ゾンビたちの黄昏
長谷川蓮はラジオから流れてきたニュースを耳にし、愕然とした。聞き間違いかと思ったが、ニュースキャスターの女は落ち着いた声で同じ内容を繰り返し、それが間違いでないことが確定した。
『これをもって人類は、地球の支配権を完全に取り戻したと宣言します。今後、各地域のコミュニティーは、残存するゾンビの完全殲滅に乗り出す方針です』
人類が勝った。
それはこの世で最も聞きたくない知らせだった。
彼は心のどこかで、いつかこうなる時が来ることをわかっていたが、改めて宣言されてしまうと、恐怖の念がどっと押し寄せてきた。長谷川は居ても立ってもいられず、頭を抱えてのたうち回った。
なぜなら、彼自身がゾンビだったからである。
*
ゾンビウイルスのパンデミックが起こってから、すでに三十年以上が経過していた。
かつて人類は、人口をわずか三億人にまで減らしていた。しかし、リチャード・ミラー博士らの研究によってワクチンが開発され、状況は一変した。接種した人間は、ゾンビに噛まれても感染しない。人類は次第に勢力を取り戻し、十四年もの反撃の末に、ついに勝利を宣言したのである。
もっとも、ゾンビが絶滅したわけではない。今も数億体が世界各地をさまよっているという。
人類にとって、彼らは復興を妨げる危険な害獣だった。
そして長谷川も、その一匹ということになる。
「冗談じゃねえぞ……」
長谷川はラジオの電源を切った。しばらく狭い山小屋の中を歩き回っていたが、やがて藁のベッドに腰を下ろし、頭を抱えた。
彼は三十年以上前、四十七歳のときにゾンビウイルスに感染した。
しかし、どういうわけか脳だけは侵されず、人間の意識を保ったままゾンビになった。身体は腐り、顔も醜く変形したが、記憶も知性も残っている。それどころか、ゾンビになってからの人生の方が、彼にはずっと素晴らしいものだった。
人間だった頃の長谷川は、非正規労働者として職を転々としていた。どこの職場でも無能だと蔑まれ、毎日くたくたになるまで働き、帰宅すれば酒とたばこで気を紛らわせる。妻も子供もなく、将来に楽しみなどなかった。
ところが、ゾンビになってすべてが変わった。
まず、働かなくてよくなった。
眠る必要もなく、年を取ることもない。身体を維持するために食物は必要だったが、動物や人間の死体を見つければ、それで事足りた。
誰の命令も聞かず、誰にも頭を下げず、好きなところへ旅をする。山に登り、海を眺め、腹が減れば何かを食い、気に入った場所があれば何年でも滞在した。
とりわけ、今の山小屋は気に入っていた。
何年か前に偶然見つけたもので、屋根も壁も古びていたが、雨風をしのぐには十分だった。長谷川は周辺から木を集めて椅子を作り、寝床に藁を敷き詰めた。外には焚火の場所も設けてある。
そして、何より大切なのが本だった。
旅先で拾い集めた本が、棚に何十冊も並んでいる。昼は椅子に座って景色を眺め、夜になれば焚火のそばで本を読む。三十年も生きていれば、昔読んだ本の内容などすっかり忘れてしまうから、何度でも楽しめた。
こんな暮らしを、長谷川は死ぬまで続けるつもりだった。
いや、すでに死んでいるのだから、永遠に続けるつもりだった。
それを人間たちが奪おうというのである。
「ふざけやがって」
長谷川は、棚に並んだ本を眺めた。
逃げるべきだろうか。今までも、人間の姿を見つけるたびにそうしてきた。幸い、ゾンビになってから聴覚が著しく発達し、数百メートル先の足音まで聞き分けられる。人間が近づけば、発見される前に逃げることができた。
しかし、今回ばかりは事情が違う。
人類は組織的にゾンビを狩り始めるという。銃火器を持った集団が山へ踏み込んできたら、逃げ切れる保証はない。別の土地へ行ったところで、そこでもゾンビ狩りが行われているかもしれなかった。
長谷川は外に出て、自分で作った椅子に腰を下ろした。
山の向こうに夕日が沈みかけている。
また、こんな場所を探せるだろうか。
彼はしばらく考えていたが、やがて立ち上がった。
やらなきゃ、やられる。
長谷川は山小屋へ戻り、これまでの旅で集めてきた武器を取り出した。
ライフル、拳銃、ボウガン、手榴弾、それに通信機や釣り糸などの小物がある。いずれも廃墟や放棄された車両などから拾い集めたものだった。
しかし、銃を使うのはなるべく避けたかった。
ゾンビの身体は丈夫なようで、案外もろい。ウイルスによって筋肉や細胞が再生するとはいえ、長年の腐敗は進んでおり、強い衝撃を受ければ骨が折れたり、肉が裂けたりする。指先も弱っているため、重いものを強く握るだけで皮膚が破れることがあった。
欠損した身体を再生させるには栄養が必要だ。腕一本失うようなことになれば、元通りになるまでどれほどかかるかわからない。
そこで長谷川は、まず山道に罠を仕掛けることにした。
それから、もう一つ準備することがあった。
彼には、切り札があったのである。
*
それから一週間後、山の向こうで爆発音が響いた。
長谷川は山小屋から飛び出し、音のした方角に耳を澄ませた。距離は二、三キロメートルほどだろう。鳥や獣の騒ぐ音に混じって、人間の叫び声が聞こえてくる。
罠にかかったのだ。
長谷川はボウガンを担ぎ、森の中を進んだ。
しばらくすると、人間の足音が聞こえ始めた。十数人はいる。しかも、足音の間隔がほぼ揃っていた。
組織的なゾンビ狩りが、とうとうこの山までやって来たのである。
長谷川は茂みに身を隠し、様子を窺った。
現れたのは、銃で武装した十数人の集団だった。先頭の数人が周囲を警戒し、負傷した仲間を支えながら慎重に進んでいる。
中でも目を引いたのが、赤いバンダナを巻いた筋肉質の女だった。
「隊列を乱すな! 足元を見ろ!」
女の指示に従って、一行は歩みを遅くした。
どうやら、あの女が隊長らしい。
長谷川は手榴弾を握りしめた。
人間たちはまだ彼の存在に気づいていない。このまま見過ごせば、何事もなく山を下りていく可能性もあった。
だが、再びやって来ないとも限らない。
いずれ見つかるくらいなら、今のうちに殺しておく方が安全だ。
長谷川は、隊列が狭い山道に差しかかるのを待った。
女が何かを叫び、数人の隊員が振り向いた。
その足元へ、手榴弾が転がり込んだ。
「伏せろ!」
爆発が起こった。
隊列の中央で土煙が上がり、数人の隊員が地面に倒れた。誰かが悲鳴を上げ、残った隊員たちが一斉に銃を構える。
「撃つな! 敵の位置を確認しろ!」
赤いバンダナの女が叫んだ。
しかし、倒れた隊員の一人は動かず、もう一人は血を流して苦しんでいた。
「くそっ、撤退するぞ! 負傷者を運べ!」
長谷川は茂みの中から、その様子を眺めていた。
これで懲りただろう。
人間たちが引き揚げるのを待ってから、彼は残された死体に近づいた。
死んだ隊員の一人はまだ若く、横向きに倒れたまま、片手を胸元に添えていた。
長谷川はその死体を見下ろした。
食料が手に入った。
ささやかな勝利を喜びながら、彼は死体を引きずって茂みの奥へ運んだ。
*
人間という生き物は、実に執念深い。
その日の夜、長谷川は山小屋で休んでいたが、遠くから聞こえてくる異様な物音に気づいた。
数え切れないほどの足音だった。
百人以上はいるだろう。しかも、山のあちこちから近づいてくる。上空ではヘリコプターの音まで響き始めた。
「もう来たのか……」
長谷川は慌てて外へ出た。
人間たちは、最初の部隊が通った道を避け、複数の方角から山を包囲し始めていた。あれだけ派手に攻撃したのだから、危険な敵がいることは知れ渡ったはずだ。
長谷川は舌打ちした。
あの女を逃がしたのは失敗だった。
だが、こうなった以上、後悔しても仕方がない。
長谷川は通信機を取り出した。
これから使うのは、三十年以上のゾンビ生活で偶然発見した能力だった。
ゾンビたちは、人間の声とは異なる独特のうなり声を発する。その音を聞いた仲間は、近くに獲物がいると判断し、声のする場所へ集まってくる。
人間には意味のない唸り声にしか聞こえないが、ゾンビにとっては「餌がいる」という合図なのだ。
しかも長谷川には、その声を意図的に出すことができた。
彼はこの一週間、山中の何か所かに、通信機と接続したスピーカーを設置していた。そして周辺の山々に散らばっていたゾンビたちを、声で少しずつ呼び集めておいたのである。
その数は数千体に達していた。
長谷川は通信機を握ったまま、喉の奥から低いうなり声を発した。
遠くの足音が、一斉にこちらへ向きを変えた。
枯葉を踏みつけ、地面を引きずり、枝を折りながら、無数のゾンビが動き出したのである。
あとは連中が到着するまで隠れていればいい。
もっとも、数千体のゾンビが武装した人間に勝てるかどうかはわからない。最近の人間は銃も弾薬も豊富に持っているらしく、ヘリまで飛ばしている。ゾンビの群れを全滅させられる可能性もあった。
しかし、戦闘になれば必ず混乱が生じる。
その隙に逃げるつもりだった。
長谷川は、山小屋から二十メートルほど離れた場所に掘っておいた隠れ穴へ潜った。穴の上には木の板を被せ、枯葉と土で覆ってある。
ここなら、そう簡単には発見されない。
彼はじっと身を潜め、ゾンビたちの到着を待った。
ところが三十分ほど経った頃、聞き慣れた場所から人間の声がした。
山小屋だった。
長谷川は板を少し持ち上げ、外を覗いた。
五人ほどの隊員が、彼のねぐらを調べていた。
「誰か住んでたみたいだな」
一人が焚火の跡を見つけた。
別の隊員が小屋の中へ入り、藁のベッドを調べている。
「人間か?」
「さあな。だが、この山には爆弾を仕掛ける奴がいるんだろ。油断するな」
隊員たちは周囲を警戒しながら、小屋の中を調べ始めた。
その中のひとりが椅子を乱暴に引きずり出し、椅子を蹴飛ばした。椅子は地面に倒れ、背もたれが折れた。腐った手に苦心しながら、何日もかけてつくった大切な椅子だった。
「なにをしやがるんだ!」
もちろん、相手には聞こえない。
隊員たちは、そんなものに興味がないらしく、壊れた椅子を脇へ放り投げた。
今度は、山小屋から本を持ち出してきた。
「おい、こんなもんまであるぞ」
「本か。誰か住んでたのは間違いなさそうだな」
一人がページをめくり、仲間に見せた。
長谷川は穴の中で身を震わせた。
その本は、彼が旅先で見つけたお気に入りの一冊だった。何度も読んだせいで表紙が外れかけ、ページの角もすり減っていた。
隊員はぱらぱらとページをめくったあと、本を地面に放った。外れかけた表紙が折れ、開いたページに泥がついた。
ほかの隊員が、小屋の奥から声を上げた。
「誰もいないが、寝床に本まである。誰かの住処だったのは間違いない」
隊員の一人が無線機を取り出した。
「隊長、小屋を発見しました。寝床と本、それに銃もあります」
『そうか。周囲を見張れ』
聞き覚えのある女の声だった。
『それから、小屋に火をつけろ』
「焼くんですか? 森に燃え移りますよ」
『わかってる。延焼したら全員退け。だが、奴がここにいるなら、黙って見てるとは思えねえ』
「……了解」
『私も近くを探す。何か動いたら知らせろ。今度こそ逃がさねえ』
長谷川は耳を疑った。
焼く?
隊員たちは小屋から離れ始めた。
そして間もなく、屋根の下から煙が立ち昇った。
火をつけられたのだ。
長谷川は、穴の中からその光景を見つめていた。
火は乾いた木材を伝い、壁から屋根へ広がっていく。あっという間に炎が大きくなり、窓から真っ赤な光が溢れ出した。
毎晩、焚火のそばで本を読み、朝になれば景色を眺めて過ごした、自分の家だった。
それが今、燃えている。
「やめろ……」
長谷川は声を絞り出した。
「やめろよ……」
だが、隊員たちは火を消そうとしなかった。
長谷川は、隠れ穴に置いてあったボウガンを手に取った。
弦を引こうとしたところで、右手の指先が裂けた。腐敗した皮膚が剥がれ、黒ずんだ血が滲む。
それでも彼は矢を装填した。
我慢すれば、もうじきゾンビの群れが来る。
そうなれば人間たちを襲わせ、自分は安全に逃げられるはずだった。
だが、長谷川は待てなかった。
燃え盛る山小屋の前に、一人の隊員が立っていた。長谷川は穴の蓋を少し持ち上げ、隙間からボウガンを突き出した。頭上ではヘリが旋回し、周囲の足音をかき消していた。
長谷川はその男に狙いを定め、矢を放った。
矢は男の首に突き刺さり、男は膝を折って倒れた。
「敵だ!」
仲間たちが一斉に銃を構えた。
長谷川は穴の中で笑った。
ざまあみろ。
しかし、ボウガンを引っ込めたところで、すぐ背後から声がした。
「尻尾出しやがったな」
振り向く間もなく、穴を覆っていた木の板が乱暴に取り払われた。
赤いバンダナを巻いた女が、銃口を突きつけていた。
「このクソ野郎が……!」
長谷川は慌てて拳銃に手を伸ばしたが、女はそれを見逃さなかった。
「動くな。少しでも動いたら撃つ」
長谷川は手を止めた。
女は穴の中を覗き込み、彼の顔を見ると、妙な表情になった。
「……何だ? お前、言葉がわかるのか?」
長谷川は答えなかった。
「手榴弾を投げて、隠れて、今度はボウガンか。普通のゾンビにできるわけがねえ。お前、頭は人間だろ」
女はしばらく長谷川を見下ろしていた。
その目には、怒りと驚きが入り混じっていた。
「てめえが殺した部下の中には、まだ二十歳になったばかりの奴もいたんだぞ」
長谷川は黙っていた。
「死体まで食い荒らしやがって……」
女は歯を食いしばった。
しかし、引き金は引かなかった。
「――ちっ」
女はライフルを握り直した。
「これまでにないタイプの個体だ。今すぐぶち殺したいが……仕方ねえ。連れて帰る」
長谷川は目を見開いた。
連れて帰る?
いったい何のために?
解剖するつもりか。実験材料にするつもりか。何十年も檻に閉じ込められるかもしれない。
そもそも、人間たちはゾンビを皆殺しにすると宣言したばかりではないか。
長谷川は必死で逃げ道を探した。
穴から這い出ようとすれば撃たれる。女の背後へ回り込むこともできない。腐った身体では、素手で飛びかかっても返り討ちに遭うだけだ。
女は彼の焦りを見て取ったらしく、少しだけ銃口を下げた。
「大人しくしてろ。余計なことをしなきゃ、今ここで殺しはしねえ」
長谷川には、その言葉を信じることができなかった。
女は背後へ向かって怒鳴った。
「おい! こっちに来てくれ! 生きたまま運ぶぞ!」
そのときだった。
山小屋の方から、けたたましい悲鳴が上がった。
「何だ!?」
女が振り返った。
燃え盛る山小屋の向こうで、無数の人影が動いていた。
ゾンビの群れが到着したのである。
先頭のゾンビが隊員に飛びかかり、続いて何十体ものゾンビが押し寄せてくる。隊員たちは一斉に発砲したが、その背後からも次々とゾンビが現れた。
「くそっ、こんなにどこから……!」
女が銃口をそちらへ向けた。
長谷川はすかさず拳銃を抜いた。
銃声が響き、女がよろめいた。
弾丸は肩に当たったらしい。彼女は顔を歪めながらも、すぐに銃を構え直そうとした。
しかし、長谷川を撃つより早く、背後からゾンビが飛びかかった。
「うぐっ! どけ、この!」
女はゾンビを振り払おうとした。
その隙に長谷川は穴から這い出した。
拳銃を撃った右手首が裂けていた。親指の付け根から肉がめくれ、指がうまく曲がらない。
だが、動けないほどではない。
長谷川は荷物を抱え、森の中へ走り出した。
「待ちやがれ!」
背後から女の怒声が聞こえた。
「てめえ、絶対に見つけ出してやる!」
長谷川は振り返らなかった。
*
山は大混乱に陥っていた。
数千体のゾンビが山中を埋め尽くし、人間たちに襲いかかっている。銃声が絶え間なく響き、叫び声があちこちから聞こえた。
上空のヘリも、何かを探すように山の周囲を旋回していた。
長谷川は、人間の足音が少ない方角を選んで逃げた。
三十年以上、誰にも見つからないように歩いてきた。夜の山道も、茂みの中の獣道も、長谷川にはよくわかっていた。
やがて、後ろから聞こえてくる銃声が遠ざかっていった。
長谷川はようやく足を緩めた。
振り返ると、山の一角が赤く燃えていた。
小屋から燃え移った火は、周囲の木々にまで広がっているらしい。風が吹くたびに炎が勢いを増し、黒い煙が夜空へ昇っていく。
あの中に、長谷川の家があった。
彼はしばらく山を眺めていたが、やがて再び歩き始めた。
もう戻れない。
藁のベッドも、椅子も、本も、すべて焼けてしまった。
ちくしょう。
あんなにいい場所だったのに。
長谷川は裂けた右手を押さえながら、山道を下り続けた。
しばらくすると、赤いバンダナの女の顔が思い浮かんだ。
あの女は自分を殺さなかった。
部下を殺され、死体まで食われていたというのに、捕まえて連れて帰ると言っていた。
あそこで抵抗しなければ、どうなっていただろう。
長谷川にはわからなかった。
それどころか、最初の小隊を見つけたとき、手榴弾など投げずに逃げていたら、今頃まだ山小屋で暮らしていたかもしれない。
その考えが浮かんだ途端、長谷川は腹を立てた。
何で俺が逃げなきゃならないんだ。
自分の家がある山から、なぜ逃げなければいけない。
そもそも、先にゾンビを皆殺しにすると宣言したのは人間の方ではないか。
殺される前に殺しただけだ。
あの女だって、結局は自分を捕まえて、どこかへ連れて行こうとしていた。
やっぱり人間なんか信用できない。
長谷川は足を速めた。
こうなれば、別の山を探すしかない。人間が滅多に来ないような、もっと奥深い山がいいだろう。
そこでまた小屋を探して、椅子を作り、本を集め直せばいい。
どうせ時間はいくらでもある。
そう考えたところで、長谷川は立ち止まった。
また見つかったら?
今度は逃げられるだろうか。
人間たちはヘリコプターまで使っていた。あれだけの兵士を一度に動かせるのだから、今後はもっと大がかりなゾンビ狩りを行うに違いない。
別の山へ逃げたところで、いずれ見つかる。
そのたびに逃げるのか。
せっかく作った椅子も、集めた本も捨てて。
長谷川は、昔の自分を思い出した。
嫌な職場を辞めても、次の職場でまた同じような目に遭う。そうやって転々とするうちに四十七歳になり、結局、何一つ手に入らなかった。
ゾンビになって、ようやくその暮らしから解放されたのだ。
もう二度と、あんな生活はしたくない。
彼は腰を下ろし、しばらく考え込んだ。
やがて、荷物の中から通信機を取り出した。
人類の人口は、かつて三億人にまで減ったという。一方で、ゾンビは今も数億体が残っている。
今日集めたのは、たった数千体だ。
それでも、武装した人間たちを混乱させ、逃げ延びることができた。
もっと大勢集めたらどうなるだろう。
ゾンビの群れを人間の町へ送り込んだら、どうなるだろう。
長谷川は通信機を握りしめた。
人間が強くなる前に叩き潰す。
今なら、まだ間に合うかもしれない。
もしかすると、自分と同じように知性を残しているゾンビもいるかもしれない。そういう仲間が見つかれば、もっと大きなことができる。
やらなきゃ、やられる。
長谷川は暗い山道の向こうに耳を澄ませた。
遠くから、いくつもの足音が聞こえてくる。
人間の足音ではない。
ゾンビたちだった。
長谷川は今まで、その足音を頼りに仲間を避けたり、危険な場所から遠ざかったりしてきた。
しかし、今度は違う。
彼は通信機を口元へ寄せ、喉の奥からうなり声を発した。
遠くの足音が、一斉にこちらへ向きを変えた。
それを聞いた長谷川は、満足そうに笑った。
もう、逃げるのはやめだ。
醜い人間どもを一匹残らず始末してやる。
この星の支配者は、この俺だ。




