諸侯の事情で諸事情。
こっちが本当の箸休め回。
天文16年(1546年)黒川城
蘆名盛氏
蘆名盛氏は苦悩していた。
高齢となり周りを顧みず暴走する伊達稙宗を排斥して、その嫡子の伊達晴宗を擁立する。ただそれだけのこの時代なら良くある家督相続劇だったはずだ。
もちろんあわよくば、晴宗の有力な後ろ盾となって、伊達家中での存在感を増そうという野心が無かった訳ではない。
ただそれは現状を見るに見通しが甘かったと言わざるを得ないだろう。
容易く転ぶはずだった話は、稙宗の予想を上回る支配に対する執着と、蘆名家以上に伊達家などどうなってもいいと考えていた最上家、相馬家、葛西家ら諸侯の野心。融通の効かない晴宗の狭量さと傲慢さ。
全てが噛み合って悪い方向に進み、そして現在、伊達家連合の連携がさっぱり纏まらない内に、当代最強とも噂される南部軍の全力侵攻が始まった。
「南部晴政はまことの名将だな。我々が最も来て欲しくない時期に、当然のように攻めて来る」
蘆名盛氏は南部晴政に一人の武人として尊敬の念を抱き、手にした書状をひらひらと遊ばせて薄く笑った。
伊達家の有力な配下たる蘆名盛氏の元には、伊達連合最初の犠牲者とも言える、葛西家より例の書状が届いている。
「葛西晴胤め、こんな書き方をされては出陣せん訳にはいかんではないか。とんだ狸よの」
葛西晴胤の書状はただの救援要請ではない。晴胤は自分が南部家にちょっかいを出した結果、攻められているだけだというのに、この書状によって戦いの規模を陸奥を二分する戦いにまで引き上げた。
分裂した各勢力が南部家と一対一で戦っていては勝てる訳が無いので、陸奥の運命が懸かった戦だというのが、強ち間違いでは無いのがこれまた上手いところだ。
晴胤は各家の当主だけではなく、家臣から領民に至るまで広くこの手紙を流布したようだ。よって、この要請を無視すれば、伊達家に従属していた諸侯が現地の国人達、また末端の領民達の支持を受けることが難しくなる。
伊達家連合の諸侯は意図せず戦いの場に、強引に引きずり出された形となったのだ。
「勝つのは当然として、最低でも引き分け。しかし後々の伊達家統一後の影響力を高めるために、大きな損害を受ける訳にはいかん。他の軍を上手く盾にして、我が軍の被害を出来るだけ抑えねばな」
蘆名盛氏は自信を持っていた。伊達家の混乱を扇動し、それを利用して一気に独立勢力と言える程にまでのし上がった自らの手腕を信じていた。その智謀にてまだまだ勢力を拡大できると。事実、彼は非常に優秀な男だった。
伊達家から独立した諸侯は皆、同じ自信を持っていた。
そしてその自信は既に、奥羽を飲み込む魔物の掌の上であることに、伊達家連合の誰もが気付いていなかった。
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山形城
最上義守
「定直‼︎ 佞臣南部が攻めて来たぞ‼︎ 奴らを皆殺しにするまたとない機会じゃ‼︎ 兵を出せ‼︎」
「義守様、一旦落ち着きなされ」
気炎を吐く最上義守を諌めるのは、重臣の氏家定直。
義守が若さゆえに冷静さを欠いているようにも見えるが、その南部家に対する深い怒りは当然のことだ。
先年、南部晴政が就任した羽州探題は、元々最上家の当主が代々、務める役職だった。
伊達家の奥州探題、最上家の羽州探題。
この二つの位を前提条件として奥羽の安定は成っていた。
しかし、そこに突如異変が起こる。
北の風神がそれこそ風が吹いて行くかの様な気軽さで、その二つの役職を掻っ攫っていったのだ。
将軍である足利義晴は、強大な力を持った南部晴政が自分に頭を垂れることを、よほど気に入ったらしい。
ともかく、そのせいで最上家の家格というものは、元々半分以上伊達家の属国状態だったのも相まって、随分と落ちてしまったことになる。
「冷静になるのです。現実的に南部家に我々は勝てるのですか? 伊達家に連なる諸侯が一丸となれば、確かに兵力では上回るでしょう。しかしこちらに風神晴政と比肩する将は存在するので? 全盛期の稙宗殿だったら分かりませんが……、蘆名盛氏なども名将ですが、晴政よりは流石に一歩劣る……」
「将だけで戦が決まるか‼︎」
「そもそも前提条件である、諸侯が一丸となって戦うというのも怪しいものです。 南部に負けた家は大抵の場合、一族郎党根絶やしにされます。それを避けるため裏切る者も当然出てくるでしょう」
「……我々は家族だ。強い縁戚関係で繋がった我々の中に裏切り者がいると……?」
「まさに今我らが伊達家を裏切って、独立したところではありませんか。義守様、伊達家を完全に見限り南部家に付くことも視野に入れて下され」
「……いや……、やはり伊達家に付いて兵を出す。当家から羽州探題の座を奪った南部は許せん。どの道そのような輩に協力しておっては、家臣や国人達からの信頼に傷が付く」
「……そこまで仰るのなら止めは致しませぬ。私も全力でお支えしましょう」
「……済まんな、定直」
「いえ、これは家臣として当然のこと」
義守は定直と相談して戦の準備を一通り終えると、戦の前の逸る気持ちを鎮めるため、妻と生まれたばかりの息子が待つ部屋に向かった。
「あら、貴方様。自分から訪ねて来て下さるのは珍しいですね」
「……戦が始まるのだ。もう二度と会えなくなるかもしれん……」
「……武家の妻として常に覚悟は出来ております。私としては、ただ貴方が誇り高く生き、誇り高く死んで行くことを願うのみにございます」
「今度の相手は恐ろしい、もし敗けたらお主とその子まで殺されてしまうやも知れん。逃げるのだったら今の内だ。止めはせんぞ?」
「まさか、貴方様が逝くのだったら、私も共に逝きます。あまり私を馬鹿になさらぬよう……。ただ心残りになるのはこの子だけですね……、ねえ、今度の相手は南部様でしょう?」
「っ‼︎ どうして分かったのだ」
「ふふっ、やはりそうなのですね。だってこの子がこの前からずっと北の方を見て泣き出すものだから……」
彼女はそう言ってその腕に抱いた我が子に目を落とした。
「そうか、白寿には何でもお見通しって訳だな」
「時々、歴戦の武士のような鋭い目付きで他人を見ることがあります。まだ生まれたばかりだというのに……」
「……この子はオレなどゆうに上回る器を、産まれながらに持っているのかも知れん」
「それは、まさか南部様より上でしょうか?」
「それこそ存ぜぬこと。実際に敵対してみて初めて分かったが、南部晴政はただ欲望のままに侵すのみ、武士道や権威に囚われず、人の持つ凶暴性をただ思いのままに敵にぶつけるのみの男よ。天下の英雄のそれをオレのような凡人が理解することは出来ないが如く、南部晴政の欲望の底を伺い知ることは出来ぬ」
「なぜそのような不義者が、あそこまで強いのですか?」
「そういう強さもある、それだけのことよ。
だが乱世において、時に人はそれを神と呼ぶ。
南部晴政は、乱世の神だ。乱世の、風神なのだ……」
「……貴方様、泣いているのですか?」
「……オレは奴が大嫌いだ。だがそれはただの嫉妬だ」
「嫉妬?」
「オレは強さと自由を併せ持つ晴政が、ただただ羨ましいのだ……。白寿、お前が泣くのもオレと同じ理由なのだろう?」
母の腕に抱かれていた幼子は、父につられるように泣き出した。
最上義守の嫡男、白寿。
世に二つとない強さを持って生まれながら、血縁と強大な権力に翻弄されながら生きた英傑。
この幼子こそ後の最上義光である。
決戦のときは静かに、だが確実に近づいていた。
最上義光のこと最近まで、[よしみつ]って読んでました。
仲間はいないのか?




