第2話【裏事情】3
依頼人の家の玄関の前にて。
ミルは抱えていた娘を依頼人に引き渡す。その横でクレイが依頼人に事の始終を伝えた。
「というわけで、ご依頼どおり、娘さんは無事に救い出しました。今は眠っているだけなので、明日になれば目が覚めて元気になるでしょう」
依頼した男は驚愕したような表情で、感謝の意を述べた。抱いている娘の方を一度も見ていない。愕然としてクレイ達をぼんやり見ている。
「そ、そうですか……ありがとうございます……」
「それではこれにて。今後とも屋図路夜をご贔屓に」
「……」
男の顔色は青くなっていたように見えた。
こんなはずじゃなかった。そう言いたいような表情だった。
町を出て帰路につく。
誰にともなくクレイがつぶやく。
「談事、成立」
三人は店に戻る。
「お帰りなさい!」
ティハが元気に出迎えてくれた。
無事に依頼を完遂したとクレイが告げると、ティハは満面の笑みを浮かべた。
「今日もまた、いい仕事しましたね~!!」
「そうだね」
「でも、最近談事多いですね。何ででしょう?」
「うーん、何でだろうね。まあ、こちらとしては談事が多いほど稼げるし。今は過去一番くらいの利益を挙げてるのかもしれない」
ミルが自分の剣や持って行った道具類を片付けながら、ふと気になったことを口にする。
「しかし、前回といい今回といい、今までよりも敵の数が多くなっているような気がするのですが」
「そうだね、ゴーストの中でも上級クラスの奴らが力をつけてきているのかも。そのうち通常の意味での魔物にランクアップするかもね」
「ランクアップ?」
ティハが首を傾げる。
「そう、姿を見せるようになるってこと」
「へえ~。じゃあやっぱり、見えてる魔物の方が強いんですね」
「そりゃあね。弱いから、姿を見せられないんだよ。強ければ、堂々と出てこればいいからね」
クレイの講釈を聞いている中、カリンはずっと考え事をしているかのように下を向いていた。
「どうしたの、カリン?まだ怖かった?」
ティハが前回のように顔色を覗き込んでくる。
「いや、そうじゃないの。そうじゃないんだけど……」
釈然としない表情のカリン。
「カリンはまだここに来てそんなに経ってないんだから、あんまり深く考えないの!」
彼女は笑顔で言う。
「最初は誰だって初心者なんだから!この店番二号のティハ先輩が言うんだから間違いないよ!」
やたら上から目線な気がしないでもないが、ティハのことだから特に考えがあるわけではないだろう。そう思いつつ、カリンは別の話題を振ることにする。
「前から思ってたけど、何でミルが一号でティハが二号なの?」
「そんなの、最初にここの店番になったのがミルだったからに決まってんじゃん!」
「僕がここで働き出してふた月くらい後だったかな。ティハが雇われたのは」
「へえ~」
「ちなみにカリンは店番五号だからね!」
「あ、あれ、三号と四号は!?」
当然抱くであろう疑問を呈すると、ティハはにやりとした笑いに変わる。
「フッフッフ、カリンにはまだ知らない屋図路夜の秘密があるって事ですにょ!!」
「にょって何よ!?」
「いや、噛んだだけでしょ」
ミルはいつも冷静だ。
「うるさーーい!!」
「ティハのほうが声がでかいよ」
クレイはすっとその場から離れる。
「じゃあ、僕は上にいるよ。あとはご自由に」
「は~い!」
「今日はもう寝るだけだよ」
ミルは相変わらずの真面目さで、真夜中にしては声の大きなティハに釘を刺した。
夜も更け、東の空の色が少しずつ黒から青に変わってきた頃。
カリンは、一人クレイの部屋に向かっていた。
ミルとティハは眠っているようだ。
部屋の扉をノックする。クレイは起きていた。彼が姿を現す。
「どうしたの?」
「あの、店主」
「なんだい?」
彼女は、今回の仕事の失敗を謝る。さっきも言ったように、気にすることはないと彼は口にする。
「まだまだ分からないことって、たくさんあると思うよ。むしろ、今回は魔法の封じられ方が分かって良かったじゃない。今後の討伐で活きてくるよ」
「はい……それよりも」
彼女にとってこのやりとりはあくまでも前振りに過ぎない。
戦闘のときは自分のやることで頭がいっぱいだった。
帰路に着くと、彼女は今回の事の発端で、違和感を覚えたことを思い出した。
それを問いただす。
「今回の談事、不思議に思うことがいくつかあります。一番の疑問が、依頼料。人の命が懸かっているとはいえ、依頼人が持ってきた額よりはるかに高い料金を要求するのは腑に落ちません。それに、今回の仕事は前回の討伐と大して変わらなかったと思うんですが……」
「そうだね。……じゃあ、ここだけの秘密だよ。入りなよ」
「……はい」
クレイは後ろに下がり、カリンを部屋へ招き入れた。
二人はテーブル横の椅子に座り、向き合っている。
部屋は小さなランプだけが灯っていて薄暗い。
ランプの明るさを調整し終わると、すぐにクレイが話を切り出した。
「単刀直入に言おう。あの依頼人、自分の娘に保険をかけていた」
「え!?」
「その額、五千万」
カリンは目を見開く。
「つまり、あの人は別に娘なんて助けてほしくなかったんだ。金が欲しかっただけ。だから警察に頼まなかった。僕たちの仕事を甘く見ていたんだね。ゴーストによる娘の誘拐は、依頼人にとって想定外のことだったけど、好都合でもあった」
彼はいつものように穏やかな表情だが、やや憂いを帯びている。そんな中、言葉を淡々と紡ぐ彼の様子に、カリンは冷たさを覚えた。
「ここで娘が死んだことにすれば、自らの手を汚すことなく大金が手に入る。でも、行方不明、ただの家出というだけじゃ、保険金は出ない。そこで、うちに依頼してきた。第三者に徹底的に探してもらったという事実があればいい。その報告書を書き、保険会社に申請し、金を受け取るつもりだったんだ。そう考えれば、三百万なんてまさに端金さ。そこで僕は、さらに金を要求することにした。彼が妥協する絶妙な数字をたたきつけた。二千万なら、大金ではあるけれど、保険が下りたら差額の三千万儲かる計算だ。だから彼は苦渋の決断ながらも依頼したんだ」
「ど、どうしてそんなことを……!自分の子供よりも金を優先するなんて……!」
カリンが気色ばんで強めに意見すると、クレイは鼻を鳴らした。
「そんなの知ったことじゃない。ただね、カリン。依頼人の中には、いや、世界には、決して誠実ないい人ばかりじゃない。命より金が大事な人なんてざらにいる。前回の談事の依頼人だった町長は、本当に町のことを考えた結果の依頼だった。だから、大金ではあるけれど妥当と思った額を提示した。でも、今回は違ったってこと」
カリンは何か言いたげな表情をする。クレイはフォローするように補足する。
「勘違いしないで欲しいのは、僕は決して金儲けをするつもりで金額を吊り上げてるわけじゃない。でも、僕達を利用して悪巧みをしようとしている連中には、この方法が一番打撃を与えられるってわけさ」
「そ、そもそも、いつの間にそんな情報を得ていたんですか?そう、娘さんの居場所も掴んでました。店主が少し席を離れたその間に、全てが分かってたんですか?」
「そうだよ」
クレイは当たり前のように言う。
「どうやって!?」
カリンの口調がさらに強くなっている。
「ティハがさっき、店番の話をしていたね。三号と四号がいるって」
突然話題が変わったようにカリンは思った。
「うちの店員はあと二人いる。その一人が、情報収集を大得意としていてね。彼に頼んだんだよ」
「早すぎないですか?」
「そう、その早さがウリなんだ。だから、ただ店番をしているだけじゃもったいない。彼はこちらが用件を伝えた瞬間、すぐに動き出す。その一瞬で目的地と裏事情を知り尽くす程のスピードでね」
想像もできない。信じられないくらい人間離れしたスピードだと、カリンは思った。
「でも……仮にそういうことだとしても、依頼人は、そんな心づもりで依頼したんじゃなかったのかもしれないじゃないですか」
カリンは話を戻すが、彼女の擁護に対しても、店主は辛辣だった。
「確かにカリンの言うように、そこまで考えてなかったかもしれない。でも、逆に言えば、もっと悪い方向にも考えられる。例えば、依頼人は金のために娘を殺そうと考えていたかもしれない。その罪を僕達に着せようとしたのかもしれない。そりゃあ、色々想像は出来るよ。だけど、保険をかけていたのは事実。娘がゴーストにさらわれたのも事実。そして、僕たちがそれを助けたというのも事実。僕たちが関与するのは、ここまでさ」
突き放すように話し続けるクレイ。だが表情は変わらない。
「……まだ聞きたいことある?」
「……分かりました。だけど……」
まだ何か言いたげな表情の彼女を見て、クレイは首を傾げる。
彼女は少し彼を睨みつけた後、目を閉じ、ふっと息をつく。
「……いえ、なんでもないです。……戻ります」
「そうか。じゃ、お休み」
クレイは少し微笑んだ。その表情から冷たさは感じないが、やはり、どこか憂いを帯びているな、とカリンは感じた。
カリンの二回目の談事が終わった。
真実を知ったカリンは、この屋図路夜というよろず屋の恐ろしさを知った。
今回は、ただゴーストを討伐するというだけでなかった。
何より驚異的だったのは、依頼の裏にある事実を突き止める力、それを秘密裏に、しかし厳格かつ正確に、いずれの問題をも処理する力がこの店にあるということだった。
カリンには聞きたいことが、まだあった。それは、今更とも思えるような、いたって素朴な疑問だった。
(あなたたちは、なぜこんなことをしているのですか?)
ゴーストの存在、その討伐、そして依頼人の悪行を見抜き、懲悪する。表向きはよろず屋として経営しながら、こんなことを商売としている。
彼の持つ力は、一介の商売人がなしうる芸当ではない。
(店主……貴方は、一体何者なのですか?)
彼女は、心に雲がかったような、もやもやした気持ちを残して、自分の部屋に戻るのだった。