二十二
翌日、「宝物」を持って二人は開発室へ行く。
「何で君たちをテストに使えないんだよ~~」
また調整が入ったらしく、チャドが泣いていた。
「しかも今回はベスだ。もう、高飛車様は俺の可愛い恋人たちに乗んないでくれ」
あ、全員ドン引きしてる。
「チャド、あんた今日は休めっつったろ! その精神状況じゃ、何にも出来やしないんだから! 軍上層部の言質は取り付けてある。現在開発室において全巨体のテストと開発禁止だ」
「まじっすか~~」
イライザの話では、現在交代で出てきている理由は調整だけだと。
「テストなし調整なら、チャドがいなくても出来るだろ? 今日は休め。あんた、いつにもましていかれてるよ」
そう、巨体を「可愛い恋人」と誰構わず言う時は、かなりやばい時なのだ。
イライザがチャドをなだめている間に、上官三人にこっそり説明する。チャドのいかれ具合を。
「……チャドさん、恋人にそこまでの情熱を燃やしていただいて感謝します」
ダレル中佐がさらりと謝辞を述べていた。
「お~~。軍内で俺のことをそこまで分かってくれるやつがいたとは!!」
「チャド!!」
思いっきり抱きついたチャドに、反射的にダレル中佐が防御してしまい、沈めてしまった。
「……失礼した」
「……いや、こちらこそ。しかもチャドを沈めてもらったんだ。こっちは感謝だよ。
悪い! チャドを仮眠室まで連れてけ。んで、起きたらアレ飲ませろ」
「了解です! 姐さん!」
……ここの人たち、三人に素を隠す気無くしたな。
「……何、このノリ」
「もう、隠しようがないじゃないか。チャドがああなった時点で皆諦めたんだろ」
煙管をふかしながらイライザがため息をついていた。
「へぇ。メイナード君の故郷の人たちは帝国に並々ならぬ敬いがあるって聞いてたけど、想像以上だね」
手紙を面白半分に見ていたベンが言う。
「『訓練滞りなく進んでいますか。先日隣村のリディアさんが……』ってえ!? リディア准尉と同郷!?」
あからさまに読み出したベティ少尉が驚いていた。
「あ、話に出てくるリディアは違うリディアです。彼女は一回り上で、結局今は娼館にいます。リディア准尉も同郷ですけど」
「そう、なの?」
「はい。自分の妹の名前もリディアでしたし。自分の故郷は帝都から軍と役人が来てくれて、守ってくれます。今は王弟殿下が責任者として赴任されてますが、その何回か前の責任者の奥様の名前も、リディア様でした」
聡明な女性で、貧しい住民のために色々してくれたらしい。
「確か先王の妹君のリディア王女殿下だな。当時の内政宰相のご子息とご結婚された」
「はい、そのお二人がすっごくよくしてくれたらしいです。シャン・グリロ帝国がいきなり上陸してきた事件、知ってますか?」
「知ってるもなにも、歴史で習うじゃないか」
呆れたようにイライザが言った。
「歴史ではお二人を人質に取ったとされてますが、嘘です。本当は、もっと酷かったそうです」
先日メイナードの故郷で聞いた、あの残酷な話か。
「帝国がいきなり上陸してきて、港町の人たちは驚いた。聞いたリディア様が慌てて、専用の戦闘機で港町まで向かった。そして町外れに隠して、帝国軍と話に向かったそうなんです」
「リディア王女殿下が戦闘機を使えたのは知らなかったな」
「だと思います。自分も父から聞くようになるまで知りませんでしたし。
話している最中に少しでも住民を逃がしておけと、側近に命令されたそうで、港町の住人はほとんどが助かったそうです。そして、カーン帝国でも軍の準備が進められた。
間もなくエヴァン様も到着して、他の住民たちも避難し始めた。そして、リディア様をシャン・グリロ帝国で攫っていった」
連れ戻すために軍を動かせば、カーン帝国軍もシャン・グリロ帝国の領地内に入ることになる。
「それでは埒が明かないと、エヴァン様が単身シャン・グリロ帝国へ行った。そして、今回の事件を非難したそうです。表面上、向こうは非礼を詫びて、お二人を帰したそうなんですが……カーン帝国に入る直前、後ろから撃ってきた。
お二人はこのままでは戦になり、この地方が戦場になると判断して、軍への反撃は許さなかった。でも、領土内に入った瞬間、また撃ってきて……エヴァン様を庇ったリディア様がお亡くなりになった。エヴァン様はリディア様を失ったにも関わらず、それ以上に『民を失うは、妻を失う以上に辛い。だから、今は堪えよ』と通達なさってお亡くなりになったそうです」
「あたしたちは、人質に取られた二人のうち、一人だけ帰すと言われて、リディア王女殿下がお帰りになるはずだったのを、エヴァン様に変えたから、向こうさんが激怒してリディア王女殿下を殺したって習ったけどね」
歴史ではそう習うはずだ。どちらにしてもシャン・グリロ帝国を非難する歴史となっている。
「当時の国王陛下はお二人の遺志を汲み取り、大げさにしませんでした。だから、あまり知られてません。でも、自分のいる地方では、これは『子供たちにきちんと話すべき真実』として、教えているそうです。だから、特に女の子には『リディア』とつける人間が多いんです。あのリディア様のような聡明な方になってほしいって。あ、ちなみに兄の名前はエヴァンです。自分たちの地方では、本当にお二人の名前は多いし、発端になった港町の名前は今では『リディア』ですし、お二人が撃たれた場所に近いところを『エヴァン』と呼びますよ」
「……聞いてみないと分からないことって、本当にあるのね」
ずっと聞いていたベティが驚いていた。
「だと思います。だから、今でも自分たちの地方では軍と帝国は民のために動いてくれるから、職業軍人になる人も多いそうです。兄は、農作業をしなきゃいけなかったから諦めたそうですけど、弟は職業軍人になるんだって決めてるそうですよ。あとは、自分のように『孤児院』へ預けて巨体を動かせる人間を増やしたいみたいです」
「あんたの帝国万歳主義と、軍への並々ならぬ忠誠心はそこから来てるのか」
イライザも驚いているようだった。
「だって、あの時、あのお二人がその判断しなきゃ、戦争は広がってましたから」
「同感だね。しかし、エヴァン二世は父親以上の人間だね」
「同じく」
姉弟がさらりと何か酷いことを言っていた。
「エヴァン内政宰相と言えば、ここ数十年でもかなりの出来た人物だよ。軍へも開発室へもそこまで口出しする方ではなく、でもかなり理解されていた。予算配分も滞りなく、過不足なくしてくださってたからね。ご子息がご存命なら跡を継いでいただきたかったくらいだ。今の内政宰相はいまいちでねぇ」
「軍も一部にばかり予算が多く行く。陛下や殿下も気にしてくださってはいるが……」
「ってかさ、『王と政と軍は別物』とか言っときながら、結局は軍に関係してるよね。ここまで来たら別もんじゃないだろうに。しかも第三王子は近衛隊長だよ」
イライザとダレル中佐の話は結構レベルが高い。
「……自分の地方は、王族の方にいらしていただくだけで士気が上がるんです」
その意図を帝国側でも汲んで、王族をなるべく配置してくれるのだと。
「まぁ、もともと別の方が行く予定だったが、王弟殿下が『今回こそは叔母上が愛してやまぬ地域に行きたい』とおっしゃった。軍責任者として赴く予定が、向こうの熱狂的な歓迎で政にまで手を出さざるを得ないのだそうだ」
「……うん。たしか、軍に行ってない王族も皆、シャン・グリロ帝国との国境付近で政してたね……」
イライザが思い出したように言った。
「で、あんたの宝物は?」
そんな話のあと、ふって欲しくなかった。
しかし、これが大きな波紋を呼ぶことになる。




