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第二話 初めてのサバゲー in新歓パーティー 前編

「ただいまー……」

 疲れきった声で言うと、奥の部屋から男性がどたどたと音を立てて駆け寄ってきた。

「お帰り美琴おおおおおおおお!」

 男性は叫びながら抱き着いてきた。

「ちょっと、苦しいってお父さん――うっ、お酒臭い……」

 嫌がる私はお構いなしに、お父さんが抱き着いたまま言い寄ってくる。

「寂しかったぞ美琴ぉ。今日は入学式だけって聞いてたから早く帰ってくるもんだと思ってたのに、もう夕方だぞ……って、どうしたんだ美琴、制服が汚れてるじゃないか」

 言われて初めて気が付いたが、制服のところどころに土がついていた。森に逃げ込んだ時に汚れてしまったのだろう。

「ああ、これは――」

 私が今日学校であったことを言おうとすると、お父さんが割り込んできた。

「入学式の日に制服が汚れるなんて、いったい何があったんだ? もしかしていじめか、最近の学生は初対面でいきなりいじめてくるのか! いいんだぞ美琴、辛かったら辛いって言っても。お父さんはいつだって美琴の味方――」

 何やら激しく勘違いして勝手に興奮するいるお父さんを何とかなだめて説明する。

「もう、違うってお父さん! 部活だって部活!」

 そう言うと、お父さんは驚いた様子を見せた。

「ぶか、つ? なんだ美琴、もう入る部活を決めたのか。それに入学式だってのにいきなり部活してきたのか?」

「うん、まあ部の活動をしてきたってわけじゃないけど」

 私が頷くと、お父さんは何か考え始めた。

「そうか、美琴が運動部に……。陸上部か、テニス部か……お、テニスウェアの美琴もかわいいな。よし美琴、今すぐテニスウェア姿をお父さんに見せてくれ!」

 がしっと私の両腕をつかみながら、お父さんが熱い視線を向けてくる。

「え、お父さん気持ち悪い……」

 ついこぼしてしまったその瞬間、お父さんの表情が一瞬にして凍り付いた。かと思ったら、お父さんは再び私に抱き付いてきて泣きじゃくり始めた。

「み、美琴に……気持ち悪いって言われた……。美琴に嫌われたらお父さん、これからどうやって、何を希望に生きていけば……」

 実の娘にしがみつく、子供のような父親の姿に半ばあきれながら、私は本当のことを話した。

「あー、ごめんごめん。そもそも、私が入ったのテニス部じゃないし」

 お父さんは涙に濡れた目で私を見つめてきた。

「それじゃあ一体何部なんだ?」

「えっとね、サバゲー部……」

 サバゲー部なんて言ってもわからないだろう、きっと聞き返されるんだろうと思いながら答える。しかし、帰ってきた言葉は意外なものだった。

「さばげー…………サバゲー!? サバゲーって、サバイバルゲームか?」

「そうだけど、お父さん知ってるの?」

 私が尋ねると、お父さんは感慨深そうにしながら答えてくれた。

「知ってるも何も、お父さん世代は昔やってた人が多いからな。あのころは楽しかったなあ、普通にやばい威力の銃とか蔓延(はびこ)ってて」

(今の時代に生まれてよかったぁ……)

 さすがに殺傷能力のある銃を撃ち合う勇気はない。

「それにしても、まさか美琴がサバゲーをやるとは。うむ、全く予想だにしなかった。まてよ、ということは戦闘服を着るってことか。戦闘服姿の美琴…………イイ!」

 お父さんは何やら独り言をつぶやきながら表情をコロコロと変えていた。

「何ぶつぶつ言ってるの? それより、そろそろ離してくれないかな」

 私が玄関をくぐってからずっと抱き付きっぱなしでさすがに鬱陶しくなってきた。

「いいじゃないか美琴ぉ。親子のスキンシップだ!」

 そう言って余計に強く抱き付いてくるお父さん。

「今日はいつにもましてしつこいなぁ……。お風呂入るんだから離してって!」

 私は強引に引きはがそうとするも、お父さんはぴったりと私に張り付いて離れなかった。

「なんだ風呂か、いいな! たまにはお父さんと一緒に入るのもいいんじゃないか、うん?」

 満面の笑みを浮かべてくるお父さんに、とうとう私は禁断の言葉を口にしてしまった。

「んもーっ、お父さんキモい!」

「キモっ!?」

 私の一言に、お父さんの顔からは一瞬にして生気が失われた。

「お父さんごめん――ってあーもう面倒くさ!」



「みこっちゃん、部活いこ!」

 その日最後の授業が終わると同時に、後ろの席からひなちゃんが声をかけてきた。

「あ、うん」

 二つ返事で了承した私は、ひなちゃんに続いて教室を後にした。

「なんか部活の勧誘多いね」

 私は隣を歩くひなちゃんに話しかけた。部室へと向かう私たちだったが、廊下に出てからというもの何度も部活の勧誘を受けていた。

「うん、昨日と比べて一気に増えたよね」

 ひなちゃんが頷く。

「ていうより、昨日は全然いなかったって感じ?」

「あー、そういえば。私昨日一回も勧誘受けてないし、してるところも見てないや」

 そんな話をしていると、いつの間にか部室の前にたどり着いていた。

「こんにちはー」

 ひなちゃんが部室のドアを開けた。

「失礼しまーす……ってあれ?」

 後から挨拶とともに入る私だったが、部室には他の部員たちの姿はなかった。

「誰もいないね」

「先輩たちまだなのかな」

「ふふん、つまりこれはチャンス!」

 ひなちゃんがにやりと笑みを浮かべた。

「チャンスって、なんの?」

 なにやら嫌な予感がするも、聞かずにはいられなかった。

「私ね、昨日見つけたんだー」

 そう言うとひなちゃんは、部室にいくつかあるロッカーの一つから箱のようなものを取り出した。

「じゃじゃーん!」

 大げさに格好つけながら、ひなちゃんが箱を机の上に置いた。

「……何、これ?」

 私が尋ねると、ひなちゃんは箱の上を指差した。

「『開けるべからず』、いかにもお宝って感じジャン?」

 ひなちゃんが表情を輝かせながら言った。確かに、箱のふたには「開けるべからず」と書かれた大きめの紙が貼られていた。

「開けるなって書いてるんだから開けない方がいいんじゃ……」

 と、私は開けちゃおうよと目で訴えかけてくるひなちゃんを制止するが、当人はやれやれといった感じで人差し指を立ててきた。

「ちっちっちだよ、みことくん。これはフリ、フリなのだよ。熱湯風呂に入る直前のベテランリアクション芸人が言う『押すな』と同じ類の文句なのだ!」

「いやぁ、違うんじゃないかな」

 私のつっこみは軽く流され、ひなちゃんはさらに興奮したように聞いてきた。

「ねえ、中身なんだと思う?」

「え? やっぱり大事なものだったり、あとは……人に見られたくないようなもの?」

 私が答えると、ひなちゃんはあごに手をやり軽く唸った。

「私は後者派かなー。さらに言うと、にゃんこ先輩のエッチなコレクションだと踏んでいる」

 と、ひなちゃんがいやらしい笑みを浮かべた。

「にゃんこって……、先輩の前で言ったら怒られるよ? それに、え、エッチなものだって、わざわざ部室に置くかなぁ……」

 すると、ひなちゃんは肩をすくめて首を軽く横に振った。

「ふっ、みこちんはわかってないにゃあ。その考えが既に相手の思うつぼ、つまりこんな場所にあるわけがないという固定観念の隙をついた巧妙なトリックなのだ!」

 びしっと指を突きつけるひなちゃん。何が何でも中身の正体をいやらしいものにしたいらしい。

「だったらわざわざ開けるななんて怪しい文言(もんごん)書かないんじゃ――」

「というわけでオープン!」

「どんなわけなの!?」

 ひなちゃんは突然ふたに手をかけて一気に持ち上げた。同時に中を覗き込むひなちゃんにつられて私も箱の中身を確認する。

「これって……雑誌?」

 私は中のものを箱から取り出しながら言った。中にあったのは数冊の雑誌だった。

「もしかしてエッチなやつ?」

 私が手にとった雑誌を、ひなちゃんが興味深そうに覗き込んでくる。

「表紙にでかでかと銃が載ってるけど」

 雑誌のどれもが、表紙に銃の写真を載せていた。

「いやいや、まだカムフラージュの可能性が。ちょっとめくればいやらしい袋とじなんかがあったり――」

 そう言って他の雑誌の中身を確認するひなちゃんだったが、やがて残念そうにため息をついた。私も手に持っていた雑誌をめくる。

「銃だね」

 私は一言、目の前に移る光景をそのままつぶやいた。

「うん、全部銃だね」

 ひなちゃんが頷く。

「にゃんこ先輩のかな」

 ひなちゃんがパラパラと雑誌をめくりながら言った。

「だと思うけど、でもなんで『開けるべからず』?」

 私が疑問に思うのと同時に、部室のドアが開かれた。

「あら、あなたたち二人だけ?」

 現れたのは白沢先輩だった。

「こんにちはー」

 私たち二人は先輩に挨拶をした。

「こんにちは、二人とも何見てるの?」

 と、白沢先輩が近づいてくる。

「銃の雑誌なんですけど、これ誰のか知って――」

 私は雑誌を先輩に見せた。その瞬間、私の手から雑誌が消え去った。いや、正確には先輩が目にもとまらぬ速さで奪い取ったのだ。

「どどど、どうしたのこれ?」

 雑誌を胸に抱えて、なにやら慌てた様子の先輩が聞いてきた。

「そこのロッカーの奥に入ってた箱の中にあったんですけど」

 ひなちゃんが指をさしながら説明する。

「な、なんでそんなところを?」

「昨日、みんなが出ていっちゃった後で部室を探索していた時に見つけました」

「ああ、そうなの……」

 ひなちゃんが言うと、先輩の顔にはっきりと「悲しみ」の文字が浮かぶのが見えた。

「あのー、もしかしてこれって白沢先輩の――」

 と、私が言い終わる前に、再びドアが開かれた。

「おいーっす。お、いるな新入生」

 入ってきたのは、ここの部長さんだった。

「あ、根子先輩」

「お疲れ様でーす、にゃんこ先輩」

 ひなちゃんが一切恐れる素振りを見せずに言い切った。こっちの気がもたないからやめてほしい。

「おう、お疲れ――じゃねーよ、にゃんこ言うな!」

 先輩が見事なつっこみを見せる。

「すみませんにゃんこ先輩、わかりましたにゃんこ先輩!」

「わかってねーじゃねーか!」

 根子先輩は一度深いため息を吐いてから、あきれたように続けた。

「もういいや、俺が大人になろう……」

 先輩は何かをあきらめたようにがっくりとうなだれた。

「他の先輩たちはまだなんですか?」

 話を変えようと私が話しかけると、根子先輩は僅かにに顔を上げた。

「ああ、みんな新入生の勧誘してるよ。俺も今行ってきたところだ。案の定、収穫はなかったけどな、ふっ」

 先輩は終始暗い表情をしながら答えた。あ、なんか今日の先輩面倒くさいかもしれない。

「そ、そういえば今日になって急に勧誘増えましたよね? 昨日は全然なかったのに」

 私は続けて話しかけた。入部した次の日に、あんまり気を遣わせないでもらいたいものだ。

「そりゃあ当たり前だろ。昨日は部活の勧誘禁止、解禁されるのは今日からなんだから」

 少し元気を取り戻してきた先輩が椅子に腰を下ろしながら答えた。

「え、先輩たち昨日勧誘してたんじゃ……」

「それも当然。馬鹿正直に規則守ってたら手に入る部員(もの)も手に入らなくなっちまう、うちみたいな弱小は特にな。そこで、今日から勧誘しても問題がないような大手以外は、大抵が入学式の日から手をまわしておくんだ」

「でも思いっきりルール違反ですよね?」

 ひなちゃんがつっこむ。

「いいんだよばれなきゃ」

 先輩が手で払いながら言った。

「先輩が紳士のスポーツとおっしゃるサバゲーのプレイヤー像としてはどうかと思いますけど」

 ひなちゃんはさらに食い掛かった。

「仕方がないだろう。そうでもしなきゃ、うちみたいな異色な部には新入生なんか入らないし、最悪廃部の危険性だって――」

 先輩が自嘲気味に弁明する。それより異色だって自覚があったことに驚いた。

「でも、私たちが来なければ新入部員ゼロでしたよね? 汚い手まで使ったのに」

 ひなちゃんのその言葉がとどめになったのか、先輩は勢いよく立ち上がるとともに、びしっとひなちゃんを指差しながら言った。

「おまっ、気にしていたことを言うな!」

 傷心の面持ちで怒鳴る先輩だったが、それもすぐに収まり、再びゆっくりと椅子に腰かけた。先輩は一度大きなため息を吐いてから言った。

「はぁ、お前の相手をすると異様に疲れる……。それで、お前ら三人で何してたんだ?」

「それが、銃の雑誌を見つけてそれで白沢先輩に……ってあれ、先輩?」

 気が付くと、白沢先輩が雑誌を持ったままドアのほうへこそこそと歩いていた。

「先輩どこに行くんですか?」

「え? いやちょっとね、あはは……」

 ひなちゃんが尋ねると、先輩は不審度マックスの笑顔とともに答えた。

「ははーん、なるほどな」

 そんな白沢先輩に何かを察したような根子先輩がニヤリと笑みを浮かべた。

「よし白沢、そこに座れ」

 根子先輩が目の前のパイプ椅子を指差しながら言った。

「えと……、どうしてですか?」

 白沢先輩は今にも崩れそうな笑顔を維持したまま返事をした。

「新入生たちに部員の紹介をしなくてはと思ってな」

 と、根子先輩が意地悪そうな顔をした。

「さっきのストレス発散したいだけですよね部長!? お願いします、ここは見逃してください!」

 根子先輩に白沢先輩が涙目で懇願する。

「むしろ何が嫌なんだ? いいじゃないか、好きなものは好きなんだから。俺もあれ結構好きだぞ?」

 根子先輩は両腕を広げて尋ねた。

「だって、女子なのにここまで熱中するのっておかしくないですか?」

「とてつもなく珍しいな」

「ほらやっぱり!」

 白沢先輩はがっくりとうなだれてしまった。私たちは何の話かも分からずに、ただ二人の会話を聞いていた。

「あのー、さっきから何の話をしてるんですか?」

「ん? ああ――」

 私が尋ねると、根子先輩は白沢先輩の肩を叩いた。

「ほら白沢、腹ぁくくれ」

「…………はい」

 根子先輩に促され、白沢先輩はしぶしぶといった様子で椅子に座った。

「いいですか二人とも」

 先輩は一言だけ言ってから、一度深呼吸をした。そして一拍おいてから、先輩は意を決したかのように話し出した。

「わた、私は……ししし、シグが大好きなんです!」

 先輩は激しくどもりながらはっきりとそう言った。

「……しぐ?」

 私は思わず聞き返してしまった。「しぐ」、全く聞いたことのない単語だ、それとも何かの略称だろうか? 疑問に思っていると、それを悟ってか先輩はおどおどとした様子で持っていた雑誌を机の上に置いた。

「こ、これです」

 そう言って、白沢先輩は雑誌のとあるページを開いて見せてきた。

「銃……ですよね?」

「はい、銃です」

 念のために聞くと先輩はしかと頷いた。

「シグってのはな、スイスの会社が造ってる銃のシリーズでな。シリーズを通して安定した信頼性と高い命中精度を備えている」

 根子先輩が解説をしてくれた。さすがはサバゲー部部長、そういった類の知識は持ち合わせているらしい。

「へえ、スイス製ですか」

 ひなちゃんが興味深そうな顔で雑誌を覗き込む。

「で、白沢はシグシリーズをこよなく愛しているというわけだ。うちに入部したのもシグがきっかけだしな」

「ちょっ、部長、そんな言い方しないで下さいよ」

 さらに続ける根子先輩に、白沢先輩が顔を赤らめながら言った。

「なんだ、違うのか?」

 根子先輩が聞くと、白沢先輩は赤い顔をさらに染めて答えた。

「…………違いません」

「なら何も問題ないじゃないか」

「でもでも、やっぱり愛してるとかいうと恥ずかしいといいますかか、ラブラブといいますか――」

 白沢先輩は両手を頬にあてて恥ずかしそうに体をくねらせた。

「あはは、まあいいんじゃないですかね。好きなものは人それぞれですし」

 正直話についていけない私は、無難なことを言いながら愛想笑いを浮かべておいた。

「好きっていうには度が過ぎてる気もするけど」

「ちょっとひなちゃん!」

 ひなちゃんの空気を読まない発言につっこんでいると、根子先輩が声をかけてきた。

「そういえば、今田はなんでうちに入部しようと思ったんだ?」

 そういえば、ひなちゃんの入部の理由は私も知らなかった。

「あー、それはですね――」

 ひなちゃんは考える素振りもなく言い放った。

「カッコいいからです」

「……それだけ?」

 根子先輩の気が抜けた声にひなちゃんが頷いた。

「はい、それだけです。迷彩服に身を包み、銃を手に戦いを繰り広げる兵士。これ以上にコスプレのしがいがあるものはありません!」

「コスプレ? コスプレって……、コスプレ?」

 様々な作品の登場人物の衣装を着て身も心もその人物になりきるとかいうあれ?

「うん、多分そのコスプレ。言ってなかったっけ? 私、コスプレが趣味なんだ」

「初耳だけど」

 私が言うと、ひなちゃんは驚いた顔を見せた。

「あれ、そうだっけ? まあとにかく、私がここに入部したのは兵士のコスプレがしたいからってだけです。銃器だとか用語だとかミリタリーな知識は全くと言っていいほど持ち合わせておりませんのであしからず」

「なんて中途半端な……」

 そんな根子先輩のつっこみと同時に、部室のドアが開いて男性が入ってきた。

「お疲れ様でーす」

「おう、お疲れ。どうだった?」

 根子先輩が男性を労う。

「想定通りとだけ言っておきます」

 男性は苦笑いをした。

「ゼロ、か……。ほんと、お前らが入ってくれて助かったよ」

「いえいえ、それほどでも」

 根子先輩の言葉に、ひなちゃんが偉そうに胸を張る。

「なんか盛り上がってたようですけど、何かしてたんですか?」

 私は男性の質問に答えた。

「白沢先輩のカミングアウトから始まって、ひなちゃんの入部理由を聞いてたところです。えーと……」

 名前を言おうとして詰まってしまった。そんな私を見て察してくれたのか、男性は口を開いた。

「ああ、そういえばまだ名前教えてなかったですね。僕は二年の遊佐利親(ゆさ まさちか)、『利益』の利に(おや)と書いて『まさちか』です」

「あ、はい、分かりました遊佐先輩」

 と、私はお辞儀した。

「さて、これであとは瑞穂だけか。まったく、一年生も入ったんだしあいつももっと早く来い――」

 根子先輩が苛ついた様子を見せたそのときだった。

「ずばばばーん!」

 掛け声とともにロッカーの一つが勢いよく開かれた。

「ひゃぁぁぁ!」

「うわっ!」

 驚いて声を上げる私たち。

「な、なんちゅーとこから出てきてんだお前は!」

 根子先輩が胸を押さえながら言った。開かれたロッカーから出てきたのは乾先輩だった。

「あ? 見てわかんねーのかよ、ロッカーだよロッカー」

「そんなことは分かってんの、なんでロッカーの中にいたのかを教えろ」

「そんなの、みんなを脅かしてやろうと思ってに決まってんじゃん」

 あたりまえといった顔の乾先輩。

「決まってんじゃんって、高三にもなって何やってんだよ……」

 根子先輩が肩を落とした。

「授業終わってからずっとここにいたんだぜ? もう体中が痛くて痛くて」

 疲れ果てた顔で乾先輩が肩を回す。

「自業自得だろ。つか、お前また勧誘サボったな!?」

「あっ」

 乾先輩から短い声が聞こえたが、当の先輩はそれがなかったかのように続けた。

「いやいや、あたしも新入生に声かけて回ったよ? まあもちろん入部希望者は一人もつかまらなかったけどなー」

「いやお前さっき『あっ』って言ったよな『あっ』って! うちはまじで存続かかってんだからちゃんと頑張ってくれよな」

 根子先輩は乾先輩に詰め寄ると指を突き付けた。

「どうせもううちに入りたがるやつなんていないんだから、あたしがちょっとサボったってかわんねーだろ」

 と、乾先輩がどうしようもないという表情で肩をすくめる。

「おまっ――何開き直ってんだよ! 三年のお前がそんなんでどうすんだ」

「じゃあ何か? お前はこの二人の他に新しい部員見つけてきたってのか?」

 乾先輩が私たち一年生を指差した。

「うっ、ぐぬぬ……」

 根子先輩が悔しそうに声を漏らす。二人は顔を近づけたまましばらくにらみ合ったままだった。

「はぁ、もういい……。とりあえず、これで全員集まったな」

 やがて根子先輩はあきらめたように言って部員全員を見渡した。もちろんその中には勝ち誇ったような顔で立つ乾先輩の姿もあった。

「えー、いきなりだがみんなに連絡がある」

 根子先輩は微妙に怒気を含んだ声で言うと、一度咳ばらいをした。

「明日、忙しかったり用事があるやつはいるか?」

 根子先輩のその問いに声を発する人物はいなかった。

「よし、全員大丈夫みたいだな。それでは発表する」

 そして先輩は高らかに宣言した。

「明日土曜日に新歓パーティーを行う!」

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