第2話【裏事情】2
「さて、今回の目的地は島の北部の洞窟だ」
クレイが唐突に、どこから得たのか分からない情報を提供する。
依頼人の娘に取りついたゴーストの巣が、そこにあるという。
「依頼人は北の町の住民だと言っていたね。その町のさらに北西に位置する」
「なるほど」
ミルが頷いた。
「あの~そもそもなんですけど、なんでゴーストの巣なんてあるんですか?見えないから、その辺のあちこちに飛んでてもおかしくないんじゃ?」
ティハが挙手して疑問を投げかけ、生徒に言い聞かせる先生のようにクレイが答える。
「多分だけど、自然発生している魔力が溜まっている場所に集まりやすいんじゃないかな。居心地が良いんだろうね。誰だって、眠りたいときは安全な場所で安心して寝たいでしょ?」
「ああ、そういうことですか!納得です!」
「店主、適当にはぐらかしてませんか?」
珍しくミルが指摘する。クレイは少し笑って言葉を続ける。
「話を戻そう。そういった洞窟だと仮定するなら、他にもたくさんのゴーストがいるかもしれないね。となると、娘さんの命の危険性はさらに高まる」
今度はカリンが尋ねる。
「どういうことですか?」
「前回の談事もそうだったけど、なぜ子どもにゴーストが取りつきやすいかというと、子どもって腕力や魔力が少ない代わりに生命力が旺盛なんだ。その生命力を餌にする。それでゴーストは少しずつ力を蓄えていくわけだ」
「ということは、餌にありつくゴーストが多いほど、子どもの生命力がなくなっていくってことですか?」
「そういうこと。というわけで、すぐに出発しよう」
「はーい!」
「今回も、私かティハのどちらかが店番ですか?」
「そうだね」
カリンはどきっとする。分かっていたことだが、彼女はまだ研修期間中のようだ。
店主クレイと、カリンと、もう1人の店番という3人パーティーは、カリンがこの店に来てからの討伐の基本スタンスであった。
「じゃあ、今回は私が出ましょうか。前回はティハだったから」
ミルが進言すると、クレイは頷いた。
「了解で~す!店番は任せてください~!」
笑顔で手を上げるティハ。
「それじゃ、準備しようか」
前回と同様に、必要な道具を揃えて小さな肩かけ鞄に入れる。
この鞄を持っているのはカリンだ。前回の談事でもそうだった。これは単に新人だから、というわけではなく、アタッカーとして動くクレイ達がより機動的に戦えるようにするためだった。
以前はどうしていたのかとカリンが聞くと、各々が必要最小限の道具を持ち、量が多くなったときはミルが持っていたという。だが、実はクレイが回復魔法を使えるらしく、そもそもあまり道具を使わなかったらしい。
だが、万一ということもあるし、カリンの加入によって談事に向かう人数が増えたため、必然的に回復薬などの量も増えた。
クレイは前回と同じ細身の剣を装備していた。
ミルはクレイよりも一回り大きい剣を持ってくる。そちらは魔力の媒体にはならないだろう。
前回は家の中での戦いだった。比較的裕福そうな家で子供部屋も広かったため、あまり気にならなかったが、今度の洞窟はどうだろう。あまりに狭いとミルの剣を振るうのは苦心しそうだ。
こういった状況評価は、カリンの得意な分野の一つだった。だが、それはあくまで、どの防御魔法を発動させるかを的確に判断するために必要な技術で、相手の力量を測るようなものではない。
かつての就職活動でも多くの面接官を勘違いさせたものだ。説明する度にため息をつかれるあの場の空気は、本当に気まずく、お祈りされるのを待つまでもなく逃げ出したくなるくらいだった。
この屋図路夜では自分の過去を詮索する者はいない。そういう意味でも、いい職場だと思うカリンだった。
一行は、ゴーストの巣である北西の洞窟に到着した。
「ここは敵地というだけあって、奴らに地の利がある。気をつけて行こう」
クレイはそう言うものの、のんびりした構えで中へ入っていく。ミルがそれに続き、その後にカリンがついていった。
洞窟はそれほど複雑な構造ではなかったが、かなり深くまで続いていた。少しずつ地下へ下っていく。カリンが自己発電型のライトを照らす。あらかじめ鞄に入れて持ってきていたもので、松明に近い形をしている。クレイが振り向くと、カリンの顔まで見えるくらいの明るさだった。
「暗いところを照らす魔法があったらいいのにねえ」
クレイは小さな声でつぶやいた。その声が洞窟内に反響する。
「店主、あまり声を出すと敵に察知されるのでは?」
ミルがささやくような小声でクレイに言う。彼はそれを聞いて少し口元を緩める。
あれ、とカリンは頭を巡らす。
「前の談事のときに、店主、使ってませんでした?」
「あれはゴースト探知用だからね」
「違うんですか?」
「どちらかといえば、魔力をそのまま可視的に発していただけだから、魔法ではないよ」
「膨大な魔力の保持者なら、杖などの媒体なくして魔法を発動できるらしいですけど、そんな人は限られていますしね」
ミルが解説する。自ら魔法が使えない割には詳しいな、とカリンは思った。
魔力それ自体は、世界中の全ての人間が、多かれ少なかれ体内に宿している。ただ、それを魔法という形に変化させることは、個人の性質によるところが大きい。魔法が使えないミルがゴーストを見ることができるのも、元来、魔力が備わっているからだ。カリンが防御魔法以外の魔法を使えないのも、個人差による特性が大きな要素を占める。
ただ単に魔法が使えない人間は、腕力や剣術を磨けばいいし、腕力もない人間であっても社会的に許容される風潮である。だが、カリンはそうではない。魔法自体は使うことができるのに、攻撃魔法、攻撃補助魔法、状態異常魔法、回復魔法などを唱えようとしても、てんで上手くいかない。努力して習得しようと何度も試みたが、防御魔法以外は全く有効に発動することがなく、それが原因でアカデミーでも単位をだいぶ落としていた。才能がないのだと、ひどく落ち込んだ時期もあった。開き直って防御魔法だけを磨きに磨いたが、結局その努力を理解してくれる企業は存在しなかった。
その点で、屋図路夜は一線を画している。彼女の向上心と劣等感、そのいずれも受け入れてくれる。そんな職場、そんな同僚達だからこそ、彼らの役に立ちたいと彼女は強く思っていた。
道中はゴーストに遭遇しなかった。しかし、洞窟の一番奥にたどり着くと、今までの道程よりも数倍広い空間があり、そこで娘がゴーストに囲まれていた。その中心にいる娘は目を閉じている。眠っているようだ。
「いましたね」
ミルがぼそっと言う。
「一、二、三……七体か。きついなあ」
クレイが敵の数を数え、頭を掻きながらつぶやくが、表情は余裕そうだった。
ライトの明かりに気づいたのか、ゴースト達がこちらを向き、一斉に襲い掛かってきた。
【戦 闘 開 始】
クレイとミルは、既に剣を抜いて走り出している。
カリンは少し後方に下がる。
七体のゴーストのうち六体は同じ種類だ。鐘のような形をした胴体に大きな目と口を開けている。
残りの一体は、球体に手足が生えている。丸い目に、歯を見せて笑っている口が球体に付いている。
鐘型のゴーストがこちらに一斉に向かってきた。
奇声のような甲高い音を鳴らしている。それが洞窟の壁に反響する。
ミルの斬撃が、一体に直撃する。ゴーストはその一撃で倒れるが、消える間際、まさに鐘を撞いたような低い音が甲高い音に交じって洞窟内に響いてくる。
この音に、カリンは完全にやられていた。
防御魔法を唱えようとしても、呪文の詠唱ができない。魔法が発動せず、目を大きく見開く。
声が出ていない。いや、出ているのかもしれないが、それが魔力に反映されない。
こんな事態は、今までにはなかったことだった。
アカデミーの授業では、魔法を封じるための魔法もあると教わっていた。しかしそれは、あくまで座学の知識に過ぎず、実技で実際に魔法封じを食らったわけではなかった。
カリンは焦り出す。焦り過ぎのせいか頭が痛くなってくる。
そんな彼女をよそに、クレイとミルはゴーストを討伐すべく剣を何度も振っている。
既に残っているのは三体だけだった。
クレイが状況を察したのか、「カリン、下がってて!」と叫んだ。その声は彼女にもはっきりと聞こえた。
ひたすら力技で、クレイ達はゴーストを抑えていた。
最後の鐘型のゴーストが消え、球体のゴーストがけたけたと笑いながら宙に浮く。
呪文を唱えているようだった。
(混乱魔法……!)
気持ち悪い音は既に止んでいる。呪文の詠唱が可能となっていた。
敵の魔法の種類に気づいたカリンは、ここぞと呪文を詠唱する。
クレイとミルは動きが止まっている。
(間に合って……!)
カリンはそう思いながら、魔法を発動させる。
混乱状態を防御する魔法。
対象者の眼と耳と鼻と皮膚、つまり五感を一瞬シャットアウトする。
それによって、ふと我に返るような感覚を作り出す。魔法の効力を断ち切るように。
ミルが膝を付いた。頭を抱えるかのように、剣を落とし、両手を側頭部に当てている。
(遅かった……?)
カリンが不安になる。
ゴーストはいつの間にか、その手に矢じりのような刃物を持っていた。
ミルに向かって襲い掛かる。
刃物が手から投げ出されようとするその直前、横からクレイがゴーストに剣を突き刺す。
その瞬間、ゴーストはすっと消えていった。
【戦 闘 終 了】
「ミル、大丈夫?」
カリンが尋ねる。ミルは顔をしかめている。
「な、何とか……」
「危ないところだった。もし本当に混乱魔法にかかってたら、ゴーストより先に君を殴ってたかもね」
ふう、とため息をつきながら、クレイが言った。
「殴られなくて良かったです」
ミルが少し微笑む。その後カリンの方を振り向いた。
「カリン、助かった。ありがとう」
「い、いや、私は……」
彼女は落ち込んでいた。完全に自身の想定と違っていた展開だった。こんな形で魔法が封じられるのかということを初めて知った。
呪文の詠唱において大事なのは、呪文を間違えないことと、それを正しく出力させ、杖を通じて魔力に反映させることだ。詠唱が阻害されれば、いとも簡単に魔法を封じられるのかと、彼女は愕然とした。
結局、彼女は今回、ほとんど役に立つことがなかった。
混乱封じの魔法にしても、授業で教えられていたものではなく、独学で得た技術で、うろ覚えのものだった。それでも何とか発動することができたのは、彼女が自他共に防御魔法専門と認められる所以でもあったのだが。
「間一髪だったよね。僕も何とか耐えてたけど」
「は、はい、すみません……」
クレイは笑顔で首を振る。
「いや、こういうことも経験してみないと分からないよね。気にしない気にしない」
彼は決して、怒っているわけでも責めているわけでもない。
なのに、言葉の一つ一つがカリンに突き刺さる。
俯く彼女をクレイは慰めるようにフォローする。
「次に対策すればいいじゃない。切り替えていこう」
「はい……」
「とりあえず、依頼人のもとへ行きましょう」
寝ていた娘をミルが抱きかかえ、クレイ達は洞窟を後にした。