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何でも屋と魔法の守護者  作者: 無知
第一章
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第2話【裏事情】1

 カリンがよろず屋・屋図路夜(やずろよ)に就職して一月。

 先日の一件以来、客足はとんと途絶え、住居兼店舗となっている丸太小屋で怠惰な生活を送っていた。

 店番一号のミルと共に、現在店番中。暇すぎる。

 しかし、生活費に関しては、先日の談事(だんじ)の依頼料で完全に潤っている状態だ。四人暮らしでも当分は余裕で暮らせるほどの大金だった。

 初めての談事はカリンにとって衝撃的な事件だった。目に見えない魔物の存在を信じざるを得なくなり、自分の価値観が大きく揺らいだ。

 さらに、この屋図路夜の真の正体を知った。ゴーストと呼ばれる不可視の化け物を狩る、その仕事ぶりは異質過ぎた。

 この目の前にいる、普段は穏やかな鉄鎧姿の青年も、談事の時には人が変わったかのように行動するのだろうか。

 この店のもう一方の業務は、いつやってくるか分からない。

 カリンは不安八割、期待二割といった割合で感情が入り混じっていた。

 奥の店番達の部屋に通じる扉が開いたかと思うと、店番二号のティハが眠そうにして出てきた。

 「おはようございま~す……」

 彼女は開ききっていない目をこすっている。

 「ティハ、寝すぎだ。もう昼前だぞ」

 「だってえ……昨日遅かったんだもん。ゲームしてて」

 一人でどんなゲームをしてるのか、とカリンはやや気になった。

 「まったく……。じゃ、カリンはティハと交代だ。休憩しておいで」

 「は~い。といっても、休憩中にやることなんてないけど」

 「町に散歩でも行ってきたら?カリン、この島の人間じゃないでしょ?」

 「そうね」

 「……ていうか、実家とかに帰らなくても大丈夫なの?」

 「ええ。今は私一人で住んでるの。家賃は全部払ってあるし。それに……」

 少し視線を落とすカリン。ミルが不思議そうに彼女を見る。

 「カリン、あんぱん買ってきて~!」

 ティハが満面の笑みでカリンに言う。

 「パシリかよ!大体そういう食べ物とかも、ここに揃ってるんじゃないの?」

 「いやいや、『ノエル』のあんぱんがいいの!超美味しいんだよ!」

 「ノエル?」

 「ああ、町にある喫茶店だよ。あそこのパンはどれも一級品だからお勧めだよ。行ってみたら?」

 「ふーん……散歩がてら行ってみるわ」

 「じゃあカリン、よろしく!」

 「……さりげなく私パシリにされてない?」

 「ちっ!ばれたか……」

 「舌打ちしてんじゃないわよ!」

 「まあまあ、いってらっしゃい」

 「はあい」

 彼女は気の抜けた返事をすると、玄関を開け、外に出る。

 ティハは机の上にあった新しい商品を興味深そうに眺めている。

 ミルは、そちらを一瞥し、カリンが出ていくのを見届けていた。


 町へ繰り出した。

 屋図路夜は町の外れに位置し、町の中心部に行くには少し面倒なルートになる。周りの木々や植物を眺めながら、カリンは町へ続く道を歩いていた。

 町に着くと、屋図路夜の周辺とはうってかわって賑やかだった。

 色々な場所で店を構えているが、通りが変われば、住宅も多く立ち並んでいる。

 広場のような場所に出ると、中央にある騎士の姿のモニュメントが目に入る。それを待ち合わせ場所にしているのか、多くの町民がモニュメント付近で佇んでいる。

 カリンは別の通りへ移ろうとする。通りの脇にあった掲示板が目に入った。

 さほど面積の広くない木製の板に所狭しと張り紙が張ってある。

 政府が発出した通知などが主だが、無許可で張っているであろう個人店の営業のチラシもあった。

 その隅に張られていた、やたらと変色した紙がある。

 随分古くからそこにあったようで、傷みが激しい。

 見出しは『情報求む』。凶悪犯罪者の指名手配のようだ。

 魔王が君臨していた時代こそ、情勢の混乱に乗じた犯罪が数多くあったが、現在において凶悪犯罪と呼ばれるほどの犯罪は起こっていない。先の革命が直近の大事件だったように思う。

 カリンはふと、そんなことを考える。

 「『稀代の悪…女』、かな?」

 載せられている犯罪者の異名を読もうとするが、最後の方はインクが薄くなっていて読みづらい。

 肝心の罪名と名前は、書かれていた部分が完全に破れていて読めない。

 肖像画が描かれていたであろう部分も、大きな穴が空いていた。

 かろうじて髪の特徴が分かるくらいで、明るい茶色の長髪だった。

 (いつの話だろう……)

 彼女は掲示板から離れて散歩を再開しながらも、やたら古い張り紙が気になった。


 ミル達が言っていた喫茶店『ノエル』に入る。

 喫茶店というには広い店内で、テーブル席とカウンター席がある。

 パン屋としても経営しているようだが、厨房が見える窓の脇には酒の空き瓶も置いてあった。

 ティハの言う通りにあんぱんを買う。屋図路夜の人数分のあんぱんを頼んだついでにカウンター席に座り、飲み物を注文した。

 その間、店員や客に屋図路夜について聞いてみるが、ほとんどの人間が存在を知らなかった。

 「ああ、あの偏屈っぽい兄さんがやってるとこでしょ」

 「雑貨屋だよね」

 と言われる程度で、その真の姿については全く噂にすらなっていなかった。

 (じゃあこの間の談事の依頼者はどこで知ったんだろう?ていうか宣伝とか、どうしているのかな?)

 カリンはそんなことを思いながら、帰路に着いた。


 帰ってみると、見知らぬ人間が一人、広間に立っていた。

 応対をしていたミルが玄関に視線を移して言った。

 「カリン、ちょうど良かった。どうやら談事のようだ」

 「……えっ?」

 そうしているうちに、二階からティハが階段から下りてきた。


 「では、お話を伺いましょうか」

 前回と同じように、屋図路夜の店主クレイは自室のテーブルで客と話を始め、店番三人もクレイの後ろに控えていた。

 その客は中年の男性で、暗い顔をしていた。

 「私は、北の町の者なのですが、先週から娘がいなくなってしまって……最初は家出か何かだと思い、すぐに帰ってくると考えていたのですが、それからもう何日も経ってもまだ帰ってきていないのです。あまりにもおかしいと思って、こちらを伺ったのですが……」

 「でも、それでしたら警察や自衛警備隊にでも相談した方がいいのでは?我々は確かに、お客さんの色々なニーズに応える商売をしていますが、そういった人探しに関してはもっと優秀な職があるんですから。まあ、我々でも出来ないことはないですが。その代わり、かなりお金がかかりますよ」

 警察と自衛警備隊は、それぞれ政府直轄の捜査機関だ。警察が軽犯罪などを取り締まるのに対し、自衛警備隊は正式に武力を行使して犯罪者を抑える権限を有している。

 客の男は首を振った。

 「いえ、どちらにも行ったんですが、どうせ家出だろうって、てんで相手にしてくれませんでした」

 「そうですか。……なるほど。少々お待ちください」

 クレイは顎に手をやって考えながらそう言うと、立ち上がり、部屋を出ていった。

 思わずカリンが声をかけようとする。

 「え!?ちょ、ちょっと店主……!」

 ミルとティハは黙ってクレイが部屋を出るのを見ていた。

 残された店番三人と客の間には、気まずい沈黙が流れた。

 それを払拭するかのように、ミルが客に向かって話しかける。

 「いやあ、大変ですね。娘さん、無事であればいいんですが……」

 「ええ……」

 「ちなみに、娘さんは今おいくつですか?」

 「ちょうど十歳です。遊び盛りで、ちょっと怒るとすぐどこかへいってしまう、手間のかかる子でね。今回も、出て行く前に少し叱ったんで、いつものことだと思っていたんですが」

 「そんな小さな子があまり遠くへ行くとは思わないんですが、どうなんでしょうね」

 「ひょっとしたら誘拐されたのではないか、どこかで魔物に襲われたのではないかと思うと、不安で不安で……」

 「お気の毒です。まあ、うちの店主はああ見えてもやるときはやる人なんで。大丈夫ですよ」

 そう話しているうちに、クレイが帰ってきた。部屋を出る前よりも表情が硬いのは気のせいだろうか。

 「席を離れてすみませんねえ。先程の話ですが……二点、確認したいことがあります」

 「何でしょう?」

 「まず一つ。この件に関しては、我々が引き受けることは可能です。そして、我々は引き受けた仕事は必ず果たします。ただ、その金額は法外なほど高価です。それを今、払える準備はありますか?」

 「はい。今日は一応三百万ほど用意してます。このくらいで娘が帰ってくるのなら、安いもんです」

 「分かりました。それでは二つ目。依頼の内容をもう一度確認しますが……」

 一呼吸おいて、クレイが言葉を続けた。

 「あなたの依頼は、娘さんを元気な姿で家に帰すこと。そうですね?」

 そう言われた客は、少し目を逸らし、その視線が一瞬カリンとぶつかった。

 「はい。とにかく、娘が帰ってくれば、それでいいんです」

 「分かりました。それでは引き受けましょう。娘さんは、遅くとも二日後までに、あなたの家にお連れします。依頼料は先払いで……」

 じっと客を睨むように視線を送る。

 「二千万、お願いします」

 クレイの言葉に客が飛び上がりそうになるほど驚く。

 「に、二千万ですか!?」

 「はい」

 「そんな大金、ありませんよ!大体、さっき三百万しか手持ちがないって言ったじゃないですか!」

 「言っておきますが、今回の依頼は娘さんの命がかかっています。三百万などという端金で引き受ける気はありません。準備や捜索にコストをかけないと、こちらが仕事を遂行する際に、娘さんの命の保証はできかねますから。お家の人にでも頼んで、今、ここに依頼料を持ってきてください。それとも、娘さんより金の方が大事だと?」

 穏やかな表情と裏腹に辛辣な言葉を連ねるクレイ。客は尻込みつつも、渋々といった風に頷いた。

 「う……わ、わかりました。家内に持って来させます」

 憔悴しきったような顔で、了承したのだった。

 その後、彼の妻と思わしき女性が現れた。二人の依頼者は二千万という大金を屋図路夜に置いて、この世の終わりを見たような表情で帰っていった。


 カリンは、クレイと客とのやり取りの間、ずっと驚いていた。

 (この前の談事の四倍の額!な、なんで?)

 二千万もの財産があれば、一家四人暮らしの二、三年分の生活費が賄える。

 つまり、少なくとも屋図路夜にいる四人が二年間は働かなくてもいいレベルの大金だ。

 クレイはそれをいとも簡単に請求し、手に入れた。

 「て、店主!なんでこんな大金……!?」

 カリンは思っていたことがそのまま口に出すが、クレイは意にも介さない。

 「まあ、色々あってね」

 「ってことは、今回もゴーストですか?」

 ミルが尋ねると、「うん。そうだよ」という店主の淡々とした声が返ってきた。

 「腕が鳴りますね!」

 ティハが右腕をぐるんと回す。

 「ゴーストが依頼人の娘に取りついて、ゴーストの拠点に向かわせたのは間違いない。場所も掴んだ。例によって深夜の行軍になるよ。今のうちに準備だね」

 「了解です~!」

 「で、今回も私は……」とカリンが確認しようとすると、

 「行くに決まってるじゃない」という容赦のない言葉が店主から返ってきた。カリンはたじろぎながら頷いた。

 「りょ、了解です。でも、どうやって場所を特定したんですか?」

 「それはこっちのコネってやつさ」

 「……?」

 「まあ、カリンにもいずれ教えるよ」

 何となく強引に話を進めているように思えたカリンだったが、クレイは自らの判断に確信を持っているような雰囲気だった。

 どことなくぎこちなさを感じながらも、カリンの二回目の談事が始まった。

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