歴史からの抹消 #29
「どうなっている!!!」
どっしりと重みを持つ正一の声が新たに牧野家の拠点となった金華城に響き渡る。
「すぐに文頼を呼べ!!」
この想定外の事件に怒り狂っているのがまるで分かる。
私自身もその立場にいたらそうなるのだろう。と、文頼は内心に留めながら正一の下に足を運んだ。
「先発軍の準備は如何ほどだ。」
「既に整っております。」
「よし、では今すぐに橋本付近に向けて出陣せよ!」
慌てふためくのは分かるが、ここまでまるわかりだと奇妙だ。
私は、昔から父が嫌いだ。
一つ一つの行動が鬱陶しく、すべての言葉に嫌味が入り込み文句が止まらない。
「畏まりました。」
今までは、武士としての父は特に嫌悪感を抱くことは無かった。今までは、最低でも当主に就くまでは。
「橋本に向けて進め!!」
文頼はおよそ2800の兵を率いて幕府軍への牽制を目的とし落とされた地へと向かった。
それに帯同するのは、大野照景、木下隆房、元川清時ら無官の者に加えて、文頼の長弟である牧野頼澄少将、次弟である氏兼少将であった。
「本軍はこれに続いて徐々に分散して進軍せよ!」
正一が考案したのは、本軍を縦に分散させ相手の偵察に隙を与えず進軍するものであった。
本軍の一番乗りは現在最も調子の良い大野照景の父である大野照正であった。
そして、その本軍の中には衰え続ける身体に歯止めがかかっていない上に、消えかかっている魂を隠そうとする愚かさが垣間見える信正の姿もあった。
しかし、正一の長弟、次弟である山内一宣や上杉曜道の姿は見受けられない。
そこで、彼等三兄弟にはある噂がたっていた。
その噂というのが、下二人は牧野家の血を引いていない養子なのではないかというものであった。
ちなみに、今は各々異なる氏であるが元は牧野と名乗っていた。
よって、すぐにこれを否定できそうではあるが、そう簡単には結論付けられない。
それは、牧野家の歴史は全てが焼け落ち絶対的に出自が判明している人物が一人としていないからである。
例え、それが最年少の者であろうとも将又最年長であろうとも、初めから判るものはいない。
何故焼け落ちたかということも含めて口伝えですら伝わっておらず、判ることは凡その年齢ぐらいであった。
彼等が不在の中でも先陣や本軍、後詰めの兵数は総じて2万までに上る勢力をもっていた。それに加えて、中立地ハウゼムでの同盟国からの援軍も要請しており、状況に応じてこれは増加する。
それに対して、幕府軍は正式に牧野家を反乱軍と位置付けると総勢4万人もの兵力を橋本に集合させていた。
「さあ、どうでるかな。」
幕府軍の指揮を執るのは宇都宮和秀大将。
和秀は、文頼と友好関係にある前久と都にて一戦交わったことがある。その後、和秀はその制圧力と統率力に惹かれた幕府によって登用されることとなった。
登用後初の戦場に和秀は少なからず緊張はあるものの、数をこなすものはその場も制する通り、平穏を保っていた。
「しかし地方武士ごときに、まさかここまでするとは。」
和秀にも僅かに疑念はあった。
「まあいいか。俺は与えられた任務を遂行するだけ。気にする必要なんて全く無い。」
そして、間を置いて和秀は言葉を零す。
「あいつらの考えてることなんて、筒抜けだしな。」
進軍が開始されて一週間が経った。
先陣は既にひかれ、本陣も続々と整い始めていた。
しかし、その場に来ていない者もいた。
それが配慮によって体調優先で進軍中の信正であった。
現在、信正は数里手前の寺にて休養中であり残すはそれのみであった。
「気を抜くでない!!相手は幕府、武士として徹底的に戦うぞ!!」
戦場は、橋本の地。
山に囲まれた平地であるこの橋本は、幕府軍からも牧野軍からも見晴らしは同等な程良く、兵数の違いは倍近く異なるが、条件的に見れば良い勝負である。
そんな拮抗したこの戦場を前にして、幕府軍の本陣から煙が上がる。
「すぐに偵察を入れよ!!」
先陣を指揮する文頼が指示を出す。
ひりつく橋本。
そして、各地でも牧野家への進軍が進み始めていた。
同盟国である、上杉家や白河家は早い段階で幕府軍より兵糧の貿易を停止されると、伊勢家や畠山家、北畠家にまでその影響は及び、援軍を送ることが出来ない状況を作っていた。
それに加えて、牧野家を取り囲むように領地を保有している者らは、それぞれが自分の成し得る力を存分に発揮すべく準備を水面下で進めていた。




