尊厳 #26
文頼らは無事にハウゼムより帰還し、その報告会として大広間へと集まっていた。
「まずは、よく無事に帰ってきたな。」
大広間にて武功を挙げた文頼らに称賛の声を授けるのは、牧野軍の最高指揮官である将帥の牧野信正である。
隠しきれずに衰え続けるその武士としての尊厳を薄っすらと感じさせる信正の姿は、文頼らに一定の恐怖心と油断を与える。
「父上の仰せる通り、よく帰ってきたな。」
信正には今まで一度たりとも嫡男である正一を自らの側に置いたことは無かった。
正一は何やら覚悟が出来ているかのようにその場にしかと位を自らの物にしながら座っていた。
「有難き幸せ。」
この瞬間にも思うことは多々あるが、ハウゼムでの疲労も完全には癒えておらず、考える隙は無かった。
「それでは、私から報告させて頂きます。」
そして、ハウゼムに共に訪れ少将名越久時を討ち取る功績を挙げ、この場に同席をしていた山内一宣が丁寧な報告を伝える。
そして報告会が終わる頃に、文頼らは倒れるように自らの寝床へとつき、療養を始めた。
もちろん、その間にも世界は動いている。
そして、中立地の崩壊はより一層幕府に大きな影響を与える物になっていた、
ここは、幕府の本拠地である闘部の仙熊城。
たった今、将軍含む幕府の幹部らに中立地ハウゼムの陥落と中将名越長克の捕縛、そして長野豪久の討死を戦場より逃走を図った中将柳本則慶より伝えられた。
「それは、全て真の事なのだな。」
現在の幕府が成立されて以降、中立地を戦場とし幕府の役人が死亡する事件は一度も起こっておらず、未曾有の事態となっていた。
それ故に、幹部らからは疑念の声が上がっていた。
「はい。全て私がしかとこの目で確認を致しました。」
則慶は自らの目を証拠として提示した。
「そして、各地の中立地では混乱が拡がっており、どこからまた崩れ去るか分かったものでは御座らん。」
城内の空気が少しずつ険しくなる。
「将軍、どうなされますか。」
そして、全ての決定が将軍へと渡りより一層空気が張り詰める。
「牧野家を主な目標とし、包囲網を築け。」
将軍は一息つき続けた。
「徹底的な殺戮を目的とし、幕府として民を争いより遠ざけよ。」
「大将の宇都宮和秀に指揮を執らせ、中将3名と複数の少将、将監、将曹を向かわせろ。」
ここに同席していた数々の将官は、征討という形をとり武心を燃やし、仕度を始めた。
もう一つ不気味な動きをみせているのは、都の奥の巨大な城の最上部。
そこには、やはり6つの闇に堕ちる影があった。
「豪久には無理であったか。」
この者は、豊浦一族の当主であり、はるか底に悔いを残し先祖の偉大さを語るかのような広さをした心をもっている。
「まあ赤の一族の醜さを改めて示せたのだから、良しとしようではないか。」
赤に対して明白に嫌悪感を示すのは、この6人のなかで最も若い神崎一族の当主であった。
「ああ。しかし、山内一宣をどう処理する。あいつは手強いぞ。」
この男は文頼と面識を持ち、牧野家に対して一定の理解を持っている伏見一族の当主である伏見兼頼であった。
「そうだな。もはや、元帥に頼むしか他にないか。」
やはり、この闇の中であれど心の底に眠る偉大さは消えない。
「3人いる内の誰を選出する。」
「それは当然、志道崇久であろう。」
「確かに、将軍の弟だと言うこと故、使えそうだな。」
「よし、それでは命令の文を急ぎ届けさせよう。」
この2名は、3代程前までは同じ一族としてその立場を成っていたがある時を境に分断されたものである文屋一族と清屋一族である。
「いや。ちょっと待て、奴等の僅かなる望みも摘むことが今は重要になる。我々が行こうではないか。」
こう言うのは、春日一族の当主である男であった。
この者の守護霊は何を護ろうというのか分からぬほどの威圧感を放ち、周りの者共を常に威嚇し続けている。
「それも一理ある。しかし、我々は一月後に君王の下に参上する手筈となっている。」
王族には現在10名を超える高貴な方々がいる。
その中で頂点に座るのが君王と呼ばれるものである。
「大納言でも共に征討へ向かわせようではないか。」
大納言。これは、陽高の王を支え国をまとめ上げる大臣よようなものである。これに就任できるのは高官の中でも優秀な者のみであり、現在就いている者の数はおよそ3名とされている。
そして、意見は決まった。
「賛成だ、代わりはいくらでもいるのだから。」
それから数週間後。
牧野家の屋敷にある一報が届いた。
ー西側に隣接していた村々にて幕府軍と交戦中ー




