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凡戦。




 天正5年(1578年)




 決戦の合図となったのは、上杉方の支城である与坂城からの後詰め要請であった。


 南部軍はこれ見よがしに強攻を行わず、城を包囲するのみに留めている。言うなれば与坂城を人質にとった状態である。


 後詰めの計。


 攻められた城を見捨てれば、家臣や国人達の離反を招き、救援に向かえば、おのずと城を包囲する敵軍との野戦と相成る。


 使い古された手法ではあるが、国勢定かならぬ上杉家にとって、城を見捨てるという選択肢はあり得ない。


 ただでさえ御館の内乱によって国が乱れているのだ。これ以上の人心の失落は、それ即ち内部からの完全崩壊と同義である。


 現に初動が遅れ、後詰めを行うことが出来なかった下越の揚北衆達は、一部の者を除いてさっさと南部軍に降伏して、その軍陣に加わってしまっていた。


 抵抗した一部の者も、上杉家を守るために戦ったのでは無く、あくまで自分の土地を南部家に接収される事を恐れただけなのが、謙信死後の上杉家の窮状を物語っていると言えよう。


 その一部の者達がどうなったか?




 まあ死人に口無しとだけ言っておこう。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 上杉家の陣触れが始まった。


 戦国時代の国とは平時であれば食糧生産工場、戦時には即座に巨大な兵器と化す。


 武士達は急ぎ具足を身に付け、自らの領地から徴兵を行う。


 早馬が領内各地に飛び出す、または狼煙が上がり、緊張とそれに伴う喧騒が戦の始まりを告げる。


 農民達は三日分の腰兵糧を持参して、在地の領主の元に集う。現地で支給品の武器と防具を受け取り、即席の兵士となる。


 程なくして動員が完了する。城下に集った軍勢は上役から与坂城の救援に向かう旨が伝えられ、進軍を開始する。


 ただし軍勢は景勝方と景虎方で二分されており、共通の敵に対しながらも、お互いにそっぽを向いて、さっぱり足並みの揃わない状態であった。


 武田軍も上杉軍の要請に従い、別ルートで与坂城へ進軍する。


 景勝、景虎、勝頼、三者の軍勢は、それぞれ内部でも諸将の間に意見の食い違いが発生しており、各々が味方を含めた周りにいる者全てを疑わなくててはならない有様であった。


 数え切れぬ火種を抱えた上杉、武田連合軍総勢5万人は、先の展望の見通せぬまま、南部軍の包囲する与坂城の下へと布陣した。


 他軍に背中を見せる事を恐れて、横一列のやんわりとした何とも言えない陣形を取る事しか出来なかった連合軍に対して、総勢10万人の内、城の包囲に1万を回した南部軍9万が対陣する。


 一個の集団として統率の取れた南部軍は中央、左翼、右翼にはっきりと分かれた変則型の鶴翼の陣を敷いていた。




 とてもつまらない戦いだった。


 始まる前から終わっていたのだから。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 

 相対した兵士にとって南部軍は恐ろしかった。




 自分達の倍は数がいそうな、黒一色の獣の如き軍装の大軍勢。


 噂の黒軍とはこの事か、諸国に鳴り響く至強の噂通り、南部軍は恐ろしかった。




 肉食の普及した南部領に暮らす彼らは背が高く、筋肉量が他地域の人間を上回っている。


 その上、騎兵の数が多くそれらは歩兵よりも高さがあるため、軍勢の姿を実数よりも更に大きく見せていた。


 時折発せられる猛り狂う兵士達の叫び声は、地方鈍りが激しく、最早日本語(ひのもとことば)とは言えない。


 あちらから聞こえて来るのは歌だろうか?


 自らを鼓舞するための、意味の無い叫び声とは違う。確かな意思を持った大合唱も聞こえる。


 その言葉はアイヌや中華、果ては南蛮由来の言語までも合わせた内容で、まこと得体の知れない、しかし凶暴な印象を受ける響きをもたらす。


 分からない、とはそれだけで恐ろしいものである。


 かつて元寇の折に、鎌倉武士が経験したところの恐怖と根幹を同じくして、南部軍は恐ろしかった。



 

 幾多の合戦を経た、使い回しの軍装から立ち昇るのは血液と、それと人間の肉の匂いだ。


 ここに来るまでの揚北衆との戦いは、一方的で凄惨な虐殺だったという。


 その返り血を拭いもしていない上に、体中にぶら下げた生首や手足など、殺した相手の肉片からたらたらと鮮血が滴り落ちている。

 

 そのため南部軍は血塗れで、よく見れば黒一色とは言えず、赤黒いと言った表現が適切かも知れない。


 幼き頃に両親から聞かされた話を思い出す。


 南部軍は人ではない。


 ひと昔前なら、勇猛で残忍と言えば坂東武者を現したものだったが最近では違う。


 悪い子のもとには風神達がやって来る。


 子供心に身震いしたものだ。


 半ばおとぎ話の怪物達の如く、南部軍は恐ろしかった。


 


 未開の蛮族のような印象を受けるかも知れないが、南部軍は他地域に比べて装備でも勝っている。


 軍馬の数は言うまでもなく、領民達自身が自慢の馬を連れて軍陣に加わりに来る有様であった。


 南部領では東北や蝦夷、または大陸から持ち込まれた豊富な鉄と石炭を使った、大規模な高炉製鉄に成功しており、同時代屈指の工業力でもって、武器や防具の大量生産を行っていた。


 槍の穂先に斧が付属した南部軍独自の武器、斧槍(ふそう)が、針の山のように漆黒の軍勢の頭上でガチャガチャと音を立てながら、こちらを威嚇している。


 大量に持ち込まれた火縄銃に使う火縄の煙が、漆黒の軍勢の周りにもうもうと立ち込めている。


 煙の間から見える殺し合いを始める事への恐怖を一切感じていないような、南部兵達の笑顔にゾッとした。


 また火縄銃だけでなく、火種に火打ち石の火花を使う試作の燧石(すいせき)銃も持ち込まれているため、実際の火器の数は上がる煙の数よりも上である。


 たとえ足軽であっても、過去に戦場でそれなりの功績を立てた者には、専業の武士のように全身を覆う鎧を支給されていた。


 現実的にこれから自分達に向けられる物理の力として、南部軍は恐ろしかった。




 要するに、兵士達は怖気付いてしまっていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 

 両軍の戦端が開かれる。


 南部軍は諸将の予想通り、数で勝ることを生かして両翼で連合軍を包み込むような形に移行した。


 そこで戦場に異変が起こる。


 上杉軍の景虎方が景勝方に攻撃を開始したのだ。


 しかし景勝方としては充分に想定していた状況で、武田軍に半数を押し付けるように、その陣形を変化させる。


 しかし景虎方の混乱はそれで終わらなかった。


 一部の部隊が裏切りの命令を拒否し、景勝方を攻撃する部隊を更に後ろから攻撃し始めたのだ。


 武田軍は内輪揉めを始めた上杉両軍を無視して、迫り来る南部軍の片翼へと向かう。


 しかしこちらでも一部の部隊が命令を聞かず、側にいた上杉軍(景勝方)を攻撃した。


 その武田軍に上杉軍(景勝方)に受け流され、そちらに差し向けられた上杉軍(景虎方)の兵が襲い掛かる。


 乱戦となり動きの縛られた背後の状況を見た上杉軍(景勝方)が、目前に迫った脅威である南部軍を抑え込もうと、矛先をそちらに目を向ける。


 しかし一部の部隊が離反し、武田軍と上杉軍(景虎方)の間に起こる乱戦に、漁夫の利を得るような形で突入した。


 状況は完全に収集不可能。

 

 士気も指揮系統も完全に崩壊した連合軍に、南部軍がその獰猛な牙を突き立てる。


 両翼がその形を巧みに変え、最終的に回転する円陣となった。






[南部軍両翼 大嵐(おおあらし)の陣]






 南部軍の翼それぞれで独立して組み上げられた、連合軍に左右から攻め掛かる二つの車懸かりである。


 それは南部家なりの手向(たむけ)のつもりか、車懸かりは故上杉謙信が得意としていた陣形だった。


 裏切れば、命が助かるのでは無かったのか?


 動揺する連合軍だったが、南部軍は見境無く攻撃を加える。


 回転する両翼に追い立てられた連合軍を、南部軍中央に備えられた大量の鉄砲が一斉射撃で刈り取って行く。


 その後、南部軍中央は大筒を数発撃ち込むと、斧槍による槍衾(やりぶすま)を構えた部隊がゆっくりと前進を開始し、両翼の大嵐に挟撃される連合軍を更に念入りに壊乱させて行った。






 崩壊し、逃走する連合軍を追うのは総勢5万騎の、当時世界最大級の騎馬軍である。






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