きらきらひかる
「きらきらひかる~……」
歌い始めたのにそのあとが続かない。
僕は僕の部屋の中で歌うのを止めた。
だって、僕はこの続きを知らないから。
教えてくれていたきいちゃんが帰ってこなくなったから。
どこに行ったのか、僕は知らない。
……僕はこの部屋で知らないことばかりだ。
知らなくていいことだから僕はこの部屋にずっといる。
だって、何もしなくてもご飯が食べられるし、怒られることもないし、何かにおびえて生きることもなく、ただ寿命までこの部屋にいるだけ。
きいちゃんやきいちゃんが「おとうさん」「おかあさん」と呼んでいる人が世話をしてくれるもの。
僕が住んでいるこの部屋はきいちゃんたちが用意してくれた。
僕が他の子と一緒に小さな部屋に並べられているときにきいちゃんがやってきて目が合った。
きいちゃんが僕を見て僕をきいちゃんの家に連れて帰ると言ってくれた。
「どれどれ?……セキセイインコ?」
「奇麗ね~」
「あおとしろのがかわいい!」
きいちゃんのお父さん、お母さん、きいちゃんの順に声を聴いた。
僕のことを言っていた。
僕はきいちゃんの家に連れていかれた。
新しい部屋に入ると僕は初めて自分だけの新しい部屋を使えることに嬉しくなった。
出会った時のように僕に止まり木を用意してくれていたし、一番うれしかったのはブランコが天井からぶら下げられていたことだ。
ユラユラ揺れて楽しいから、僕は寝るとき以外はいつもブランコにいる。
ブランコのすぐ近くにチリチリと鳴る鈴も、僕が触って遊べるようにしてくれていた。
きいちゃんは僕がくちばしでつついてチリチリ鳴らすと喜んでいたし、自分でも指先で鳴らして僕と一緒に遊んでくれた。
一通り遊ぶと、きいちゃんは僕にいろんな話をしてくれて、声を聞かせてくれた。
その中で一番多く聞かせてくれたのは歌だった。
きいちゃんは『きらきらひかる~』を繰り返し歌っていた。
ずっとずっと聞かせてくれていた。
だから僕も『きらきらひかる~』を覚えた。
でもきいちゃんはその『きらきらひかる~』しか歌えなかった。
きいちゃんのお母さんとお父さんは、きいちゃんに次のフレーズは教えてあげないの?と笑っていた。
きいちゃんが「これでいいの~」と笑い返しているのが、僕も楽しかった。
なのに。
きいちゃんは突然、僕の部屋に来てくれなくなった。
なぜ?
きいちゃんが……僕に会いに来てくれない。
どうして?
僕寂しいよ。
寂しいから僕はきいちゃんに聞こえるようにきいちゃんが歌っていた『きらきらひかる~』を初めて鳴いてみた。
ずっと鳴いていたらきいちゃんのお母さんが来てくれた。
きいちゃんのお母さんはきいちゃんが来てくれなくても、僕のご飯や水を持ってきてくれたし、僕の部屋を綺麗にしてくれていたけど……。
僕はきいちゃんに会いたいんだ。
きいちゃんに会いたいなぁ。
いつになったらきいちゃん来てくれるのかなぁ。
そう思いながら僕は「きらきらひかる~……きらきらひかる~……きらきらひかる~……」ときいちゃんを呼んだ。
するとバタバタと煩い音が近づいてきた。
何があったのかときいちゃんのお母さんが僕の部屋に駆け込んできたらしい。
きいちゃんのお母さんが真っ赤になっている目を大きく開いて僕を見る。
僕はきいちゃんに来てほしいのに。
そう思って首を傾げる。
もう一度僕は「きらきらひかる~……きらきらひかる~!」と声を大きくして鳴いてみた。
きいちゃん!
きいちゃん!
僕と遊んで……
「きらきらひかる~!」
きいちゃんのお母さんが慌ててどこかに行ってしまった。
「きらきらひかる~!」
きいちゃん。
「きらきらひかる~!」
きいちゃんのお母さんが来たのならきいちゃんも来てくれるはず。
「きらきらひかる~!」
「きらきらひかる~!」
「きらきらひかる~」
「きらきらひかる~……」
きいちゃん、来てくれないなぁ。
僕は一生懸命きいちゃんを呼んだ。
「きらきらひかる~!」
僕は諦めないで力の限りに叫んでいた。
いつまででも、きいちゃんが来てくれるまで、僕は「きらきらひかる~」で鳴き続けた。
ずっとずっとずーっと、どれくらい鳴き続けていたのか僕は分からない。
だけど、ある日、きいちゃんのお母さんとお父さんが、僕を部屋ごとどこかに運んでいく。
僕が煩いからどこかに連れていくのかな……。
きいちゃんがいないなら僕はどこに行ってもいいかなと諦めてしまいそうになった。
ものすごいスピードで僕は連れていかれた。
それでも僕は諦めてはいけないと思い直す。
運ばれていく間でも僕は「きらきらひかる~」と鳴いた。
きいちゃんのお父さんに運ばれて行った所は白い場所だった。
とても静かなのに小さな音がピッピッと、繰り返し鳴っている。
どこかに僕と同じように誰かが鳴いているのかなと思って、僕も「きらきらひかる~」と鳴いてみる。
きいちゃんから教えてもらった「きらきらひかる~」。
「ほらきいちゃん、聞こえる?」
きいちゃんのお母さんがどこかに向かってきいちゃんに話しかけているらしい。
きいちゃんが近くにいるの?
「きいちゃん、ことりさん連れてきたよ? きいちゃんが歌っていた『きらきら星』、ことりさんが歌ってくれているよ。聞こえているかい?」
今度はきいちゃんのお父さんが、お母さんと同じ所に話しかけている。
きいちゃん……そこにいるの?
きいちゃん。
きいちゃん!
「きらきらひかる~……」
「きらきらひかる~」
「きらきらひかる~!」
「きらきらひかる~!」
僕は何度も何度も!
きいちゃんを呼ぶ!
力いっぱい叫んだ!
「きらきらひかる~……!きいチャン……」
きいちゃんに会いたい!
「きらきらひかる~!……きいチャン……きいちゃん!」
僕は初めてきいちゃんの名前を呼ぶ。
きいちゃんに会いたいよ。
「きいちゃん……」
すると小さかった音が聞こえないくらい、きいちゃんのお母さんが叫んだ。
「紀伊ッ!?」
「紀伊ちゃん!?」
今度はきいちゃんのお父さんも叫んだ。
どうしたの?
きいちゃんがそこにいるの?
きいちゃん!
「きらきらひかる~!」
僕はきいちゃんに聞こえるように大きな声で鳴く。
「きいちゃん! 頑張って!」
「紀伊、ガンバレ!」
きいちゃんのお父さんとお母さんがそこにいるらしいきいちゃんに話しかけているのだろうか……。
分からない。
きいちゃんの声が聞こえない。
きいちゃんの姿が見えない。
だけど、僕はそこにきいちゃんがいると思って鳴く。
「きいちゃん……きいちゃん……」
きいちゃんの「きらきらひかる~」が聞きたいよ。
「きらきらひかる~!」
「紀伊……」
「紀伊……ちゃん?」
きいちゃんのお父さんとお母さんの声が震えている。
どうしたの?
きいちゃんそこにいるの?
きいちゃんなにしているの?
教えてよ。
「紀伊……うぅ……」
きいちゃんのお母さんから普段聞こえない声がする。
「紀伊ぃ……っ!」
きいちゃんのお父さんは声が出なくなった。
ねぇ、きいちゃんがそこにいるなら僕にも何があったのか知りたいよ!
「きらきらひかる~!」
「あ……」
「あぁ……はは……」
僕の鳴き声を聞いて二人は振り返り小さく笑った。
お父さんもお母さんも目が赤い。
僕は首を傾げる。
「きらきらひかる~」
「ありがとう。……君のおかげで、紀伊が目を覚ましたんだよ」
「きいチャン!」
「ふふっ……ありがとう。紀伊ちゃんの意識が戻ったわ。病院に頼み込んで連れてきて本当に良かった……」
「きらきらひかる~」
お父さんが僕を部屋ごときいちゃんが見える所まで運んでくれた。
あ……きいちゃんがいる。
きいちゃんが見えた!
やっとあえた。
きいちゃんは白いところで寝ていた。
僕にはよく分からない細いものがきいちゃんの身体につながっていて変な感じ。
今までのきいちゃんにはついていなかったもの。
きいちゃんの目が僕を見てくれている。
嬉しいッ!
きいちゃんにやっと会えた!
きいちゃん!
「きいチャン!」
僕は嬉しくなって叫んだ。
きいちゃんはゆっくりと瞬きした。
「きらきらひかる~」
僕は鳴いた。
僕が鳴いたのを見てきいちゃんは微かに目を大きくした。
僕の声に驚いたみたい。
僕は嬉しくなって何度も鳴いた。
「きらきらひかる~……」
僕は嬉しいことをきいちゃんにもっと知ってほしくて翼を広げてバタバタと羽ばたく。
「きらきらひかる~」
僕が乗っているブランコが激しく揺れる。
きいちゃんの目がちょっと細くなった。
笑っているのかな?
嬉しいなぁ。
きいちゃんが笑うと僕も笑う。
気持ちがふわふわ、ほかほかしてくる。
「先生呼んでください!お願いします!」
きいちゃんのお母さんがどこかにさけんでいる。
しばらくすると白い服を着た人が何人かやって来た。
誰なんだろう?
なんだかよく分からないけど、僕はまたきいちゃんが見えない場所に運ばれてしまった。
でもきいちゃんの近くにいることは分かった。
「きらきらひかる~」
僕はまた鳴く。
きいちゃんに会えて僕は幸せな気分だ。
またきいちゃんの「きらきらひかる~」が聞ける。
きいちゃんの笑った声が聞ける。
嬉しいなぁ。




