前は世襲制。皆、サシャと名乗るらしい。
「クリスティはサシャの甥、バネットと恋仲になりおった。わしとしてはバネットをクリスティの執事にするつもりでおった。娘は妻の実家に頼み込んでバネットを養子にした。その時点でわしも諦め、祝福することにした」
それが裏目に出て、死んでしまったのか。
「エルグスは野心が強すぎる。この輸送機のことを嗅ぎつけ、クリスティに婚約を迫った愚か者だ」
この老人の独白に誰一人相槌すら打てなかった。
「我が孫よ、しばし帝国におれ。必要があればサシャがおぬしのところへ行く。婚約者でも探しておれ」
「は!?」
いきなり言われた言葉に、トーマスは唖然とするしかない。
「ゼンの国の姫君でも、セントロ国の姫君でも構わん。何なればエメラダ王女でもカーン帝国の人間でも構わん」
「つまりは、マルドゥラとベティ中尉はエメラダ王女と同等に扱われてるって事?」
ポツリとメイナードが呟いた。
「あのような温室育ちよりも、こちらの姫君方のほうが礼儀もしっかりしていそうではあるがな」
とりあえず破天荒な方だということは分かった。
「さて戻りましょう。トーマス准尉は今のところ私の弟分としても動いておりますので、そこまで危険な目にはあわせません」
「腕の一本や二本なくなったところで問題ないわ。セシル殿下よ。我がヴェルツレン家には『危険から逃げる』という言葉はない」
「腕がなくなれば操縦できなくなりますので、五体満足は条件にさせてください」
ダレル大佐の一言にヴェルツレン前侯爵は気をよくしたらしく、そのまま帰ることになった。
「あとは孤児院と開発室の見学、それから城下町の散策ですね。我々第二特別特殊部隊が護衛させていただきます」
セシル殿下が言い、輸送機と護衛機は宙に浮いた。
何の問題もなく訪問は終わりを告げた。




