無垢なる愛
ギルドめ、観測を誤ったな。
僕がそう思うのも無理はない。
なんせ、ギルドの情報ではBランク上位。
だが、こいつは普通にAランクはあるぞ。
誰も生きて帰ってこれないわけだ。
今の私と完全に同格。
紛れもなく世界のトップ層の魔物だ。
数ヶ月前、僕は他のAランク。ゴブリンエンペラーにも合っている。
やはり、魔王の影響で強い魔物が生まれやすくなっているのだろう。
実力は拮抗し、必然的に長期戦となる。
僕の攻撃は厚い皮膚で身体まで届かない。
逆に、白狼の攻撃も僕の結界で阻まれて届かない。
さてどうしたものか、そう考えた時に視界の隅で魔力が迸る。
神山、桜凛、栗山の三名が配下を倒した目印だ。
みんなも無事勝てたか。
配下も地味に強いから助かった。
さっきの眷属召喚で白狼の魔力は残り少ない。
ここは一つ、久々に使おうかな。
そうして、空中で距離を取る。
白狼は空中を走れないようなので少しの時間ができる。
僕にとってはそれだけで十分だった。
鎌を創造し、現世に固定する。
固定自体は魔法で行うので戦闘中のストレスは前よりも減った。
加えて、効率上昇によるさらなる消費魔力の低下。
今となっては1日に2個が限界だったのが1日10個までにも増えたのだ。
加えて、今は魔法がある。
それにより、刃の鋭さは前回の比ではない。
それが意味するのは……
白狼の首が飛び、巨体が地に伏せる。
それだけで地響きが起こる。
最後の最後は、あっさりとした勝利だった――
――亜空間収納に白狼の遺体を入れる。
生物は入らないが死んでしまったらものと同じだ。
白狼の犠牲者を見つけたかったが、骨どころか服すら見当たらない。
魔力に還元されたか、単に腐食したのか。
理由がどうであれ“無い”結果は変えられない。
大人しく帰るとするか。これで借金が返済できると考えたら胸が軽くなるね。
戦闘自体は少し長引いた。
大丈夫とはいえ、シアの体調が心配だ。
そう思っていると、岩陰からひょこっと顔を出す姿が見えた。
よかった、元気そうだ。
もと来た道を戻る。空は明るくなっていき、雲も薄くなってくる。
まだ危険地帯には変わりないが気分的に足が軽い。
「もう帰っちゃうの?ここのほうが安全だよ。私がいるからね♪」
背後から、その声が聞こえる。
可愛らしい、その場に似つかない明るい声。
その声に、身体が動かなくなる。
この感覚は二度目だ。
だが、それよりも遥かに大きい。恐怖。
かすかに動く視線でみんなを見る。
同じように顔を引き攣らせ動けずにいる。
シアのその顔を見た瞬間。身体が溶解する。
「走れ!こいつは僕が足止めする!」
今までにない、緊迫した、緊張した声だった。
それだけで、神山達は理解した。私達とは、格が。
次元が違うのだと。
「あらあら。私はお話したかっただけなのに」
そういう少女は寂しそうな顔をする。
姿を見て確信した。
こいつには勝てない。生き残れるかもわからない。
場違いの祭司の服をきたその少女は強そうには見えない。
だけど、一定数の強者なら分かるだろう。彼女の異質さが。
背後は暗く歪んでおり、光を置いてきたかのようだ。
正直、10分持てば良いほうだ。
それほどまでに、今は余裕がない。
……神山達がこの場所から離脱するまで約1時間。
カッコ悪いが、時間稼ぎをさせてもらう。
「話ってなに?」
震える声を必死に抑える。
「そうねー。趣味や楽しみ、好きな人とか?」
指に手を当てて考え込む。
普通なら隙だらけだと思うが、そんな馬鹿なことは思えない。
「好きな人……いるんですか?」
どうにかして、時間を稼がないと……
「もちろん!私に会いに来てくれたみんなやこの服をくれた人。もちろん君のこともね♪」
身の毛がよだつ思いがした。
その言葉に嘘は見られず、圧倒的なまでの無垢だ。
それが、不気味さに拍車をかける。
「そうだ!私の家に招待してあげる」
手をパンと叩いてそう提案する。
意味を理解するまもなく、風景が変わる。
台風の目のように光が指す平坦な一枚岩。
周りと比べたらよっぽど安全そうに見える。
ある一点を除いて。
周囲には、無数の数えようとするのも馬鹿らしいほどの。大量のカプセルが一面を覆う。
その一つ一つに人間の脳が浮かんでいる。
「紹介するね。この人がアリス。魔法の上手な人だった。こっちがエルスで……」
そう、一つ一つ抱えながら紹介する。
そこには、その人の遺産も保管されており、以前聞いた。白狼を討伐しに行った人のものと一致する――
その光景を見て、吐き気が込み上げ、視界が狭まるのが感じた。
もし――もしこいつを止められなかったら、シア達が。神山達がこうなると考えてしまった。
「でもね、誰も意識がないんだ……魔力で栄養も代用してる。血液も流してる。だけど、肝心の意識が無いの。だから……」
一息置いてから、彼女は理解できる、だけど理解したくない事を言った。
「だから、みんなと繋がろうと考えたの。頭を共有する感じで。そしたらね、頭が澄んだ感じになったの。計算領域が増えて、みんなが手伝ってくれてるんだ―って」
その後、彼女はひどく悲しそうな顔を見せる。
迷子の子供が母を探すような――
「でもね、やっぱり意識のある子がいいの。でも、意識があったらみんな私を拒絶する。だから拒絶できないようにした。」
ま…じか。
彼女の言葉は理解の範疇を超えていた。
親のいない子が、正しさを教えられないまま進んでしまったような。
それ故に純粋で――無垢だった。
「あなたはどっち?私を受け止めてくれる?それともみんなみたいに私を拒絶するの?」
「……少なくとも、僕は君の道具にはなりたくない。なれるなら同じ立場がいい」
僕の言葉はこれだ、もう繕う必要はない。
彼女の、狂った紹介のお陰で1時間なんてとっくに過ぎている。
「あっそ……」
そう零す。だが、その言葉も物理的に置いていく。
第六感に従って横に大きくそれる。
そこに突風が走り、風だけでイリムの頬を切り裂く。
通常ならこの程度はすぐに回復する。
だが、高密度の魔力がそれを妨害する。
環境そのものが敵となっていた。
射線の先に、彼女は立っている。
その姿も次には消えている。
再度、斬撃が飛んでくる。
今度は、思考加速で見えた。
それでも、視界に一瞬映るだけだ。
彼女が動くだけで襲撃が走り、ただの石さえも、即座に死にかねない脅威へと変化する。
地上だとジリ貧だ。翼で空へと羽ばたく。
これなら音速での移動ができる。
目では追えないが避けることなら――
そう思ったのもつかの間、背後に立つ存在がいた。
「お空が安全と思った?残念、大外れ♪」
即座に鎌を作り見るまもなく払うように切る。
当然当たるわけもなく。容易に回避される。
彼女の背中から、魔力でできた羽が生える。
その羽根に込められた魔力ですら、僕を簡単に殺せる。
今生きているのも、ここが彼女の大事がある場所だからだろう。
そのため彼女自身も本気が出せないのだ。
「どう、仲間になる気になった?同じ魔物の血が入ってるしきっと仲良くなれるよ♪」
清々しいまでの笑顔だ。今が戦闘中ということを忘れてしまいそうだ。
「それはできない相談だね。僕にとって命は何よりも尊ばないといけない。君はそれを愚弄した。僕がこの考えを変えない限り、仲良くなれないね」
そう言うと、相容れないと拒絶したはずなのに。
彼女は問題が解決したような、嬉しそうな顔をする。
「それなら、考え方を同じにすればいいじゃん♪」
そうして、魔法の準備をする。
あの魔法を使われたら、死ぬよりもやばい気がする。
そう感じ、彼女めがけ斬りかかる。
しかし、結界が行く手を阻む。
「これも、みんなが力を貸してくれるから―愛してるよ」
言い終わったと同時に魔法の構築も完成する。
その模様は見覚えがある。
ガドが、王宮の地下に作っていた支配の魔法陣。
だが、それよりも複雑で、それなのに美しかった。
意識そのものを書き換える。そんな魔法陣だ。
「さようなら。そして、はじめまして」
魔法の光が僕を包む。
それを切ることはできず、抗うこともできぬまま効果が発揮されようとする。
だが、いくら待っても効果はなく、彼女の声がその場に響く。
「チッ、あいつの加護か。このままだったらお友達になれない…」
そのまま、彼女はうずくまる。
耳を澄ますと、小さく「今度は大丈夫」と何回も言っている。
悪寒がし、今残っているすべての魔力で結界を展開する。
直後、彼女の姿がブレ、ガラスの割れるような音が響く。
首筋には、彼女のレイピアが迫っており、回避は不可能。
あぁ、こんな所で終わるのか。
せっかく見えた光は毎回理不尽が奪っていく。
前世との離別の象徴すらも彼女には効かなかった。
走馬灯ともいえない、死ぬまでの永劫の時間が過ぎる――
――いくらなんでも長すぎじゃない?
そう思い、閉じていた目を開ける。
「こんな所で散るような者ではなかろうに。」
そう、王都の地下で聞いた声が、静かに響く。
「ガル!なんでここに……」
「そんな物は後にしろ。今は此奴を倒そうではないか」
そう言って、視線を彼女に向ける。
彼女は、邪魔された怒りよりもお客さんが増えた事実のほうが嬉しそうだった。
「まあ、お主はまだ未熟ゆえ今回は我を見て学べ。見逃すではないぞ……」
「は、え?いやいや、あんたも敵わないでしょ。だって前見たときはAランクより強いくらいだったし……」
いくらなんでも、おかしい。
ガドが助けてくれたのは嬉しいが、彼女に比べると威圧感が少なく感じる。
「まあ、見ておれ――ほれ、終わったぞ」
そういった瞬間、彼女の身体が地面に叩きつけられる。
「面倒事は我がなんとかするゆえ、お主は帰っていいぞ」
「いやいや、え?何したの?」
そう聞くと、呆れ返ったように返す。
「なにも、魂を奪っただけだが?お主もできよう」
「できないよ!」
そう猛烈なツッコミを入れる。
まあ、悪魔だしおかしくわないけど……普通、契約とかでしか奪えないじゃん。
「おかしい、“簒奪”を使えばいけるはずじゃが……まあいい。あやつの身体はあげ渡すゆえ、おのが力とすればいい」
そう言うだけ言って何処かに消えてしまった。
なんで僕のスキルを知っているかな。
そして、肝心の彼女に目線を向ける。
魔力は消え去っており、命の躍動は感じられない。
その時、ガルの言葉が脳裏によぎる。
『おのが力とするがいい』
簒奪を知っている点からも、その意図は明白だ。
つまり、人の形のものを吸収しろと言っているのだ。
こいつは、多くの命を奪ってきた。
それでも、死んでいるとはいえその形を奪ってもいいのか。
彼女も、共感こそできなかったけど、彼女自身も闇を抱えていたと。そう今になって思う。それがなにかはわからないが、形すらも消し去ってもいいのか?
いや、優柔不断はダメだ。
その考えが、大切なものを奪うって前に決意したじゃないか。
大事を守るために倫理を捨てる。
これが、不器用な僕なりの答えだった。
そっと彼女の手を取る。
まだ暖かく、柔らかかった。
思わずそっと抱きしめてしまう。
そのまま……“簒奪”を使用する。
黒い霧が彼女を覆い、虚空に消える。
肩は水で暖かく湿っていた。
私自身、ずっと昔に枯れてしまった。
今も、涙は出ることはない……
最後に、彼女は微笑んでいるように思えた――
僕は、そのまま祈りを捧げた。
せめて、ガルがその魂を導いてくれますようにと。
思考がぼやける……
私の身体が、ゆっくり地面に落ちていく……
よかった。どの人のカプセルも、割れていない……
あの子が、私の手を握ってくれる。
あの体には……私はもういない。
なのに、暖かかった。
やっとわかった。
あの温かみが……友達なのね……
――最後に……お名前、聞きたかったな――




