代償
しばらくして、イリムが動き出す。
立ち上がろうとした、その時。足に激痛が走る。
足だけじゃない。身体も、頭も、魂も……
慌てて、自分の心に潜り込む――
そこには、今まで見たことのないスキルが多く増えていた。
だが、そんな物は目には入らない。
――“40/26”――
種族名の近くにある玉に、そう書かれているように感じた。
たった“4”の数字が上がるだけで、とてつもなく満たされる感覚があった。
それが一気に“22”も上がった。
加えて、簒奪は肉体情報も奪う。
彼女の身体能力に、僕の体がついていけないのだ。
……分かっている。身体の情報が入ってくるのだ。
その人になれないわけがない。
もし、彼女の姿を模したら。この痛みからは解放される。
――彼女は彼女だ。そして僕は僕……
それはしてはいけない、絶対に――
道とも言えない場所を歩き、みんなのもとへ向かう。
白狼のいた場所とは違い、今いる場所はより中心に近い。
その分、歩く時間も長くなる。
全身が軋む。関節も、筋肉も悲鳴を上げている。
羽で飛べば痛みは和らぐだろうが、魔力が残ってないからそれもできない。
魔力がないので必然的にスキルも使えない。
超速再生で剥がれた筋肉を修復することもできない。
数時間、痛みに耐えながら悪路を歩く。
足取りも遅く、その分時間がかかる。
長く歩いているが夜の闇は一向に上がらない。
だが、夜空に星の光が見え始める。
そうか、戦闘でも1時間ほど。その後にも数時間歩いているから夜になっているのも当然だ。
危険地帯を抜ける。星が更に輝き、月も正面に見え始める。
草木は正常に戻り、気色悪い斑点は消えている。
痛みに変化はない。なんなら更に痛くなっている。
それでも、精神的にはだいぶ楽になった。
「お姉ちゃん!」
そんな声がどこからか聞こえる。
他にも神山や他のみんなの声も聞こえる気がする。
それだけで安心できる場所に来たのだと、そう理解できた。
何処かで、何かがちぎれる音が聞こえた。
その瞬間、視界が揺れ全身に重力がのしかかる。
あぁ、地面に倒れたのか。
……流石に疲れた。ちょっと休もうかな。
そうして、イリムは、深海へと沈んでいく――
――ん………ちゃん………お姉ちゃん!
勢い良く身体を起こす。
視界がわずかに揺れる。瞬時に痛みが身体を走り小さくうずくまる。
そっか、あのときはドーパミンとかで痛みが少しとはいえ和らいでいた。
周囲を見ると、今にも泣きそうなシアがいた。
「お姉ちゃん…よかったよ〜……」
そう言いながら僕に抱きついてくる。
少し痛んだが、それを言うのは野暮だろう。
それでも、身体は正直で少しピクつく。
「グス……大丈夫?…」
鼻を鳴らしながら顔を上げる。
「大丈夫。心配してくれてありがと。」
そう言いながら、シアの頭を静かに撫でる。
前にも似たようなことがあったな。
だけど、前とは違い今回は神山たちも一緒にいる。
落ち着いて、周りを見渡す。
僕はベッドの上で寝ていた。日は上がっているようで外からは喧騒が聞こえる。
「無事――かはわからないが目覚めてくれてよかった」
「その言い回し。僕はどのくらい眠ってたの?」
少し言葉に詰まった様子だったが桜凛さんに軽く後押しされていた。
「イリムは、2週間。その間ずっと眠ってたんだ」
「……長いけど、予想してたより少ないね」
その言動に、皆が驚く。
「2週間だぞ、少ないって……」
「僕はAランクだったんだ。そんなのがSランクの力を急に得たんだ。さもないよ」
「得るって?どうやって」
「伝えてなかったっけ?えっとね――」
そうして、簒奪のことを伝える。
他の人なら教えなかっただろうが、神山たちなら信じてもいいと思った。
「なるほど。だとしたら余計心配に……」
神山は、心配そうにこちらを見つめる。
「半年ほど経てば良くなってると思う」
そう言っても、みんなの不安は拭いきれていないようだ。
たしかに、僕にとっては自分自身の怪我は治れば軽症だ。だが、普通は半年かけてやっと治る怪我は十分重症のようだ。
「はいはい、ササッと行った行った。そんなシワくれてたらいい顔が台無しだぞ?他のみんなも。治るんだからいつまでも心配しないで」
そう言うと、心配しながらも部屋を出ていく。
どうやら、すでに王都に帰ってきているようだ。
今いる場所は王都の病院の一室のようだ。
まあ、二週間もあれば当然か。馬車でも使ったのだろう。
そして、一人になりたかったのには理由がある。
彼女から受け継いだ能力を確認したかった。
それにしても、現代風の病院から中世の景色が見えるのは違和感がある――
――えっと、ちょっと多いから既存のものを割愛すると……
種族名 竜人族 (40/26)
スキル 環境適応 環境耐性 回復
特殊スキル 愛情 束縛 共有 孤独
といった感じだ。
旅の途中で言っていたのだが『体感だが、スキルには一定の条件があるように気がする』と神山が言っていた。
このスキルは、彼女の境遇や気持ちの代弁……
うん、大丈夫。これくらいならまだ、ね。
他としては、基本的な身体能力、反射速度が上がったことかな。
今では、意識的に世界の見え方を変えれるようだ。スキル無しで。
例えばだが、魔力感知無しで魔力が見える。思考加速無しで100倍以上の世界を見れる。敵わないわけだ。
だが、どれも彼女に生きた証だ。
極力、使いたくはないな。
腕を伸ばし、周りを見渡す。
だが、特に何もなく白のカーテンが風に揺れるだけだ。
僕がいる病室は個室のようで、誰ひとりいない。
静かでいいが、少しくらいノイズがある方が落ち着くのだ。
あれ?前は圧倒的に一人のほうが良かったのに……
神山たちに影響されてきたのかな?
あの人なら、この変化に喜んでただろうな。
そう、感傷にふける。
あいつらは強いけど、まだ絶対的な力があるとはいえない。
急いで身体を慣らさないとな。
その間は、この魔法でも研究しようかな。
それは、彼女が使っていた魔法。
“転移魔法”だ。
それの有用さは身を持って体感した。
使い方では、道具にも凶器にもなり得る能力だ。
これさえあれば、今まで以上に守れる範囲が増える。
この魔法は、彼女の記憶の一部から学ぶ。
だけど、彼女はほぼ感覚で使っていたようで理論化は極めて難しい。
長くても3ヶ月は掛かりそうだ。
まあ、時間だけなら腐るほどある。
別に問題はない。気長に取り組んでいこう。




