異国見聞。
アイフォンで全角スペースが打てるようになったぜ‼︎
こ ん な か ん じ。
永禄10年(1567年)
平戸(長崎の港)から堺、太平洋をそのまま進み関東に至る。長く険しい道程にげんなりとするが、目的地はまだまだ先であった。
一隻の南蛮船が、恐ろしく寒い海を突き進んでいる。
乗船しているのはイエズス会の宣教師を始めとした数人の南蛮人と、道案内に雇われた現地の日本人商人達だった。
日の本の地で人々が口々に噂するにわかに信じ難い男の話。
[北天に座す、黄金の王]
彼ら一行の残したナンブという地域と、ハルマサなる人物についての記録を紐解いて行こう。
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現地の倭人達の進めで、雪が降る前に陸路に切り替える事にした。
聞いた所によるとこの辺り、センダイから北は毎年、凄まじい雪に見舞われるとか。確かに海路では危険だ。
しかしそれを気にも留めていないように、北方独自の巨大な和船が更に北のハチノヘやトマコマイを目指して、港を往来するのだ。
センダイの港にも驚く程大量の物品が荷揚げされ、その賑わいはサカイにも劣らない程だ。
雪国の民は寒い世を忍ぶが如く背中を丸めているものだが、この地では体格の良い男女がその身に纏った毛皮を見せびらかすように、堂々と労働に勤しんでいる。
男はみんな髭を生やしており、質問してみた所、ハルマサ流だとかアイヌ流だとか、様々なスタイルがあるのだと熱弁してくれた。
しばらく辺りを散策してみたかったが、異人に対する奇異の視線はそうそう隠し通せる物ではなく、騒ぎを聞き付けた現地の役人がやって来るのに、あまり時間は掛からなかった。
通訳の助けを借りながら、役人に今回の目的を説明する。
北方にて多数の国を支配下に置く、日の本有数の強大な王、ハルマサに謁見を願い出た。
巷で日の本在来の教義である仏教の神父達から、蛇蝎の如く嫌われている彼の王ならば、キリスト教の布教に協力してくれるだろう。
平戸で信者となった倭人から聞かされた話だ。
あわよくば我らとの交易も認めて貰えるかも知れない。
金、銀、銅は言わずもがな、漆器や陶器に鉄器、阿片、生糸、ロシア帝国の独占状態にある毛皮、などなど、この地との交易は莫大な利益を生む。
半ば確信じみた予感が彼の中にあった。
役人との協議の末、やがて国主ハルマサの居城であるハチノヘに向けて赴く事となる。
来客用の豪華な馬車に乗せられて、国内を北進して行く。日の本では普及していないのかと思ったが、この地では馬車が一般的に知られているようだ。
馬車に揺られて窓の外を眺める。
道中でも各地で驚くべき光景に遭遇した。
良く開墾された農地が見渡す限りに広がっている。そこに水を引く数多の水車や踏車の仕組みは見事で、一朝一夕で出来る物ではない。長年の研究と投資の賜物であった。
収穫の時期を終えたばかりで、農地の隅に様々な作物が積み上がっている。中には故郷を思い出させるような麦の束まで見られた。
どどどっと、大きな音がする。
咄嗟に目を向けると、数十人の人間が離れた的に向けて一斉に火縄銃を発射しているところだった。
兵士達の訓練だろうか。
よく見ると隊列を組んで馬を走らせている者達の姿が見える。平たい顔をした亜細亜人達が馬上から矢を放ち的に命中させて行く姿を見て、何か根元的な恐怖を感じて、すぐに目を逸らしてしまった。
話によると、ハルマサなる御仁はその強力な軍事力で知られる領主である。
今まで見てきた、豊かで穏やかに暮らす彼らの姿は表の顔で、あちらの鬼も裸足で逃げ出す恐ろしい軍勢が本当の顔なのだろう。
事実、ここに来るまでに通ったカントーの民達は、ナンブの兵士達をまるで天災かのように恐れていた。
その棟梁たるハルマサに会うのが、少し怖くなって来た。仏教の神父を処刑したように、私も彼の怒りを買えば、鶴の一声で首が飛んでしまうのだろう。
不安を他所に、馬車は進んで行く。
ハチノヘに近付くに連れ、職人達の町という物が見えた。
もうもうと煙を吐き出す塔のようなものは製鉄場で、そこで作られる鉄のインゴットが、この地に住まう職人達の手によって、あの見事な鉄器や、大量の武器に加工されているのだと言う。
他にも車輪や水車を作る工房もある。今まで国内を見てきた限りでは、彼らは非常に高い技術力を持っているのだろう。
陶磁器を焼く工房などでは、大陸から攫われて来た奴隷達が職人となって多くの人々の尊敬を集めている。
陶磁器工房に併設された、ガラスを焼く工房も少数ながら存在しているらしい。
案内する役人はこの町に詳しいようで、様々な事を教えてくれた。
何でもハルマサの提案で、作業を細分化して分業を進めたところ、生産に職人ではない素人も加わる事が可能になり、効率が段違いに上がったという。現地では大衆工房と呼ばれている。
それでも昔ながらの職人の技は大切にされており、今では上流階級向けの高級品を作る者として、大衆工房とは別のくくりにされて生産を続けている。
それにしてもナンブの国内に入ってから、牛や馬を始めとして、家畜達の数が多いことに故郷に似た懐かしさを感じる。
日の本では肉食があまり盛んでは無いようだが、ここでは各地で迎えられる度に、食事に肉や卵、乳を使った料理が出て来る。パンまで出て来たときは驚くと同時に、久しぶりの味に喜んだ。
服装も倭人の着物に、アイヌと呼ばれる民族の伝統模様や、動物の毛皮を縫い合わせた独自の様式が見られ、日の本とは別の文化を持っているようだった。
建物も平戸や堺で見た物とは似ているが、別の様式を持っており、北欧やロシアに近いかも知れない。寒冷地に適したものなのだろう。
ハチノヘまで後少しといった所で、にわかに雪が降り始めた。あっという間に辺りが白く染まって行く。
雪に馬車が足を取られる。
役人はすぐに雪解けを始めると言っているが、あまり手間を掛けさせるのも悪い。徒歩で向かうように希望した。
役人はしばらく逡巡していたが、しばらく待つように言い残すと、どこかへ消える。
少しすると、大きな鹿にソリを引かせる御者を連れた役人が帰って来た。
これはトナカイか。
話を聞くと冬の時期になると移動手段として、カラフトから連れて来るのだと言う。現地では鬼鹿と呼ばれている。
文献では知っているが、実物を見るのは初めてだ。まさか北欧では無く、遙か他の果ての日の本でお目に掛かる事になるとは、本当にこの旅は驚くばかりだ。
しかし、その驚きが次に見た物の衝撃に全て掻き消されてしまうとは、彼はこの時、夢にも思っていなかった。
雪を巻き上げて疾走するトナカイに引かれ、荷物と一緒にソリに乗って移動する。
その時、突然猛烈な吹雪が一行を襲った。
慣れていない者からしたら、目も開けていられない程の風と雪にも関わらず、御者は気にする事無く、ソリを進めて行く。
肌を打ち付ける冷たい風にひたすら耐える。
吹雪き始めてから、どれだけ経っただろう。いつの間にかソリが止まっていた。
それと同時に吹雪が止んで、辺りの様子が窺えるようになって来た。どうやら小高い峠の上にいるようだ。
峠の麓に目を落とす。
そして彼らはそれを目にした。
空にそびえる鉄の城。
一眼見てそう感じたのは、深い黒色の木肌を鉄の甲殻が覆っているからだ。
鈍い輝きを放つその天守は、所々が黄金で飾り立てられ、黒に良く映えるその魔性の光が、格別の荘厳さを演出していた。
漆黒の巨城はその下に広がる街全体を城壁や堀で覆っており、まるで一つ生き物のようにも見える。
馬淵川、奥入瀬川を利用した水路が町の中の至るところに張り巡らされて、海に繋がっており、大小多数の舟が行き交っている。
城下で信じられない程、大勢の人間が蠢いているのが、遠方からでも分かる。
そこかしこで、先程見たような製鉄所の煙突が天に向かって伸びており、休むことなく煙を吐き出している。
質実剛健の南部建築の最高峰、八戸城を中心とした圧倒的な威容の総構え。
日の本北の覇者、南部家の本拠地、八戸である。
蝦夷の札幌への遷都が行われるまで、この場所が北の王の住まう地であった。
後に世界遺産となる八戸城を眼下に、宣教師の男は呟いた。
「Zipangu……」
どこの国やこれは……。




