二十一
「でもさぁ、大事なもん傷つけられたら怒るよなぁ」
そういうのはメイナードである。
「うるさいわよ。マルドゥラ准尉が降格ならなかっただけ良かったと思うしかないの」
ベティ中尉も……いや、マルドゥラの代わりに降格になりまた少尉になったか、不服そうに言う。勿論、イーユン中佐も少佐へ、ダレル大佐も中佐へと降格になった。
そして、今は訓練もテスト飛行も禁止されているため、ほぼ雑談会と化している。イーユン少佐は最初気にしていたが、ダレル中佐の「だったら親睦会をやってお互いのことを知ろう」という発想で、毎回持ち回りで茶を淹れながら話をしている。
時には、開発のイライザやメカニックのベンたちが混ざることもある。
「仕方あるまい。あの准将を敵に回したからな」
豪快に笑うダレル中佐に尊敬すら覚える。
「そう言えば、君たちにも『宝物』はるのかい?」
イーユン少佐が笑って聞いてきた。マルドゥラは厳罰として営倉にいる。
「あ、自分は家族からの手紙です。切り刻まれたり、燃やされたりしたら多分相手殺しちゃうかもしれません」
メイナードらしいというか。毎月家族が送ってくれる手紙が支えと公言するだけある。
「……自分は……多分親から渡された金貨二枚と、ペンダントですかね」
そういえば、親の顔を覚えていない。
「……金貨二枚もあれば、普通の孤児院へ行けたと思うのは気のせいかしら?」
「気のせいじゃないと思います。ただ、……両親が、誰にも見せるなとか、誰にも言うなとか言ってた記憶が……あれ? 間違いかな?」
「トーマス?」
「あれ? 思ったより記憶があやふやだ……孤児院に来た理由は覚えてるのに」
「孤児院に来た理由は?」
「他の……あ、思い出した。故郷の孤児院が自分だけ引取りを拒否したんです。で帝都の孤児院も拒否して……軍立孤児院だと、『来るもの拒まず』って感じだったんだ……」
何でこんなことを忘れていたのだろう。
「へぇ。思い出してみるもんだねぇ」
気がついたらイライザが来ていた。
「あたしじゃ営倉に入れないから、これ、マルドゥラに差し入れしてもらえます?」
「これは?」
ダレル中佐は手渡されたものをじっと見ていた。
何かの錠剤のようだが。
「試作の睡眠薬」
「何考えてるんですか! あなたは!!」
イライザの答えにベティが怒り狂った。
「この時期はね、あの子眠りが浅くなんのよ。強制的に眠らせないと駄目よ? ついでだからある程度副作用関係も分かったやつを試すだけ」
本当に、マルドゥラが大事なんだろうか、この人。
「そういえば、ベン技師も言っていたね」
「理由分かんないけどね、この時期はものすっごくうなされるのよ。何言ってるかは分からない。異国語な上に、幼児言葉が入ってるみたいでね。親父と一緒に働いていた男がね、自分のお国言葉だって言ってはいたけど」
あまり意味のよくない言葉だったらしい。その男性も既に他界しているため、言葉の意味は誰一人分からない。
「ま、マルドゥラの時も二人が関わりだした時も思ったけど、話さないと誰も分かんないもんだね。あたしはずっとあんたらが嫌いだったし」
「イライザさん、もう少し穏やかに言った方が……」
メイナードがやんわり注意していたが、黙殺されていた。
「いいわよ、もう慣れたわ。明日の親睦会は開発室に行きましょう。で、二人は『宝物』を持参。いいわね?」
「え、俺らだけ?」
素に戻ったメイナードが不服そうに答えていた。
「当然でしょ? 私の宝物は勲章くらいなものよ。それ以外が見てみたいの」
「あたしはこの煙管だね。なんたって母さんの形見だ」
しっかりと落とすところは落とすイライザだ。
「でも、開発室でって……」
えっと、テスト飛行とかも禁止されてるんじゃ……。
「あぁ、問題ないね。一応テスト類は終わってるからね。この間一日かかるってのも嘘だし」
「嘘!?」
イライザの発言に驚いた顔でベティ少尉が声をあげた。
「嘘に決まってんだろ? マルドゥラを休ませる口実。二刻もしないくらいで終わったよ。あとはさっきの睡眠薬を試したくらいさ」
何だろう……ベティ少尉がもの凄く可愛く見える。きっとイライザのせいだ。




