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アリス  作者: 冬桜
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始まりの日

何も変わらない毎日が続くはずだった。

朝、七時に起きてパン一切れと野菜ジュースを飲んでバス停へと駆け出していく。

そして約一時間、定員オーバーのバスに揺られ、むせ返るような人の臭いに嫌気をさしながら、遅刻ぎりぎりの八時に校門に駆け込む。

決して変わることのない日常、変わるはずのない日常。

しかし、私の普通の日常の崩壊は突如起こった。

予感もないままに・・・




結城陽菜ユウキ ハルナは、いつものように授業が終わると図書館へと向かった。

それは陽菜の日課であり、また学校での唯一の楽しみでもあった。

陽菜はいつものように図書館の一番奥にある少し薄暗い席に荷物を置き、いつもの棚に向かう。

“世界のミステリー”"

"そこは神秘的なものに関する本を集めた棚で、神隠しに関することやピラミッドの謎、超能力に関する本で埋め尽くされていた。

陽菜の高校の図書館の本の貯蔵量は県下一で、町の図書館など足元にも及ばないくらい、本の種類がたくさん並んでいる。

 「これこれ。『鏡の神秘』」

その本はかなり汚れていて、本来題名が書いてあっただろうところには転々と金メッキが残されているだけだった。

陽菜はその本を手に取ると、荷物を置いたあの席に戻り黙々と読み始めた。

陽菜は世界中の不思議なことが知りたくして仕方がなかった。

そのきっかけは単純な理由で、小学一年生のときに見た宇宙人に関するテレビ番組を見たことだった。


――人間が知らない何かがまだこの世界にはたくさんある――


その感覚は、幼い陽菜をひきつけるには十分なものであった。

「え~っと、ここからだ。“鏡の中の世界”」


『第三章  鏡の中の世界

 鏡というものは、古代から利用されているように呪術的な面が多い。そしてそれを証明するように、世界中には鏡に関するミステリーが数多く報告されているのだ。

 そのひとつ、日本では丑三つ時(午前二時から四時の間)に自分を鏡に映すと、鏡の世界に引き込まれ神隠しにあうという話がある。一見、ただの怖い話のようにしか見えないが、同類の事例が世界中から報告されているのを見るとあながちうそではないことだと推測できる。

 いったい鏡の中の世界とはいかなるものであろうか。

 体験者の話によると・・・・・』


陽菜は夢中になって、自称鏡の中の世界に入ったことがある人の体験談を読んでいた。

気が付くと、時刻はもう六時をまわろうとしていた。

ふと外を見ると、秋の太陽は傾くのも早く、窓から見えるのは薄暗闇の中に光る転々とした明かりだけだった。


 ――鏡の中の世界は終わりのない世界である――


陽菜は本の中の一文に目を奪われた。

『終わりのない世界・・・』

陽菜には想像がつかなかった。


――すべては生まれ死んでゆく――


それは必ず始まりがあるし終わりもある。

それなのに終わりがない世界とはいったいどんな世界なのか。

それはきっと、想像を超えた世界なのだろう。

陽菜は自分がワクワクしていることに気づいた。


陽菜は大人になりたくなかった。

陽菜の周りにいる大人はみな、生きることに疲れているか周りを見る余裕もないくらいに働いていて、人生を楽しく生きているようには見えなかったのだ。


――今がこのまま続いてくれれば・・・――


そうすれば来年にはやってくる大学受験という壁にぶつからないで済むし、抜け殻のように調教される「仕事」にも就かなくて良いのだ。

終わりのない世界は、陽菜には理想的な世界のように思えたのだった。


その時、図書館を閉館するアナウンスが流れた。

陽菜は、その声に促され本を鞄にしまう。

 「さてと、帰るか」

本当は何時間でも図書館で本を読んでいたかったが、陽菜は仕方なく荷物を手に取り出口へと向かった。

図書館の目の前に建っている時計塔は、六時半をさしていた。

あたりはすっかり暗くなっていて、月明かりだけが煌々と陽菜を照らし出している。

陽菜は歩きながら”終わりのない世界“を思い描いていた。


――そこでは年はとるのだろうか、どうやって人は生まれてくるのだろう、死ぬということはないのだろうか――


陽菜の頭の中は疑問でいっぱいだった。

けれど、それは決して嫌なことではなかった。

ふと、駅前のアーケードで、陽菜は店のガラスに映る自分を見つめた。

そこにはいつもと変わらないセミロングの髪で猫目の自分が映っている。

(あの本を読んだからといって、何か起こるわけないか)

そうは思っていても、あの本を読んだことで何かが起こるかもしれないと陽菜は少し期待していた。


しかし、その期待は予想外にも応えられたのだ。

"なんと、店のガラスがまるで水銀の膜で張られたようになり、その中から肉球のついた動物の白い手が出てきて陽菜をその中へと引っ張り込んだのだ。


「!!!」


とっさのことに、陽菜は悲鳴さえ出すことは出来ない。

ただひたすら、白い動物の手に導かれるまま、果ての見えない銀色の世界へと引きずり込まれるしかなかったのである。

心臓が早鐘のように打ち、不安定な足元に陽菜の足はまるで棒のように硬直していた。

陽菜はただじっと銀色に輝く壁を見ていた。

下は怖くて見ることが出来ない。

けれど、それは陽菜にとっては幸運なことだったのかもしれない。

もし仮に見ていたら、ブラックホールのような真っ暗闇に、陽菜の神経は限界に達していただろう。

銀色に輝く壁はゆがんでいるようにも、何の変化も無いように思われた。

途端、銀色の壁が無くなり、陽菜はピンク色の世界に放り出された。


20年くらい前に初めて書いたファンタジー。

「鏡の国のアリス」をモチーフに、空想しながら楽しく書いた思い出の作品。

楽しみながら読んでいただければ幸いです。

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