三
十年後 カーン帝国軍立孤児院
本日、孤児院の卒業試験と軍への入隊試験が行われる。
軍立孤児院の子供たちに課せられるものは多い。軍備品の銃器扱いはもちろん、戦闘機等の操縦、他国の言葉の履修、果ては巨体操縦までが必須である。
三歳から十二年間かけて行われるこの訓練は、勿論脱落者も多い。脱落者は同じ孤児によって銃器扱いの訓練のために、的になるのだ。もし逃げおおせられたら、脱落者から何とか這い上がれる。
しかし、逃げおおせられる子供など少ない。端的に言ってしまえば、公開処刑に近いのだ。
本日の卒業試験が、この「的あて」だった。
脱落者四十五人に対して、試験者五人。試験者の中で上位三人のみが卒業となる。
その中に最年少、十三歳の少女がいた。もっとも、軍立孤児院出身で十三歳は幼い方ではない。先日も十二歳の少年を入隊させたばかりである。最年少卒業記録は十一歳である。
ただ、イーユンはその少女の名前に見覚えがあった。十年前、かの小国から自分が連れてきた幼子だと。十三歳には見えない華奢な身体と、短い黒髪。昔と変わらず無表情なその顔は、全てを達観しているようにも見えた。
「はじめ!」
イーユンの言葉で、殺戮が開始される。少女は淡々と、「作業」を他の子供と同じようにこなしていた。
「いかがかな? イーユン中佐」
既に齢は七十を超えた老年の男性がイーユンへ声をかけてきた。
「小生も同じようにして卒業したことを思い出しましたよ。ザガリー閣下」
「ははっ。『閣下』なんて称号はやめてくれ。私はただの死にぞこないだ」
「しかし、閣下の尽力があってこそ、巨体の開発が進んだのも事実です」
「君の方が凄い。あのバランスの悪い特化型巨体三体共に操縦できるのは君くらいだ」
「小生などまだまだ。オスカー大尉やアーロン大尉、ビル中尉には負けます」
「あの世代は、特化型に馴染むよう訓練されている。君とは違う」
老年という世代へいるザカリー少将が呟いていた。
「君たちも、あの子達も戦のない時代が来たら、どう生きるのだろうね」
「……閣下……」
「戦無しでは生きられない。そう育てたのは私たち老年の世代だ」
「しかし、この孤児院育ちがいるからこそ、わが帝国はシャン・グリロへ抵抗できるとも言えます」
通常の戦闘機ですら、操縦できる様になるまで長い年月がかかる。徴兵後希望などを取り、早めに訓練を行う。それでも巨体を操縦できるものはそういない。孤児院で操縦を習うからこそ、特化型巨体を己の手足のように動かせるのだ。
「……そうか……君はそういった考えか……ちょうど試験が終わったよ。……上位三名をここへ」
すぐさま、孤児院所属の教官が動いた。
「上位三名、帝国軍への入隊を許可する。後日配属が決まる。上から順に名前を」
孤児院出身者には姓がない。
「トーマス」
「メイナード」
「マルドゥラ」
三人が敬礼してきた。十五歳の少年二人と十三歳の少女。皆、髪は短い。トーマスと名乗った少年は髪よりもこの地域では珍しいエメラルドの瞳に目がいった。そして利発そうな顔立ち。メイナードは逆にきつい顔立ちをしていたのが印象に残った。金の髪に青色の瞳。十三歳の少女、それはイーユンが十年前に連れてきたあの少女だった。黒い髪に茶色の瞳。十三歳だとしても小さな身体で、十歳以下の少女にしか見えない。
「本日中に荷物をまとめ、軍舎へ。あとは出迎えた上官に従うこと。以上、解散」
その言葉に子供たちはいなくなった。
あの時、帽子を深く被り、悔しそうにしていた少年を思い出した。本当は歳の離れた妹を手放したくなかったこと、下に双子が産まれてしまったので、親があっさりと軍立孤児院行きを決めたこと、もっと自分が早く産まれていたら、妹の金は自分で払えたかも知れないと泣いていた。
「イーユン?」
「閣下、呆けてしまって申し訳ありませんでした。昔を思い出しました」
「君の卒業時かね? あの時は私が試験官だった」
「いえ……十年前の出来事です」
初めて子供たちを引き取りに行ったのだ。そして、今回も初めて試験官を勤めたのだ。
「そういうものは、なぜか嫌でも覚えているものだ」
「はい。今回の卒業生にその時印象に残っていた子供がいましたので」
十年前のことを鮮明に思い出し、ザカリー少将に話してきかせた。
「あの、マルドゥラという少女か……君とは因縁じみているね。あと数年すればあの子も大人だ。どうだい? 孤児院始始まって以来の結婚などは?」
「ご冗談を。若者同士のほうがよろしいでしょう」
自分はもう、とうに三十を超えている。
「なれば、私と君で見合い爺にでもなるとするか」
無理だ。戦うこと以外を教えられていない子供たちは、そんなありきたりの人生を送れない。それはイーユンが一番知っている。自分以外の人間を「敵」と見なさなくなるまで、五年以上の時間を要した。仲間とは、常に自分を脅かす存在だと今も思っている。
「君にも人間らしい心が残っていて安心したよ。どんな理由があるにせよ、そんな幼子を覚えていた。……『冷酷のイーユン』がそんな顔になるとはね」
「……閣下」
「君の今の顔を鏡に写してみるといい。人間らしい、実にいい表情をしている。さて、これから陛下へ謁見の申請をしておかなくてはね」
その謁見には、イーユンも付き合うのだ。
翌日、謁見室にてそれは行われた。読み上げるのはザカリー少将である。
「トーマス、メイナード両者を曹長とし、これより特殊部隊での訓練とする」
すぐに二人は敬礼していた。
「もう一人おると聞いておったが」
「現在捜索中であります」
「父上! 申し訳ありません!!」
マルドゥラが第三王子のセシルにかつがれて連れてこられた。
「いかがした?」
第三王子の話では、兄であるセオドア王太子が、マルドゥラを後宮に連れ込んだらしかった。
「何ゆえ……」
「入隊の儀式をさせまいとしたそうです。オーフェリアのことを思い出したとかで……」
故オーフェリア王女は現皇帝の一人娘で和平成立のため、十年以上前に敵国シャン・グリロ帝国へ弱冠十三歳にして嫁いだ。シャン・グリロからも娘が王太子の元へ嫁いで来たものの、その娘は影武者だった。挙句、オーフェリア王女はシャン・グリロ帝国で皇帝の子供に嫁ぐはずが、末端の貴族へ嫁がされ、五年ほど前に無残な亡くなり方をしたのだ。これがカーン帝国内で反感を買い、一度は締結した和平交渉は白紙に戻り、完全に国交が断絶している。
そして今でも王宮内はもとより、様々な場所で使われる肖像画は十年以上前、オーフェリア王女がシャン・グリロへ行く前の兄妹が揃ったものになっている。
「……いさしかたあるまい。……その娘があの一件の前に朕の前に出ていたとしても、影武者など思いつきもせん」
そして、すっと席をたった。
「マルドゥラを曹長とし、特殊部隊での訓練とする!」
ザガリー少将が無理やり宣言をし、すぐさま三人を下げていた。
「朕は思うに、あの娘は後日親衛隊へ上げたいと……」
「こちらから派遣している数はすでに満たしております。それを覆すおつもりですか?」
ザガリー少将がすぐさま反論していた。巨体を操縦できる者も配置しているのに、と。
イーユンとしては、ザガリー少将の言葉はありがたかった。ザガリー少将が言わなければ、イーユンが口にしていた。