催眠術にかけられて
2000文字程度で書いた実験作です。
目が覚めると、何とも奇妙な光景が広がっていた。
「あなたは段々、私のことが好きになる。」
御伽話の魔女が着るような漆黒のローブを着た同僚、黒野魔理沙がタコ糸で結ばれた五円玉を片手に振り子のように左右に動かし始めていた。
突然の彼女の奇行に対して俺、白谷科介は呆気に取られて固まった。
いやいや、何で黒野はローブで俺に催眠術をかけているのだろうか。何故か下着姿だし。
「黒野、これは一体どういう」
「あなたは段々、私のことが好きになる。」
まるで回答になっていない。いや落ち着け、冷静に状況を把握しなければ。自分は下着姿で、周囲のファンシーな家具から察するにここは彼女の家らしい。
記憶を辿っていくと彼女と金曜日の仕事終わりに焼鳥屋に行き、互いの近況や仕事について語り合っていたところまでは覚えている。
その後は泥酔してしまい、よく覚えていないが何やら催眠術を仕掛けられているらしいということは分かる。
何やら分からないが、ここは一先ず、催眠術にかかったフリをしてあげたほうが良さそうだ。
「ああ、俺は黒野の事が好きだぞ。」
しまった。これでは完全に告白だ。余計にややこしいことになっている気がする。
「嬉しい……。私も科介君の事が好き。でも黒野じゃなくて、魔理沙って呼んで。」
告白が成就してしまった。黒野は話が合うし、顔もスタイルも好みな為、正直気になっていた存在だ。ただ、このような形で交際してしまって良いのだろうか。
「黒野、一つ聞きたいのだけど」
「魔理沙って呼んで。」
またタコ糸で結んだ五円玉、お手製の振り子を左右に揺らしながら、甘えるような目でこちらを覗き込んできた。
「ま、魔理沙。ちょっと記憶が曖昧なんだけど、何で俺は下着姿なんだっけ。」
拘束こそされていないが、彼女の自宅と思しきファンシーな部屋の中には着てきた服が見当たらない。もしかして、酔った勢いで手を出してしまったのだろうか。
「昨日、焼き鳥食べた後にバーに行った事は覚えている?」
「ああ、覚えているよ。」
本当は焼き鳥を食べた後から、全く記憶がないが覚えているフリをして、話を合わせておいたほうが良さそうだ。
「バーで飲んだ後、私の相談に熱心に乗ってくれてたよね。」
「そ、そうだったかな。」
段々、取り繕えるか怪しくなってきたが、ここは彼女の家だ。彼女の機嫌を損ねると、職場でどう吹聴されるか分からない。
「その後、お互い酔っちゃって、終電もなくなっちゃったから、うちに泊まることになったんだけど覚えてない?」
「ごめん、その辺りから覚えていないんだけど、もしかして下着姿ってことはそういう事だよね。」
もう催眠術にかかったフリをするのも限界みたいだ。もし手を出してしまっているのであれば、大事になる前に話し合った方がいいだろう。
「そういうことってどういうこと?」
「いや、その……」
正直身に覚えはないが、何て言っていいのか分からず、答えに窮してしまった。
「ふふ、はっはっは。」
突然、彼女は突然、笑い始めた。
「なんてね、全部ドッキリでした。」
「ええ!?ドッキリってどういうこと。」
何故、彼女にドッキリを仕掛けられているのか分からないが、Youtubeか何かの企画だろうか。周辺にカメラが仕掛けられていないか見回してみた。
「カメラとかは仕掛けてないから大丈夫だよ。」
「あはは、バレてたか。そんなに分かりやすかったかな。」
「すごく分かりやすい。」
彼女は笑いながら事の顛末を語り始めた。
「バーで飲んでる時にお互いの性癖の話になって、白谷さんが実は催眠プレイが好きだって語ってたから喜ぶかなと思って。」
「そんなこと叫んでたの!?」
これまで催眠プレイが性癖だと言ったことはなかったけれど、泥酔していたのであれば無自覚の性癖暴露を行っていても、おかしくはない。
「ちょうどハロウィンの時に仮装用で買ってた魔女の仮装があったから、からかってみようかなと思って。」
「そういうことか。催眠術にかかったほうがいいのかなと思って、恥ずかしいこと口走っちゃったんだけど。」
今考えると、完全に告白そのものだった。
「私も何とも思っていない人にこんなことしないよ」
「え?」
「私じゃダメかな?」
彼女から予想外の返しをされた俺はたじろいてしまった。さっきも考えたが彼女のことは元々、気になっていたし、過程はおかしいが正直付き合えるなら、嬉しい。
「そんなことない。魔理沙のこと、好きだよ。こんな俺で良ければ付き合ってください。」
「ありがとう、私も好きだよ。これからよろしくね。」
何故だか分からないが、素敵な彼女が出来てしまった。催眠術様々だ。
「俺の方こそよろしくね。下着姿で格好つかないな。身体洗いたいから、シャワー借りてもいいかな。」
「いいよ、そこの扉を開けて、右側にお風呂場があるから好きに使って。」
「ありがとう。」
本当は今後の話を彼女としたいが、下着姿だったからか、どうも身体が冷えているみたいだ。一旦、好意に甘えてシャワーを浴びてから考えるか。
* * * *
科介が去った後、魔理沙は一人呟いた。
「本当は焼き鳥屋もバーも行ってないんだけど、催眠術は成功みたいね。」
魔理沙は科介がシャワーへ向かっているのを見届けながら、蠱惑的な笑みを浮かべたのだった。
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