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ギャルゲーと乙女ゲーが混じっちまった世界に格闘要素を追加したバカは誰だ

作者: 二筒

何となく書いていたものが、一区切りしたので完成したことにしました。

テーマも落ちもプロットも何となくの思い付きで書きましたので、軽い気持ちでお読み頂ければと思います。


追記:書き忘れていました。作中に登場するマンガは実在のものではありません。話の流れで都合のいい架空のマンガ作品をでっち上げたものです。

おいおいおいおい。まじかよ!俺以外にモブに転生してる奴がいたなんてなぁ!お前も転生者かよ!俺のことを知ってたんならなんでもっと早く言ってくれねぇんだよ!ええ?何だって急にそんな話を持ってきたんだ?あ、わかったぜ!俺のチート特典が聞きてぇってか?しょぼい特典だから知りたいならいくらでも教えてやるぜ!


え?違う?まあまあいいじゃねーか。ずーっと言いたくても誰にも言えなかった話ができる日が来るなんてなあ!俺のチート特典は言語の学習に関するブーストさ。ん?何だその顔は。あのなあ兄ちゃん、あんたは文官やってるってんだから頭がいいんだろ?自慢じゃないが俺は頭が悪いんだ。転生前からの筋金入りだぜ。そんな人間が異世界に転生しろって言われて何が困るって言語じゃね?って話さ。日本語しか喋れないのに海外どころか異世界ってなあ?赤ん坊から始めて数年で片言でもいいから話せるようにならないといけないんだぜ?


え?頭を良くするとかの特典?あー……うん、そりゃあそれもいいかも知れねぇけどよぅ。俺は馬鹿だからよく分からねぇけどさ、頭が悪くても俺は俺なんだけど、頭の良い俺ってさ、それは本当に俺なのか?って不安にならねぇか?なんつーか今まで自分が自転車だったとしてさ、急にエンジンとか積んでバイクみたいになっちまったらもう自転車じゃねーだろ?うまく言えねぇけどさ。転生するときに色々選べるって言われてさ。何かもらいすぎるのが良いことか分かんなくてさ。だから補助輪ぐらいの能力が良いですって相談して能力を決めたってわけさ。自慢じゃないが俺が一人で考えたんじゃあ言葉で困るとか気が付かねえもんな。


それで?俺に聞きたいことってのはなんだい?文官の兄ちゃん。


え?仕事の話?転生だのチート特典だのじゃなく?それ以外のことが聞きたいってんなら人違いしてねぇか?見ての通り俺は騎士は騎士でも見習いに毛が生えた程度の下っ端だぜ?もっと隊長とかえらいさんに聞いたほうがいいんじゃないのかい?怖いなら俺が口を利いてやろうか?団長は無理でも隊長か副隊長なら……いらない?あ、そう。


ふーむ……昨日の学園の食堂の件ねえ……確かに俺もそこにいたよ。文官の兄ちゃんも知ってんだろ?昨日は週に一度の殿下の登校日だったんだ。

昼飯時に殿下がよう、あの強面の隊長相手にもじもじしながら言うんだよ。「今日のお昼は食堂で皆と食事して、学友として親睦を深めたいのです!」って目をキラキラさせて上目遣いでさあ。誰が駄目って言えるんだい?陛下でも無理だろうなあ。宰相様ぐらいかな、駄目って言えるのは。そんで俺はたまたま毒見役を仰せつかってな。おかげでうまい昼めしが食えたってわけさ。全部は食えなかったけどな。騎士団の食堂もあんなメニューだったらなあ……勝ってるのは量だけだぜ。


しかし殿下もなあ……いや、可愛らしいとは思うぜ?変な意味じゃなく。でも王太子になるのは確実って噂なんだろ?それに今年で18歳なんだからもうちょっとこう威厳とか……おっと、なんでもねえ。


そんで?昨日の件は俺も同僚も一生懸命報告書を書いて出したはずだぜ?最終チェックで隊長から2回、その前のチェックで副隊長から7回、下書きから清書までの先輩からのダメ出しは50回を超えたところで数えるのをやめちまったが、今までにない超大作で力作だったのは間違いねぇんだ。いわゆる全王国民が泣いたってやつだな。あれを書き直せってのは勘弁だぜ。


違うだと?ああ、いや。違うならいいんだが、じゃあ何だ?というか聞きたいってのは文官の兄ちゃんがか?それとも別の誰か……は?まじかよ。宰相様ってお前。え?死ぬのか?俺死ぬのか?処刑か?裁判と葬式はしてもらえるんだろうな?え?おい!……え?ちがうノ?オレまだしななくてイイ?


はーーー……思わず片言になっちまった。心臓に悪いんだよ!あの宰相様からの質問とか!お前さあ!文官なら言葉を選べよ!言っただろ!俺は下っ端なの!宰相様に怒られるイコール死ぬの!俺が!もっと俺に気を使ってくれよ!心の準備ってもんがあるだろうが!


いや、すまん。かなりだいぶすごく取り乱しちまった。団長とのタイマンの稽古より寿命が縮むことがあるとは思わなかったぜ……で?宰相様は俺に何をお聞きになりたいって言っておられたんだ?


は?あんたが止めなきゃ本人が直接聞きに来るところだったって……まじかよ。すまねぇ文官の兄ちゃん。あんた俺の命の恩人だったんだな。本当にすまねぇ。神よ。雨が大地を潤すように、この善き隣人に貴方の愛が注がれますように……


ふう……久々に真面目に神に祈ったぜ。で、話を戻すが、宰相様は……ふむふむ。なるほどなあ、御子息が部屋に閉じこもっちまったってか、やっぱり宰相様も人間なんだなあ。普段から部下どころか御子息にまであんなに厳しいんだから人の情ってものがないんじゃないかとか……へえ?厳しいけど理不尽な方ではない?なんだか分かるような分からんような。


は?いや、うちの団長のあれは虐待じゃねーよ!下っ端全員毎日ボコボコにされてっけどあれは訓練だからしょうがねーんだって……ああ、そういうことか、ちょっと分かったぜ。騎士には騎士の、文官には文官にしかわからない信頼関係があるんだな。俺らが毎日団長とかにしごかれてても、あの人について行こう!って思うのと同じようなもんなんだな。悪かったぜ。宰相様の悪口を言ったつもりじゃなかったんだ。


ふーむ……それにしても宰相様の御子息が部屋に閉じこもっちまった理由ねぇ……


うん……もちろん心当たりはある。つーか文官の兄ちゃんもあいつら関係ってほぼ確信してるんだろ?そうじゃなきゃ俺に自分が転生者だなんて教える必要はねぇし、宰相様を止める必要もないもんな。宰相様に直接質問なんかされたらさ、俺が頑張って隠しても無駄だろうよ。宰相様は俺が何か知っているということを絶対に気がつくもんな。でも俺はあいつら関係だからなるべく関わりたくないと思っている。そこまで気がついていて俺を助けてくれたんだな。


降参だよ。俺が報告書に書かなかったんだ。同僚はみんな気がついてないが隊長はどうだろうな。あのとき、隊長からは死角になっていて見えなかったはずなんだが、でもあの人は間違いなく違和感を感じてるはずだ。そうじゃなきゃ副隊長がチェックした報告書が2回もダメ出し食らうわけがない。あの場にいた騎士のうち、本当に誰も何も気が付かなかったのか?それとも、何かを書き忘れただけなのか?ってな。


さて、何をどこから話そうかね?宰相様の御子息が部屋に閉じこもった原因の部分だけでいいのかね?え?最初っから?最初っからって聖者と聖女がそれぞれ転生者ってところからか?あいつらがチート特典でギャルゲーだの乙女ゲーだの選んだからこの国がぐっちゃぐちゃになろうとしてるってとこからか?それぐらいは知ってるんだろ?え?知らなかったのか?いや、すまん。てっきり知ってると決めつけちまった。


あー……なるほど、確かにな。聖者のチート特典はハーレムを作る何らかの能力にも見えるがそうじゃない。ちょっと前に王宮のメイドがハーレムに引き込まれただろ?あんときに聖者の野郎、イベントとかスチルって呟いたんだよ。まず間違いなくギャルゲーだぜ。聖者が聖者の能力を失ってないからな。つまりあいつは童貞で、チート特典のゲームは全年齢対象だろうさ。


聖女の方は俺の妹と友達でな。どうも俺の妹はお助けキャラのポジションなんだよ。ほら、好感度とか教えてくれるキャラさ。最初はよくうちで二人で詩を作ってるなーと思ってたんだがなあ。妹が「お兄様も詩を学ぶべきですわ!女心が分からなくては紳士になれませんわよ!」ってできた詩を俺に読ませて感想を言わせるんだよ。それを2年か3年か、ぼちぼち読み続けてたら何となく詩の意味がわかるようになってきたんだよ。多分俺のチート特典のおかげなんだろうな。そしたら妹の詩の内容がどうも誰かの好感度を指しているんじゃないかと気がついたんだ。


その詩を見せてほしいと言われてもなあ……今度妹に聞いてみるけど今回のこととは関係ないぜ?それでも読みたいって?まあ構わんが。あ、一応言っておくと妹自身もそういう詩だって気づかずに作ってるみたいだからな。多分ゲームの強制力的な何かだと思うんだよ。妹は自分では普通に詩を作ってるつもりで、本人もそうと気が付かずにすごくすごく婉曲的にそういった内容を盛り込んでいるというか、ぱっと読んで普通に分かるレベルの解釈じゃあ普通の詩なんだよ。そこからさらに2段階ぐらい深く解釈すると好感度がどんなもんかっていうところが読み取れるって感じさ。


ああ、攻略対象ね。そうだな、それを聞かないわけにはいかないわな。あまり多くはわからないが、詩を読んだ限り少なくとも殿下と宰相様の御子息と団長は攻略対象だな。あと二人、おそらく片方は芸術に明るい人間で、もう片方は商人と読み取れるんだがそれ以上が絞り込めん。ああ、候補が何人もいるからってだけじゃない。おそらく聖女はチート特典で乙女ゲーを選んだことを後悔してるぜ。だから必要以上に男性と仲良くしないようにしている。妹に何度も詩を書かせるのも、おそらくは好感度が上がっていないことの確認だな。実際妹の詩を読んでも好感度はあんまり高くないところをキープし続けてるみたいだし、おそらくはほぼほぼ初期値のままなんじゃないかと思うぜ。


うん?いや別に聖女の肩を持つわけじゃないんだが。にしてもギャルゲーと乙女ゲーを1つの国に両方ぶち込んで混ぜちまうとか、混ぜるな危険って言葉を知らないのかねぇ。


さて、そろそろ昨日の話を始めて良いかね?……よし、じゃあ始めるぜ。


さっきも言ったが、昨日の昼飯時の食堂での話だ。俺たちは殿下の護衛で周囲の警戒をしていた。隊長は常に殿下の背後に立ち、いつでも身を挺して殿下をお守りできるよう備えていたんだが、殿下がお座りになられた場所が良くなかったんだ。殿下は食堂の入り口に背を向けてお座りになられた。普通なら殿下には入り口を向いてお座りいただくように進言すべきところだが、隊長も俺たちも困っちまったんだよ。殿下が食堂でお食事をされるのは始めてのことだったんでね。食堂の入り口を見張ることも大切だが、毒物などの混入を防ぐために厨房に目を向けるためには入り口を背にしてしまう。結局隊長は殿下に進言することなく、殿下の背後をお守りしつつ厨房を警戒することになった。


まあ妥当っちゃ妥当な判断だと思うぜ、俺たちだって入り口を見張るのは慣れてるんだが厨房を見張るなんて誰も経験したことがなかったんだ。だったら少しでも優れた護衛が厨房を監視して、残りの俺たちが束になって入り口を見張るってのは、まあ悪くない判断だろう?それでも心配だった隊長は、万全を期して一番下っ端の俺に毒見役を任せることにしたのさ。ん?ああさっきの話さ、そういうことだよ。俺は蔑ろにされたりいじめられているわけじゃなくてな、護衛がチームとして動いて適切な役割分担をしたんだ。文官の兄ちゃんには分かりにくいだろうけどこれが俺たちの信頼関係って言うのかなあ。まあ、悪くない布陣だったと思うぜ。


で、その時点での問題は1つしかなくて大したことじゃなかった。なんだか分かるかい?毒見役の俺のテーブルマナーがイマイチだったってことだけさ。はっはっは。良いジョークだと思ったんだがなぁ……さて、殿下の隣に座るなんて恐れ多いってんで他の学友さんも俺も殿下の向かい側に座ったんだ。つまり、俺と、俺の隣りにお座りになられた宰相様の御子息は、食堂の入り口側を見ることになったのさ。


そんで、いくつかの料理が運ばれてきてな。え?ああ、すまん。端折っちまった。学園の食堂も騎士団の食堂みたいに各自が料理を取りに行くんだ。でも殿下には大人しく座っておいていただきたいだろう?だから護衛が殿下の分の料理を運んでたのさ。殿下はAランチのパスタとサラダとスープのセットをご注文されたはずだってのにな。注文を聞いた厨房の責任者は決死の表情で進言してきたよ。「殿下のご昼食をご用意できるなど、生涯に二度とない名誉でございます。つきましてはAランチではなくスペシャルランチのご提供をご許可いただけないでしょうか。」ってな。殿下は優しいから許可しちまったのさ。スペシャルランチは簡易のコース料理みたいで飲み物とデザートを入れて7品か8品だったかな。だからまあいくつかの料理が順番に運ばれてきたってことさ。昼食の時間もあまり長くないから一品ずつ出すのはやらないらしいぜ。


ん?殿下がAランチを頼んだ理由?パスタだったからさ。7代前の王様が考案した料理って話なんだろ?多分王様かその側近が転生者だったんだろうなぁ。で、その当時は王族貴族しか食えない料理だったパスタだが今じゃあ平民の食べ物だろ?そうなるといくら王家と縁がある料理とはいえ王宮の料理人はパスタなんて作らんのさ。だから王族にとっちゃあパスタを食べるってのは特別なことらしいぜ。ちなみに、先代の団長から聞いた話だが陛下は若かりし頃にこっそり騎士の制服を着て、騎士団の食堂に紛れ込んでパスタを食ったらしい。陛下はばれなかったと信じておられるらしいから内緒にしとけよ?いくら騎士の制服を着てても騎士が護衛対象に気が付かないなんてことはないのにさ。その時に先代の団長が陛下のためにパスタを作って以来、騎士団団長の引き継ぎ事項に美味しいパスタの作り方が追加されたんだとよ。


すまんすまん。ついつい話が逸れちまうが、いよいよここからが本題だ。食堂の入り口からな、入ってきたんだよ。聖者とそのハーレム要員がな。王女様やその護衛の女騎士、貴族の令嬢、王宮のメイドや修道女まで混じってるんだぜ、聖者と最初の3人はまだ学園に通っているからそこにいてもおかしくはないんだが、いやもちろんハーレムの時点でおかしいし問題なんだが一応学園にいるという点だけ見るとな、メイドと修道女は学園にいる理由が説明できないレベルでおかしいだろ?


ああ、そうだよ。その女騎士こそが宰相様の御子息の婚約者だよ。でも御子息が部屋から出てこなくなっちまった原因はその後のことだと思うぜ。聖者がハーレム要員とともに飯を食うってのは有名な話らしいからな。なんで誰も止めないんだろうなぁ。王女様がハーレム要員になっちまってるから止められないのか、それともゲーム補正的な何かなのか、まあ少なくとも宰相様の御子息もここまではご存知だったってことさ。


そしてな、その聖者の行く手を聖女が遮ったんだよ。本当に何気なくふらっと現れたように見えたが……その時食堂の空気が変わったんだよ。


恐ろしく濃密な殺気だったぜ。ん?戦場の空気?あー似てるな、似てるけどあれは違う。あれはどちらかというと決闘の空気に近いかな。もっとも聖者の方は何がなんだかわからないって感じだった。その温度差のせいかな。空気がきしむ音がした気がしたぜ。聖女の嬢ちゃんはただ立ってるだけだってのにな。聖者たちはよっぽど平和ボケしてたんだろうな、そんなことにも気づかずにのんきに歩いていたんだ。


どのぐらいって?ああ、空気が変わったなんて言っても分かりにくいか。そうだなあ。殿下がな、殿下がびっくりしてナイフを落とすぐらいだったって言ったら分かるか?そうそう。殿下の背後で起きていることだってのにな。いや、大したものだと思うぜ。背後の殺気感じてびっくりしたってだけでも本当に大したもんだ。できればそのままテーブルのしたに避難してくれれば護衛もしやすくて完璧だったんだがなぁ。まあ、守るのは俺達の仕事だ、殿下にそこまでは求めないさ。


で、聖者はようやく聖女に気がついて怪訝そうな顔をして足を止めたんだ。そこからは本当に一瞬だった。カーテシーってわかるだろ?多分皆は聖女がカーテシーをしたと思っただろうな、だから報告書にもそう書いたんだがあれはそうじゃない、軽く曲げた両手はスカートをつまむことなく軽く握られたまま腰の位置に、腰を落としてわずかに前傾姿勢、右足を引いたように見えたが重心はその右足にかかっていた。淑女の礼じゃない、まるで獲物に飛びかかる直前の野生の獣か、引き絞られて放たれる直前の弓さ。


そのまま聖女は恐ろしい速さで聖者に向かって踏み込んでのアッパーカットさ。うーん。雰囲気が伝わらないか。俺の見立てじゃあ宰相様の御子息が部屋に閉じこもった理由もこの一瞬にあったんだが。文官の兄ちゃんは前世で格闘マンガとか読んでたかい?ああ、そうそうそういうジャンルのやつさ。


つまりああいう表現を使うとこうなる。



……ぎしり


学園の食堂にいた者たちは空気が音を立てて軋んだような錯覚に襲われた。

王女やその護衛の女騎士、貴族の令嬢、はてはメイドや修道女までもを侍らせて歩く聖者の前に立ちはだかったのは聖女であった。


怪訝そうな顔をする聖者には目もくれず、聖女は王女に向かって優雅にカーテシーを行った。誰もがそう思った瞬間であった。聖女は腰を落としたままの姿勢から、目にも留まらぬ速さで聖者の眼前に移動する。


稲妻の如き恐るべき踏み込みの速さであった。


その勢いと腰の回転を余すことなく伝えられた聖女の拳は、己よりも頭一つは高い位置にある聖者の顎をめがけて下から上へと振り抜かれた。



それはおおよそ人間の体が出して良い音ではなかった。



聖者の体はきれいな放物線を描き、血しぶきとともに宙を舞う。

惜しくも顎を外しはしたものの、聖女の拳は聖者の鼻を見事に打ち抜いていた。


「ああ」と絶望したような声を上げたのは宰相の息子であった。学園において文武両道と讃えられる彼の目はインパクトの瞬間に行われた行為を捉えてしまったのだ。彼の目が騎士よりも優れていたわけではない。ただその瞬間、皆が聖女に注目する中で、彼だけは婚約者である女騎士を見ていたのだ。


聖女は咎めるような視線で王女の護衛の女騎士を睨みつけた。


聖女の踏み込みに反応できたのは女騎士のみであった。聖女が狙いを外したのは彼女が未熟だからではない。あろうことか聖女による襲撃の瞬間、女騎士は王女を守ることを放棄し、拳が振り抜かれる瞬間に聖者の服を掴み後ろへ引いたのだ。


王族の護衛にあるまじき失態である。


宰相の息子は女騎士が、自分の婚約者が騎士の誇りを投げ捨てる瞬間を目の当たりにしてしまったのだ。たとえ愛がない政略結婚であろうとも、自分が殿下を支え、女騎士が王女を守り、ともに王国のために生きる覚悟と誇りがあると信じていたのに。



ふう、喋り方を戻していいかね?もう一番の見せ場と宰相様の御子息が部屋に閉じこもった理由のところは話し終わっちまったし。え?ああそうだよ。俺はあの漫画の大ファンだったんだ。へへへ、まあ雰囲気だけでも伝わってくれたなら満足だぜ。あ、ちなみにだが宰相様の御子息の心の内とかはあくまで俺の推測だぜ。だが宰相様の御子息が凹んで部屋から出てこないってんなら、多分これが原因だと思うんだよなあ……


報告書に書いたのは、聖女がカーテシーをした直後に聖者をぶん殴って、聖者が2、3メートルほどふっ飛ばされたって事実だけさ。それを報告書7枚にかさ増しして書くのは本当に大変だったぜ。


おそらくだが女騎士が何をしたのかしっかり見えたのは俺と宰相様の御子息だけだぜ。だから部屋に閉じこもったんだろうなあ。ひでえ裏切りだぜ?相当ショックだったんじゃねぇかな。それにこれを人に話せば婚約者がどうなるかわからないってのもあるかもな。宰相様に質問されれば隠し事はできねぇからさ、自分が見てしまったってことを知られないようにするためって可能性もある。多分混乱もしておられるのだろうよ。普通なら間違いなく宰相様に正直に話して判断を仰ぐだろ?それをしてないってことだろ?


騎士の中で同じものを見た奴がいないか、自分の見間違いだったのではないか、って思ってたりするかも知れねぇな。もしこれが騎士団からの報告書が上がるまでの時間稼ぎだってんなら今日にでも部屋から出てくるんだろうし、そうでなけりゃあ……長くかかるかも知れねぇなあ。


ん?俺が報告しなかった理由が弱いって?あーまあそうだわな。俺だって騎士の端くれだ、虚偽の報告だとか自分で勝手に報告の要否を判断するなんてあっちゃいけねぇ。だが今回はどうにもまずい気がしたんだ。


分かんねぇかなあ?このことを正直に報告して女騎士に何らかの処分があったとするだろ?聖者からしてみればせっかく作ったハーレムが壊されたわけだ。逆に聖女からしてみればどうだい?攻略対象の婚約者がざまぁされたと見えなくもない。まだ分かんねぇかなぁ?聖者、聖女のシナリオを進めちまう事になりかねないってことだよ。さっきも言ったろ?1つの国にギャルゲーと乙女ゲーがぶち込まれてるって。そうだよ。俺達からしたら現実だが、間違いなくゲーム要素が混じってるんだ。もしこのままシナリオが進めばどうなると思う?国が滅ぶかも知れない、世界の危機が訪れるかもしれない。


今は絶妙なバランスでシナリオが停滞している。俺はそう推測している。聖者はハーレムができて満足、聖女は攻略を進めること放棄している。このまま時間切れでエンディングに言ってくれることを祈ってるんだよ俺も。いわゆるハーレムエンドとかノーマルエンドなら世界はそんなひどいことにはならんだろ?だからこそ聖女が聖者を殴った理由がわからんのだが、強制イベントか何かかなあ?


さて、話せることは全部話したと思うがもういいかね?よかったら今度一緒に飲もうぜ!気兼ねなく前世の話ができるやつなんて……ん?まだ聞きたいことがあるのか?


「ギャルゲーと乙女ゲーが混じっちまった世界に格闘要素を追加したバカは誰だ」か……勘がいいな、いや勘じゃなさそうだなその目は。ええ?文官の兄ちゃんよ、あんたのチート特典かい?なに?団長も?


あー……そうか、団長に見られてたのかぁ。それに加えてあんたは嘘を見抜けるチート特典か。俺と話しながら答えあわせしてたってわけか。なるほどな宰相様の御子息の話じゃない話までちゃんと聞いてくれるわけだ。それはそれとして同じ転生者と話すのが楽しかっただって?はは、ありがとうよ。俺もだよ。


そうだよ。俺のチート特典は言語の学習に関するブーストじゃねぇ。いうなればそれは副産物ってやつだな。俺が望んだチート特典はマンガキャラへの憧れが元になってるんだ。その身一つで世界を渡り歩き並み居る敵を徒手空拳で退け、多くの弟子を育成したあのキャラさ。俺はあんな男になるのが夢だったんだ。もう諦めちまったけどな。


言語の学習はわかるだろ?マンガじゃあいちいち新しい国の言葉の学習なんて描写しないにもかかわらず、その国についた瞬間から細かいニュアンスまで間違いなく意思の疎通ができる。俺にはそんなご都合主義が弱めに適用されてるのさ。転生のときに補助輪ぐらいの能力がいいって相談したのは本当なんだぜ。だから俺のチート特典はマンガのあのキャラを目指せる能力(弱)ってところかな。


んで、団長が気がついたのは冬山生存訓練のときだったと。あれはまあうん。やりすぎたとは思うよ俺もな。でもなあ、意識を失った同僚を3人も抱えて遭難してたんだ。素手で洞窟を掘って木を蹴り倒して薪を作って、そうでもしなきゃ死んでたっての。つーか、それを見てた団長って何者だよ……本当にやばくなったら助けてくれるつもりだったんだろうけどさあ。実はあの人も転生者じゃないだろうな?違うのか。まじかよ……


ん?ああ、つまり俺は素手のほうが強い、ってことさ。そりゃあそういう特典なんだから仕方ない。騎士の剣術はチート無しの純粋な俺の実力さ。だから団長はおかしいって気がついたんだろうな。木を蹴り倒せるのに剣で木を切り倒せないって変だろ?ああ、普通の騎士はできねえよ、あれができる団長がおかしいんだ。


でもなあ、俺は最初は聖女を弟子に取るつもりなんかなかったんだぜ。聖女と妹が詩を作ってるそばで、俺はトレーニングをしてただけだったんだ。3年ぐらい経った頃かな、そうそう俺が詩の意味を読み解いちまったぐらいの時期さ。聖女に頼まれたんだ、自分を鍛えてほしいってな。もちろん最初は断ったんだ。でも聖女は俺を手本にして見様見真似でトレーニングを始めちまった。特典が聖女を弟子とみなしちまったんだろうな。あの聖女が本気になれば2秒に3回のペースで腹筋ができるって言ったら信じられるか?初めて見たときは俺も目を疑ったぜ。


そんでしょうがないから弟子にした。何も教えなければ、正しい力の使い方を知らなければいつか大惨事が起きるのは分かるだろ?その結果が昨日の聖者さ。見事な一撃で、そして相手を殺していない、恐らく後遺症も無いだろう。あそこまで力加減ができるならもう免許皆伝でもいいだろうよ。それにして聖女の力(物理)ってなんなんだろうなあ……ああ、すまん。そうだよ、俺が元凶だよ。現実逃避ぐらいさせてくれよ。とっ捕まえた犯罪者が「そんなつもりじゃなかった」って言う気持ちがよく分かるぜ。


俺が夢を諦めた理由?色々あるが一番は世界が恐ろしく微妙なバランスで成り立っているということに気がついちまったからかな。もういつ崩れてもおかしくないんだ。こういうのを砂上の楼閣とかって言うんだっけな。え?ちょっと違うかも?まあ言いたいことは分かるだろ?そんな世界に対してさらに自分が影響を与えるなんてな、そんな恐ろしいことはできんよ。


本気でやり合ったことはないがおそらく俺は素手でも団長には勝てねぇ。そして先代の団長は剣で木を切り倒すなんてできなかった。わかるか?団長が転生者じゃねえってんならまず間違いなく誰かの能力の影響を受けている。可能性が一番高いのは聖女だろうな。乙女ゲーの設定で「国内最強」とか「その剣の一撃は大木をも切り倒す」とかさ、そういうフレーバーテキストでもあるんじゃねぇかな。俺は最強であることは望まなかったから団長のほうが強くても何も矛盾しないのは助かったぜ。


あーつまり何が言いたいかというとだ、俺はこれ以上世界を引っ掻き回したくない。だから素手を封じて騎士として剣を持ったんだ。この世界の住人として世界を刺激しないように生きていくためにな。


ああ、そうだったな。嘘は通じないんだったか。嘘というか言いたくないことを言わなかっただけなんだが、それも見抜いちまうのか……


俺が騎士になったのはもう一つ理由がある。もし国に危機が訪れたとき、それが暴力で解決できることであれば無理矢理でもそれを解決するためさ。ん?いやいや転生者としての責任なんてそんな大層なものは知らんよ。あるとしたら騎士としての責任と、聖女の師匠としての責任ぐらいじゃないかね。それよりも俺は妹や両親に安心して過ごせる国を守りたいのさ。例えばある日突然妹が悪役令嬢にならないって誰が言い切れるんだ?もしそんなことになったら全力で元凶を叩き潰すだろうよ。


だから、分かっているとは思うが一応念を押しておくぜ。

確かに格闘要素を加えちまったバカは俺だ!だがギャルゲーと乙女ゲーをこの世界にぶち込んだのは俺じゃねぇ!


お読み頂きありがとうございました。

色々不明瞭なところ、分かりにくいところがあったかと思いますが、寛大な心で見逃して下さると助かります。

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