宗教。
「オレが南部陸奥守晴政だ。皆様方、遠路遥々ようこそおいでなすった」
八戸城内にて、宣教師の一行は南部晴政に謁見していた。
白髪混じりの総髪に滝のような髭を蓄えた、どこぞの蛮族のような風貌をした男が、足を崩して彼らを値踏みする様に真っ直ぐと見つめていた。
感情というものを一切覗かせないその目に、心の内を全て見透かされているように感じた彼らは、意識せずとも体が恐怖に震えてしまう。
羆の毛皮にすっぽりと覆われた大きな体軀が、返答を急かすようにみじろぎした。
目の前の国主から発せられる気迫に気圧されて、しばらく黙り込んでしまっていた宣教師は、慌てて此度の要件を伝えるように通訳に促す。
願い出たのは勿論、領内でのキリスト教の布教。それに伴う南蛮との貿易の利益についても、事細かに説明を行った。
彼らの話に黙って耳を傾けていた男は、話を聞き終えると懐から取り出した煙管に火を付ける。
しばらく思案する様に煙を吹かしている。
返答を待つ者にとって、その沈黙が返って恐ろしかった。周りは彼に忠実な百戦錬磨の武士達で固められているのだ。
彼の気紛れ如何で容易く自分達の首が飛ぶ。
その事実が彼らに重くのし掛かっていた。
「……この煙草、お主らのもたらした物だったな。ウチでも作れるし、良く売れるから良い金になってる」
晴政が満を持して声を発した、そのまま言葉が続く。
「布教は自由だ、南部氏網羅法度次第でもそう決まっておる。法の上では裁くことが出来ぬ。
ただし、お主らが南部に害をなす者なのか、利をもたらす者なのか、それが肝要だ。
場合によっては不慮の事故に遭って、命を失う事になるかもしれんなあ」
一行は戦慄した。薄々感じてはいたが、目の前の男の精神性は、西国の由緒正しい教養人のような武士達のそれとは違う。
武士では無く暴士とでも言おうか、南部晴政は金と暴力の統括者なのだ。
それでも臆する訳には行かない。祖国と神のため、利益を求めているのは宣教師達も同じなのだ。勇気を持って、目の前に座する暴力の王に問い掛ける。
「……害。それは具体的には?」
「例を挙げるなら、まずはお主らが九州で行っている奴隷貿易」
「……分かりました。貴方の領国では一切行いません」
「……? 何を勘違いしている。
奴隷の売買を禁止するのではない。労働力の流出を禁止すると言っているのだ。他国から攫って来た奴隷を我が国に売ってくれるのは大歓迎だ」
「……他には?」
「信仰を利用した民衆の煽動は禁止する。あくまで支配者は南部家だ。これに類する行いは例外なく処断する。尚、処刑は特例として断頭台では無く、火炙りに致す」
「……くっ、それでは利とは?」
「物だけではなく、技術が欲しい。お主らの学術、建築術、航海術。それらの貢献に応じて、布教も貿易も手厚く支援しよう」
「……話になりませぬ。我らの数百年の技術の積み重ねを、貴方に明かせと? 交易も布教も無理だ。帰らせて貰う」
「帰れると思っているのか?」
彼らが咄嗟に振り返ると、出口は既に大勢の兵士に固められていた。
「貴様……‼︎」
「落ち着け、お主らにとって見過ごせない話もある。お主らは西班牙人だったな?
もう既にこの国内で、葡萄牙人と露西亜人が布教と交易を始めている。随分と上手く行っているみたいだぞ。
お主ら、本当に帰るか?」
「なっ⁉︎」
ポルトガルに交易の利権を奪われる事は言わずもがな、ロシアに至ってはキリスト教の東方正教会であり、宗派すら違う。
彼は予想だにしなかった状況に苦悩する事となった。
自らの国だけが出遅れている状況。しかし日本へ南蛮船が来航するようになってから、そうそう長い時間が経っている訳ではない。南部領への布教と貿易に参入するのに、今ならまだ間に合うかも知れない。
何より世界帝国を自称する彼の国の自尊心が、他国に出し抜かれることを許さなかった。
そして最終的に出た答えは一つ。
「……承知……致した……」
その言葉を聞いて、晴政は態度を急変させた。剣呑な雰囲気は鳴りを潜め、にっこりと微笑む。
「良し、これからよろしく頼む‼︎ こいつは初期投資だ。お近付きの印にどうか受け取ってくれ」
晴政が合図を出すと、どこからか漆塗りの箱がいくつも運ばれて来る。
晴政が蓋を開けると、中には箱一杯の金塊が入っていた。
強欲な商人としての顔を合わせ持つ宣教師の一行は、その輝きに心を奪われ、先程までの諍いを一時忘れ、思わず笑みが溢れてしまうのだった。
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永禄12年(1569年)
とある寺の仏堂で極秘の会議が行われていた。
「南部家の行い、最早見過ごせぬ」
「神仏を徹底的に蔑ろにし、昨今ではキリスト教なる邪教にも傾倒しておる様子」
「あの金の亡者め……。
我らが持つ利権をことごとく、無意味な物へと変えてしまいおる」
「しかし、どうすれば良い?
南部領で一揆を呼び掛けたがさっぱり人は集まらんかったし、あっという間に皆殺しにされてもうた。
全く惨いものよ……」
「現地の僧侶もあれ以来、独自の利権を提示されて、抱きこまれてしまった。同じ手は使えぬ」
「皆様方、拙僧に一つ案があります」
「何だ、申してみよ」
「わざわざ我らが血を流す事はありませぬ、我らは金と大義名分を与えるだけで良い。戦は武士に任せるのです。
幸い去年、南部家と敵対する彼の両雄が同盟を結んだと聞き及んでおります。
彼らを南部家にけしかけましょう」
「……まこと妙案也。一応聞くが、その両雄とは?」
「昨年、越相同盟により和解した、我らとも関係が深い上杉家、北条家の両家です」
「……すぐに取り掛かろう。彼奴らに呼び掛けて、仏敵南部を滅ぼす。これ正に阿弥陀仏の意思也……」
神仏を掲げ、死後の幸福を説き、人を殺し合いに導く僧侶達。
俗世の欲望を掲げ、限られた生での富める喜びを説き、人を殺し合いに導く南部晴政。
両者は始めから相入れる筈が無かった。
人を救うのは果たしてどちらなのか、二つの外道が衝突する。
殺し合いの中に、幸福や救いが、存在する筈も無いのだけれどーーー
晴政、イキってんなあ〜。
実はこの男、51歳である。




