三十五
それからしばらくして、ベティ少尉がセシル殿下から引き離されたのだ。その時、ダレル大佐、イーユン中佐共に別の女性と踊っている。
「やばいな」
「えぇ。トーマスお願い」
「え? 僕?」
「あなたの舞踏は上手いの。私一人で見てるから」
『頼んだよ、トーマス准尉』
他のメンバーからまで頼まれた。仕方ない、行くとするか。
「ここなら目立たないし、誰もいない。そしてベティ中尉に近いから」
全員の観察力に感謝し、屋根から飛び降りる。
「よいしょっと」
屋根の上に護衛がいるのはどこの国も一緒。そして庭にもいる。それ全てを一瞬だけかいくぐった形になる。
「一緒に踊っていただけますか? レディ」
「!!トッ……」
叫びそうになるベティを黙らせ、無理やり輪の中に入っていった。
「……知らなかったけど、本当に上手なのね」
「足を踏まないようにするだけで精一杯ですよ。背中に滝が出来てます」
「そんな風には見えないけど……包帯の巻き方いつの間にか変えてたのね」
「えぇ。僕の顔を覚えられず、そして味方にも分かりにくく、それがダレル大佐からの指示でしたので」
踊りながらセシル殿下のところまで行く。さすがのアッカー少佐も驚いていたが、それは無視した。
「離れてしまったんですから、仕方ないでしょう? 僕は本来中に入れないんですから」
「それは分かっているが……どこぞの貴公子かと思ったぞ」
「そう見えるなら光栄です」
「すまない。二人でもう少し踊って欲しい」
「はい」
合図があるまでとりあえず二人で踊るか。
『今、君の目の前にいるのがバークス公国の国主夫婦だ。そして斜め方向に皇太子』
とりあえず、言われた人物は覚えていく。ヴェルツレン侯爵にエルグス共和国元首、エルド・ラド国代表にシャン・グリロ帝国皇太子。そうそうたるメンバーだ。
『それから、ここを忘れるな。ユグドラ共和国大統領』
ダレル大佐、イーユン中佐から次々に入ってくる。
「おや、美しい女性連れですね」
「さきほどお見かけして誘わせていただきました」
にっこり笑ってやけくそに言う。
「あなたは?」
「私は本日カーン帝国第三王子セシル殿下に連れてきていただきましたの」
「それは知っております。包帯を巻いたあなたです」
シャン・グリロ帝国皇太子がこちらに絡んでくる。
「あぁ、すまない。私のレディのお守りまでしてもらって」
「セシル殿下」
「紹介させていただきますね。私の弟分です。軍隊にいるため先日顔を怪我しましてね。それから本日私のパートナーをお願いしたレディ・ベティ。こちらはシャン・グリロ帝国の皇太子殿下で……」
つまらなそうにその皇太子とやらは出て行った。
「ありがとうございます」
「いや、なに。だから最初から全員出ていろと言ったのに。ほら、引く手数多だ」
「わたくしと踊っていただけません?」
なんとも積極的な女性もいたものだ。
「えと……」
『バークス公国の第五王女だ』
「わたくしはバークス公国のエメラダと申しますの。セシル様の弟分との事でしたわね。さきほどからずっと見ていたのに、気がついておりませんでしたの?」
周囲を見渡し了承を貰う。
「分かりました。よろしくお願いします」
「なんとも丁寧な方ね」
くすくす笑って、エメラダ王女は手を取った。
「さきほどは驚きましたわ。屋根の上から降ってくるんですもの」
やはりそこから見られていたか。
「こういった場所が苦手なのでセシル様にお願いして早々に会場から逃げたのです」
「まぁ、そうでしたの? ではまた屋根に戻る予定でしたの?」
「勿論です。私にはこういった華やかな場所は合わない」
「それは軍人だから、ですか?」
「それもあります」
「素敵な瞳のお色ですわね。お顔を拝見したいくらいに」
「ケロイド状になっているので、レディにお見せ出来ません」
嘘も方便。一応取られても大丈夫なように特殊メイクでケロイド状に見えるようにしてある。
「そのエメラルドの瞳は、バークス公国にしかいないと思っておりましたわ」
どうやらこの女性は揺さぶりをかけたいらしい。
「私の出身地がエルグス共和国ですから」
「エルグス?」
わざとにっこり微笑む。カーン帝国の属国になっているのは知っているはずだ。
「エルグスにもいるの?」
「両親共にエメラルドの瞳でしたから」
これは真っ赤な嘘。写真で見た実母らしき人物のみ。養父母と実父は茶色の瞳だった。
「ですと、内乱で逃げ遅れた方がご両親だったのでしょうね。あなたはエルグスの人間ではないの?」
「今はカーン帝国におります」
「まぁ、そうでしたの。エルグスであればどうしようかと思いましたわ。さすがに中立国でとはいえ、エルグスの国籍の人間と踊ったなんて父に知られたら、大目玉ですわ」
中立国でも色々大変らしい。
「今日が他国での初舞台でしたの。あなたのような方に会えて嬉しかったですわ」
「そう言っていただけるだけで、こちらもありがたいです」
「そうそう、父が言っていたのですけど、これからカーン帝国からも武器の輸入をするとか」
これを無線越しで聞いている人間が緊張したのが分かった。
「今まではシャン・グリロ帝国からの輸入がほとんどでしたけど、あちらは我が公国を蔑んでおりますの。三世代前の機体だと偽って七世代前の機体を寄越しますのよ? カーン帝国は最初から五世代前しか我が公国には輸出出来ないとおっしゃってくれていたそうで、皇太子がカーン帝国に変えようかとしておりましたの。先日父のお許しも得たということで、明日から会談になるのではないかしら?」
「そうでしたか。そういった話に私は疎いのですよ」
「まぁ、セシル殿下の弟分なのに?」
「弟分と言いましても、私は身体を動かす方が性にあいますから。セシル様は鷹揚な方で私のような無粋な人間も弟分としてみてくださるのですよ」
嘘で固めるのも飽きてきた。上に戻りたい。
「エメラダ! 父上がお呼びだ」
「あら、ここまでですわね。失礼します」
助かった、とは言わずまた今度と嘘を言って別れた。
「妹に何を言われた?」
バークス公国の皇太子がエメラダ王女がいなくなるなり、向き合った。
「武器の件でしょうか。私は身体を動かす方なので知らないと答えましたが」
「おしゃべりめ……あとは妹に近づかないで欲しい。妹はシャン・グリロ帝国に嫁ぐかもしれない」
だからここで顔合わせか。おそらくカーン帝国とシャン・グリロ帝国で起きた惨事を、バークス公国でも知っているのかもしれない。
「アレを知らないほうが不思議だ。だから今日あちらの皇太子とも顔合わせだ」
「賢明です。では、失礼します」
バークス公国皇太子の元を礼を尽くして去ることにした。
『いい情報をありがとう、トーマス』
セシル殿下がいきなり入ってきた。おそらくベティ中尉の胸元か耳元で言っているはずだ。そういうことをしてもいやらしさがないのは人徳だろう。
『君たち、私の直属の部下にならないか?』
そういったことはこういうところで言わないで欲しい。
「屋根に戻ります。セシル様」
「分かった。また私のレディに何かあったら降りてきてくれ」
こうなったら演技で通してやる。




