二
世界大戦終結から百年以上の年月の流れた、とある小国。建国して五十年余り。国としての機能は軍事帝国「カーン」の属国となることで、何とか体裁を保っていた。
カーン帝国の属国となったことで、世界条約の「個体チップを埋め込まない難民を無くす」という条項に何とか達しているのが現状。
カーン帝国と同様の支援制度を打ち出そうとしたが、経済が破綻しかかったのだ。破綻しそうな経済を救ってもらう代わりに、属国となる決意をしたのは三十年ほど前。つまり、建国後間もなくという有様だった。
大国と銘をうつだけあって、貧困層への個体チップ支援制度はありがたかった。
一つは<個体識別チップ貸付制度>
貸付金は男子が徴兵される年齢である十五歳までに、返還が義務付けられている。デメリットとしては、合計支払いは一括で支払った場合に比べ三倍となってしまうことである。ただ、早めに返還ができれば、そこまで多額になることもないため、使う家庭がかなり多いのも現実である。
もう一つは<孤児院制度>
こちらはお金を出さない代わりに、埋め込むことができなかった子供を軍立孤児院で預かる制度である。預かった子供たちは幼くして軍事訓練を強要され、落ちこぼれ以外は軍隊へ入隊するのだ。
しかし、本当に貧困にあえぐ家庭ではこれで追いつかないのも現実である。働き手を失いたくないと思う家庭もある。そのために裏取引として軍立孤児院側へ一人の子供を個体チップ単価の数倍で手渡し、残りを他の子供に使う家庭もある。
それをカーン帝国では知っており、黙認している。
軍立孤児院はカーン帝国首都にのみあり、他にはない。他国は「お願い」をするのだ。
これらはカーン帝国独自のもので、いくら属国といえど強制はしない。だが、その制度を利用している国が多数なのも確かである。
この制度を利用した場合、属国といえど、徴兵制度がカーン帝国と同様にせざるを得ない。カーン帝国では男女共に徴兵制度があり、男子は十五歳から、女子は十八歳から二十歳まで徴兵の義務が生じる。徴兵から逃れる術として、男女共に義務教育である「初等教育」と「中等教育」を履修後、「高等教育」を受けること、高等教育は十五歳から二十歳までの子供に有償で行われる教育である、懲役に服役できない身体状況であること、もしくは、女子の場合に限り妊娠していること、この三点のみである。
その日、軍立孤児院より一人の男がこの国へ派遣された。百人近い三歳児を預かって欲しいと嘆願されたのだ。
またか、男は思った。階級は大尉、名前はイーユンである。
たいていの子供はわけも分からず泣きじゃくっている。仕方あるまい、急に親元から引き離されたのだ。その中に、地元軍の軍服を着た少年に付き添われてきたと思われる幼子もいた。幼子は泣くこともなく、少年の元を離れた。
少年は悔しそうに顔を歪め、軍帽を深く被った。
「君は?」
「……この子供たちを軍立孤児院へ預ける任務に就く、一介の二等兵です」
「あの子は?」
「……自分の、妹です」
なんと皮肉なものか。貧困ゆえの苦しさだろう。
「君がそこまで苦しむ必要はない。具合が悪いのなら、付き添う必要はない」
暗に嫌なら来るなと告げた。
「いえ、行きます。自分最初の任務です。それに……」
「それに?」
「二度と会えない妹の最後の姿くらい、目に焼き付けます」
「……そうか」
その少年の思惑も知らず、幼子は一番奥へ座った。