もうすぐ終わっちゃうから
自室の窓から見える川を見ながら、無意識に我慢していたため息をつく。夜である今は暗くてよく見えないけど、この辺では一番綺麗な川で、私はそれを窓を開けてぼんやりと眺めるのが好きだった。
「今日でこの景色ともお別れか」
明日の朝、私はこの地を離れ東京へ引っ越す。九州の田舎町から大都会へ。正直、馴染めるか心配だ。
「こんばんは! 今日も遊びに来たよ!」
「わ、」
そんな事を考えてたらか、彼が来ている事に気付かなかった。
「ヒマリ?」
「ああ、ごめんねケイ、気付かなくて」
「私は大丈夫だけど……」
ケイは先週出会ったばかりの男の子だ。真っ黒な短髪に黒い学生服を着ていて、この辺ではあまり見ない黄色の目をした、同じ年ぐらいでどこか幼げな人。
「(そういえば彼と初めて会った日も、こんな夜だったな)」
月が隠れるか隠れないかぐらいの曇り空の夜。少しばかり心細くなる夜を照らしてくれたのは、彼だった。だから引っ越しを伝えるのは、最後にしたかった。彼を曇らせたくなかったから。
「今日は何の話をする?」
「その前にねケイ、私、」
明日引っ越すんだ。絞り出すようにそういうとケイの目が見た事もないほど見開いた。そして目から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「ご、ごめんね! もっと早く言えば」
「良かった〜〜!」
「え……」
グズグズと鼻をすすりながら言葉を続ける。
「ヒマリ、もういじめられなくて済むんだね、もう嫌な事されなくて済むんだね」
「! そうだね。うん、そうだね……」
今回の引っ越しは私の境遇を知った親が決めてくれた事で。私は両親の気遣いに対して、安堵より申し訳なさの方が勝ってたけど、ケイの言葉で少しだけ救われた気がした。両親もきっと、ケイと同じ気持ちだったのだろう。
それはそれとして。この気持ちは吐露せずにはいられない。
「でも私、ケイと会えなくなるの寂しいよ」
そう言うとケイは俯きかけていた顔を一気に上げて私を見た。涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔だった。
「僕も寂しい! でも、」
ヒマリの気持ちが穏やかになるのが嬉しい。ケイが涙ながらに、笑顔でそう言うもんだから。私はそれ以上マイナスな事を何も言えなかった。
それからいつも通り、他愛もない話をして。いつも通りの時間にケイは帰っていった。
「向こうでも元気でね! ヒマリ!」
「そっちも元気でね、ケイ」
最後に交わした会話だけは、いつもと違った。彼がくれたその言葉が、私にとって明日への希望に繋がる。
「(話せて良かった。これで心置きなく、東京へ行ける)」
窓を閉め、布団に入りながら、そんな事を思った。
「ヒマリともう会えないの、寂しいな」
「でも、ヒマリが頑張るように、僕もがんばらなくちゃ」
もうすぐ僕の命は、終わっちゃうから。ケイはそう思いながら川の脇にある茂みへ足を踏み入れる。踏み入って、彼は姿を消した。
その後、茂みからは誰も出てこなかった。一匹の蛍を除いて。蛍はそのまま宙へ飛び、川を照らしながらその場を離れていった。