残照―記憶の欠片―
ここまで読んで下さった方、有難うございます!
---フィニティスは気がつくと暗い場所に立っていた。
暗いが恐怖はない、逆に安堵にも似た暖かな感情を覚える不思議な空間だ。
辺りを見回しても何所も同じで変わらない。
(・・・ここ何処?)
-っと、その時目の端に白が写った。
ぎょっとして見ると自分の手だ。
だが、それは見慣れている4歳の自分の手からはかけ離れた、日頃から剣を握っていることが判る、しっかりとした大人の手だった。
辺りが暗く、はっきりしないが、自分が立っている位置からみると随分目線が高いように感じる。
ひょっとしたら、前世よりずっと高いのではないだろうか。
何が起こったのか判らず、とりあえず変わってしまった自分の身体を確認していると、横をふわりとした暖かい風が通り抜ける。
(―あっ森の匂い・・・)
匂いを感じるとともに、画面が切り替わるように辺りの景色も変わる。
残照だけを残して沈んでいく夕陽、鳥達は次々と巣へ飛び立ってゆく、森は迫り来る夜の帳の中にその姿を隠そうとしていた。
しばらくそんな景色を眺めていると背に視線を感じる、慌てて振り返ると一人の人間が立っていた。
背格好から男性というのは判るが、すでに顔がはっきりしないくらい辺りは夜の静けさを纏っている。
「・・・だれ?」
フィニティスは、顔を顰め不愉快を隠そうともせず問いかける。
不思議と不信感よりもどことなく懐かしさを感じる、問いに答えない相手から伝わってくるのは、何故か好意のみ。
そんな相手を不思議に思い、警戒心も起こらず、確認しようと一歩踏み出そうと足を上げる。
―ふわり
視界が黒に染まると同時に、目の辺りに体温を感じる。
「――まだ早い。今しばらく安穏とした時間のなかで、しばしの休息を・・・」
同時に耳から吹き込まれた言葉は、男のようにも女のようにも聞こえ、高くも低くも聞こえる。
驚きからびくりと身体を揺らしてしまうが、若いのか、年老いているのか、いったい自分に何が起こっているのか疑問から抜け出せないフィニティスは再び問う。
「貴方はだれ?・・・此処は?」
フィニティスが問うと手の主は、突然、外界から遮断するように頭を抱えるように抱きしめた。
「此処で起こった事も、元の世界に還ればすべて忘れます。だからいまは何も問わずに元の世界にお帰りなさい。」
「いや、いやよ。だって貴方から懐かしさを感じるもの・・・あなたはっ、貴方はだれなの?私、色々な大切な事を忘れている気がするの・・・」
「いずれっ・・・いずれ解る時がきます。すべてが其処へと向かっています。今は、まだ早い。」
頭を振りながら拒否するフィニティスに、手の主は苦しそうに言葉を返す。
それに対してフィニティスは、泣きそうになりながらも必死に訴える。
「何故っ!何故いまでは駄目なのっ・・・4歳の私では、幼すぎてはっきりしない事も今なら解る気がするの。忘れてしまうなら教えてくれてもいいじゃないっ」
「いけません。ショックが大きければ忘れても心への傷は残ります。取り乱してはいけません。」
「・・・解らないことが多すぎるわ・・・・」
諦めたようなフィニティスの耳に、癒すように優しい声が吹き込まれる。
「――心の耳を澄ましてみなさい。貴方を呼んでいる声が聞こえるでしょう・・・」
その言葉に半信半疑ながら、深呼吸をして瞳を閉じる。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・」
すると、何人かの囁き声のようなモノが聞こえる。
「さあ、在るべき場所へと戻りなさい。もう迷い込んでは駄目よ」
「まだ、貴方のこと何も聞いていないわ。」
「貴方は、知っているはずです。今は忘れていても必ず思い出します。さあ、行きなさい。」
フィニティスの背後から送り出すような突風が吹きつけてきた。
それに押し出される寸前、ポツリと耳元にで呟かれた言葉に涙が零れる。
「愛しています・・」
たしかにそう聞こえた。
高く高く押し上げられたフィニティスが最後に見た人は、自分と同じ色を持っていた気がした。