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渡る世間に鬼は居ない

 浮いた刃紋は木目状、淡い枯茶色の刀身はおとなしい色彩であるにも関わらず、見るものに趣と美を感じさせ、鮮烈な印象を与える。

 振り上げた切っ先は縦一文字に振り下ろされる。

 刃はよどみなく人体を分断し、斬られた浪人は断末魔をあげることすら叶わず二つになって地面に伏した。

 同様の死体が他に二つ、血しぶき舞う中、男は踵を返し、刀を腰の鞘に納める。

 その容貌は異様だった。上から下まで黒尽の袴姿、伸びすぎた髪を無造作に頭の後ろでまとめられた惣髪、六尺(約百八十センチメートル)を超える体躯であるのにも関わらず帯刀する刀の刃渡りは二尺(約六十センチメートル)強ほどしかない。そして、隻腕。そう、この男は左腕一本で、傷一つ負わず、迫り来る三人の浪人を切り伏せたのだ。

「怪我はないか?」

 ただ一本の手を差し出して男は問う。

「ああ、すまない、助かった」

 少女はその手をとり言う。だがその声にはまったく礼の心も侘びの心もこもっていない。まるで助けなど望んでいなかったかのように。

 少女の容貌も異様だった。銀髪に黄金の瞳、身なりこそ簡素な小袖姿だったが、一目で異人と分かる出で立ち。

 しかし、美しい。異様であることを全く気に留めさせない美しさが少女にはあった。少女の顔立ちは綺麗と称するには幼く、愛らしいと呼ぶには大人びていて、妖しいまでの魅力と共に危うさを潜めていた。

 なによりの異質が、この少女、目の前で三人の男が惨殺されたにも関わらず眉一つ動かさない。

 ざわ、と茂みが揺れる。少女が立ち上がったのと、気配に気づいたのは同時だった。

 腰をかがめ、踏み込みは一歩、居合いの要領で刀を引き抜き、男は茂みの中の人物の目前に切っ先をかざす。

「ちょっ、待った」

 はらり、と斬られた枝が地面に落ち、茂みに隠れていた人物が浮き彫りになる。

 がさ、と草木をを揺らす影――少年は両手を挙げ降参を表しながら立ち上がる。

 髷は結わず、ざっくり切っただけのような髪は整えるという言葉を知らないようにところどころ逆立っている。特に目を引くのは二つ。一つは左手の先から肘にかけて巻かれたさらし、もう一つは背に負った、自らの背丈を優に超える七尺弱の野太刀。

 少年は肌色の手と白い手を挙げたまま、ゆっくりと男たちと距離をとる。

「何者だ?」

 男は悠然と問う。

「いや、俺は偶然通りかかっただけで……」

 必死に笑いを浮かべ少年は弁明を図る。

 しかし、男の敵意たっぷりの視線に射すくめられ、肩をすぼめ萎縮する。

「やだなぁ、おっさん。そんなに見つめないでくれよどきどきしちゃうじゃんか」

 あはは、と必死に少年は愛想笑い。

 しかし喉元に突きつけられた切っ先から殺意は消えない。

「あ、まちがった。おにーさん」

 あは、あはは、と今度は二倍増しで愛想笑い。

「ッ!」

 隙は一瞬。少年は男の刀をすり抜け、一気に間合いを詰める。男の対応はまったく間に合わない、少年はそのまま男めがけて突進――とみせかけて男の脇抜ける。目指す先は、先ほどの銀髪の少女。

 そして人質にとる――わけではない、少年は少女に駆け寄るとその白い手をとると、ふむふむ、としきりに頷きながら少女の姿態をまじまじと観察する。まったく反応を見せない少女のに肩に触れ、頭に手を乗せ、最後に少年は自身の顎に手を当て何かを考えるそぶりで少女の金色の目を覗き込む。そして、

「惚れた!」

 声高らかに宣言した。

 少女は無反応。

 少年は「あれ?」と笑顔のまま首を傾げる。

 跪いて、少女の手をとって、目を見据えもう一度。

「俺は貴方に惚れた。というわけで命を懸けて貴方を護ります」

 尚も少女は無反応。

「うわっ!」

 ちょうど、少年の頭があった位置を、木目状の波紋が浮く刃が通り抜ける。

「おい! いま避けなかったら首が飛んでたぞ!」

 あわてて少女の背に隠れ、少女の両肩に手を乗せつつ少年は抗議する。言ったそばから少女との約束は破られた。

「ほう、今のも躱すか。お主、何者だ?」

「え、(えにし)

 少女の肩口からひょっこり顔を覗かせ少年は答える。

「縁? 聞いたことないな、どこの家の者だ?」

 男は片手で持った刀を縁と名乗った少年の目先突きつける。

「家? そんな由緒正しい家の人間じゃねえよ」

「嘘……だな、ならその背中の獲物はなにか?」

 縁に敵意なしと判断した男は、切っ先を縁から反らし、縁の背の野太刀を示す。

「あ、これ? じっちゃんの形見だ」

 縁は野太刀の柄を掴んで粗末に答える。

「俺はしってるぜ、おっさんのこと」

 びし、と無礼に縁は男を指差す。少女の後ろから。

「私もだ」

 少女も口を挟む。

 うんうんと頷き、少女に同調しつつ縁は言葉を続ける。

(よる)……だろ? 宮本武蔵を斬ったって。地上最強の兵法仁だってちまたじゃもっぱらのうわさだ」

 夜と呼ばれた男は口元に虚無的な笑みを浮かべる。

「そうか、知っておるのなら話は早い――」

 言いつつ、夜は片手で刀を構える。両腕が揃っていたのなら正眼やや左。しかし、隻腕の夜のその構えは異様の一言に尽きる。それは鬼気か邪気か、夜からとめどない圧力を感じさせた。そして夜は言葉を続ける。

「わしと仕合ってもらいたい」

「やだね」

 即答。

「何故?」

「手合わせではなく、仕合ってのは?」

「無論。わしと殺しあってもらう」

 少女の肩から手を離し、縁はかるく背筋を凍えさせる。

「やだね、手合わせでも俺はごめんだ」

 野郎に興味はねえ、とばかりに夜を無視して縁は少女に向き直る。

 興味なしと判断され、ふっ、と笑いのような溜息を吐くと、夜は刀を納める。

「それより、どこに向かってるんだ?」

 呆れるように歩き出した少女を追い、その横顔を覗き込みながら縁は問う。

「私は……とりあえず、北へ」

「北か。よし、じゃあ俺も北へ行く予定だったんだ。途中まで一緒に行こう」

「断る」

 少女は横柄に答える。

「そんなこといわずにさ、な?」

 それでもめげない縁。

「ほら、おっさんも」

 縁は夜の腕を引く。

「そうだ! 名前、まだ訊いてなかった」

「私は……」

 吹き抜けた風に少女は目を閉じる。美しい銀髪一本一本を風が攫い、陽に反射してあたりに光を振りまく。

 少女は目を開けると、言った。

「……(むらさき)

 金色の瞳はまっすぐ前を捉える。

「紫か、いい名前だ。よろしく。おっさんも」

 にっこり笑顔で言うと、紫と夜の手をとり無理やり握手をする。

 かくして、縁、紫、夜の奇妙な三人旅は始まったのだった。

あまつかみ豆知識コーナー!

第一回~長さについて~


紫「縁、なにか始まったぞ」

縁「ん? ああ、ここは作者が毎回、本編では説明できなかった設定やら時代背景やらを俺たち三人が語っていくコーナーだそうだ」

紫「こらこら、コーナーなどを安易に使うな、作品の雰囲気がブチ壊しではないか」

縁「ならお前もブチ壊しとか言うなよ……。ちなみにここでのお話は本編の流れとはまったく関係ないので平気だ」

紫「私たちが喋ること自体が軽いネタバレになっているがな。それより、夜の姿が見えんが」

緑「それは大人の事情というやつだ」

紫「それではしかたがないな、二人だけで進めるとしよう。なになに? 第一回のお題は『長さについて』? まったく消炭の奴も困ったものだな、長さくらい作中で説明しろというのに」

縁「まあ、あいつの技術力の低さは認めるが、世界観を考慮した苦肉の策なんだ。こうして俺たちの出番も増えたことだし許してやってくれ」

紫「で? 『長さについて』私たちは何を話せばいいのだ?」

縁「この作品は(一応)時代小説というくくりにあるからモノの単位はそれに則っている。メートルとか表現すると世界観ブチ壊しだからな、そこで登場するのが『寸』『尺』『丈』『間』」

紫「四つだけか?」

縁「まあ、本当はもっとあるんだが、作中に出てくるのはたぶん四つくらいだ。これら四つの長さは『尺』は1メートルの33分の10。『寸』は尺の10分の1。『丈』は尺の10倍。『間』は尺の6倍といふうに決められている」

紫「なんともめんどくさいな」

縁「簡単にまとめると

   一寸=約3.03センチメートル

   一尺=約30.3センチメートル

   一間=約1.18メートル

   一丈=約3.03メートル

    といったところかな」

紫「ふむ、つまりは夜の背丈は『六尺を超える』だから正確には181センチを確実に超えているということになのだな?」

縁「そこまで重箱の隅をつかなくても……。俺たちの時代は画面の向こうの世界と比べると平均身長がかなり低いからおっさんがいかに大男かということがわかるな。ちなみに俺の身長は五尺七寸。約170センチくらいだ。おっさんと並ぶと小さく見えるかもしれないが、この時代からしたらけっこう大きいほうだぞ」

紫「うむ、もっと正確に近づけると約172.71センチメートルだな」

縁「……俺の背負ってる刀は七尺弱だから、おっさんよりも大きい」

紫「いつも思うのだが、それは重くないのか?」

縁「や、けっこう重いんだこれが、だからいつも右肩からかけたり左肩からかけたりして肩にかかる負担を減らしてる」

紫「そうなのか? まったく気づかなかったぞ」

縁「あんたは俺に興味がなさすぎだ! ……あと気をつけてほしいのが俺の刀は全長が七尺弱で、おっさんの刀は刀長(刃渡り)が二尺強だということだ」

紫「うむ? それはどう違うのだ?」

縁「俺の刀は柄も入れた長さだけど、おっさんのは純粋に刃の部分の長さだってこと」

紫「また、消炭のやつめ、めんどうくさいことをしおって」

縁「まったくだ、俺にもあいつのこだわりは理解できない。ちなみに、俺の刀は柄の長さが二尺ほどあるから刃の部分はそこまで長くはない。とはいっても全長の割りにという意味で、普通の刀の企画から考えたら十分にながいけどな」

紫「お、おい! 縁!」

縁「なんだ?」

紫「ここを見ろ」

縁「ん? なになに……刀のことについては次回話す予定だからあまりしゃべらないように?」

紫「……ついに、やってしまったな縁」

縁「ついにって何!? ああ、いつかやると思ってましたってか!? てかそんな目で見るな!」

紫「はあ、いたしかたない」

縁「……?」

紫「……では、次回。また会う日まで」

縁「あ~! 勝手に終わらせや(以下強制終了)」


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