色々やってます。
内容浅いけど、どうぞ〜。
永禄5年(1561年)から
永禄12年(1569年)頃
南部家の至上命題は北日本を中心とした国力の増強である。日の本の統一のためにいたずらに領土を拡大し続ける事ではない。
関東で北条家と上杉家との睨み合いが続く状況で、再びしばらくの安定を得た南部家は、引き続き広いだけでスカスカな領国を開拓して行く作業に戻った。
冷害の影響で安定した収穫の望めない米を、換金性の高さ故に育てざるを得なかった状況はとうの昔に終わっていた。
南部領では米の飢餓輸出などに頼らずとも、いくらでも収入源となる事業が既に生まれていたのである。
故に米が育たないのなら麦を育てれば良いし、麦も育たないのなら、雑穀を育てれば良い。
南部家は領国の外に求めずとも、既に広大なフロンティアを所有していたのだ。
開拓、開墾のために必要な労働力は水車や牛馬など人の代わりに仕事を行なってくれる諸々に加え、上杉家が何故か格安で売りに出している、関東から攫われた奴隷達が使われた。
これは上杉政虎(長尾景虎から改名)が、奴隷達を家族が買い戻せるようにとの温情で行なっていたことなのだが、そんな事情を考慮する南部家では無い。
国内開発により領民達は日増しに豊かになったが、彼らの飽くなき探求は留まる事を知らず、この頃になると蝦夷の北に発見された樺太の制覇に成功しており、堺を通した南蛮人や倭寇商人達との毛皮貿易は巨万の富を生んだ。
金になるなら何処までも行く。火縄銃を担いで船に乗り、遂にはシベリアにまで毛皮を求めに行く勇敢な大馬鹿者まで現れた。
日の本の富を吸い上げ、北の開発に投資し続ける南部家の存在が、南部領以外の地域での戦国という奪い合いの時代を助長していたという説すらある。
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積極的に攻める事はしないと言っても、戦が一切起こらなかった訳では無い。
上杉家や北条家からの防衛のために出陣する事はあったし、常陸、下野の関東領土で起きた現地の武士達の反乱も頻繁に起こっていた。
しかしどれも大規模な物では無く、上杉家と北条家は互いの事が第一で、南部家については第二目標に留まっていた。
関東武士達の反乱は起こる度に繰り返された徹底的な粛清と、領民達有利の南部家の政策で、在来の武士達から領民達の人心を離させることによって、沈静化された。
この頃、領内で仏教勢力の反乱も起こっている。
永禄3年(1563年)の三河一向一揆を皮切りに、各地で起こる反乱が、南部領にまで波及したのだ。
というかむしろこれは新貨幣の鋳造によって、既得権益層である寺社に武力無き攻撃を加える南部家を最終的な標的とした物だったとも言える。
圧政によって領民達を苦しめる南部家を今こそ打倒する時だ‼︎
おなじみのそんな感じの事をスローガンに掲げて行われたこの反乱は、非常に低調なものに終わった。
理由は言わずもがな、南部家による圧政など、どこにも無かったからである。
ほとんどの領民達は一揆を呼び掛ける僧侶達を、酒のつまみににんにくで炒めた肉を食べながら、妻と一緒に楽しそうに見ているだけであった。
ごく一部、凶作などが原因で反乱が起こった地域では、鬼と化した南部軍が本気の態勢で鎮圧に当たり、度々根切りが行われている。
優しい人程、怒らせると怖い。
南部家に逆らう意思は次第に薄れて行き、最終的には一揆を煽動した僧侶の前代未聞の公開処刑によって、完全にその芽は絶たれた。
この事件は全国の寺社を震撼させたが、やがてそれは怒りに変わり、彼らはより厄介な戦略を持って仏敵南部家の打倒を目指す事となる。
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「傷口にうんこ塗るの止めようよ」
南部晴政は定期的に行われる宴の席にて、戦場で見た衝撃の光景を思い出しながら、唐突にそう発言した。
「いや、うんこ食ったら腹壊すんだから、うんこ塗ったら身体壊すだろ」
この時代、馬糞には薬効があると信じられ、戦場で傷を負った者に処方されていた。
晴政は現代にて博識な方とは言えないが、流石に病院で傷口にうんこを塗られる事はないと知っている。
むしろ言い出すのが遅過ぎるくらいの当然の発言だった。
「オレらのうんこを矢に塗ったら、傷口を化膿させる毒になるよな? なら馬のうんこだってうんこはうんこだろ」
「いや、しかし……、古来より伝わる方法で……」
「いや、しかし……、うんこはうんこだろ? 何でうんこの肩持つんだ、さてはお前ら自身がうんこなんだな、それなら納得出来るが……」
「うんこではありませぬ」
「一度、傷の処置について実験してみないか? いや、お前ら自身がうんこなら、無理にとは言わないが……」
「うんこではありませぬ‼︎」
傷口を洗い流してから、傷口に様々な物を塗り付ける恐怖の実験の結果。
何もしなかった奴は普通に治る。
その辺の土を塗った奴は破傷風になって死ぬ。
塩水を塗り込んだ奴は痛みにのたうち回った後、ちょっとだけ早く治る。
砂糖水はちょっとだけ早く治る。
うんこを塗った奴は傷口が化膿してしまう。
うんこによる期待通りの反応に、得意げな顔をして周りを煽りまくる晴政はともかく、目から鱗の非常に貴重な情報を得られた家臣達は、戦場での医療について真剣に研究を始めることとなった。
うんこによる科学の進歩である。
うんこは偉大である。
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晴政がうんこではしゃいでいた頃、南部領にて一人の町医者がある発見をしていた。
「一度、発病から回復した者は、ほとんど罹らない。ならば弱めた病魔に、敢えて感染させれば良いのでは無いか?」
彼は来る日も来る日も実験を繰り返した。
破産を覚悟で南部家からも金を借りて、研究を続けた。
「これだけでも革新的ではあるが、十人に1人はそのまま体を蝕まれて死んでしまう……。人の病魔を他者にそのまま移すのは危険だ。何か、何か別の方法はないか?」
研究のため領内を回っていた時、南部領で大量に飼育されている牛にも似た症状を発見する。
これを人に投与すればどうなるのか?
大勢の人間を犠牲にして来たのだ。今更、躊躇う事は無い。男は研究を再開した。
「こ、これだ……‼︎ 牛の病魔を人に移した場合、遥かに危険度は低いぞ‼︎ すぐに南部様に報告して、迅速に領内に広めねば‼︎」
人々に病魔を振りまく疫病神と揶揄された彼の研究とは、痘瘡(天然痘)の治療。
日の本における彼の偉大な業績は、今でも歴史の一ページに燦然と輝いている。
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